HyogoKurumi.Scribble

HyogoKurumi.Scribble

人は、言葉からは逃れられない。

【後編】発達障害の発症原因について考える――後天性は深層意識に潜む中毒か

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症スペクトラムへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害グレーゾーンへ



 前編では発達障害の定義の設定から始め、先天性について考えをまとめました。ここから来た人はまず下記前編をお読みください。

 後編では、後天性の発症原因について考えていきます

後天性について

 後天性の発達障害の設定は、「生まれた時の脳の状態に、発達障害症状の引き金となる特徴をもっていなかった人が、成長過程で発達障害の症状を抱えた場合」とします。あくまでも前編の冒頭で決めた設定の通りです。

原因について

 では後天性として発達障害の特徴を抱えてしまう原因について考えてみましょう。

 まずは私の体験の話をします。基準としたいことだからです。

意識のエラー

 私は10年ほど前、デジタル製品のチェックをする仕事に就いていた時、仕事を覚える過程でパチスロにはまってしまいました。仕事とプライベートで毎日12時間打ち続けていた期間もあり、完全な中毒状態になってしまいました。何度も止めようとしましたが禁断症状の意識に負けてしまい、中毒を克服できないまま過ごしていました。

 この苦しみは9年間程続いたのですが、これがある気づきをきっかけに、ピタリと止めることができたんです。

 もう何度目かという禁スロに挑戦していた時、その時は四ヵ月ほど耐えていたのですが、ある日遠方に行った際に、トイレを借りるだけのつもりで入ったパチンコ店で新台が気になってしまい、着席となりました。

 ただ今までと違い、少ない投資の内にお店から出ることが出来ました。その時の違和感に重要な発見があったのです。

 自分が本当にパチスロ中毒ならお店に戻りたくて仕方がないはずなのに、そういう気持ちが全くなかったのです。ただただ、お店から出られた安堵感に満たされていました。
 この時に、私は自分がパチスロの中毒に陥っているわけではないことに気が付いたのです。押してはダメと書かれたスイッチをみて逆に押したくなるように、人はダメと念じることで意識の中にエラーが生じることを発見しました。私は、自分の意識の中毒に陥っていたのです。

 私は何年間も「もうスロットを打ってはいけない、お金を貯めなくちゃいけない」などと、スロット中毒を克服する為に、毎日毎日、駄目だ駄目だと念じ続けていました。

 それは、普通でなければいけないとか、ミスをしてはいけないとか、集中しなきゃいけないなどと、自分に対して念じ続ける発達障害の境遇と全く同じだと思えたのです。

 私はこの特性に気が付いてから、発達障害と中毒的意識の関係性について考えるようになりました。何故なら、発達障害特徴だと言われている症状の数々は、中毒症状の一種という見方をすることで、丸めることができるのです。

発達障害の診断基準との比較

 発達障害と中毒に関連性があるという話をしました。

 実際に発達障害特徴だと考えられている症状と比較してみましょう。下記はDSM-5のADHD自閉症スペクトラムの診断基準ですが、「中毒あるある症状一覧」のつもりで目を通してみてください。

DSM-5における注意欠如・多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の診断基準

A1:以下の不注意症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.細やかな注意ができず、ケアレスミスをしやすい。
b.注意を持続することが困難。
c.上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
d.指示に従えず、宿題などの課題が果たせない。
e.課題や活動を整理することができない。
f.精神的努力の持続が必要な課題を嫌う。
g.課題や活動に必要なものを忘れがちである。
h.外部からの刺激で注意散漫となりやすい。
i.日々の活動を忘れがちである。

A2:以下の多動性/衝動性の症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.着席中に、手足をもじもじしたり、そわそわした動きをする。
b.着席が期待されている場面で離席する。
c.不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする。
d.静かに遊んだり余暇を過ごすことができない。
e.衝動に駆られて突き動かされるような感じがして、じっとしていることができない。
f.しゃべりすぎる。
g.質問が終わる前にうっかり答え始める。
h.順番待ちが苦手である。
i.他の人の邪魔をしたり、割り込んだりする。

 

アメリカ精神医学会の診断基準第5版(DSM-Ⅴ)による注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害の診断基準 / えじそんくらぶはAD/HDを持つ人たち、そして共に悩む家族・教師を応援します - NPO法人えじそんくらぶ

http://www.e-club.jp/adhd/adhd_basic/7999.html

DSM-5における自閉症スペクトラムASD:Autism Spectrum Disorder)の診断基準

以下のA,B,C,Dを満たしていること。

A:社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害(以下の3点で示される)

1.社会的・情緒的な相互関係の障害。
2.他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)の障害。
3.年齢相応の対人関係性の発達や維持の障害。

B:限定された反復する様式の行動、興味、活動(以下の2点以上の特徴で示される)

1.常同的で反復的な運動動作や物体の使用、あるいは話し方。
2.同一性へのこだわり、日常動作への融通の効かない執着、言語・非言語上の儀式的な行動パターン。
3.集中度・焦点づけが異常に強くて限定的であり、固定された興味がある。
4.感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心。

C:症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになるものもある。

D:症状は社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしている。

自閉症スペクトラムDSM-5の診断基準)

http://esdiscovery.jp/griffin/psycho01/dsm5_09.html

 いかがでしょう。まるで中毒症状を抱えている人の様子だと思えませんか。中毒を抱えていれば、不注意や多動の症状が表れますし、関心が限定的になる為、自閉症スペクトラムの症状も表れます。

 私の様にギャンブル中毒になって悩んだ人や、家族に中毒者がいて困っている人ならわかるでしょうか。

 先日、フジテレビのバイキングという番組内で、中学生の自殺事件を伝えるコーナーで発達障害の原因に触れた部分があり、その内容が親の責任や育て方を示唆するものだったということで炎上しましたが、いきなり発達障害と結びつけるから理解されにくいのです。まぁこの番組に限らず、多くの新説は同じ目に遭いますね(笑)

 この番組では、出演していた教育評論家の石川幸夫氏が、食品添加物の摂取で多動が増えるとか、親から受ける激しい叱責で脳が萎縮する、それが発達障害に繋がるという発言をしたとのことですが、発達障害に繋がるのではなく、まず意識や思考回路が中毒的になると考えることで、彼の発言は成立すると言えます。

親の叱責と中毒

 激しい叱責というくらいですから、「もう怒られたくない」「怒られるようなことをしたらだめだ」と、子供は自分に対して一日中念じ続けたり言い聞かせたりする境遇に陥るでしょうね。その状態は私がパチスロ中毒に悩んでいた頃、「もう打っちゃいけない、やめなくちゃいけないんだ」と言い聞かせていたのと大して変わりません。子供ならもっと極端になってしまうと言えるでしょう。

 この念じ続ける意識が、前項の診断基準のようなエラーを脳に起こさせるのです。

 これは一時的のことではありません。私はパチスロを止めようと思ってから、止められるまでに、9年間を要しました。止められたきっかけはこの意識と中毒の関係に気がつけたからであり、気がつけなければ、未だに止められていないと思います。

 話を戻すと、親から叱責を受けている間はもちろん、親が叱責を止めたとしても、子供自身が自分に対して同じ意識を念じ続けている間は、中毒的である状態が持続すると言えるのです。その中毒的意識が解消されなければ、数日数ヵ月程度のことではなく、数年、十数年規模で持続されます。

 実際、大人になっても子供の頃に親から受けた虐待や叱責の記憶に悩まされている人はいます。発達障害界隈には両親との問題を抱えた人が多いのです。

 意識が中毒的になっている間はどうしても関心が偏り、状況に対する集中力が維持しにくなります。結果的に、学習力や習得力が著しく低下すると言えます。

 学校で他の生徒と同じように椅子に座って授業を受けていても、「家に帰ったら怒られる」といった不安に悩まされている状態であるとすれば、それは授業の内容が頭に入っていない、その場にいないも同然ということです。

 この状態に陥っていた時期が、もし学習の基礎部分の習得と深く関わる時期だった場合、皆と同じように授業の場にいたのに、なぜか勉強の仕方を習得できなかった子供ができあがります。その場にいないも同然、つまり経験していないからわからないという、当然の結果ですね。

 そして月日は流れ、親からの叱責はなくなり、日常的に不安を募らせることがなくなったとしても、勉強の仕方がわかるようになるわけではありません。本人も気づかないまま知らぬ間に、勉強できない人になってしまうわけです。学習障害児のできあがりです。

食品添加物と中毒

 調べればいくらでも出てきます。まぁちゃんと料理をする人にとっては常識的なことですね。(食品添加物 依存 中毒 - Google 検索)

 食べ物を変えたら発達障害の症状が収まったという話を聞いて、多くの人は鼻を鳴らすでしょう。でも、依存成分が含まれる食べ物の接種を控えたことで、中毒的な症状が収まったと考えることはできるはずです。

 大人はある程度、自分の意思で言動をコントロールできますが、まだ社会性や羞恥心に対する理解が乏しい子供には難しいことです。

 食べ物によって煽られた興奮や衝動が、多動的言動と結びつくことは容易に想像できるかと思います。

脳萎縮と中毒

 バイキングの番組で「脳萎縮」と聞いてぎょっとしたり、トンデモな話だ!と思った方たちが多数いるようですが、中毒界隈において脳萎縮は当たり前の話です。(中毒 脳委縮 - Google 検索

 石川氏自身がどこまで理解しているかはわかりかねますが、少なくとも親の叱責と食品添加物を、発達障害の症状の結びつけることはアリなんです。「中毒的になる」という話がクッションとして間にあれば、あの炎上はもう少し建設的な形で広がっていったように思えます。しつこいようですが、私たちが発達障害特徴だと識別している症状の多くは、中毒的意識により表れる症状ととても似ているのです。

 更に言うと、発達障害は見えない障害だと言われていますが、「隠せない」と言った方が実態に沿っています。それは中毒症状も同じです。自分や、ご家族に何かの中毒者がいる場合はよくわかるかと思います。中毒も「隠せない病気」なんです。

私の境遇

  • 私の家は親がフランス料理屋で、他の人よりも洋食料理を食べる機会が多かったと思います。母は栄養の偏りを気にして魚介類やうどんなど肉料理以外の料理をよく出してくれましたが、飲食店と言う性質上どうしても毎日同じものが食卓に並ぶ傾向がありました。ステーキやエスカルゴなど、お客さん向けに調味された味の濃い料理をよく食べていました。
  • 当時の親は熱心な創価学会員で、私は毎日家の中で「勤行」(経文を唱える日課)を聞かされていましたし、自分も「方便品第二」(妙法蓮華經方便品第二 - 日蓮宗 妙福寺)を小学生の低学年の時に覚えさせられ、たしか中学生になるまで週に何度か唱えていたと思います。帰宅した時は必ず題目三唱(仏壇の前に正座して経文を唱える行為)をしていました。頭の中ではずっとこの経文が鳴っている?ような感じでした。
  • 私が小学生の頃、スーパーファミコン全盛期でしたが、土日しかゲームをやらせてもらえなかった為、一日中テレビゲームのことを考えていました。学校にいる時も家にいる時も、何をしていても、ずっとゲームを我慢する意識を抱えていました。テレビにゲームの映像が映っただけで注意を受けたこともあり、ゲームをしてはいけない、しちゃいけない、と自分に言い聞かせていました。それでも我慢できず、日曜日は連絡表を片手に、ゲームをもっているクラスメイトの家に片っ端から電話をして遊ぼうと誘っていました。
  • 私の教育は母がメインでしたが、基本は怒鳴られたり、馬鹿にされることが多かったです。考え方や世の中の仕組みを丁寧に教わったという記憶はあまりありません。父とも話すことはありましたが、人間革命を読みなさい、勤行をしなさいと、いつも宗教の話が話のオチにつくので、なんにもわからないままというのが普通でした。教わった、学習できた、わかった、理解できた、という感覚を知ることのできない家庭環境でした。

 私の生まれ育った環境を少しだけ書きました。

 暴力的な虐待を受けていたわけではありませんが、一日中経文が頭の中で鳴っているような生活環境の中、偏った食生活、テレビゲームの禁止など、私は一日中「あれをやらなくちゃいけない、あれを我慢しなくちゃいけない、早く土曜日になってほしい」といった禁断症状的意識と向き合い続けていたと記憶しています。何より、それらが一人の日常の中で複合して起きていることが問題だと思います。

 いつも体中にもぞもぞ感がまとわりついていて、それがいつまでも落ち着かないので、よく布団の中でもがいていました。両親は共働きでいつも一階の店舗の方にいて、私が二階の住居の方にいる時の過ごし方を、よく知りませんでした。

 そういう境遇の中で、自分自身の念じによって意識のエラーが蓄積されていきました。それが成長過程で、今の時代で言う発達障害という形で表れていたのではないかと私は考えています。

f:id:hyogokurumi:20171028180119p:plain

「親の育て方は関係ない」の、本当の意味

 この話の肝となる部分がここです。
 ここまでの話で気が付いてほしいのは、虐待等ではなく、一般的に育てた場合、または理想的な育て方をした場合であっても、中毒的意識が生じる場合はあるということです。そもそも、感じ良く育てたらいい結果に繋がるなんて発想は、極めてテレビゲーム的です。

 家庭内では愛情たっぷり、誰もが羨む理想的な育て方をしている子供がいるとします。じゃあその子にとって学校は、乱暴で雑な環境になるのでは、と考えることができます。先生が必要性を感じて生徒を叱った時、普通ならなんでもないただの日常の光景であっても、その愛情たっぷりに育てられている子にとっては、大事件のように思えるのではないでしょうか。

 家庭では中毒的意識が発生しなかったとしても、学校や外で友達と遊んでいる時に、そういう何らかの体験を通して中毒的意識を抱えてしまう可能性は十分に考えられるのです。

 家の中ではお菓子を制限していても、友達の家でバグ食いしてるかもしれません。普段食べられない分、他の子よりも、食べたい気持ちが大きいのではないでしょうか。

 テレビゲームを禁止しても、友達の家で遊んでいるかもしれません。私の様にテレビゲームで遊べる友達ばかりに声をかけるといった、偏った交友の築き方を覚えてしまうかもしれません。

 学校でいじめを受けたと不登校になった生徒と、いじめていないという生徒。不登校になった生徒が、家庭の方では過保護すぎる環境におかれていた可能性について、言及されたやりとりを見たことがないのですが、実際に過保護すぎた場合、いじめた側の責任はあるとして、過保護すぎる育て方のことは問題視されているでしょうか。

 発達障害の原因において親の育て方は関係ないと信じている人の意識を砕くようなことを言いますが、はい、確かに関係ありませんね。
 どう育てようが、中毒的意識を抱えてしまう可能性はどこにでもあるのですから、関係ないのです。

中毒や依存に陥るのは大人だけではない

 中毒や依存と聞いて、アルコール中毒や煙草依存になった大人の姿や、アプリゲームやギャンブルにはまってしまった若者の姿を浮かべる人は多いかと思います。

 それと同等のことが子供でも起きているとイメージしてみましょう。中毒や依存の対象を、食べ物や娯楽、言葉に置き換えるだけです。それができれば、後天性として発達障害を抱えてしまうイメージはもてるはずです。

 子供の話をしてきましたが、大人でも考え方は同じです。職場での目上の人や立場が上の人からの言葉の影響から、意識の中毒に陥る可能性は十分にあります。ミスや失敗をしてはいけない、あの商談を成立させなきゃいけないなど、何らかの成果の為に念じ続けることが日常的になるんです。その中で仕事ができず注意や叱責の的になりやすい人は、その分意識のエラーを抱えやすく、つまり意識の中毒状態に陥りやすいと言えます。そうして表れる症状が、上でお伝えした診断基準の症状です。

 で、そういう人が「なんとなく子供の頃から違和感を感じていた。自分は発達障害かもしれない」と思えてしまったら、もうそれだけで発達障害グレーゾーンの仲間入りです。その疑惑と不安が更に中毒的意識を深めていくことでしょう。

 そのまま診察に行って医師が話を信じたら、発達障害の診断が下りても不思議なことではありません。

後天性の発達障害は深層意識に潜んでいる

 表層意識と深層意識の話をします。自分の意思で認識できるのは表層意識、意識では認識できない隠れている部分は深層意識だと考えられていますよね。中毒はこの、深層意識の方に潜んでいるのです。 

 自分を例にすると、私がパチスロに熱中してしまっていた時、お店で打っている時はもちろん、打っていない時でも、もっと打ちたいという衝動性に悩まされました。

 その意識が強まっている時は何も手につかないので、静まっている時に別のことをしていたわけですが、静まっているから意識できないだけで、あくまでも脳の状態はパチスロを打っている時や打ちたい気持ちの時と、同等の状態で固定されていたと考えています。

 表層意識の方で日々つくられる意識は表層意識の中で消えていくのではなく、深層意識の方にねじ込まれていったというイメージです。知らぬまに、深層意識の方にエラーの基となる思考回路が構築されていったわけです。

 だからどれだけ前向きに考えても、集中しても、気を付けていても、根本部分である深層意識の方はそのままであり、むしろ意識すればするほど悪化していくという思考回路になるわけです。

 これを回復する為には、休んで何もしない、何も考えないことが一番なんですが、数年かけてねじ込まれた意識のエラーはちょっとやそっとの休息ではなくなりませんし、休んでいても考えることはやめられない状態でしょうから、よほどセルフコントロールが上手な人でないと意味がありません。

 本記事でお伝えした考え方に気が付いている人は、本当に効果のある休息ができるでしょうが、ここに書いたことは普通の人生を送っている内は、まず発見できないことです。一生気づかないまま生きている人が大半なのです。

前編と後編のまとめ

 長年続いている先天性説と後天性説のどっちやねん議論は、知的遅れがあるタイプを先天性とし、何らかの中毒や依存によるタイプを後天性とすることで、納得しやすい線引きができるのではないかと私は考えています。

 もちろん例外はあるでしょう。本記事の中で私は自分が中毒的意識を抱えやすい環境で育ったことを書きましたが、自分は元々は知的遅れがみられるタイプだったと思える節があるからです。その知的遅れが解消された瞬間のことを覚えています。頭の後頭部の方で、血の塊か何かが流れていって、次の瞬間から頭に思い浮かべた事を自分の意思で認識できるようになったのです。それから私は普通の人になることを目標に生きてきました。そればかりを考えて、それだけは考えることをやめようとしませんでした。

 この場合、先天性だった後に、後天性としての発症要因を抱えたということになります。私のことを先天性とするか後天性とするかは意見が分かれるところでしょうね。

 交通事故などで知的遅れを負う人もいますし、生まれつき知的遅れがあるだけではなく、育った環境も中毒的である場合は、表れた発達障害特徴の起因先を指定することは極めて困難でしょう。

 後天性の話で展開した中毒や依存の話を基にすれば、「生まれつき中毒や依存になりやすい脳の特徴」があると考えれば更に話は広がります。

 きっと発達障害の発症要因にならないものなんて、ないんだと私は思っています。そのうち、虐待や機能不全家族など、発症する可能性が高い条件は既に特定されているというのが今の時代で言えること思います。

 

 実体験を基に考える私の意見では、全てを解き明かす説明はできませんが、今後、発達障害を考える上でとても重要だと思うことを以下の3点に決めて、本記事を締めたいと思います。

  • 生まれつきの知的遅れの有無で発達障害のタイプを分けた方がいいと思う
  • 中毒や依存症にみられる症状は、発達障害の診断基準とよく似ている
  • 言葉、食べ物、娯楽など、子供大人関係なく人は何にでも中毒や依存に陥る生き物である

 ここまで読んでくださりありがとうございました。何かの足しになれば幸いです。

 ちなみに、今回の文字数は、前編後編合わせて12000文字強でしたm(_ _)m

関連記事

 この体験が知的遅れが解消された瞬間かもしれない。

 言葉の中毒から社会の無理解を言語化した話。

 言葉と中毒と教育の関係の話。

 言葉が不安を煽るという話。

 パチスロ中毒の話はこれ。

 発達障害の関連記事まとめ。