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人は、言葉からは逃れられない。

その恋心ちょっと待った!――吊り橋効果は会話だけでも起きていた!?

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 小学生の頃、私には好きな女の子が何人もいた。一番多い時で同時に5人いたと思う。みんな可愛い子だった。

 その惚れやすい性格は中学生になっても変わらなかった。好きな気持ちを隠す為に、相手にちょっかいを出したがる性格も成長していなかった。掃除の時間、「〇君ってAさんのこと好きなの?」と、別の女子に聞かれた時の自分の動揺は今もはっきり覚えている。

 別に友達でもなんでもないのにどうでもいい雑談をふったり、用もないのに話しかけたり、その子の掃除のやり方に小言を言ったり、何かと話しかけていた。そりゃあ不審がられるよね。

 そんな自分の素行のことは自覚できていたのに、私は頭の中でいつまでも「なんでわかったんだろう」と考えていた。その言い訳は数日ほど続いたと記憶している。無論、そう思い続けたところで「バレた」という事実と現実がかわるわけでもない。

 その後わたしは観念して自分の行いを恥じた。そして、どうして自分はこんなにも人のことを好きになりやすいのか、疑問に思った。好きだと思ったくせに、これといって好きになる理由が思い当たらなかったからである。

 

 疑問は解けないまま月日は流れていった。

 その後も惚れやすい性格はかわらなかった。

 

 二十歳頃だったと思うが、ある時、自分は誰と話していても恋愛感情が掻き立てられていることに気がついた。異性だけではなく同性に対してもでもあり、相手との関係や年齢の差は問わず……ということだ。その恋愛感情をどれくらいはっきりと認識できるか、その差があるだけで、親も友達も、誰もがその気持ちの対象となっていた。

 そんなんだから、その頃の私は男も好きになってしまう自分の性格を深刻に受け止め、自分はホモなのではと疑ったことがある。今だったらLGBTという単語で認識していただろう。(当時はLGBTの言葉が浸透していなかった)

 

 誰彼構わず惚れまくるこの心理現象は、コミュニケーションに対する難易度を上げていた。急にきょどったり、突発的にテンションがあがったりして、誰からも変な奴だと思われただろう。

 で、つい最近、この積年の疑問を解くことができた。大多数の人がなるほど感をもってくれると思う。

 今回の記事では、その話をしようと思う。

 

 惚れやすい性格に困っている人や、特に変な男に声をかけられやすい女性の方は、今後の自衛策をつける為にも、ぜひ読んでほしい。

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恋ではなく不安だった!

  数ヵ月前のこと、当事者活動の関係で同年代の発達仲間の女性と会って話している時だった。その人は面白く話すのがとても上手な方で、私もその人とお喋りするのがわりと楽しみだった。

 ただその日はいつもと違うことが起きた。その人と喋っている内に、とても息苦しくなってしまったのだ。呼吸が深くなり、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなってしまった。

 私はその変調を隠し切れなかった。相手からも「大丈夫?」と声をかけられた。私は水を飲んだりして気を落ち着けた。

 そして、強烈な違和感を覚えたのだ。

 

 その人と喋っている時も例のドキドキする気持ちが渦巻いていた。ただ、それはその人だけではなくて誰と話していても起きることだったし、自分の非定型特徴の一種と捉えていたこともあり、別段問題視はしていなかったのだが、この時の息苦しさが、そのドキドキ感と地続きあると、はっきり感じられたのが違和感の基である。

 ただのドキドキから、息苦しさへ。誰彼構わず好きになってしまう感情には段階があったのだ。

 同時に、これは恋心みたいなピュアなものでないこともはっきりと認識できた。

 

 ……じゃあ一体なんなのか?

 

 考えるまでもなく、すぐにわかった。自分もよく知っている感情だった。

 それが、「不安」である。 

声が不安感を煽っていた

 この時にやりとりしていた相手はとにかく言葉数の多い方で、まだ知り合ったばかりの頃、自分でも多弁であると話していた。 たしかに一度話し出すと区切りが見えないほど長く話すこともあった。

 私はその特徴に注目した。「つまり私はずっと、人の言葉を聞いている状態だったのだ」と。

 同時に、それが答えそのものだったことも理解できた。

 ――今までの人生がそう示しているのだ。

 

 私という人間は、人の言葉の声を聞いているだけで、不安になっていたのである。

  

  つまり――

 

 私は人と会話をするだけで、吊り橋効果の心理状態に陥っていたのである。

 

吊り橋効果とは? 

吊り橋理論 - Wikipedia

吊り橋理論(つりばしりろん)は、カナダの心理学者、ダットンとアロンによって1974年に発表された「生理・認知説の吊り橋実験」によって実証されたとする学説。「恋の吊り橋理論」とも呼ばれる。

生理・認知説は人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識するというもの。実験のみで厳密に立証されているわけではないがおおむね正しいとされている[要出典]

実験は、18歳から35歳までの独身男性を集め、渓谷に架かる揺れる吊り橋と揺れない橋の2か所で行われた。男性にはそれぞれ橋を渡ってもらい、橋の中央で同じ若い女性が突然アンケートを求め話しかけた。その際「結果などに関心があるなら後日電話を下さい」と電話番号を教えるという事を行った。結果、吊り橋の方の男性からはほとんど電話があったのに対し揺れない橋の方からはわずか一割くらいであったというものである。揺れる橋での緊張感を共有したことが恋愛感情に発展する場合があるという事になる。

 

 有名な言葉なのでだいたいの人が知ってると思うが、ざっくりいうと、人は不安や緊張状態に陥った時、その時の気持ちを恋愛感情と誤認する場合があるということだ。念の為言うが、吊り橋の上限定の話ではないぞ。

 つまり、コミュニケーション力に難があると自覚している私が、人と話している時に大なり小なりの不安を抱くことは当然のことで、その時の落ち着かない気持ちを、恋愛感情と誤認していたということだ。

 実際、10代20代の頃はいつも情緒不安定だった。それがもう自分にとって普通の状態だったと言えるほどに、私は人との交流に不安を抱えながら生きていたのだ。

 ドキドキするのも長話をした時によく起きていたし、小学生の頃好きだった子も、よくお喋りをしていた相手だという共通点があった。

 過去にストーカーになりかけた時も、相手の声にやられたのだ。

 デートは話題のアクション映画を見た後、喫茶店でお茶をするというシンプルな流れだった。
 駅構内にある定番の待ち合わせスポットで合流し、それから歩いて劇場へ。道中は挨拶程度の会話だったけど、チケットを買って入場を待つまでの間、Aさんはそれまでに見せたことがないくらい元気よく喋った。誘われた事に驚いたという事や、仕事の事や日常の事。

 この時のAさんの明るい様子は本当に、今も鮮明に記憶の映像に残っているほど魅力的だったよ。自分はAさんを好きになったんだと自覚したのもこの時だ。

(自分がストーカーになりかけた話をする『全ての思考の出口にAさんがいる状態』 http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2016/05/23/014746

  どうりで誰彼構わず好きになってしまっていたわけである。人の声そのものに不安を誘発する力があったのだ。

 これが惚れ易さの正体だとわかってから、ドキドキすることがなくなった。正体不明の感情の揺らぎが不安を増幅させていたのかもしれない。

 ともかくこうして自分の問題は解消できた。

 

吊り橋効果はあちこちに潜んでいる

 ではここからは、周りを見渡してみよう。

 記事を読みながら勘づいた人もいるだろうが、そう、今回話した吊り橋効果は、この社会の至るところに潜んでいるのだ。

 

 キャバクラやホストクラブといった「お店の人とお客がお喋りをするお店」では、声で相手の感情を煽る心理現象を最大限に活用していると言えないだろうか。お店の人に借金をしてまで金品を貢いでしまう人がいると聞くが、情緒不安定な人が声で煽られた不安感を恋愛感情と誤認し、冷静な判断能力を失っているという形で説明はつく。

 今も生き残っているかもしれないが、数年前、秋葉原に出現した絵画商法、通称「エウリアン」もその売り子は若い女性だったと聞く。秋葉原にはコミュ障が多いと思われるが、可愛い女性と長時間長話をしたら、情緒不安定な人はそれだけで吊り橋効果の心理状態に陥るのではないだろうか。 

 一部のアニメ声優の声は中毒性を帯びているが、それも吊り橋効果が根底にあると言えないだろうか。

 すぐに異性を好きになってしまうという人は、その理由を挙げられるだろうか? もしかして私のように「ただ喋っただけ」と言えないだろうか? それを一目惚れのような、ピュアな性質のものだと認識していないだろうか?

 変な男に好かれやすいという女性は、ズバリ、貴方はよく喋る多弁気味な人ではないだろうか? または一方的に喋りまくる時があったりしないだろうか? コミュ障はそれだけで貴方のことを好きになる。好かれたくない人の前ではあまり喋らないほうがいいだろう。

 ――だから、恋人との関係が長続きしない、すぐに別れてしまうという人は、いつもこの吊り橋効果が基となった心理現象を恋愛感情と認識してしまっているせいだと言えないだろうか。

 

 吊り橋効果の解釈をやや広げていることは認めるが、こうして考えてみると、私たちの住んでいる社会は、誰かの声に誘導されることで成立しているという見方ができる。その性質に対して私たちは多くの場合、無自覚なのである。

 

 この記事を読んだら、自分が普段聞いている声や、これまでに聞いてきた声を一度、振り返ってみてほしい。きっと、自分の人生を別の形で知ることができるだろう。