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人は、言葉からは逃げられない。

<5> 過去 / LOST MEMORY -PHANTASY STAR ONLINE 2- 二次創作小説

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<5> 過去

 酒場のスイングドアがギィと軋む音を立てた。テンガロンハットに両肩マントの巨体が、その太い足を店内に踏み入れる。
 静まり返った店内、一斉に向けられる挑発的な視線――彼はその挨拶を物ともせず、カウンター奥の席へ腰を下ろした。
 マスターが、なにも言わず酒の入ったグラスを彼に差し出した。この店の常連であることがわかる。
「うへへへっ! おい見ろよ、キャストが人間用の酒だとよ!」
 静かに流れるピアノジャズの音色を汚したのは、離れた席の男だった。
「……ばっか! おめぇ知らねぇのか!」
 連れの男が小声で言い返した。
「あん?」
「あいつはよぉ、元人間なのさ。それが事故でああなっちまったんだよ……今も人間だった頃の癖が抜けなくて、ああやって酒を飲みにくるのさ」
「マ、マジかよ……亡霊みたいな奴だな……」
「おまけにほら、あの巨体を見ろ。車だって一瞬で潰せちまうんだぜ。だから、怒らすなよ……」
「あぁ、すまねぇ……悪かった……」

 機械の体、そのセンサーは僅かな物音さえも捉えてしまう。男たちの会話も彼――、スノゥには筒抜けであった。

 もう一人の男が言った通り、彼は元ヒューマンであり、肉体は事故で失った。今はキャストとして生きている。人として残っているパーツは脳だけだ。ただ、彼らの話にはいくつかの間違いがあった。このバーはスノゥが人間だった頃から通っている店であり、キャストになった今も、マスターが彼の好みの酒を厚意で出してくれているのだった。この姿になってから、スノゥが自分から注文したことは一度もない。また、彼が乱暴者のであるかのような指摘もあったが、少なくとも車を潰したことは一度もないし、ましてや一瞬で潰すなど、制御リミッターを解除すればできるかもしれないが、あちこちの回路がオーバーヒートしてしまうだろう。まず、それをやる理由がない。
 どこからそんな噂が浮上したのか、探偵を生業にしているスノゥにでさえ、皆目検討がつかなかった。
「……ふんっ」 
 二人に呆れ、鼻を鳴らしたスノゥはグラスを掴んだ。彼が飲んでいるのはマスターがブレンドした人間用(ヒューマン、ニューマン)の特製ウイスキーであり、グラスも人間用である。人間が誤ってキャスト用オイルを飲まないよう、飲食店ではコップを分けるように風営法で義務付けられているが、この場合なら問題はない。

 キャスト用オイルの入った酒を人間が飲んだ場合、死にはしないが数時間の間、腹痛や嘔吐感に悩まされるだろう。反対に、人間用の酒をキャストが飲んでも平気だが、美味しくはないらしい。ただ、スノゥは元人間だった頃の味覚を覚えているので、その味を楽しむことができた。

 スイングドアが揺れ、またテンガロンハットを頭に乗せたキャストが入って来た。その細身の男をみて、スノゥは手を上げた。
「こっちだ」
 彼の名はウィック。スノゥと同じアークスであり、探偵稼業もしている同業仲間である。彼らはたまにこうして酒場で会い、情報交換をしていたするのだった。
「おれ、オイルスコッチね」
 ウィックは席に着くなり、キャスト用の酒を頼んだ。一般的に、キャストがオイルとつけたドリンクを注文すれば、それはキャスト用にブレンドした飲み物を意味する。彼は純正のキャストだった。
「よぅ旦那。調子はどうだい」
「ちょっと気になる事件があってな、個人的に追っている」
「またタダ働きかい? 好きだねぇ旦那も。で、どんな事件なんだい?」
 ある夫婦が交通事故に遭って死亡した事件だった。スノゥはその事件を独自に調査し、夫婦の子供が光子エネルギー研究所に預けられていることを突き止めた。事件後、子供が光子多感症であることが発覚したのだ。
「……旦那のところの、エーテルちゃんの事件に似てる?」
「あぁ。ただの事故だと思うが、一応な」
 スノゥは事件性を疑っていた。エーテルも実の両親を事故で失い、孤児院に預けられた後、光子エネルギー研究所に入所している。エーテルが十歳になった頃、万一、フォトンパワーの暴走を受けても死なないであろう頑丈なキャストであり、元人間でもあるスノゥに里親になるよう、アークス連盟及び政府から厳命が下ったのである。

 ウィックは酒を一口入れた。
「こっちは政府からの依頼で、アークス襲撃事件を追っているよ」
 一瞬なんのことだかわからず、スノゥはメモリーを検索した。
「まさか、あの噂……本当だったのか」
 アークス襲撃事件――。何者かとの戦闘により死亡したと思われるアークスの死体が、市街地などで発見されることがあった。それが、アークスばかりを狙った襲撃事件という形で噂が広まり、事件認定されたのだ。
「厄介な事件だよ。なにか掴めそうになったところで、その影が煙のようにフッと消えちまう」
「……クロか」
「ああ、間違いなくね」
 何者かの意思が絡んでいるとウィックは確信していた。
 ウィックはカウンターテーブルに、事件資料をホロムラム状にして投影し、スノゥに見せた。
 データに目を走らせたスノゥは、
「たしかに、偶然で片付けるには怪しいな……ん、ちょっと待て」
 ウィックが切り替えていたページを停止させた。そこは、被害者リストの項目だった。
 スノゥはある人物を拡大表示した。
「このヒューマンがどうかしたのかい?」
「この人は、俺が追ってる事件の、被害者夫婦の嫁さんだ。たしか出産する前はアークスだったようだが……彼女がリストに含められてる理由は?」
「いや、知らないね。この資料も大部分は政府から提供されたもので、俺も裏付けをとってる途中なんだ。まぁ、お上の雑な捜査で関係ないヤマが紛れ込んだ可能性もゼロとは言えないがね。実際、何件か誤報もあったんだ」
「そうか……なにかわかったら教えてくれ」
「あぁ、旦那も気をつけろよ。もしかしたらやばいヤマに首を突っ込んでるのかもしれないぜ」
 ウィックはまた一口酒を入れた。そして、チャームで出されたペロリーメイトを口に放り込んだ。スノゥはそれを食べなかった。人間もキャストも食べられるジャンクフードの一つだが、焦げた魚のような味がどうしても好きになれなかった。

 深夜、スノゥが帰宅すると、湯気立つマグカップを片手に持ったエーテルが廊下を歩いていた。
「おかえり、スノゥ」
「なんだ、まだ起きてたのか」
「うん、今日はもう少しだけ」
 17歳になったエーテルは、18歳になれば受けられるアークス採用試験、その受験勉強の大詰めに差しかかっていた。試験まで残すところ、あと三ヶ月であった。
 肩当てのマントを脱ぎながら、スノゥはまた声をかけた。
「俺の時も、ペーパーテストで落とされた腕自慢が沢山いたからな。やるだけやっとけ。でも無理はするなよ」
「わかってるって。明日も朝からバイトあるし」
 エーテルはあくびをしつつ、パタパタとスリッパを鳴らしながら自室へ戻った。
 ここ数ヶ月、スノゥはややこしい仕事をいくつか抱えて帰るのが遅くなり、エーテルはアルバイトと受験勉強の為、二人は今のようなすれ違いが続いていた。
 スノゥは今の仕事が片付いたら、景気づけに美味い食事にでも誘ってやろうと思っていた。
 彼女が危険な仕事であるアークスを目指すことに、複雑な心境は拭えないままだが、泣き虫だった彼女の成長を思えば、喜ばしいことに違いはなかった。

  ◆◇◆

 数日後、スノゥは事件調査の為、被害者夫婦の住んでいた住居ビルに赴いていた。

 管理人から鍵を借り、室内を地味に探索するスノゥ。
 玄関から聞こえた物音に振り返ると、そこにウィックが立っていた。
 仕事現場が被ることなど滅多にないので、スノゥはやや驚いて言った。
「奇遇だなぁ。そっちも仕事か?」
 しかし、ウィックはなにも答えなかった。ただ、スノゥをじっと見据えていた。彼がなんの為にここへ来たのか、目的がよくわからなかった。

「もしかして、あの件でなにかあったのか?」

 そう言いながら彼に近づこうとしたその時、スノゥの体――、ボディが硬直した。それは、元人間であるスノゥだからこそ感じ取れた本能的なサインだったのかもしれない。
 どす黒く禍々しいオーラがウィックのボディに纏わりついていた。それは、彼の内側から発せられているようにみえた。
「ウィック……なのか?」
 彼はオーラの歪みの中に、その細い腕をゆっくりと沈めた。
 引き抜かれたその手が握っていたものは、彼がいつも愛用していた銃だった。

「……ス……ノゥ…………ニ、逃げ……ロ…………」

 

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小説情報 

 表紙と挿絵は絵師のnukaさんに描いていただきました!

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