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人は、言葉からは逃れられない。

制作日誌 No.2:着想

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 私はもともと映画が好きで、小学生のころから近所のビデオレンタルショップの会員カードを持ち歩き、お小遣いをもらってはよく映画を借りて観ていた。今もパソコンで作業をする時はよくパソコンやタブレットで映画を流す。普通の人が音楽を楽しむように、私は映画の音だけを楽しんでいる。

 その日も、文章を書きながら映画を再生していた。それは海外のドキュメンタリー映画だった。一人の中年男がある社会問題について実践調査する内容で、映像にはその男ばかりが映っている。派手なCGといった特別な視覚効果はなく、映像だけでいうなら、家庭用ビデオカメラで撮影した自主製作映画レベルのものだ。
 私はその映画を見ていた時にピンときた。『これだ』と。そして次の瞬間、頭の中にやることがふってきた。小説や絵など創作活動を長年している人はわかるかもしれない。あの「ぜんぶふってきた」の現象がここで起きたのである。

 これこそが自分の求めていたスケールだと、確信することができた。一人で本を書くのではない。全てを巻き込んでやろうと思ったのだ。自分の表現はその大きさに耐えられる。やろうとしていたことが小さかったから、私は満足できなかったのだ。

 私は頭の中を一度整理した。映画のこと、インタビュー動画のこと、アンケートのこと、交流会のこと。それらをどういう形でどういう順番で世に発信するのか、いつからスタートするのか、自分が声をかける範囲は……。

 イメージがまとまりだした頃にもう一つわかったことがあった。
 これは本や映画というコンテンツの考え方でできることではない。
 この作品は一つの『プロジェクト』だ。