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ブログ開始日 2015年12月31日
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当ブログの発達障害に関する記述は当事者の体験に基づく考察です。ご了承の上でお読みください。
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【後編】社会は「あぶり出し型脳」を受け入れられるのか、その予感と考察――発達障害の私が気づいた定型と非定型の根本的違い

本記事を読まれる前に

 本記事はKindle本に収録した都合により2020年4月1日以降、非公開としておりましたが、当該書籍は2023年4月より、新装版の制作をする為に販売を一時停止にしましたので、書籍が購入できない間、当記事を再公開することに致しました。

※記事の内容はブログに掲載していた時の内容のままであり、書籍に収録した内容ではありません。

 

関連情報

 

2023年4月30日 記


以下、本編

 

 

 

 後編では自分自身の体験を基に、私の考える「あぶり出し型脳」の特徴について解説します。

 

あぶり出し型脳特徴とは

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 ↑上記画像が当該特徴に関する今の自分イメージです。


 まず、【A】という実行内容の発生ポイントがありますね。人に声をかけられた、メールが届いた、何かに気づいた、打ち合わせを行う、という、物事の発生時点のことです。それに対して、どうするかという処理を検討する段階が【B】であり、実際に実行に移す段階を【C】と示しました。

 そして、非定型と定型との違いを黒線の下段に示しました。

 定型発達の方は【ABC】がテンポよく切り替えられていることがわかります。対して非定型発達の方は【B】が連続しています。Cに至るまでに時間を要していることを示しました。更に、【B】ゾーンが黒い線で囲まれています。これは【B】の解決に要する処理時間が、固定されてしまっていることを示しました。

 つまり、その時点でどれだけ考えても、Cに至るまでに固定された分の時間を要してしまうということです。

 処理Bの間、非定型発達は色々なことを考えています。Aに関連するありとあらゆる場面の記憶の振り返りや、適切と思われる言葉の脳内検索、必要な情報の在処についてその当てを付けたり、それらを今自分がどこまで考えているかその整理などなど、とにかくめっちゃ考えています。そうしながら相手の反応をみつつ、今までのパターンから該当する行動を、迷いながら選択実行しているのです。

 このように非定型発達は、一つの事柄を処理するだけで定型発達以上の時間を要します。

 更に現実社会では複数の事柄が次々と発生していきます。ですので、この前提で想定した場合、現実では下記図のような境遇に陥るはずです。↓

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 この図に「出勤」と「退勤」を加えると、このようになります。↓

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 仕事をしている間は様々な事柄が発生するので、ずっとこんな調子になることが考えられます。

 仕事中である限り【B】状態の案件が増え続け、場合によっては延長されたりするので、ほとんどの事柄は、退勤後でないと【C】に到達することができません。仕事で失敗をした後は怒られますが、その時には失敗に至るまでの経緯や不注意だったポイントが理解できているということも多々あり、怒られている時間を無駄に感じる事もあるでしょう。

 心身共に健康である通常の状態において、このような処理が生じてしまうことが『あぶり出し型』の特徴です。いつも仕事が終わってから不安に駆られたり、相手の言葉がすぐに理解できなかったり、ただの新聞記事の文章を読むことすら難しいという特徴の裏で何が起きていたのか、これなら説明できますね。

 

 とにかく、いつも、理解が、遅れて、やってくる、というわけです。 

 

あぶり出し型脳の特徴は違った形で既に認知されてる

 前編でも言った通り「あぶり出し型脳」というワードとその特徴は私が勝手に考えて話していることですが、その特徴の存在は既に、巷で語られている発達障害特徴が示しているといえます。

  • 発達障害者は独特の時間間隔の中で生きている⇒B状態の長さが定型と大きく異なる
  • 空気が読めない⇒B状態ではあらゆる特徴に気がつけない
  • 意思疎通に難がある⇒非定型はB状態のまま人と会話するが、定型はAかC状態で会話する
  • 鬱など二次障害を抱えやすい⇒B状態が長く続くと精神面に負担が蓄積される
  • 単純作業しかできない⇒Bを介する業務が苦手。AとCのみを繰り返す「動作を主とした業務」なら習得し易い。
  • 勉強が苦手⇒B状態の為、教科書の文章や先生の言葉が理解困難である
  • 部屋の片づけができない⇒B状態が価値観を歪め、散らかっている状態であると認識できない
  • 帰宅後の一人反省会、一人記者会見⇒B状態により帰宅後に理解が追いついた為

などなど。

 

 上記は発達障害あるある特徴としてよく指摘されることですが、その背景で起きていることとして、あぶり出し型脳の存在が見え隠れしています。

 特にB状態が多くの場面で関わっていると考えられます。B状態はすなわり、処理中であり、ローディング中であり、考えている途中なのです。

 

あぶり出し型脳は発達障害だけじゃない

 そもそも発達障害の線引きは未だ明確ではありませんし、誰にでもあることだとよく言われていますね。

 発達障害者は二次障害を抱えている人も多いです。発達障害と似た障害もあります。境界性パーソナリティ障害やアダルトチルドレンがよく例に挙げられますね。

 発達障害は精神疾患を抱えている人とも話がよく合います。診断名は別だけど同じような生き辛さを抱えているからです。

 これらを異なる症状だと認識する事自体が無意味、という考え方もあり、結局、脳の障害なのか心の障害なのか、そういった線引きについては個々の価値観に委ねられているのが現状です。

 なので当事者たちの多くは自分の抱えている症状が本当のところ一体なんなのか、わりと気にしながら生きているわけですが、その根元となる特徴として、この「あぶり出し型脳」は無視できない可能性となるはずです。

 

 発達障害者にはその独創的な発想力を活かして創作活動をする人も多いです。

 ではこの図はなんでしょう。先日見つけたツイートですが、「向いていない人」はまさに「あぶり出し型脳」ではないでしょうか。

 

 あぶり出し型脳は、発達障害も精神疾患も自覚のみのグレーゾーン、その特徴を生かした活動などもふくめ、この界隈と接点を持つ特徴を全てひっくるめて、多くのケースに当てはまるといえるのではないでしょうか。

 病みやすい人や、メンヘラタイプの人がいつも後になって感情爆発を起こすのは、B状態ループに陥ってしまうからと指摘したくなります。B状態とはつまり「悩んでいる時間」とも言えるわけです。

 あぶり出し型脳の人は、自分の意思を問わず、物事と向き合っただけで一時的にもB状態に陥るので、「この社会で生きているだけで疲れる」という感覚に陥っているでしょう。 

 

あぶり出し型脳は先天性? 後天性?

 どちらからもなると考えます。生まれつきの脳の傾向としてだけではなく、教育や食生活でもあぶり出し型脳は形成されるのでは、と思えます。

 例えば虐待的教育はB状態が持続しやすいと考えられるのではないでしょうか。長期間の不安や、頭がぼーっとしやすくなる炭水化物ばかりの食事は、B特徴を定着させやすいと指摘できるのでは?

 発達障害は生まれつきの障害とされていますが、当事者間では疑問視する声も多いです。診断を受けていない人でも、同様の特徴に悩んでいる人が普通にいるからです。

 ですので、「発達障害は先天性か後天性か」と考えると、その設問自体に疑いを持ててしまうのですが、あぶり出し型脳から問う設問であれば成立していると私は思えます。

 この仮説ならもう、発達障害が生まれつきであるかどうかで悩まなくても済むからです。巷で語られる発達障害の特徴の多くが、二次障害だったとしても不思議ではないのですからね。 

 

向精神薬や発達障害治療薬については?

 私自身は使用反対派ですが、Bループに陥りやすいあぶり出し型脳の特徴を抑える効果をもたらす薬であれば、有効だと感じる人がいるのも頷けてしまいますね。

 実際に使用している人の効果レポートを振り返ると、まさにそういう効果を示しているように思えます。

 

あぶり出し型脳タイプにおすすめの仕事は?

 一度【状態B】に入ると、しばらくの間【状態B】から抜け出せないと考えます。ですので、可能な限りBを介さない仕事が良いと考えます。A(発生)とC(実行)だけで継続できる仕事です。

 例えば基本動作や定型文、規則的な対応、マニュアルの内容でほぼ完結している業務です。ぱっと思いつくのは、接客業や警備員、倉庫ピッキングなどの軽作業は不得意が目立ち難い仕事だと言えますね。

 理解する必要がなく、考える必要もない、行動パターンとして覚えてさえしまえば、あとはそれを繰り返すだけよい。「つまり、こうなったらこうすればいいんだね」という水準の理解度だけでも平常時は対応できてしまう仕事です。

 もしくはB状態があるからこそできる仕事をすることです。考えている状態こそが仕事になる、ということです。例えば長い期間をかけて作品を生み出し、その作品を売って生計を立てる創作関係の仕事は特徴を活かせると言えます。

 しかし、その世界で食べていくことはとても狭き門であると言えます。積極的に推奨はできませんね。

 

あぶり出し型脳の子供をどう育てるべきか

 あぶり出し型脳の特徴に勉強を強いても、そのまますんなり知識習得が叶うとは考えにくいです。勉強が好きで苦労なく学習継続ができるか、運よく知識習得のコツをつかめたか、何か強みがないと厳しいと思います。

 ノートは黒板丸写し、先生の授業内容も頭に入っていない、それでいて勉強を真面目にやっているタイプのお子さんは要注意でしょう。このあぶり出し型脳の疑いがあります。その場合、B状態のループに陥っている為、そもそも「覚えた、理解した、なるほど」という【C】に当たる感覚を全く認識していないまま、勉強と向き合っていることでしょう。Cを認識する前に別のAが発生して、次々とB状態のことが積み重なっていくからです。

 勉強を強いることは必要最低限に止め、AtoCで対応できる運動やB特徴そのものを活かした創作能力の伸ばす方が、精神的負担は少ないと考えます。

 あと、そういう子は、漫画やゲームに没頭しやすいと思います。Bを介さなくても【C】に値することが表示されている為、理解しやすいからです。

 

企業はあぶり出し型脳タイプをどうやって見分けるか

 発達障害の認知度は高まりましたが、未だ多くの企業は発達障害タイプの社員をどう扱うか、その解答を出せずにいると思います。それ以前に、発達障害の分類元である精神障害自体が面接で落とされやすいです。

 身体障害や知的障害は相手の障害がはっきりしているので業務の内容も考えやすい、しかし精神障害は何が適しているか、明確にしにくい為です。急な体調不良のことを考えると労働力としても不安が残ります。「仕事ができる精神障害者」も、その印象の巻き添えを受けて、就職困難に陥っているのが今の現状です。

 そして世の中には、精神や発達障害と同等の特徴を持ちながらも診断を得ず、健常者として生きている人が大勢います。更にその何割かは実際の障害者であるあのように、平均以上の生きづらさを抱えていたり、周囲から困った存在として扱われたりしているわけです。無診断な分、質が悪いですね。

 つまり「真面目に頑張っても仕事ができない人」という存在は、障害云々を抜きにその存在は認知されているというわけです。

 企業はその「真面目に頑張っても仕事ができない人、できるようにならない人」をできれば面接で弾きたいわけです。その課題の上では障害者手帳の有無はあまり関係ないでしょう。しかし、その識別は非常に困難と言えます。

 あぶり出し型脳を抱えた求職者は自覚の有無に関わらず、面接の準備をしてくるので、通常の面接では特徴Bが全く目立たないというわけです。

 面接をすり抜けてしまった後でも本採用前の試用期間や研修がありますが、それらは通過できることが前提であり、雇用側も通過できるよう教えまくりますので、ここでも特徴Bがスルーされやすいということです。実質AとCだけで通過できてしまいます。

 これだから、「面接も研修もちゃんと合格したのに全く使えない社員」というイレギュラーが誕生するわけです。

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 あぶり出し型脳タイプを弾くにしても雇ってちゃんと教育するにしても、企業はこの上記図に陥ってしまう人であるか否かを識別する、何らかのチェック方法を考案する必要があります。

 現存する適性検査は記憶をたどる限り、一問一問解いていけばいいタイプのものがほとんどだと思うのですが、それでは見抜けないと私は考えます。上記図に陥るか否かのチェックにならないからです。自分も26歳くらいの時に会社で受けたことがありますが、「管理者タイプ」であるという結果が出ています。どう考えても自分には不向きです。 

 

まとめ この社会はあぶり出し型脳を受け入れられるのか

 本記事でお話しした内容は、「あぶり出し型脳」という私の想像上の観点から考えたことですが、実際にそのようなタイプがいるとして、定型発達者と混在した社会がどのような形で形成されるかをイメージしてみます。

 恐らく、マルチタスク思考ができる定型発達タイプが多くの場面において主導権を握り、一つのことでいっぱいになってしまう非定型タイプはその下についていることでしょう。そして何かと「遅い」「なんでできないんだ」「そんなこともわからないのか」と怒られながら生きている様子が目に浮かびます。

 非定型発達タイプは定型発達のことを「気づけない人たち」「考えが足りない人たち」「生きづらい社会の元凶」などと思っているのかもしれません。

 非定型発達のB状態を発想力に長けた個性とみることができればいいのですが、この社会では「思考処理の遅延、停滞」といった、機能不全という見方をしています。A/B/Cで考えられるタイプにしかできないことを、A/BBB.../Cである、あぶり出し型脳タイプにやらせるから起きてしまうことです。

 定型が非定型にやらせてしまうことを避けるには、非定型側からの「自分にはできません」という申告が頼りです。しかし今の社会には、そのようなコミュニケーションが定着していません。

 

 本記事の話の核となることはそこです。『あぶり出し型脳は自分では認識できない』ということなんです。その存在を語っている私自身も、他者との成果の比較から、その特徴の存在が指摘できると言っているに過ぎません。何故なら、こうして考えて文章を打っている今の私自身が、あぶり出し型の脳の上で考えているからです。

 発達障害自体が何かの二次障害ではないかという声もあるのですが、具体的な話が出てこなかった理由もこれで頷けます。

 つまりこれは、ケアレスミスやコミュ障特徴のように、表層部分の特徴ではなくそれらの症状を引き起こしているシステムの根にあたる部分であり、物事の認識そのものにあたる部分なので、克服ができないということなんです。

 そもそも自分では認識できない領域の特徴であり、克服しようとどれだけ考えたところで、仮に新しい概念や思考回路を構築できたとしても、それもあぶり出し型脳のシステムの中でしか機能しないというわけです。むしろその部分だけが自分の脳と相性が悪い回路となるわけですから、脳にかかる負担が大きいと考えられます。

 もうこうなったらあぶり出し特徴を生じさせている部分を特定して、そこをなんとかするしか手がありません。それは薬の力なのか手術の力なのか、残念ながら今の私でも、そういう手段しか思い浮かびません。

 

 あぶり出し型脳の人に仕事を与えるなら、B特徴が数時間続くことを前提にその流れを考えなければいけません。

 私の場合、業務中に発生したAの後はしばらくB状態が続き、仕事が終わったあとの家路に着く道中でCに至るという流れが多かったので、何か一つでも仕事を任せたらその後、5時間程度の「ブランクタイム」を設ける必要があります。思うがままに調べて周囲に質問ができてお手本を繰り返し見せてもらえる時間があって、不安や疑問も含めて解消できる時間を設けてあげるわけです。

 これを与えず、定型発達と同じような時間間隔でのA/B/Cを求めると、当事者はすぐに【図2】のような状態に陥ってしまいます。悪いことが重なれば精神不調まで抱えてしまい、もしかしたら「仕事で鬱になった」などと言って精神科を受診するかもしれません。

 当事者が無自覚の場合、会社の仕事がおかしいなどと言って、精神的苦痛や治療費を請求してくる可能性もあります。

 それらを回避するには、周囲の人が当事者に【C】、つまり「どうすればいいのか」を教えてあげればよいです。それを全ての事柄において、当事者が一人でできるようになるまで繰り返します。もちろん一人でできるようになっても、それは理解できたからではなく、動作パターンとして覚えただけなので過度な期待は禁物です。

 ですので、基本的にはBを介さない、AtoCを覚えれば完遂可能な業務を任せた方がいいでしょう。

 実現できるか否かを抜きに話せば、このようになります。

 

 学校の授業でさえあぶり出し型脳の人には相性が悪いと言えます。「一授業一問」なら良いですが、一つの授業の中で、多くの事を理解する必要があるからです。ほぼ間違いなくついていけないでしょう。

 仕事も特にオフィス業務は困難が多いでしょう。覚えるだけで良い動作を主としたことはできますが、その仕事を長年勤めても、管理職の業務を満足に勤められるようにはならないでしょう。指示を出したり経営の判断をしたり、新たな知識を身に着けたりするところで、環境が整っていないと対応できないケースが出てくるからです。

 ものすごく真面目で仕事ができると思えた人に管理職を任せたら実は全然できなくて、仕事のこともなにも理解していなかったというケースは、こうして起きていたわけですね!

 

 私は教育課程でこのあぶり出し型脳タイプの人を識別し、その当事者に今後の生き方を提案してあげるフローが必要だと思います。中学生くらいで識別可能だと私は思います。

 非定型当事者が自身を定型タイプであると思い込みながら、定型発達型の社会の中に進出しているのが今の社会の現状です。当然そのような方は社会の中ではうまく生きられず、生きづらさを抱えています。

 

 これを不平等と言わずになんというのでしょう。周囲と一緒に生活して進出した社会は、自分とは規格が異なる世界だったというわけです。

 互いの特徴を理解せぬまま社会をシェアしているのが現状です。いま起きている社会問題の多くも、あぶり出し型脳タイプと定型発達タイプの衝突が背景にあると言えるのではないでしょうか。

 これが私の考える「あぶり出し型脳」に関する考察と予感です。

 さて、この社会はあぶり出し型脳タイプの人を、受け入れられるのでしょうか。今日に定着した現存社会のシステムから、あぶり出し型脳の人も平等であるといえる社会に変化させる道がどうしても思い浮かびません。社会から切り離されている空間に新しい生活システムを構築し、そこに移住するという道が現実的でしょうか―― 

 

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