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私はこの社会が省略した事柄を言語化している人です。

発達障害特徴の克服シリーズ『その2の補完記事』

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【発達障害特徴の克服】 カテゴリーの記事一覧 - HyogoKurumi.Scribble

先日書いた補完記事のその2です。今回の記事も他の同シリーズの記事を読んで頂いていることを前提として書きますので、まだの方はぜひそちらからお読み下さい。



■コミュ障はこう治せ!の補完

その2記事本編のエピソード部分でもお話しした通り、放浪の歩き旅の先で勤めた職場で、私は不思議な体験をしました。人の話がよくわかるようになっていたのです。そして、記事内でもお伝えした3つの感覚の重要性に気が付いたのですが、それは数年先のことでした。その間のことをお話しします。


その会社は歩き旅の前、他県で一人暮らしをしていた時にも勤めていた会社の支社で、だから経験のある仕事であり、同じ業務でした。発売前のデジタル製品の動作チェックをするデバッグの仕事です。前の職場にいた当時は大して活躍できたわけでもなく、仕事に対する理解度も浅く、どちらかといえば使えない、難しい事は任せられない人で、私もその周囲の評価を認知しつつ、いつも手探りでやっている自分に不安を感じながら仕事をしていました。

それがその職場では、仕事ができるようになったことで、自分に対する周囲の反応の違いに慣れるまでしばらくかかりました。「この△△なんだけど、どう思う?」とかそういう仕事の意見交換もやったり、自分よりも長くその職場に勤めている人がいるのに、「○○さんが今日初めての人だから、教えてあげて下さい」とか世話係を任されたり、前の職場では、他の人がやること、自分にとっては別世界の光景だった事を、どんどんお願いされるようになったのです。「この現場は来未さんがいれば安心だ」とか「謙遜しないで下さいよ」とか、そんな風に言われるわけです。

自画自賛しているようですが、周囲の反応からみて、仕事ができる人として、自分はかなり目立っていた方だと思います。

仕事ができない奴からできる奴になるというだけでもレアケースなのに、そのうえ周囲の反応や評価の違いまで確認できるなんて、誰もが体験できることではないでしょうね。


この頃の私の状態をもう少し詳しく話すと、まずケアレスミスの克服度については70%程度といったところでした。普段の凡ミス頻度は普通レベルになったけど、たまに調子が狂うとミスを連発する事がある、という感じです。コミュ障その2でお伝えした3種のルール感覚についてもまだわかっていません。私は、『歩き旅の中で自分は何かを理解した、何かを掴んだようだ、でもそれがなんなのか、言語化できるほどの理解ができてない』と考えました。

総合的に言うと、『不安定だった』という感じです。あと、経験不足が故の、判断ミスやベストアンサーが出せなかったという失敗が増えました。周囲に期待され評価も上がったことで、それまで自分がやらなかった一つ上の業務に携わるようになり、そのテクニカルな業務の中でそういう失敗をすることがありました。

ミスと失敗のバランスは、体感ですが『不安定による凡ミス(3) < 経験不足の失敗(7)』といった感じで、正直、ミスの方は気にしなくてもいいレベルでした。『どちらかといえばミスをしてしまう方』くらいで、目立つほどではなかったと思います。少なくとも、歩き旅前のように、凡ミスのしすぎで注意を受けたことはありません。恐らく平均的な定型の方はこれくらいのバランス感の中で日常を営めているものと思われます。

『自分の身に何が起きたのかが理解できれば、凡ミスをもっと減らせるだろう』と考えました。そのテーマ自体はどんな時の頭の片隅にはおいていた感じで、『だから今は凡ミスのことよりも、仕事に対する理解をどんどん深めよう』という課題を主とし、凡ミスについて深く考える事はほとんどありませんでした。仕事が終わってから、『あの時の自分の言葉、相手がどう受け取ったか』で一人会議をすることもなくなりました。

コミュ障特徴については、反射的に冗談や思い付きがそのまま口から出てしまうということがなくなったので、それを要因とした対人トラブルが起こらなくなりました。それだけでもだいぶ楽になりました。日常の会話も、仕事上での会話も、きちんと考えて言葉をつくれるようになったので、大体の事はその場のやり取りで解決できました。

住んでいたところは他人同士で生活するとあるゲストハウスでした。まぁ、感情的な言動をとってしまったことはあります。他人同士での生活です。どうしても気の合わない人もいましたから。ただどんな時も、経緯はわかっていましたから、どうすればよかったのか、と考え、最後まで自分で決めた意志で選択をしました。コミュ障特徴が強かった頃の『相手が急に怒った、どうして自分はあんな言動をとってしまったのか』等と、悩んだりや混乱することはしませんでした。自分の性格として自信を持ち、また相手の人格にも、尊重の意を持つこともできました。

これらは、その2本編でもお話しした、『リアルタイムライン』を追跡できているからできたことだと考えています。


歩き旅の後の東京での暮らしはそんな感じで、『自分に起きた変化』を考えながら、人間関係や仕事を楽しんでいた感じです。物書きを目指して、小説を書くようになったのもこの頃でした。

ゲストハウス暮らしの後も日記は書き続けました。歩き旅は終わってしまったけど、一年間は旅の途中だという気持ちを持つようにして過ごしました。ただ、ペンで書くと時間を使いすぎるので、ノートパソコンを買ってパソコンの中に綴っていました。

その時から日記の書き方が変化しました。 それまでのように一日の全てを書くのではなく、一番大きな出来事や、強く思ったこと、考えたことに重点を当てて書くようにしました。たぶんそれが一般的な日記ですね。

その日一日全てを振り返る事ということは、過去について考えるということです。その時は過去よりも未来を考えることに時間を使いたいと思いました。あと細かい動機を言うと、同居人たちとのコミュニケーション時間を取るという理由もありました。そういうわけで、日記に割く時間を減らす必要があると考えたわけです。

せっかくパソコンで書いているのに、文章量は半分以下になってしまったわけですが、結果的にそうすることで、その2のコミュ障克服編でお伝えした3種のルール感覚に、より特化した日記となりました。一日全体に向けていた意識をより凝縮したというわけです。不安定だった意識も日が経つにつれ安定してきました。『あとは自分の力で仕事がどこまでできるようになるか!』という、歩き旅前の自分ならありえなかったテーマと向き合うようになりました。

それから自ら志願して現場の班長になりました。社員からの指示を皆に説明したり、現場の一般スタッフからの報告をまとめたりする役です。できることはよりできるようにして、できない事は自分で考えたり、わかる人に教えてもらったりで、何もかもが順調でした。

「やっと普通の人になれた」という達成感で満たされました。


そうして気持ちに余裕と自信がついた私は、改めて自分の身に起きた変化と向き合うようになりました。それまでのエピソードを振り返って、どこで何がどういう変化をもたらしたのかを考えました。そして友人の協力もあり、その2の本編でもお話しした、正方形の説明をする上で使う感覚が重要である事に気が付きけたのです。

これは、デバッグの業務がヒントになりました。デバッグの業務では、見つけた不具合をメーカーに伝える為の報告文章を作成する事も業務だったのですが、歩き旅の後、その文章を自分で考えて作成できるようになっていた事が、最初に見つけた変化だったのです。 歩き旅前に勤めていた時は、文章を作れなかったので、他の人が出した似た内容の報告文章を真似していたのです。つまりは報告文章の盗作ですw それが、どんなややこしい不具合の動作でも、自分の考えで、1から文章を作れるようになっていたのです。これも勤め始めてからいきなりできるようになっていたので、驚きました。

文章を作ること、それは人との会話で使う『言葉』にも通じる事に違いないと思い、私は、なぜ文章が作れるようになっていたのか、そこから考えてみました。そして、正方形の問題を思いつきました。不具合の報告文章は動作を説明するもの、だから、同様の感覚を用いれば他の事、例えば正方形などの図形解説にも応用できるはずだと思ったのです。

そして私は自分なりの回答を作ってみた後で、今度は、小説文章の校正のことも含め、小学生の頃から世話になっている友人に、その問題を出してみました。すると友人はほぼ即答で「サイコロ」と答えました。なるほど確かに、正方形を相手にイメージさせるなら、サイコロでも十分、その特徴が伝わります。その比喩表現は彼らしく、逆に、私が考えたような説明文らしい回答を考える事を、めんどくさがりました。

格通りの回答を出したことが、大きなポイントだと考えました。

それから私は、この問題の為に作成した文章や日常の中で自分が言っている言葉を、感覚Bを用いて分割して考えてみました。そうすることで、たった一個の文章や言葉でも、いくつもの感覚が背景に働いている事がわかったのです。

歩き旅の前、私は言葉も思考も、感情の気分に翻弄されていました。歩き旅の後は、感情はそのままに、何か別のものが言動の主導権を握った事を感じ取っていました。それは感覚Bの仕業というだけでは説明できない事でしたが、どう考えてもそこが何かをしている、と感じていました。私がわかっていなかったことは、感覚と一口にいっても、複数の種類があるということだったのです。その2の本編でお伝えしたあのルール感覚はその、一部なのです。

その後も日常の中でこのテーマと向き合うことがありました。そしてさらに数年後、当事者会グループでの勉強会などを通して、記事本編でお伝えした内容に固まりました。最終的に主となる感覚を3種にまで絞り込みました。


その後、いろいろな出来事が重なり、一身上の都合でその会社を退職しました。それから、その1のケアレスミスでお話しした漫画喫茶での出来事があり、さらに数か月後、私は歩き旅中に出会った現嫁との生活資金を貯める為に、一旦、実家の親元に帰りました。

その先でもまた一つ、発達障害エピソードがありました。余談ですがお話しします。

一人暮らし前の家業就労時代、掛け持ちでいろんなお店でアルバイトもしていたのですが、帰郷後にまた、その頃に勤めていたある職場でお世話になる事となりました。家業就職時代は掛け持ちのバイト先を対人トラブルなどでコロコロと変えたのですが、そこは最後に勤めたところで、一番長く続けたバイト先でした。

当時はコミュ障に加え凡ミス特徴などもあり、仕事もあまりできず、やる気だけで最後まで勤めさせて頂いたようなもので、本当に感謝していました。だから、またいつかリベンジしたいと思っていたお店でした。お店はちょうど、スタッフ募集をかけていたところで、私の方も貯金ができるまでということで、またそこで働くことになったわけです。

最初こそ判断ミスなどもありましたが、元経験者というだけあって、わりとすぐに順応できました。昔は店長から怒られてばかりでしたが、パワーアップした私をみて、東京でなにがあったのかという話をするようになりました。私も雑談の中で身の上話をするようになりました。その中で店長の口から驚く言葉が出てきました。「それ知っている、たぶんアスペルガーだよ」と

私が故郷から離れている間に、なんと、店長のお子さんがアスペルガー診断を受けていたのです。

その頃、私はまだちゃとした診断を受けられていない状態で、定型発達として生きていました。 出来すぎた話かもしれませんが、本当にあったことです。

店長は私の仕事をする様子みて、どうして仕事ができるようになったのか、とても興味をもちました。私もできる限りお話ししました。一度、家に招かれてそのお子さんとも会いました。

こういうエピソードも経て、私はより自分に自信が持てるようになりました。歩き旅前は、規格外の世界の中で生きているようで毎日が苦しかったのですが、『自分の能力で勝負して生きている』という実感を、感じられるようになりました。


コミュ障編の補完についてはこんな感じです。如何でしたか。

ここまでの話を読んで、もはやそこらの定型発達以上に仕事ができるのでは?と感じられるかもしれませんが、それはまぁ、一部の能力に関してはその通りだと思います。私自身もそう評価しています。 ただ一点、どうしても克服できていない事があります。

私は、発達障害の診察で、成人用知能検査なども受けているのですが、その中で私は知識の習得に大きな難があるとこがわかっています。IQ上の話をすると、WASI-IIIという成人用知能検査で、各項目10が平均値なのですが、私はこれの『知識』は「3」でした。でも『理解』は「13」とやや高めです。他は平均でしたが、知識が低すぎるせいか『言語理解』のIQは「84」と、平均よりも一段低い数値です。診察の為に通院していたお医者さまの私見だと、「学校の授業もほとんど頭に入らなかったのでは」「世の中8割くらいの人が知っていることを知らない程度」と仰っていました。

ただ『処理速度』という括りのIQは「133」と、これは全体の2%しか出せない、極めて高い値だそうです。

知識がないせいか、話についていけない事が多いです。相手は自分がしたかった話が、私がのせいでできません。例えば『昨日みた野球の話題』を振ったら、相手が野球の事を全く知らないとします。野球のルールも選手もわかりませんから、話の面白い部分が理解できません。となると野球の楽しい話ができないということになります。それは例えであり雑談の話ですが、そういう事が他の雑談や、仕事に関するやり取りでも起こるのです。

だから、その場で考えて対応することが多いです。その場で考えて理解するか、必要な質問を作って教えてもらうという感じです。恐らくですが、それが私の日常だったことで、自然と頭の回転力?が高まっていったのではないかと考えています。

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普通は10付近の値に落ち着くらしいです。 2007年は歩き旅にでる前に受けたものです。バウムテストとロールシャッハテストも同時に受けました。この時は発達障害を否定する診断が出ました。 2015年のものが、確定診断が出た時の知能検査の結果です。この時もバウムテストとロールシャッハテストを同日に受けました。 2007年に受けた時から知識に難があることはわかっていましたが、それは勉強不足が起因しているものだと思っていました。だからその後は、テレビのニュースを見る際もネットで情報を見る際も、何かと勉強意欲をもつようにしていたのですが、2015年で受けた際の結果はご覧の通りです。「これが障害か」と、結果をみてかなり驚きました。

話を戻します。 その1ケアレスミスの記事でお伝えした感覚の調教法も、『ヴィパッサナー瞑想』という集中法に酷似していると仰っている方が多いですが、私はそれを知りませんでした。大体の方は自分で思いつく前に、先に知識を得て理解するようなのですが、私にはその順序が逆であるエピソードがいくつもあります。ですので「○○って知ってる? 知らないのか、それは△△の□□というわけさ」という話をよく聞かされても、『その○○という名称は知らない、けど△△と□□のことは自分で考えた事があるから理解している』と思うことがよくあります。

逆に言えば、どんな話にもついていけます。問題は仕事上の報告や会議のような、「ここまでわかってるライン」が暗黙の了解になっているような、最適化されたやり取りの場合には不向きだということです。

知ってて当り前の事を知らない、また普通とは違う経緯で理解しているので、私がどれだけ気をつけて普通を意識しても、喋ればその部分で、どうしても消せない違和感が出てしまいます。そういう意味では、私は今もコミュ障なのであり、障害者手帳を必要としている理由でもあるのです。

その2の本編の中で、学習のコツについて記述しましたが、あれは大人になってから理解し習得できた感覚です。もし学生の頃にそれができていたら、私は普通に大学を出て、何かを専門とする学者を目指していたと思います。


中学二年生の時、私はいじめ体験を通して、自身の異常性を理解しました。そして、普通の人になってやる、と心に誓いました。それから自分に自信をもって、その目的は叶えたと断言できるようになるまで、だいたい十五年かかりました。

十五年間、同じテーマと向き合い続ける。それが私の努力のスケールです。ただこれを、障害者相当だからそこまでの歳月を要したとは、思わないで下さい。確かに発達障害相当の人は習得に時間がかかると言われますが、それはこの社会にヒントになる情報が乏しいというだけで、障害特徴とは切り離すべきことです。

エゴサですが、記事の反響を検索してみると「なるほど、わかりやすい、気づかなかった、目からウロコだ、これはすごい」というコメントを数多く見つけることができます。断言が過ぎる部分も多々あるので内心不安でしたが、多くの方が私の意図通りに読み取ってくれているものと認識できます。図形の書き写しを毎日実践してくれている人もいました。これは、無意識を説明できる人が、この社会にはとても少ない事を示しています。

今日だってどこかの職場では、凡ミスを多発しているスタッフに対し、何も知らない同僚や上司が、解決力の無い注意をぶつけている、そんな現場があったのでしょう。記事を読んで頂けた方なら、感覚AとBの間には越えられない壁があり、罵るばかりの注意だけでほぼ間違いなく解決には繋げられないことが、よくわかるかと思います。

そういう現実をみて抱く感想は、ある意味、この感覚調教法の副作用とも言えます。もう知ってしまいましたから、知らない状態、気づかなかった状態にはもう、戻れないですからね。 皆さんの反響や意見を読んでいて、この調教法には、社会観や現実勧をそこまで変えられるだけの影響力があると私は考えています。

発達障害の診断を受けながらも、その1その2でお伝えした感覚の調教法でなんとかなっちゃう程度の人は、大勢いると私は思います。その中にはお薬を頼っていたり、ひきこもり生活を続けている人もいるでしょう。その現状は、その人たちにとっても、社会全体にとってもマイナスであり、つまりは自分へのマイナスに繋がります。

この克服シリーズの内容が気に入って下さった方は、シェアして広めて下さると嬉しいです。流石に全員には通用しないとしても、何割かはなんとかなると私は考えます。この2種の調教法を日常に取り入れるだけで、より現実的に物事を考えられるようになります。 実際に起きていることと、起きていない事の分別ができるようになるでしょう。

読了ありがとうございました。克服シリーズは一旦ここで完結とします。 また遊びに来てくれると嬉しいです!\( ‘ω’)/
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