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HyogoKurumi.Scribble

私はこの社会が省略した事柄を言語化している人です。

その問題に対して、その手段は効果的か?

【エピソード】
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私の両親は飲食店を営んでいて、そんな環境の中で自分は学生時代を過ごしていた。当時の両親はとある宗教にはまっていて、日常的に仏壇の前に座っていた。私が生まれる前から信者で、ついでに言うと私は生誕と同時に入信させられていた。

 

私が小学生の時だったと思うけど、狂牛病のせいで売上げがとても落ち込んで、その頃からお金が無くなって、店は自転車操業状態に陥っていたらしい。
でも親は、仏壇の前に座る時間だけはとっていた。そうすると心が綺麗になって良い知恵が浮かぶらしい。でも親父はレジスターから金をぬいてパチンコにいっていたし、母はお金がないと泣きながら電卓を叩いていたこともあった。悪魔の数字は「666」らしいけど、私にとっては「777」だ。

 

店が傾いたのは狂牛病だけのせいじゃない。ちょうど同時期だったと思うけど、親父は体を壊して入院していた。本当はその時に破産をするべきだったらしいのだけれど、母は「親戚の人に迷惑がかかるから」という理由で、消費者金融から金を借りて店を延命させる道を選択した。この母の「人に迷惑をかけたくない病」は本当に病的で、例えば私が友達の家でお昼ご飯をご馳走になることになっても「帰ってきなさい!」の一点張りで、遠慮しながらお世話になる、そこでコミュニケーションを体験して学ぶ、ということを絶対にさせてくれない人だった。

 

親父は経営の事を考えたり、金勘定することを、まるで悪行のように思っている節があった。時代劇や人情ドラマの影響だと思う。ああいう作品に出てくる「お金を数える人」はさ、「悪代官」or「お金の虜になってて、目の前の幸せに気づけない人」ばかりだよね。で、「たまにポエムみたいなこといって周囲の人間を諭していく主人公」は、お金のことなんか気にしていない人ばかりだよね。借金があってもさぁ。

 

親父は料理を作ることだけをして、他のことはぜんぶ母に任せていた。つくる料理は今でも、あれ以上はないと思えるほど美味いのだけれど、口から出る言葉は本で読んだ一流の経営者の名言ばかりで、実際にやっていることは雇われコックという有様だった。政治家に対する悪口も多かった。宗教が政治と繋がりの深いところだったから、その手のニュースはよく気にしていた。生活がよくならないこと、売上げが伸びないこと、お客さんがこないこと、景気が悪いこと、親父が話していた言葉を要約すると、それらは全て政治が原因らしいのだ。

 

そんな日常が何年間も続いた末に、ついに店は破産した。

 

当然だ。経営が悪化していたのに、立て直そうとしなかったのだから。正常な結果だ。
でも親父はそれがぜんぜん、わかっていないようだった。

 

次の店でも同じことをやった。なにも、かわっていなかった。気分転換レベルの変化があっただけで、経営の為に必要なことをしなかった。
しかもそこは、何度もお店に食べに来てくれた常連さんが建てた店だ。親父はそこで雇われ店長として働いていた。経営の事は社長がみる、という約束だったらしいけど、雇われコック以上のことをしようとしなかった。


この店は本当に全員がバカで、なんとオープンの時に全く宣伝をしなかったのだ。

 

前の店の閉店理由が破産で、そういうことが噂になるのが嫌だったから、宣伝をしないままオープンすることにしたというのだ。駅からもすごく離れていて、どんな店が開店してもすぐに潰れる立地だったのに、なぜそんな判断を選択したのか、なぜ世代の性を優先したのか、理解に苦しむ。


その店も経営が維持できなくなった。結局、親父が店主になって、社長に家賃を払うという形で店は続行となった。


それでも親父はかわらなかった。変化と言えばパチンコにほぼいかなくなったということだけだ。
売上げと仕入高と支出をみて、増えたこと、減ったことを認識しているだけで、常連をつくるとか、新規を呼び込むとか、そういう「生産」にあたる部分を一切しないのだ。

 

言っておくけど、親父の作る料理はうどんとかラーメンじゃない。本格フランス料理だ。価格も相応にする料理だ。さらに言うと使う食材が高すぎて、なんと原価、五割だ。

 

店の席数? 従業員数? 聞くな。

 

・・・たしかに美味しいから好きになって常連になってくれる人は確実に増えるのだけど、そのペースが消費に追いつかないのである。経営が回るだけの売上げを得るには百年以上かかる、そんなペースだ。

 

宣伝、しない。


人気料理の考案、しない。


お客さんとの会話、しない。


店を好きになってもらう、ここにいる人を好きになってもらう、料理を好きになってもらう、そういうことを、なにもしない。


だから三軒目もすぐに潰れた。


当前の結果である。

 

 

両親が宗教と縁を切ったのはたしか、一軒目の店が潰れた後だった。それでも、今でも私の脳裏には、仏壇に座って、無駄な時間、無駄な手段を選択実行し続ける、哀れな親の姿が残っている。

 

 

先日、ネットでちょっと炎上していた現場に首を突っ込んだ。

 

社会は伝言ゲーム、などとよく比喩されるが、一人の人間単位でみても、それぞれが思考の中でも伝言ゲームを行っているわけで、言葉が可視化されるtwitterだとその変化の連鎖模様がよくわかる。

 

 

私はいつも、『その問題に対して、その手段は効果的か?』と考える。

 

 

No.19 - ロウソクの火を消せ!

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