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人は、言葉からは逃げられない。

【前編】いじめは「いじめた方が悪い」だけで終わらせてはいけない理由――貴方はいつまでいじめ被害者を盾にポエムを吐くのか

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 今年も夏がやってくる。いじめられている者にとってこの長期連休は、一時の休息というだけではなく、学校を辞めたいという気持ちが強まったり、自殺のことを調べたり、実際に決行しちゃったりもする、運命の分かれ道に行き当たる時と言っても過言ではない、そんな期間である。
 私は毎年この時期になるといじめについて考える。小学生の頃に女の子をいじめたことや、中学生の頃にクラスメイトからいじめられた自分自身のいじめ体験を振り返る。
 そして私なりに、いじめを課題とした考えを言語化してまとめ、ネット上にその塊を設置している。
 わざわざそこまでする理由は、いじめに対する世論の意見に胸糞悪い感情が募るからだ。だからこれは、悪に対する正義感や、いじめ被害者を救いたいなどという使命感などではなく、私個人的な防御行動なのである。

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女の子をいじめた話

 小学六年生の頃、私はクラスメイトの女の子(以下、Aちゃん)をいじめまくった。陰口や接近を避けるなど、毎日陰湿ないじめ行為を繰り返した。Aちゃんにいじめ行為を行っていたのは私以外にもいた。この時、男子生徒の9割がその「毎日の遊び」に参加していたのだ。
 なぜ、そんなことが起きてしまったのか。当時の記憶を辿り、できるだけ正確に経緯を明らかにしよう。

≪どこの学校にもある普通のクラス

 これは私が小学六年生の時の話だ。今から23年前の話である。今と違ってネットが一般家庭に普及しておらず、文章でコミュニケーションを取る文化がまだ広く根付いていない時代である。ゲームはプレイステーション1が12月に発売を控えていて、スーパーファミコンがまだ現役で活躍していた。ポケモンもまだいない。
 休み時間はグラウンドでドッジボールをしたり教室で漫画を描いたりゲームやアニメの話をしたりと、私のいたクラスはどこの学校でも形成されるごく普通のクラスだったと思う。
 Aちゃんに対するいじめ行為はその中で密かに行われていた。

≪遊びのじゃれ合いが集中砲火に

 小学生なら、特に男子生徒なら、相手を汚物扱いして「バリア」を張ったりする遊びをしたことがあると思う。犬のうんこを踏んだとかそんなことでバリアを張られ、やられた方も適当に何か言い返して自分もバリアを張ったりと、そんな「じゃれ合い」である。まぁそれが遊びと言えるのは仲間内だけであり、普通、自分のいる友達グループ以外の相手にはやらないことである。
 あの時、そういうじゃれ合いみたいなやりとりが、仲の良かった女子グループとの間でも起きるようになった。誰かが面白いことを言ったら、もっと面白いことを誰かが言う……という、ガキ特有の盛り上がり方は自分のクラスにも根付いていて、私も率先してそのやりとりに加わろうとした一人だった。小学生という精神年齢をみれば別におかしなことではないと思うが、そうして巻き起こっていた笑いが、男女分け隔てなくクラス全体に広がっていったわけだ。

 このじゃれ合いがいつからかAちゃん「だけ」に集中していた。そうなってしまった理由は、Aちゃんが他の生徒とは違う変わった子だったからだ。

≪Aちゃんは目立つ子だった

 まず、彼女は天然パーマで髪の毛がくるっくるで、顔はそばかすだらけだった。服装はジャンパースカートやオーバーオールといった、上下が繋がった服装をよく着ていた。喋り方はアニメキャラクターのようで「もう~」とか「~だわ」といった女言葉をよく使っていた。笑い方も特徴的で、感情の喜怒哀楽もわかりやすく表現する子だった。どこでなにをしていてもその存在が感じ取れる目立つ子で、こういう存在感を放つ女の子はAちゃんだけだった。
 一言で言って気持ち悪く、そばかすも汚く感じた。でもそれを言ってしまえば、私は太っている子に対してだらしなさを感じていたし、髪型が整いすぎている子に対してはカッコツケだと感じていた。そういう「感じの悪さ」は誰もが大なり小なり抱えていることだから、別段意識しているつもりはなかったのだけれど、自覚できなかっただけでAちゃんに対する偏向的な印象は特別なものとして意識するべきだったと思う。

 六年生の一学期だったか二学期だったか、正確な時期は覚えていないのだが、少なくとも明確なきっかけはなかったと思う。誰かがなんとなく、「じゃれ合い」の的にAちゃんを選んだのだ。いや「選んだ」と述べるほど何か考えがあったわけでもないはずだ。たまたまその場で近くにいたとか、そんな流れだったと思う。その時から「じゃれ合い」は私たち男子生徒にとって、特別な遊びになってしまった。Aちゃんの反応が面白かったのだ。そういう意味では、恐らく初期の頃はAちゃん自身も一緒に、みんなの遊びに加わっているつもりだったと考えられる。

 何かとAちゃんの言動をネタにしては、ツッコミを入れたり茶化したりということがクラスの中で始まった。その頻度は日に日に増え、給食の配膳で並ぶ時はAちゃんから離れる、近くに落ちたものを拾わない、それが自分のものだったら拭くなど、陰湿な行為をするようになるまで一ヵ月とかからなかったと思う。私もしばらくの間その「遊び」に参加していた。

≪Bちゃんの勇気

 ある体育の授業が終わって、教室に戻る時だったと思うが、私と友達が突然Bちゃんに呼び止められた。そしてBちゃんは言った。「さっきAちゃんのこと病原菌と言っていたでしょう。なんでそういうことを言うの?」と。私たちに軽蔑的な眼差しを向けていた。

 たしかに校庭を走っている時、私たちはAちゃんの後ろに着いて走りながら、Aちゃんが辛うじて聞き取れるくらいの声の大きさで「病原菌」と言っていた。ニタニタしながらそう言っていた。
 黙ったまま何も返事をしない私と友達にBちゃんは言葉を続けた。「これっていじめだよね。先生に言うよ?」
 そう言われた瞬間、私の頭の中でこれまでの記憶が変化した。映像はそのままに色合いだけが変わるような感じで「いじめだ!」とすぐに思うことができた。友達も同じことを思ったのか、すぐにAちゃんに謝りに行くことをその場で約束し、教室に戻ったあとAちゃんに声をかけて謝った。「ごめんね」とかそんな簡単な言葉しか作れなかったが、精いっぱいの気持ちを込めて謝った。
 Aちゃんは辛そうな顔のまま「うん、わかった」と許してくれた。笑顔はなかったと思う。その返事を聞いて、私は許してもらえたことに少しの安堵を得た。あと、わずかにもやもやとした気持ちが残ったのを覚えている。もしかしたら「まだいじめは終わっていないこと」を意識のどこかで認識していたのかもしれない。
 ともかく、当時は全く自覚できなかったのだが、あの時、私の意識は「ばれないようやっている状況」の楽しさの虜になっていた。Aちゃんの心境や、これがいじめ状況であることは全く認識できなかった。

≪学級会

 Aちゃんに対するいじめ行為は卒業間際まで続いた。卒業するにあたって、先生に提出する六年間の思い出のプリントか何かに、Aちゃんが自分の状況のことを書いたのだ。

 そして、先生がいじめ行為の現場を目撃したのだ。
 この時のいじめ行為というのが「Aちゃんの近くに落ちたものを拾わない」と「拭く」で、やった生徒は、一緒にAちゃんに謝ったはずの私の友達だった。私はAちゃんに謝ってからは一切、それを意識した行為をしないようにしたが、彼はあの後もいじめ行為がやめられなかったのだ。
 たしか、彼の消しゴムか何かが机から落ちて、Aちゃんの近くに転がって、それを私が拾ってあげたような、拾ってと言われたが無視した記憶があるのだが、ともかく彼はその落として拾い上げたものを、ランドセルで拭いたのだ。その行動の直後、先生が大きな声で「見たぞ! 〇〇(彼の名前)!」と吠えるように言った。全員の動きが止まった。

 落としたものを拭くことは自然な行動のように思えるだろうから補足するが、この時彼が「うわぁ」という表情を浮かべながら拭いていたのが決め手だったのだと思う。
 先生のその大きな声は怖かったけど、やっと終わるんだという安堵感があった。彼がいつまでもいじめ行為をやめないことが私には怖かったし、うんざりもしていた。

 そして翌日には学級会が開かれた。司会の先生の進行に従って、まずいじめ行為に加担したことのある者が自分の意思で起立をした。そしてAちゃんが「謝ってくれた子」を言い、その生徒だけは着席することができた。5人くらいいたと思う。この時に私も座ることができた。
 その後は「なぜいじめ行為をしたのか」という点について一人ひとり追求され、やがてある男子生徒グループに行きついた。そのグループ曰く、休み時間の雑談の中で「Aちゃんは風呂に入ってない」とかなんとか、ある日そんな話をしたらしい。その時の雑談がきっかけで、誰かが最初のじゃれ合いを行い、それが一気に広がったという流れとしてまとめられた。

 Aちゃんいじめはそのグループから始まったということになったが、見て見ぬふりをした他の生徒も含めてみんなが悪い、ということで、最後はみんながAちゃんと囲んで「ごめんね」を何度も連呼してこの事件は終わった。

 いじめは解決したということになった。

 私は他の子がいじめをやめないという緊張の日々がやっと終わって嬉しく思った。Aちゃんがいじめられなくなったことも心底嬉しく思った。

 それで十分なはずなのに、私の心にはまだ晴れない気持ちが渦巻いていた。この時の私はまだ、その正体を知らなかった。

≪三年後・・・

 それから三年後、私は中学三年生になっていた。ある日、隣の席の女子が疲れた様子で言った。「塾にウザイ子がいてさぁ」と。好きな話題ではなかったので適当に相槌を打ちながら話を聞いていたのだが、その内に、ある子の姿が脳裏に浮かんだ。その相手の言動や印象などの特徴が、小学六年生の頃のAちゃんにそっくりだったのだ。彼女はその子のせいで塾にいる間は、気を抜けない様子だった。

 その後のやりとりで、直接名前を出して聞いたのか、方法は忘れたが、その相手はやはりAちゃんであると結論づけることができた。(「そうそう、なんで知ってるの?」といった相手の反応を覚えている)

 私は直感的にイメージすることができた。もしかしたらAちゃんは"あの時"のまま中学三年生になったのではないかと。

 根掘り葉掘り聞くことはできなかったので、大部分は推理に頼ったことなのだが、隣の席の女子が話す言葉の節々から、そんなAちゃんの様子と、気持ち悪がられて周囲から避けられている様子をイメージすることができてしまったのだ。

▼次回【中編】中学生の頃にいじめられた話

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