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HyogoKurumi.Scribble

私はこの社会が省略した事柄を言語化している人です。

2013年原付カブの旅 第二話「漆黒の箱根峠」

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前 2013年原付カブの旅 第一話「タイヤパンク」 - HyogoKurumi.Scribble


闇1

 時刻は18時半。現時点でもうほんのり薄暗い。これからどんどん暗くなる。ここで止まっていられる余裕はないのに、俺はパンク修理の仕方を会得していなかった。
 旅の中止か? いや、中止して帰るにしても、パンクは直さなくちゃいけない!

『くそったれぇぇええぇぇいい! 畜生ぉおぉおおぉおぉおおっ! ……なんで〝自分ばっかり〟こんな目に遭うんだろうか……』

 情けないことに、俺はそんな卑屈なことばかり考えてしまった。パンクしたタイヤ、その目の前の現実を相手に、しばし心の中でもがき苦しんだ。

 あらかた苦しんだところで気を落ち着ける。やることはやらなくちゃいけない。時間的にバイク屋が店を閉める可能性もある。思いついた方法をすぐに実行に移した。
 スマホの地図アプリでバイク屋を検索。ヒットした店に片っ端から電話をかけるのだ。
 すると何故だろう。自分の現在位置を示しているマークが1つあった。おや? と思いつつ振り返ると、なんとすぐそこにバイク屋があったのだ! うほぉ! 神展開!
 しかし――店は閉まっていた。電話をかけても出ない。留守のようだった。今日は定休日なのだろうか。

 しつこく電話をかけたが駄目だった。その後、別の店へ2軒電話をかけたが、2軒目はまた電話に出てもらえず、もう3軒目は自転車屋だった。
 3軒アウトなのでかなりへこんだ。まさかこのまま修理できないとか……。懲りずに別のところにかけようとしていると、知らない番号から電話がかかってきた。相手は2軒目にかけたバイク屋さんの人だった。着信をみて折り返してくれたそうなのだ。
 事情を説明したところ、カブのパンクの修理はパーツが在庫が切れてしまっているが、バイクショップH(仮名)さんのところからたぶんやってくれるとのことだったので、その店の電話番号を教えてもらった。
 そっちでも駄目だったらどうしよう、と思いながらコール。電話に出てくれたがまだ安心はできない。自分が埼玉からここまで走ってきたことや、パンクが直らないと動けないことを説明した。
 すると、ここまでレッカーに来てくれると!
 タイヤチューブは在庫切れだが、もし必要になったとしても、店で組み立て中のカブがあるのでそのパーツを使ってくれるとまで言ってくれた!
 なんとかなることがわかって本当に安心した。

 バイク屋の到着を待ってる間にも、辺りは少しずつ暗くなっていった。
 レッカーが到着した頃にはもう真っ暗になっていた。
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 ↑カブが荷台に積み込まれたところ。俺は助手席。

 運転席のスタッフの人と旅の苦労話や仕事の話をした。俺はようやく安堵できた。
 ただ、今度は天気が心配になってきた。いや、ずっと気にしていたのだが……スマホのアプリで雨雲の動きを見る限り、箱根エリアが大雨状態だったのだ。
 そしてお店で修理を待っている間、不安は的中した。いや、避けられなかっただろう。ポツポツと、雨が降ってきたのだ。小雨程度だったが、これからどうなるかわかったものではない。

 バイク屋に着いてから、俺は店内でオペの終りを待った。
 パンクの原因はゴムベルトの劣化だった。ゴムタイヤの中にあるチューブとホイールの間には、ゴムベルトが巻かれている。そのベルトが経年劣化を起こして、ズタボロの状態だったのだ。その劣化で切れた部分がチューブを挟んで噛み切ったというわけだ。
 分厚いチューブがそんなことでパンクするなんて想像しにくいのだが、現実はそんなもんらしい。
 日中に何かの金具を踏んだ記憶があったのでそれが原因かと思っていたのだが、全く関係なかった。今回の旅の走行関係なく、恐らくそう遠くない内にパンクしていただろう。たまたまこの日だったのだ。
 チューブは過去のパンク修理痕があったので、例の組み立て中のカブで使用されていたチューブ(新品)と交換することになった。
 ちなみに、パンクとは関係ないが、ここで驚くべきことが判明した。なんと俺の原付カブの後輪には、前輪用のタイヤが着せてあったらしい(笑
 説明すると、通常、前輪はママチャリのようなツルツルとしたタイヤで、後輪はマウンテンバイクのようなでこぼことしたタイヤが着せてある。
 だが、俺のカブの後輪タイヤはツルツルとした前輪タイヤが着せてあったというわけだ。
 走行に支障はないが、後輪からのパワーが送り難いということと、本来の後輪タイヤよりもスリップしやすいので、雨の日の走行は気配りが必要と言われた。
 あと、これも関係ないが、サイドスタンドの存在をここで知った(斜めに傾けて止める時のアレ)。センタースタンドだけかと思っていた(笑

 バイク屋に着いたのが19時頃で、修理が終わったのが19時半頃だった。
 修理代はレッカー代で6,300円。チューブ交換代で1,155円、工賃で3,150円=10,605円。
 18,000円しかない現金が一気に半分以上も削られてしまう。それはまずいのでカード支払いにしておいた。
 初のレッカーだったこともあり最初は金額に驚いたが、これで安いほうらしい。
 ※帰宅してから相場を調べたがたしかに安い価格帯であった。現場から店ま数km程度だったとはいえ、1万円越えるのが普通。

闇2

 俺はスタッフに礼を行って店を後にした。雨は小雨程度だったが止みそうになく、むしろ強まりそうだったのでレインコートを着た。ちなみにコートは上下別で全身包み込むようなものではなく、太ももの上まで隠してくれるだけの自転車用のポンチョタイプのものだ。

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 これがパンク直前に撮影していた箱根の方角の空である。
 やや曇りがかっているが日も落ちて涼しくなってきたところだった。
 よ~しこれから登るぞ~!という意気込んだ気持ちで撮影した。

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 そしてこれがパンク後の空の様子だ。箱根までの道中にあったコンビニで撮影。
 なんかもう色々やばかった。

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 雨雲レーダーの動き。左下の厚い雨雲の辺りがちょうど箱根エリア。

 本当ならとっくに箱根峠を越えているはずの時間だったけど、今から挑まなければならない。
 今日はまだ100kmも走っていないのだ。ここで一泊したら明日は300km近く走らなければならない。

 空は数秒~数十秒間隔でピカピカと光っていた。まるで空が壊れてショートしているようだった。
 光ってもゴロゴロといった雷の音はしなかった。ただ光っているだけだった。それがとても不気味だった。
 俺がこれから挑むのはただの峠の一般道のはずなのに、不安ばかりが煽られていった。

 箱根が近くなるにつれ、民家や建物がどんどん少なくなっていって、気が付いたらもう森の中を走っていた。
 道路や外気など周囲の状況から、ついさっきまでここらで雨が降っていたことがわかった。
 いつの間にか雨も止んでいたがちょっと寒かったので、コートは着たまま走ることにした。

闇3

 交通量は少なかったけど、数分おきにバスのように巨大なトラックが小さな自分を追い越していった。対向車線からも容赦なく車が突っ込んできた。
 こちらは急な上り坂で全く速度がでず、4段階あるギアの2か3かでトロトロと走るのが精一杯だった。そのせいか、走ってくる全ての車が乱暴な速度で峠を走り抜けているように感じた。

 もしスリップしたら終りだ。巻き込まれるのも駄目だ。進行方向の地面になにか障害物が落ちていないかを気にしながら、前方とバックミラーに神経を集中させ、車か来たら路側帯に逃げてやり過ごす、それを永遠と繰り返した。   f:id:hyogokurumi:20170212140906j:plain

 画像は外灯のお陰でなんとか先が見えているところだが、外灯がない場所は霧のせいで視界は2~3mくらいだったと思う。道路の白線や崖に沿ってピカピカと光っている誘導灯だけが頼りだった。アクションやパニック映画なんかで、飛行機の操縦士が「誘導灯がないと着陸できない!」なんて言ったりする、その意味がよくわかった。

 地図からでは、厳密にどこからどこまでが箱根峠の道なのかはわかなかったけど、小田原市から三島市までと考えれば25km~30kmくらい。順調に走れば1時間以内だが、時速20kmかそれ以下で走るのがやっとなので、3時間はかかるだろうと見積もった。

 あとどれくらいだろうか、と思い始めたところで、俺は一旦路側帯に寄って地図アプリをみた。
 そして愕然とした。

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 20時10分――
 なんで俺、道間違えてるの?
 現在位置を示す青い点は遠回りの道を進んでいた。
 たしか峠の入り口の辺りで『箱根峠新道』とか書かれた看板があって、でも左折しなければならなかったので無視したのは覚えていた。でもそれで良かったはずだ。自分は道なりに真っ直ぐ進めば良いはずなのだ。だから、ルートから外れていた意味が理解できなかった。
 自分に対して苛立ちを覚えたが、それでなにかが変わるだけじゃない。結局、自分がどこかで道を誤ったのだろうと判断した。

 それよりもガソリンが心配だった。

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 最後に給油したのが昼の13時だった。峠に入る前に給油したかったがバーはまだ十分右に傾いていたので、峠を越えてから給油することにした。携行缶もあることだし。
 ただ、予定外の遠回りをしている。坂道は厳しく、思っていた以上に進まない。残りの距離、これで足りるのか? もしかしてギリギリか、足りないんじゃないか?
 足りなかったらどうなるの? この路側帯をカブ押して進むのか?

 以前仕事で遠出をした時、バーの傾きが90度を越えてからわりと早く減っていったことがあった。その時はたった数km走っただけで空になった。携行缶に入っている500mlのガソリンで走れる距離は15kmくらいだろう。タンクの残量と合わせて20km少々と考えると、残りの峠道の距離を下回っているように思えた。

 道中にガソリンスタンドはあるのか?

 その小さな不安が緊張の糸を切ってしまったのだろう。
 それからの俺は、走りながら半べそをかいてしまった。

闇4

 心臓の辺りがしめつけられるような感覚に襲われた。俺はこの感覚に、覚えがあった。
 高校に入学して間もなく、オリエンテーションという学校行事があって、新入生一同は三日間山奥のコテージで規則正しい集団生活を送らされることとなった。クラスメイトが和気藹々と楽しんでいる中、俺は2日目で動けなくなっていった。どうしようもなく家に帰りたくなってしまい、その日予定されていたハイキングを部屋で過ごした。
 もがき苦しむほど辛くて悲しくて、俺は部屋の中で一人、布団にくるまりながらぐすぐすと泣いていた。なんでこんなにも辛くて悲しい気持ちが膨らんでくるのか、自分でもよく理解できなかった。
 なにも辛いことはないし、悲しいこともなかった。なのに何故かみんなの笑顔がとても怖かった。そして俺は高校生活に何の希望も持てなくなって、中退を決意した。
 オリエンテーション中の記憶はそこで途絶えている。もしかしたら途中で帰ったかもしれないし、最後まで頑張ったのかもしれない。記憶が欠落している。 
 日が経つにつれその不安定な気持ちは薄らいでいった。けど、高校2年生の時に別の理由で実際に中退するまで、その気持ちは心の中にしこりとなって残り、最後まで消えることはなかった。

 デバッグ会社で働いていた時、先輩が事故で死んで一人ぼっちになってしまった時もそうだった。
 三ヶ月、ずっと心臓をわし掴みにされているような息苦しさと圧迫感と向き合った。

 中学2年生の頃、いじめられて、自分のことが嫌で嫌でたまらなくてもうわけがわからなくて授業中に泣いてしまった時もそうだった。
 ガラス片のちりばめられた部屋のど真ん中に素足で立っているような、不自由な緊張感。

 どうやら俺の脳には、必要以上に不安や悲しみが膨らんでしまう余計な機能が備わっているらしいのだ。
 それは、とっくに克服したと思っていた自分の弱さだった。

『自分はなにも成長していなかったんじゃないか』

 この時の俺には、その迷いを否定することができなかった。

 悲観的妄想はさらに加速した。
 本当はとっくに目的地についていて、虫の合唱でも聞きながら日記を綴っているところだった……パンクのせいで資金は半分以下になってしまった……毎月の収入だってまだギリギリ……今月は売り上げ足らないかもしれない……次の瞬間にもスリップして車に轢かれて死ぬかもしれない……。
 俺は今の自分の生活にまで自信が持てなくなってしまった。

 甘かった。こんなに過酷だったなんて。
 ぜんぶ俺の判断ミスだ。準備不足だ。思考能力が弱いせいだ。

 俺は帰りたかった。嫁に会いたくなった。
 頭の中で何度も、『馬鹿な旦那でごめん』と後悔と懺悔を繰り返しながらバイクを走らせた。

 もし目の前にどこでもドアがあったら通っていただろう。
 テレポートが出来たら家までワープしていただろう。

 ただ、精神的に追い詰められたことで、大事なことに気が付いた。

『もしこのまま帰ったらなにか大事なものを失ってしまう』

 それは二度と取り返せないような気がした。
 そうなのだ。
 ここでもしギブアップしたら一生、自分に勝てなくなってしまう。そう思った。

 土壇場からのふんばり。それが俺の生き様だったことを思い出すことが出来た。
 中途半端に苦労して、中途半端に立ち直る――そうじゃない。
 全ての苦労を味わって、それで全部克服する――それが俺なのだ。

 俺は落ち着いて、自分に出来ることを考えた。
 それは感情の分解だった。

 いま俺の感覚を支配している臆病な気持ち。
 夜の箱根峠の道路が怖いという気持ち。
 資金が半分以下になってしまった不安。
 準備不足のまま出発してしまったことに対する後悔。
 明日以降の旅に対する不安。
 過去の自分の過ち。
 嫁と我が家を愛おしむ気持ち。

 これらが今、自分の感覚を支配している感情だ。こいつらがミックスされて一つの大きな塊となって俺の心臓を鷲掴みにしている。
 でもどれも必要な感覚であって、いらないものは一つもない。

 夜の箱根峠の道路が怖いという気持ち。
 ――そうだ、だから気をつけなくちゃいけない。

 資金が半分以下になってしまった不安。
 ――また稼げばいいじゃないか。

 準備不足のまま出発してしまったことに対する後悔。
 ――足りないものは買い足せばいい、だろ? 初めてなんだから仕方ないって。

 明日以降の旅に対する不安。
 ――それは道路走るんだから、どうしようもないだろ。そこは覚悟してたはずだ。

 過去の自分の過ち。
 ―― 一生向き合うんだ。認識できているだけすごいって!

 嫁と我が家を愛おしむ気持ち。
 ――今の自分には帰る資格はない。帰れない。

 こんな風にして、自分自身と対話しながらそれぞれの感情に決着をつけていった。

 本来連結すべきではない感覚同士が一塊になること、それが精神異常の構造だ。
 解消の為には各固分解し、一つ一つの本体と向き合うことが望ましい。

 一度だけ話せばいい奴もいれば、中にはしつこい奴もいる。特に『明日以降の旅に対する不安』や『過去の自分の過ち』はしつこかった。
 未来と過去が、何度でも俺を襲ってきた。

 それも落ち着いた後で、残ったのは呼吸の乱れだった。
 なるべく細く長く呼吸をして、動悸の乱れを抑えていた。

 がんばれ……がんばれ……俺は自分を励ましながら走った。

 そして、木々がひらけたカーブに差し掛かった時、沢山の光が見えた。


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