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私はこの社会が省略した事柄を言語化している人です。

いじめについて語ってみた。『いじめは不治の病ではない』

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数日前に『海底の君へ』という単発ドラマが放映されたことで、いじめ問題への関心がまた一時的に高まったようですね。twitterのタイムラインでも久しぶりにいじめに関するツイートを見かけました。

我が家にはテレビがないのでドラマの内容については語れないんですが、今回の記事では、自分のいじめ問題に対する考え方をいくつか語ってみます。

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1.いじめられた側に潜んでいるかもしれない〝嫌われ要因〟も重要課題である

いじめが起きると、いじめた側の罪の重さを問う言葉ばかりが大きくなってしまいがちですが、それはとてもよくないことです。 私はアスペルガー障害という発達障害の一人です。中学生1年生の一学期の頃から、中学2年生の半ばまで、クラスメイトから嫌われていました。私はそのいじめ体験を通して、自分の奇異な言動が自覚できたのですが、それまでは「いじめられている」「みんなのやっていることはいじめである」と思っていました。

当時、クラスメイトは私の事をお喋りし難い相手だと思っていました。でも私はその周囲の評価を察することができず、積極奇異な性格もあってか、手当たり次第に話しかけまくっていました。小学生の頃はそれで通用したのですが、思春期を迎え少しずつ大人になる準備を始めたみんなにとって、私という人はとても恥ずかしい奴だったのでしょう。ちなみに、その頃の私のあだ名は「しんしょう」(身体障害者の略)です。

もしあの当時に自分の性格の難が自覚できなければ、私はそれからもずっと「周囲が嫌悪感を抱く性格の人」だったのかもしれません。どこへ行っても孤立していて、結婚することもなかったのかもしれません。

この世には、人から嫌われてしまう性格の人間がいます。
その人はその自分の性格を自覚せずに生きているのかもしれません。
だから周囲から嫌われているんです。
嫌われすぎていじめ問題にまで発展するかもしれません。

箇条書きにすれば、この話の展開はたったこれだけのことです。

私は大人になってから発達障害と診断された、大多数とは違ったタイプの人間ですが、このストーリーは別に発達障害者だけに起こることではありません。

自分の性格難を自覚する時って、どんな時でしょう。私はたまたまそれがいじめでした。 いま、全てのいじめられている人に、これと同じ事が起こる可能性が潜んでいます。 いじめた側の罪を問う言葉が、その課題を隠してしまっているんです。

いじめ事件の報道には「いじめられてた側の日々の言動」が含まれていません。別に含めるべきだと訴えているわけではありません。実際、その部分を突いて記事に含めることは、倫理的に難しいでしょう。

貴方が「付き合いにくい」「嫌いな人」「うざい奴」だと思って距離を置いている相手が、その評価から生じた境遇を「自分はいじめられている」と思っていたら、どう感じますか。


2.いじめは根絶できない。

いじめ界隈では、いじめは無くせるか?というテーマをよくみかけますが、残念ながら無くすことはできません。俗に不良と呼ばれる素行の悪い人や周囲に敵意を持っている人が成す、悪行としてのいじめなら、0%は無理としても、ある程度は退治できると思います。

では、これはどうでしょう。テレビを付けた時に、嫌いなタレントやお笑い芸人が映ったことで、反射的にチャンネルをかえたことって誰にでもあると思います。嫌悪感ですね。この嫌悪感を社会から、人の内面から根絶する事は不可能だと思います。つまり、この嫌悪感が元にあるいじめ問題は無くせないということです。

苦手だから。嫌いだから。うざいから。 話しかけない。無視をする。一緒に遊ばない。距離をおく。

例えば、鼻をほじったり、髪の毛のフケが酷いといった、汚い人とは(元々仲良しなら話は別ですが)、普通は、一緒にいたくないし、仲良くなりたいとも、思わないものです。不衛生だからです。言葉遣いが乱暴すぎたり汚い人、ファッションセンスが変な人に対してだって、そうです。自分からは話しかけないでしょう。それが普通で、当り前です。それでいいと、私は思います。無理して仲良くする必要はない、ということです。そしていじめ問題の多くはこの嫌悪感から始まるということがポイントです。

嫌悪感とは、自分のステータスを守る為の、正常な防衛機能です。自分の評価が下がるような選択は誰もが避けるものです。 その健全な対応の範囲に「自分から話しかけない」という、無視と同等の行動が含まれています。

無視されている存在は、それだけで目立ちます。だから必ずどこかで、誰かが、そのことを話題にします。本人のいないところです。そうして無視する理由が共有されます。どれだけその話し合いが優しく行われようとも、ただの無視が、集団シカトに昇格することに、変わりはありません。ここまでは、どう頑張っても防ぎようがなく、避けられません。

その空気が広く漂い始めた頃から、「お前ウザイ」と、相手に直接言う人が現れたり、いじったりする人が出没します。叩いたり蹴ったりといった、暴力を振るう人も出てくるかもしれません。コレだけを見ると急にいじめが始まったように思えるかもしれませんが、この文章を読んでいる貴方は、この状況に至る前の段階があった事、その前の段階は極自然な日常、平穏の中で、健全なコミュニケーションの範囲で作られた基礎であることが理解できているはずです。

どれも防ぐ為には大きな幸運が求められます。「みんなで話しかけてあの人を仲間にしよう!」とか宣言できちゃう人がその環境の中にいれば未来は変わるかもしれません。でも、それは特定の性格の人にしかできない事で、誰にでも出来る事ではなく、その場にいる不特定多数に求めるには乱暴すぎる提案です。何より、そうするべきだとその必要性を述べて、相手の考え方を変えれるだけの存在は、この世にいませんし、どれだけ丁寧にその必要性を説かれても、実際に行動に移せないのが普通の人だと私は思います。

だから、いじめは根絶できないのです。


3.誰がいじめを不治の病にした。考えて対処する事を当り前にすればいい。

風邪を引いたら、どうしますか。薬を飲んで、寝るでしょう。場合によっては、学校を休んだり、仕事を休んだりします。風邪は万病の元と言いますが、「死ぬかもしれない」と思うのは大袈裟です。

いじめ問題も同じです。必要な対処法を実行して、いじめ状況沈静化の為に必要な条件を満たせば、自殺しようと思ったり、相手に殺されたりする結末もぐっと減らせるはずです。でも現実はそうなっていません。毎年わりと何人かが、自殺したり殺されています。

私の日常がいじめ状況に陥ったあの頃、今から14年程前のことです。当時はいじめ自殺ブームと言っても間違いじゃないくらい、テレビでは毎日のようにいじめ事件の報道がされていました。特に自殺は大きく報道されました。いじめニュースの影響で、自殺した子までいました。(いじめを苦に自殺した生徒の遺書に、ニュースをみて自殺する事に対し勇気付けられたという旨の一文があった)

いじめの悲惨さや、いじめの恐ろしさ、いじめた側の罪の重さばかりを問う、そんなメディアやインターネットヒーローの声が、いじめを不治の病にしてしまったんだと私は思っています。

これからいじめられた時に実行する対処法を書きますので、いま自分はいじめられてると、その自覚がある人はぜひ、試してみて下さい。

○ミッション
授業中や休み時間、なるべく一言も喋らずに過ごす。休み時間はなるべく教室から出る。

○達成目標
いつも自分をいじめてくる相手が、自分を追いかけてきてまで、いじめ行為をしてくるかどうか、それを確かめる


すごく、簡単でしょう。誰の了承も不要で、誰にも相談する必要、ありません。 なるべく黙っている、なるべく教室から出る。これだけでいいんです。

ほぼ間違いなく、今から書き記すAかB、どちらかの結果が得られます。
その結果をみて、次の手を考えましょう


■パターンA:追いかけてきた。
つまり、なにもしてないのにいじめ行為をされた、ということですね。それは深刻です。相手はいじめが楽しくてやっている可能性があり、いじめられた末に殺されるエンディングの圏内です。これは一個人の力で解決できる状況を超えていると考えたほうが自然です。いじめは世界中の人が頭を抱えている人類病だということを再認識しましょう。一、二週間程度様子をみて沈静化しないようならもう検証は十分です。悩むだけ無駄で、『なにもしてないのにそれでも追いかけていじめてくること』を理由に、早退するなり、解決するまで学校を休むなりの手段をとりましょう。貴方がどれだけありえない人だとしても、なにもしてないのにいじめ行為が継続する状況は、別問題として対処する必要があるでしょう。


■パターンB:追いかけられなかった。
なにもしないようにしたら、なにもされなくなったということですね。これはつまり、今までの相手のいじめ行為は貴方の言動がトリガーだったという可能性があり、そう推理する事ができます。だって、なにもしないようにしたら、なにもされなくなったんでしょう?

今までの自分の言動を振り返って見て下さい。貴方はもしかしたら、いつも自分からクラスメイトに話しかけにいっていませんか。いつも同じ話題を繰り返していませんか。貴方にいつも話しかけてくれるクラスメイトはいますか。下校時に一緒に帰る友達はいますか。

ありとあらゆる場面を振り返って、自分はもしかしたら嫌われているのではと考えて下さい。疑って下さい。なにもしなくなったらなにもされなくなった、という事実の結果は、それくらい大きなことです。

どちらもかなり大きな不運や不幸といえますが、状況が絞り込めた事で、対策が立てやすくなります。そう思いませんか?

いまいじめられている人のほとんどが、たったこれだけの対処法を実行する事ができていません。

いじめを不治の病だと思っていたり、いじめる側を、世界で唯一の魔王軍のように思い込んでいるからです。 もし本当に、それくらいのイレギュラーがあればここに書いた事は何の役にも立ちませんが、現実的にみて、いじめてくる相手の事はどこにでもいる普通の人だと考えたほうが良いかと思います。その可能性が最も高いからです。




まとめ

「だからといっていじめはよくないでしょう」

その通りですね。誰もいじめが良いことだなんて言っていません。私も別にいじめに感謝とかしていません。

いじめられている側も、何かしら問題を抱えている場合があります。それがいじめ状況を形成する上でピースの一つになっていたかもしれないんです。それは特別なことではありません。たまたま、いじめという形でそれが明らかになったというだけの話なんです。そういう受け止め方が求められます。
いじめという状況に、いじめ以外の大きなことが絡まっていたというわけです。むしろその前提で考えたほうが自然です。つまり、この記事ではいじめの悪の度合いに関する話ではなく、別の話をしているということです。

twitter上で、何千何万もRTされてるいじめ関係のツイートのほとんどは、いじめられる側を盾にして歌ったポエムです。「3」のように、具体的にどう行動すればいいかが記されていたものがあれば見せて下さい。いじめがよくないと何万回唱えたところで、いまのいじめ現場にはなんら影響を及ぼすことはできません。ポエムを読んで、一歩解決に向かったと思うのは、もう終わりにしましょう。

いまいじめられているという人は、明日学校に行って、どう行動するのかを考えて下さい。それが本来、当り前なんです。いじめられている側が、時間と、頭と、労力を使って、やるんです。一円にもならないけど、やるんです。いじめされない為には、どうすればいいかを考えて、なにかを実行しましょう。この時代の社会では、まだいじめ状況に対する解決法がテンプレ化されていません。当事者が行動するしかないのです。

ただ、いじめられてる日々を現実だと思ってはいけないのです。ほとんどの人は、いじめられずに生きているのです。
いじめられているということは、とてもおかしなことなんです。

私は自分の奇異な言動を自覚してから、「3」で書いたいじめ対処法を思いつき、実際に、実践しました。 もし自分におかしな所があって、嫌われているとすれば、こうすれば、いじめは止むはずだ、と思いました。

ぴたりといじめが止みました。 びっくりするくらい、なにもされなくなりました。

私がいじめだと思っていた周囲の行為は、私が話しかけに言った時や、私が困ることを言った時の、対策や条件反射としてとっていた言動だったのです。私がなにもしなくなったことで、周囲はそれをする必要がなくなりました。だから、いじめられなくなったというわけです。いじめとは言い難い状況だったと、そう理解するのに十分な結果でした。

いじめられている日々が現実ではなく、周囲から嫌われて、誰からも話しかけられないこと。
それこそが私の現実(リアル)だったのです。


いま、いじめられている人の何割かは、これと同じ性質の状況にいると私は考えています。 数年間、いじめ掲示板で相談相手役をしていた時期がありましたが、いじめられていると相談に来る人は、どこかが変な人ばっかりでした。だからそう思います。

ここまで話せば容易に想像できる事実だと思うので、断言しますが、これまでにいじめで自殺したという人に対しても、同じことが言えます。周囲が困る言動を繰り返した末に、みんなから嫌われた人が、自分はいじめられてると思い込み、周囲を恨みながら、自殺した、ということです。

別におかしなことではありません。 だって私も、何度も自殺を考えましたから。

発達障害界隈でもいじめ問題は深く関わっています。この記事に中に書いた事は衝撃的な内容ではなく、日々自分の言動と向き合っている人にとっては当り前のテーマです。

これからいじめの事で、もし発信する機会がある時は、少しだけでいいので、この話を振り返って見て下さい。 今の社会におけるいじめ問題は、このような考えなしに、適切な言葉はつくれないと、私は考えています。

「いじめ」という言葉は、独り歩きしすぎました。 みんなが使う言葉だけど、形が違いすぎて、もう使い物になりません。いじめが悪だとそう徹底的に繰り返すだけの人の言葉は、注意して聞きましょう。なにも知らない、気づけない、ただのポエム野郎なのかもしれません。

読了ありがとうございました。



コマーシャル

創作投稿サイトの『taskey』で、私が連載している『死から始まるエトセトラ』というショートショートの作品集にも、いじめをテーマにしたストーリーを多く書いています。

http://taskey.me/stories/67ccb21479b07dfa383e?lang=jptaskey.me

『へんなこ』 ショートショート
www.youtube.com


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