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HyogoKurumi.Scribble

私はこの社会が省略した事柄を言語化している人です。

発達障害の当事者会について思うこと『生き辛さは解消できない』

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『空のとびかた』プロジェクトの活動もあって、ちょっと前から発達障害の人をフォローしまくっている来未です。 そんな中で、あるアンケートが目に留まりました。

当事者会には自分もいろいろ思うところがあって、「そらとび」の方でもいつかやろうと思っていたお題です。選択項目のワードをどうしようか考えていたんですが、このアンケートが目にとまった理由は「おすすめできるか否か」をド直球に聞いているからだと思います。自分にはつけられないワードでした。


○自分と当事者グループとの関わり

私も以前とある発達障害グループに所属していました。そこは当事者だけではなく定型の人も含め、発達障害に関心のある人なら誰でも参加できるグループでした。※活動サイトには「団体」や「グループ」とは書いてあるが、「当事者会」とは書いていない。

いま自分がやっている『空のとびかた』プロジェクトは、メンバーとして在籍したままやるには規模がでかすぎるということで、昨年の末頃に自分から脱退を提案して抜けました。といっても今も集まりには参加していますし、交流も続いています。

参加したのは今から2年前、2016年の半ばだったかな。発達障害の診察を受けて、私はグレーゾーンから診断済み当事者になりました。発達障害に関する情報をそれまで以上に収得する為、当事者同士の繋がりを求めて近くの当事者会を探し、そのグループと出会ったというわけです。

それから1~2ヶ月に1回か2回くらいのペースで集まりに参加しました。勉強会やワークショップみたいなこともしてたけど自分は茶話会の時間が好きでした。茶話会というのは簡単に言うとお喋りの時間で、「最近どうよ?」みたいなフリートークをする時もあるんですが、たいていは「仕事」「勉強」「人間関係」など、班別にテーマを決めて意見を交わします。

知らない人とテーマを決めて意見交換するって事に、どこか落ち着かない印象を受ける人もいると思うんですが、その集まりの為に遠方から来る人もいて、話したいテーマを決めてくる人もいるわけで、こういう場においてテーマを決める事は重要なのです。

そんなこんなで2~3回参加したのですが、その後、私は自営を規模縮小して就職の道を選択しました。その為、平日は参加できなくなり、休みは家族との時間になったので、一年半近く関われない時期がありました。その間、創作からも、ネットからも距離を置くこととなったわけですが、facebookのグループページなどはよく覗いていました。当事者会に関する意見も気にするようにしていました。

就職先での業務習得が落ち着いてきた頃からはいろいろ復帰させるようにして、今度は勉強会をやらせてもらいました。私はグレーゾーン時期も長かったのでいくつかのスキルを収得しています。例えば凡ミスやケアレスミスを解消する方法や、会話に対する考え方などです。まぁそれはいつかまた別の機会に記事にします。その勉強会は3度、開催しました。わりと好感触だったと思うけど、フィードバックは得られませんでした。

そうして、今はまた自営を本業に戻し、また発達障害界隈に戻ってきたというわけです。



○当事者会(発達障害のグループや団体)に対する印象

というわけで、当事者会における私の立ち位置はどちらかと比較せずとも「メンバー側」であることは一目瞭然だと思います。その上で関わった時期も二年程度と、短くはないだろうけどめちゃんこ長いわけでもないです。知識に関しても「当事者会と、自助グループの違いってなに? おなじなの?」程度のレベルで、だから、この記事には「発達障害の当事者会について思うこと」というタイトルをつけているけど、「発達障害のグループについて何か言いたい記事なんだな」という感じに、これから書くことを受け止めてほしいです。

○ 規模の違いについて「オフ会クラス~団体クラス」
私が所属していたグループは登録人数こそ100人は超えていましたが、アクティブメンバーは20~30人程度で、一度の集まりに参加する人数は10人前後、多くても20人以下という感じでした。 活動の宣伝もホームページやSNSは持っているけど積極的には行っておらず、メンバーのほとんどは自分みたいに検索などで見つけたという人がメインでした。メンバー同士のやり取りもfacebookのクローズページの中だけで、大体の人が、静かでおとなしい活動雰囲気を持つでしょう。私としては、オフ会クラスに該当すると思っています。

これが大きな団体クラスになるとやってる事が違ってきます。SNSやブログなどでバンバンと宣伝や情報の発信を行い、講演会を開いたり、行政とも連携して日々活動を行っています。

というように、発達障害グループの規模は「小」を「当事者や定型の集まり」、「大」を「講演会や、行政との連携なども」くらいの幅でイメージすれば、大体おさまるんじゃないかな、と思っています。


○ グループへの参加をオススメしたい
発達障害のテーマを軸に、社会に対して思うことや、人生観について、いろいろな想いが蓄積されていくと思います。発達障害はそれだけの事を人に想わせる魔力みたいなものを秘めていて、ある意味それは、魅力なのかもしれませんね。

できればそういう思想を、宝物のように大事に心の中にしまうんじゃなくて、誰かと語り合ったり、ぶつけあったりして、雑に扱ってほしいと私は思っています。

・理由その1
私の経験上の話でもあるのですが、それがどれだけ素晴らしい思想だったとしても、一人で想いを巡らせるばかりでは、人はその思想により、病んでいきます(笑

・理由その2
貴方がその考えを胸の中で寝かせている内は、新しい思想を得られないと思います。それはきっと、誰もが考えている定番思想です。いつか絶好のタイミングで決め台詞のように唱えて輝いている自分とか、想像しちゃってないですか。一度外で言ってみて下さい。

・理由その3
言葉や文字、情報や知識も、それだけではただの思い込みやファンタジーで、実現力はありません。どれだけの天才が唱えた事でも同じです。それらを基に、貴方が行動して実現した事だけが現実なのですどうか「現実を話せる人」になって下さいいま発達障害界隈では、本で得た知識や、医者に聞いたと、ただそれだけの時点で、それを現実のものとして恣意的に発信された空想情報が、あちこちに配置されているんです。それらの数が多すぎて、力を持とうとしています。とてもよくないことです。

勤め先で、発達障害トークが気軽にできるという人は少ないと思います。 また、ネット上でのやり取りはいつでも中断できるキャッチボール式の会話なので、リアルの会話では通用しないこともあります。一度に扱う文字数もぜんぜん違いますよね。対してリアルの会話は中断がない卓球のラリーのような性質です。 適応しなければいけないのは、後者の「卓球のラリー」の方です。それが叶えられるのは実際に顔を合わせた会話なのです。

あとは仕事の繋がりとか結構頼もしいです。

というわけで、今の社会に当事者会やグループはあったほうがいいと思っていますし、一度だけでもいいから参加してみれば、と思っています。
いろいろ問題やトラブルもありますが、それらは当事者会が不要である事の理由にはならないかと。


○ 生き辛さは解消できない
メディアの影響もあってか「発達障害=生き辛さ」みたいな印象がまとわりついていますね。まぁ、間違いじゃないと思うんですが(笑) なんというか、メディアがそう語らせてる感がどことなく漂っていませんか。

とは思うものの、実際、発信されている言葉は生き辛さに関する情報が主流ですよね。そういう言葉の本流に乗って、当事者会への参加を促す言葉も一緒に流れているんですが、これだけ生き辛さをテーマに多くの情報が発信されているのに、それに対する改善情報がほとんど見当たらないんです。変だと思いませんか。雑な例えですが、街中にラーメン屋があって行列もできているのに、味の評価に関する話題が全く聴こえてこないのは不可解だと言っているんです。

「この当事者会に入ったお陰で生き辛さが解消できました!」

こんな文章、見たことありますか? 聞いた事ありますか? 私はないです。
別に当事者会は、生き辛さを克服する為だけの存在ではありません。わかっています。しかしです、

A「発達障害の生き辛さを訴える言葉」の規模
B「当事者会に誘う声」の規模

AとBの規模って結構大きいと思うんです。あれだけ広範囲に及んでいる規模なら「参加した事の結果報告」に関する言葉が、もっと溢れていてもいいと思うんです。そう考えることが自然です。それが見当たらないということは、「生き辛さは解消できない」「生き辛さとは違った形で考えるようになった」「生き辛さを語りたかっただけの人が多い」「発信はされているが確認し難い」などといった現状が考えられます。

どれが当てはまるかが問題ではないのです。結果的にこの「入口の状況はよく可視化されているけど、出口の状態がそれに対して不鮮明すぎる」というバランスの悪い見てくれが、どの当事者グループに対しても「秘密結社のような印象」をまとまりつかせていることが問題です。
特に大きなところは悲惨で、怪しい宗教団体も同然の目で見られている視線を感じていることでしょう。嫌な言い方ですが、小さなグループは、そんな大きなグループの風評被害を受けているような気がしなくもないです。

これに関して、一つ決定的な課題があって、それは当事者会での体験が、一般的な職場内での雑談のネタでは使いにくいということです。「昨日、当事者会だった……○○さんが面白かった……こんな為になるワークショップを体験できた……」という話題を振られても、発達障害と関わりのないほとんどの定型は話にのれないのではないでしょうか。自分もよくしらない集会での出来事の話題を振られても、一度目は興味を持って聞くかもしれませんが、二度目はないでしょうね。どうでもいいからです。

これはいま当事者会グループが抱えている課題の一つだろうと私は思っています。特に大きなグループにやってほしいと思うんですが、「うちに参加してどうだった?」みたいな、そういうフィードバック情報を、もっと取得しやすい形で流してくれれば、偏見の目に対する解消にも繋がるのではないでしょうか。



まとめ

自分の中にあった大きめの意見はこれで出しました。細かいこともありますが、今回はこんな感じで。文字ばかりですみませんね。

こうして記事を書きながら、今までのこと、当事者グループの集まりや、ネットで他の当事者と話してきたことを振り返ってみました。

多くの人が、当事者グループに対して大きな期待感を持っていることは間違いないと思います。ただその「期待感の大きさ」と「当事者会の現状」との間に、異質な隔たりや壁があるような気がしてなりません。当事者グループの中で何が渦巻いていようとも、メンバーたちが着々と社会適応を叶えていけばそれでいいとも思うのですが、今はまだ、それが叶っているという声も、聞こえてこないです。

それらのモヤをはらい、人と人を繋げる為には、今よりもたくさんの言葉が求められるのではないかと、私は思っています。



http://soratobiproject.hateblo.jp/soratobiproject.hateblo.jp

『空のとびかた』プロジェクトは、参加型の当事者グループではなく、非参加型のウェブコンテンツです。インタビューやアンケート、動画コンテンツなどがあるので、お気軽に遊びに来て下さいねー\_ヘ(´ω`)