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人は、言葉からは逃れられない。

【暫定版】発達障害とはなんなのか――「現実」と「言葉」の捉え方

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 昨年の転職問題の時から、日常に対する意識は大きくかわった。悪いことばかりだったような気もするけど、今年は新しい人生の再スタートだと、そう思えるくらいの意気込みが持てているということは、総合的には良い経験になったということなんだろう。

 ただその中で新たな問題、いや、課題が浮き彫りとなった。それは私の障害的特徴の一つ、意思疎通の偏りっぷりが想定以上に酷かったということだ。

 少なくとも、四年ほど前から始まった妻との今の生活の中では、ほとんど気にならなかった。
 個人事業主だから、自分の足で税務署や商工会議所に行ったり、あちこち問い合わせたりするんだけど、意思疎通面での問題は全く気にならなかったからだ。

 でも、それは違った。
 今年に入ってから、私はNPOの理事になったり別の仕事を始めたりと、仕事を通した人との交流が増えた。その現実の中でようやくわかった。
 実は意思疎通面の問題は起きていたのだ。私の現実の捉え方では認識できていなかったのだ。

 自覚を得てから考え続けて、なんとか図で表せる段階まで整理する事ができた。
 私はこれからもこの考えを発展させていく為に、今の考えを一旦まとめたいと思う。

 だからあくまでもこれはメモ、整理……というつもりでキーボードを叩いてる。


▼現実の捉え方

 私はこれまで「現実」という感覚の事を、“皆でシェアしている感覚”で捉えていた。それができるようになったことで生きやすくなったし、今まで生きてこれたのだ。
 でも「社会の現実」「〇〇の現実」という言葉が作れるように、現実はいくつもの姿をもっている。もちろんわかっていたつもりだったけど、わかっていなかったと言わざるを得ない。

 自分の認識の変化を順々に説明しよう。


▼~14歳(中学二年生)まで 図A

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 私の最初の現実感を図で表すとこのようになる。
 そもそも現実という概念すらなく、周囲から言葉がどんどん送り込まれる、入ってくるという感覚で、その言葉が集まる部分の中心に、ぼんやりと私というものが認識できていた。その私という感覚は、いつも何かについて嫌がっていて、苦しんでいた。言動は感情的且つ短絡的で、何も考えていなかった。

 当時の事は説明できるけど、考えてとっていた行動は一つもない。ここらのエピソードは過去記事でも書いているので時間のある人は読んでほしい。クラスメイトからは「しんしょう」と呼ばれ、親からも「知恵遅れ」と言われた私に起きた突然変異の話だ。

hyogokurumi.hatenablog.com


▼14歳~24歳まで 図B

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 14歳、中二の時のいじめ体験を通して、自分の頭の中に意識した事を思い浮かべられる事を知った。
 簡単な図形を思い浮かべるところから始め、次は記憶を振り返り、その後は自分を見つめ直す、という事までできるようになった。
 今でもこのタイミングが、自分の人生の始まりだと思っている。これ以降、学校でいじめられる事はなくなった。それまでとは比較にならない程、平穏な日常を送る事ができるようになった

 でも非定型言動の根本的な解消には至らなかった。高校の時にまた大きな失敗をして、立ち直れなかった私は高校を中退する。生きる希望を失い、セミの幼虫のように静かで、大人になったらすぐに死ぬ人生でいいやと思っていた。

 ただそれでも、何も考えられなかった自分が大きくかわれたこの体験と、友達の言葉が心の支えとなり私はまた頑張ろうと決意できた。しかし、親の飲食店に就職、という境遇の中では、プライベートな他者との交流が全く作れなかった。そこで注目したのがオンラインゲームの世界である。これなら家にいながら外と繋がれる。

 私はネットを人間関係の学習ツールとして利用する事にした。


▼25歳~30代 図C ※重要

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 24歳の時に成人用知能検査WAIS-Rを受けて、「知識」の能力が著しく落ち込んでいる事を知った。
 それから私は人生の復興をかけて、放浪旅を決行する。その旅で自分の脳の仕組みをかえようとした。
 
 放浪旅はたった一ヶ月で終わってしまったのだが、確実に私の脳に影響を与えた。私はしばらく、この体験を通して自分の身に起きた変化を整理する事に明け暮れた。

 ケアレスミスの頻度は激減し、コミュニケーション上の齟齬も気にならなくなった。わからない事があっても、困惑せず、すぐに対応する聞き返しができるようになった事も大きい。当時は「普通の人はこんなにも早く喋っていたのか!」と驚いたものだ。旅の前は常に心に渦巻いていた息苦しさ?も解消され、毎日溢れ出る自信を持て余していた。

 この頃の現実に対する考え方を、図で表すと上の図Cのようになると思う。

 生き物を含め全ての存在は、この「現実」という無限に広がっていく未完成パズルを皆でシェアしていて、そのパズルに言葉や行動でピースを足している、というイメージだ。自分の日常はこのピースの縁や内部の一部分であり、普通と呼ばれる人たちはこのピースの形を感じ取る事ができていて、今までは私がこのピースに合わない言動をとるから非定型だったのだ、と認識する事ができた。

 この考え方はとてもシンプルであり万能であり、あらゆる面で活用できた。状況を素早く理解して、必要な時間をつくったり、言葉を言ったり行動をとることができた。物事の難易度を下げる上で都合が良い捉え方だった。
 自分の考え方にも自信が持てた。ピースの形に合わないと思える意見は明確に「間違っている/考えが足りない/おかしい」といった判断をもって、考えることができた。過去のようにちょっとしたことで悩んだり病んだりと、気持ちが落ち込む事もなくなった


▼30代~現在

 そしてこれが最新の認識である。新しい日常の中で、私が最初に学んだことがこれだった。
 まだ形が見えてから日が浅いので、自分の中でも暫定版というか、ひな形のような感じなのだが、なんとか図に表すことができた。

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 ひとつ前の「25歳~30代」の図Cとの違いについて説明する。

 まず「現実を他人とシェアしている」という構図が変わり「自分が認識している現実は自分の考え方」という事になった。
 自分が皆と共有していると思っていた現実は、主観の域を出ない事だったのだ。

 次に、現実は一つではないという事がわかった。そもそも「現実」という言葉自体が総称というか比喩表現のようなものなので、これを今の話に合わせて言い換えると、「脳」の事である。
 ひとつ前の図Cでは、私は一つの考え方で全ての場所に対応していたということ。ある人が「発達障害の方はいつも同じで変わらない」と言っていた言葉を思い出す
 私だって、友だちと上司、自分の部屋と会社や公共の場など、それぞれ違いがあることは認識していたが、あくまでも「面」や「感覚の違い」という程度で、その状況に対応させる上で使っている脳は同じだったと言える。

 もちろん、「主観・社会・日常」の3つだけに分けている事を最適だとは思わないが、他者と円滑に交流をする上でも、最低この3種は意識するべきだろう。

 ここまでわかった時点で「知識」という感覚がよくわかるようになった。知識は特に、他人との関わりの中で活用すると思えたので「社会的現実」の中に入れた。図Cで生きていた自分にはありえなかった感覚だ。

 それぞれの現実が互いに情報を送受信している関係にあり、必要に応じて他者に見せる自分の現実(脳)を切り替えたり同時に見せることも重用だ。


発達障害とはなんなのか――「現実」と「言葉」の捉え方

 まず、図Cを振り返ってみる。こいつは私に前進する力をくれた。でも、他者とシェアしにくいものだった。そして、この図Cについて考えていると「もしや、まさか」という感覚が浮かんでくる。
 私も当事者会への参加などを通して他の当事者の話を見聞きしてきたが、「まさにこの図Cではないか」という現実の捉え方をしている人たちが何人か思いつく。いや正直、ほとんどそうだった気がする。やりとりしてきた会話やSNSなどに投稿される言葉を振り返ると、この図Cの観点から作られた意見だと感じられるからだ。

 図Cは、図AやBからの発展位置として取り入れやすい位置にあると思うが、図Dほどのシェア力はない。
 そのくせ、あらゆる言葉に対応できてしまうところが厄介だ。

 図Cの感覚だと、この様な事が起きるはずだ。図Dと比較しながら読んでほしい。

 例えば、一生懸命に考えて生きているつもりなのに、図Cだとあらゆる場面で周りの人と足並みが揃わないはずだ。一つの脳(現実)だけで全てに対応しようとしているからだが、自分ではそれを自覚できないだろう。
 それなのに人の話はよく理解できる方だと思う。パズルのピースの縁かどこかに、その話に対応する場所を見つけられるからだ。でも、自分の中には蓄積されない。わかるけどわかっていない。
 自分に対して酷い事を言ったという理由で怒ってくる相手の気持ちもわからない。こちらは相手の意見がピースに合っていない事を指摘して話をしていただけであり、それ以前に「怒った」という事だけを取り上げて、それだけの話をしようとする行為自体が謎めいている、不気味に感じられる。
 人の説明も理解しにくいと感じる事が多いだろう。なぜならこれも、パズルのピースに合わないと頭が指摘しているからだ。自分、つまり他者が理解できなくて当然相手が思い付きで、好き勝手喋ってるように感じられる
 周囲からは「プライドが高い」「自分の事ばかり」など、周りの事を考えていないと指摘される事も多いだろう。それだって、現実を見ないで知ってる言葉を吐いているだけだとさえ思えてしまう。というか、相手の話す内容は全部理解できていて、それらを組んでやりとりしているつもりなのに、なぜか相手はこちらを指して、それをわかってないと言いたがる。あぁ、どうしても自分のせいにしたいんだな、とさえ思えてくる。

 一例を書いただけのつもりだけど、まさにこれって発達障害特徴を感じている人たちが話す人間関係上の生き辛さ、その基礎部分じゃないか。考えすぎだろうか。発達障害じゃなくたって、話の通じない奴をイメージすれば、だいたいこんな奴ではないだろうか。そういう人たちはいま「アスペ」と呼ばれている。いまコミュ障やケアレスミス、知識不足などの、よくある発達障害特徴で悩んでいる人の内、何割かはこの図Cに当てはまるのではないか。

 新しい事に挑戦する時、私はいつも自分の成長を意識する。とはいえ、この歳になってこういう変化をまた、しかもすぐに体感できるとは思わなかった。脳ってほんとすごいな。
 実際、現実の方にも大きな変化が起きている。こんなにも顕著な変化を実感できているのは、中学生のあの時以来の事だ。

 まず知識の受信箱が出来た為だと思うが、いまものすごく知識に飢えている自分がわかる。新聞や雑誌の記事も、知らない言葉が混ざっていても読み進める事ができるようになった。
 数年ぶりに勉強もまた再開し、二十代の頃、何度本を読んでも頭に蓄積されなかった謙譲語や尊敬語、丁寧語の意味がわかるようになった。

 人の声もよく聴こえるようになった。妻の声もモニュモニュとしていて聞き取れない事がしばしばあったのだが、今は全くそのような事がなくなった。たくさんのことを考えてくれていたのに、私がその言葉をぜんぜん受け取れていなかった事も理解できた
 過去のやりとりについても遡って再認識している。「あの時は自分だけがわかっていなかったのか」と思えることがいくつもある。映像を視聴している時の感覚もかわった。以前までは、登場人物や台詞などが頭に残らなくて「派手なシーン」しか印象に残らなかった。よほど好きになれないと、感想だって「面白かった」くらいしか言うことがなかった。感じた事は覚えているが、内容は頭に残らなかったからだ。今は台詞などがある程度、意識の中に残るようになっている。

 あと声については更なる収穫があり、言葉の中にも「マルチタスク」と「シングルタスク」の性質の違いがあることがわかった。
 私は相手にもわかりやすいよう、言葉の通りに受け取ってさえくれればそれで通じる言い方を意識していたが、周囲の言葉の作り方はそうではなかった。私が一本の矢を放つのに対し、周囲の言葉は多弾頭ミサイルの様に感じられる。
 逆に私の発信する情報は周囲にとっては背景がない分、情報がまるで足りなかったのだろう。実際、私が整理した上で質問をしても、相手は何がわからなくて聞いているのかわからない、という事がこれまでにもよくあった。
 言葉の背景がわからない、そもそも感知できなかった要因としてこれも挙げられると思う。

 これでもまだ変化の途中だと思う。これから毎日どんどん変わってくのだろう。
 私の取り組み方次第では、もっとすごい事が起きるかもしれない。

 これからの人生に対する大きな楽しみが増えたけど、同時に不安に変わった事もある。
 それでも私は、自分の想像力に負けないで、生きていこうと思う。


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