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人は、言葉からは逃れられない。

制作日誌 No.3:構想

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 コンセプトや活動内容、そしてゴールである映画の内容と、プロジェクトの全体像がほぼ固まったところで、私は当事者仲間の一人に連絡をとった。後に当事者インタビュー第1弾に出演して頂く事となったサワムラ氏である。

 彼とは二年前に、初めて参加した当事者グループで知り合った。リアル都合でグループに参加できなかった時期もあるので、実際に顔を合わせたのは2、3度だけだったのだが、facebook上ではよく意見を交わしていた。当事者グループの主催側に立って活動していた彼なら、私のプロジェクトにも興味をもってくれるに違いないと思った。何より評価がほしかった。彼は発達障害関係の情報やニュースをよく知っていたが、私はずっと発達障害界隈から遠ざかっていた人なので、自分のやろうとしていることが新しいのか古いのか、それすらもわからなかったのだ。 

 大宮にあるラーメン屋で麺とスープをすすりながら、私は自分が二○十六年にやろうとしているプロジェクトの構想を彼に語った。そして、彼も自分のこれからの構想を話した。お互いの人生を共有し、協力関係となったのだ。


 それから私は、もう一人の人物と会って話をした。

 ツイートにも書いてあるが、この写真の男性(右側)はとある小説投稿サイトで知り合った方だ。さっきの彼とは違い、発達障害の当事者ではない。
 出会いの経緯を話そう。三年ほど前、私はとある小説投稿サイトに自身の発達障害エピソードに関するエッセイや放浪の歩き旅の記録を作品として連載していた。その作品にいつも感想をつけてくれたのがこの方だ。なんでも、自分の会社に発達障害の社員がいて、仕事でいろいろなことがあり、その繋がりで私の作品を読んでいるのだという。
 年齢設定には五十代とあり、そんな年配の方から感想がつくなんて思ってもみなかったから、けっこう驚いた。それから他の作品の感想でも彼との繋がりが深まり、感想ページ内だけではなく、その投稿サイトのメッセージ機能でもやりとりするようになった。
 そうして、住んでいる地域やリアルの仕事の事も教え合い、もう会おうと思えばいつでも会える状態になった。しかし、その機会はないまま、私はリアル事情で創作活動を休止する事になった。その時、おバカな私は一度教えて頂いたメールアドレスなどの連絡先を控えずに、メッセージをアカウントごと削除してしまったのだ。だからここで一度、自ら縁を絶ってしまったのだが、会社のある街の名前は覚えていた。「五反田」だ。

 それから二年後、またある偶然を通して彼との縁が復活する。
 いつものようにtwitterをみていたら、タイムラインに美味そうなうどんの写真が流れてきた。その飯テロ画像は「taskey」という創作投稿サイトの社長、沼澤氏のツイートだった。
 私が工場を辞めて自営を本業に戻し、創作活動復帰の場所として選んだ場所が「taskey」だった。で、いま話しているプロジェクトの発想に至る少し前、そのtaskeyが開いた交流会で社長と会ったことで、私は彼のtwitterアカウントをフォローしていたのだ。

 私はかなりのうどん好きだ。食えればそれでいいので「通」というわけではないのだが、とにかく、放浪の歩き旅をしていた時にうどんが大好きになったのである。旅の事はこの作品の中でも詳しく書くことになると思う。

 そのツイートには「おにやんま」という店の名前も書かれていた。そして、この店のある場所が「五反田」だったのだ!

 この時に頭にふと浮かんだ人物が彼なのだ。「五反田か……そうだ、五反田のあの人に会おう」と。あんなにやり取りしたのに結局会わなかったという事実は、私にとっては「やり残したなにか」で、ずっと心の中に残っていた。それを消化するいい機会だと思ったし、漠然とした「会おう」という気持ちも大きく膨らんだ。
 そして私は以前巣を張っていた小説投稿サイトに再びアクセスした。五反田の人のアカウントがまだ残っていることを確認し、連絡の為だけにアカウントを新規取得してメッセージを送った。翌日の朝にはもう返信が来ていたので、飛び上がるほど嬉しかった。
 この時点でもまだ、プロジェクトの発想には至っていなかった。だから本当にその時は連絡をとっただけだったのだけど、この思い切った行動が決定打になったのだと思う。

 その連絡から三日後の十月三十日。私は映画の発想を得た。五反田の彼を想うことは同時に、発達障害のエピソードを綴っていたあの日々のことを振り返ることとなる。あの時の活動を通して本当に叶えたかった事が、一つも達成できていない事を思い出したのだ。そして、自分が一番大きくしたいと思っていることに、気づくことができたのだと思う。

 ある部分だけは「うどん」が繋いでいるわけだが、私たちは「創作」というキーワードの中で繋がったと言えるだろう。

 それから一週間後、私と彼は東京で会い、食事をしながらこれまでの事や今後の事を語り合った。私はその会話の中でいくつもの発見や気づきを得ることができた。それだけではなく、プロジェクトの目標も一つ、見つけることができたのだ。

 正直言ってもう、ここまでで、おなか一杯なのである。幸せすぎて、楽しすぎて、わくわくしすぎで、ショック死しそうだ。

 でも、プロジェクトはこれからが始まりなのである。