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【前編】社会の生き辛さの正体がわかる! 読書感想文『多動力』(著:堀江貴文)

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多動力 (NewsPicks Book)

多動力 (NewsPicks Book)

 

はじめに

 堀江貴文氏の著書『多動力』の読書感想文を書こうと思っている。その本編の前に、私がこの本をどんな想いで、なぜ読むことにしたのか、その理由を知ってほしい。

 本記事には以下の要素が含まれています。

  • 発達障害者同士でNPOを立ち上げたが失敗した経緯
  • 向精神薬の多剤使用の末に自殺した女性の言動、自殺前の出来事
  • その後の顛末

 およそ16000文字。長文である上、精神的ストレスを受ける可能性がある為、心身体調のすぐれない方は読むことをお控えください。

死人がでた

 昨年の3月、以前より交流のあった発達障害仲間から、NPO活動の立ち上げに関する相談にのってほしいという連絡が来た。障害者の自立や起業支援に通ずる活動がしたいとのことだった。その感情には同調できる部分があり、私も積極的に意見を述べた。

 翌月にまたミーティングの誘いを受けた。その時には、もうメンバーが一人増えていた。ウェブサイト制作に関するコーディングができるという同世代の女性で、活動サイトの制作担当だと聞かされた。

 彼女は精神疾患を患っていて、向精神薬を使用しており、一人暮らしの無収入で、生活費を親からもらっているという、キングメンヘラに相当する境遇の中で生きている人だった。発達障害の診断も受けていた。その点が気になったが、意思疎通は普通にできているし、自立に向けてこの活動を頑張る、減薬も頑張っている、という情報だけで充分だった。むしろ、過去の勤め先では管理職の経験があり、某企業のオフィサルサイトを制作した実績もあるという経歴が頼もしく思えた。

 それからNPO設立申請に向けて、月に何度か集まって活動内容に関する構想を話し合った。代表となる彼も、彼女も、私も、3人とも発達障害の診断を受けていた。この頃に私も正式にメンバー入りとなった。

設立申請まで

 代表となる彼も発達障害持ちという特性上、苦難だらけの境遇に陥った過去があり、そこから自営業の成功まで人生を復興させた一人だった。著名人や各企業の発信するイノベーション的ニュース、社会情勢、ネットビジネスのことなど、多種多様な知識も豊富に備えていた。

 彼はNPOで収益を上げたいとのことだった。事業型NPOというらしい。私はNPOのことはなにも知らなかった。代表は収益を分配しなければ商売をしても良いということや、ほとんどのNPO赤字経営であり、やる以上は収益面でも成功させたいなど、NPOの実態や自分の意気込みを丁寧に教えてくれた。

 彼は、好きなことで食っていけるような、新しい文化を創る活動がしたいと言っていた。後に「好きなことで食っていく」と「新しい文化を創る」は、活動のスローガンとなった。シンプルでわかりやすく、好感が持てた。それを支える知識やノウハウがあり、感情任せではなくちゃんと考えている、頼もしい人に思えた。

不安が多い

 そして昨年の9月、NPOの設立申請を提出した。申請が通れば、年明けにも正式にNPOとして認められる。

 ただこの頃、もういくつかの不安を抱えていた。

精神的にダウン

 サイト制作担当の彼女が精神的ダウンを起こした。NPO立ち上げに向けて、私たち3人と、代表と彼女の方で以前より交流のあった発達障害仲間たちと集まって食事会を開いた時のこと、その場にいた元薬物使用者の男性が別の女性にセクハラ行為をし、彼女がそれを怒って静止させた。その後、その男性と彼女がLINEで口論になり、彼女が執拗に責められていたのだ。Twitterの様子をみても異常染みた投稿が目立ち、異常な精神状態であることが窺えた。

 私は、状況が悪化しない内にと警察への相談を提案し、必要な対応策も伝えた。彼女はそれを教えた通りに実行した。警察からも関心され、これは手際よく片付いたのだが、それから数週間、彼女は動けなくなってしまった。LINEに顔を出すだけで精一杯らしく、サイト制作も止まった。どうやら精神的ショックを受けるといつもそうなってしまうとのことだった。こんなんで大丈夫か?と思った。彼女の寝込みは二週間ほど続いた。男性を食事会に呼んだのは彼女自身だった。

事務所がない

 申請書類の完成間際に、NPO申請には活動拠点となる住所が必要であることを知った。収益の無い状態ではどこも借りられない。代表は、自分が経営してるお店の経理を依頼している会計士さんの、住まいの住所を使わせてもらうと言った。

 最初聞いた時「はぁ?」と思ったが、その人はとても協力的で、格安でNPO立ち上げの世話をしている人で、既にOKがもらえているとのことだった。直接活動に関わっていない、打ち合わせなどで利用するわけでもない人の住まいの住所を使うことに強い違和感と抵抗があったが、最初だけ、ずっと借りたままというわけではないので不問にした。

必要人数と会費

 この申請の段階になって、申請に必要な会員数と会費の話をされたことも不安だった。NPOの申請には理事3名の他、正会員が10人以上必要である。それは知っていたが、そのほとんどを代表の家族と親族で埋めるとのことだった。そんなんありなのか?と思ったが、NPOには乗っ取り問題があるらしい。総会や理事会で正会員が代表の解任や選任の案を出して多数決で議決させるという手段で、だから出席者となる正会員を親族や仲間で埋めるというのが定番の対抗策なんだとか。

 で、理事は正会員を兼ねることができるので、人数埋めの為に私も正会員になることとなった。つまり自分にも会費の支払いが発生するということだ。それはこの時まで想定していなかったのだが、月3000円と払えない金額ではなかったし、活動の将来性を天秤にかければ安いものだと思い、了承した。

 この時に私は絵が描ける妻にもお願いして正会員に入ってもらった。妻とはこれ以前よりイラストの素材提供の部分で活動に加わる話を進めていた。

ただの雑談

 この時までの打ち合わせの様子に具体性が感じられなかったのも不安だった。代表と彼女が、あれがやりたいこれがやりたいと言い続けているばかり。こういう話はチャート化したり具体的にやりとりするべきだろうと軽く注意した記憶もあるが、あまり強く出られなかったのは、私も創作などを始めた時はそんな感じだったからだ。私の時は友人に自分の考えをひたすら聞いてもらえた。だから「今は自分は聞き役か」なんて思いながら、私は二人の成長を楽しみに見守ることにした。

 みんな発達障害の特徴がある。経験と成長を重視するのは大事なことだし、何より、私と違って二人はこういうことをしたことがなかったのだ。本当に楽しそうだったし、私も楽しかった。

代表がデジタル音痴

 代表はパソコンやスマホでの入力操作があまりにできない人で、入力といえばせいぜいFacebookやLINEで雑談をするくらいだった。

 それは障害特徴的な事情が窺えたので仕方ないことだと思えたが、何かしらの設定や利用登録に関する作業をほぼ全て、私や彼女が引き受けている状態だった。

 できないものはしょうがない。うちらは発達障害だからできる人がやればいい。ただその点でこの頃から言い知れない違和感を覚えていた。

活動構想

代表の構想

 代表は常々、池袋でフェスをやりたいと話していた。そして、寄付を集めて早めに認定NPOにしたいと言っていた。NPOには「ただのNPO」(最初はこれ)と一定の条件を満たした後になれる「認定NPO」があり、認定NPOになれれば税金面で大きな優遇処置を受けることができる。しかし、認定条件には複数のクリア条件があり、その中の一つ「年100人から3,000円の寄付を募ること」が難関であるとのことだった。

 フェスについては、資金さえあれば開催できるということだったが、無名のNPOがフェスをしたところで人が集まる様子がイメージできなかった。でもよくよく考えてみれば、自分はお祭りをみてもどこが主催なのかを気にしたことはない。時間さえあれば足は祭りの方に向くだろう。自分が細かく気にしすぎだと思った。

 で、寄付については、そういうフェスを開催した時に集中的に募るということだった。いまいちピンと来なかったが、自分が祭事の運営には詳しくないこともあり、自分はそれを実行していく上で勉強する立場になるぞと伝えた。

 あとこの頃、「NPOが軌道に乗ったら誰かに任せたい」とも言っていた。一瞬モヤっとしたが、余裕の表れだと思った。

彼女の構想

 自閉症の弟が働けるような場所をつくりたい、それが活動理念であり、それを彼女は願いのように語っていた。

私の構想

 私は障害者が職場で不利な状況に追い込まれても、争うことを支援できる活動がしたいと思った。特に精神障害者発達障害者はその症状が不透明であり、どこにいても不利な境遇に陥りやすい。無理解の的になっていても、ほとんどが泣き寝入り状態だ。裁判を起こす費用も、心の余裕も、知識もない。私はそういう時に力になれる活動がしたかった。法的知識に関しては自分でもある程度勉強するつもりだったが、大部分は活動を通して繋がれた弁護士や専門家を当てにするつもりだった。その点の人脈作りのノウハウは代表から教わることになっていた。 

登記完了まで

 これだけの懸念事項があったわけだが、お互い発達障害でできることに限りがあるし、代表は知識や手段において解決策を提案できる人だった。最初から何もかも整っているべきだと考えるのも贅沢だし、凸凹してて、逆に自分たちらしい、育て甲斐があると思った。

 申請をした翌月、発達障害関係の別の活動の場にお邪魔して話を聞いたことがあった。この時だけ活動らしい活動ができたと思う。ただそのすぐ後に、私が転職活動で求人情報詐欺に遭うという事件に巻き込まれ、NPO活動どころではなくなってしまった。

 えらいこっちゃという状況になったが、あとは登記を待つだけだし、このNPO活動は日常が最優先であると皆で決めていたので、生活が落ち着くまでしばらくお休みさせてもらうこととなった。

 以降、私はしばらくの間、私はLINE上での打ち合わせに参加するだけとなった。

 ここからの流れを少し書く。

分科会

 分科会という活動が始まった。食事会の時に参加していた学生や20代の若者たちだ。彼らは賛助会員として入会し、各々でグループを作り研究会みたいなことを始めていた。賛助会員は月1000円の会費を払うこととなった。

コーディング勉強

 私は戦力を高める為に、彼女からコーディングを教わった。今の自分のサイトもこの時に基礎を教われたから作ることができたのだ。

情報共有ができない

 私はお互いの行動を共有する為の場所をネット上につくろうとしていた。なんせ皆ばらばらに活動しているものだから、いつ誰がどこでなにをしたのかがわからない。彼女はいつも「今日も動けないごめん」的な状況だったので放置でよかったが、代表はNPOとして繋がった人とのイベントを共有したりしなかったりと、適当だった。

 忙しさもあると思うが、このままではいざ本格始動した時の情報共有がスムーズに行えないことが目に見えていた。今のうちに自分も含め「躾」のつもりで、その日の活動を記録に残す簡単な場所をネット上に設置しようと提案した。まだ忙しくないうちから「癖」をつけておこうと私は思ったのだ。その方が後々楽だろうと。

 2人とも私と違って考えをまとめるのが苦手のようだったし、自分が文章担当みたいな状況になっていたこともあるので、情報共有を先導してまとめていくことにした。私のその提案に、代表は了解してくれた。

 しかし、これがなかなか上手くいなかった。

Googeスプレッドシートが使えない

 最初、Googleスプレッドシートを利用したのだが、代表は操作がよくわからないらしく、彼女はスプレッドシートの表が感覚的に理解できないとのことだった。色がついていないとダメらしく、障害特徴であるとのことだった。

 私が考えた共有法は、自分の名前のある列のセルに、その日やったことを文章で打つ、それだけである。だから使い慣れればいけるだろうと思ったが、やはりどうにも定着しなかった。

Facebookグループが使えない

 仕方ないのでFacebookのグループ機能を使うことにした。これならみんな使い慣れている。すると今度は彼女のスレ乱立が始まり、一つにまとめてほしいとお願いした。制作中のサイトのスクリーンショットを見せてくれたが、一般企業のサイト並に立派なものだった。すごいと思ったけどまだ何もしていない自分たちには大きすぎるというのが最初の感想だった。

 代表に至ってはコメントを付ける場所がぐちゃぐちゃで、一体どのコメントにコメントしたのかがわからないコメントが多発した。その点でも使い方を説明した。 

  この二人なんかおかしい、と最初に強く思ったのはこの時だったと思う。

Jootoだけが唯一の希望

 結局Facebookでの情報共有も上手く定着せず、私は諦めてアプリを探した。そして彼女が前に言っていた「Jooto」というタスク管理アプリを使うことを提案した。タスク別に色分けができ、コメントとつけたりマークをつけたりと、視覚的にわかりやすく、その上でかなり色々なことができる。

 これならいいだろうと思い私は早速導入してみんなにも伝えた。すると、彼女は早速使い方を記した練習用タスクを作ってくれて、代表もこのアプリには興味をもったようで積極的書き込んでくれた。

彼女の様子がおかしい 

 Jootoのお陰で情報共有がしやすくなったと安心したあたりから、彼女の不可解さが目につくようになった。

 運営資金を作る為に、NPOとは切り離したところで、代表が昔やっていたというネット販売のTシャツ屋を始めることになった。サイト制作の彼女が率先してその活動のリーダーを務めることとなり、賛助会員として入会した美術大学に通う学生たちの他、妻もデザインの部分でLINE会議に出席するようになった。

 自分たちのイラストが入ったTシャツが売れれば収入になる。自分たちにもお金が入る。代表の過去のノウハウがあると、これには期待していたが、サイト制作担当の彼女が終始思い付きをいうばかりで、いつまでも会議が進まない、終わらない。なんだか変だと、そのことで妻から相談を受けることとなった。自分も常々感じていた違和感だったので、私もその点は問題だと判断して代表に相談した。みんな仕事や学校が終わった後の、生活時間を削って出席しているのだ。もっと真面目にやってほしい。

 彼女は普段動けないが、Tシャツ屋の会議にだけは積極的に出席した。しかし、サイトが完成しない→活動サイトのアドレスがない→名刺に印字できない→名刺がいつまでも作れない、という状況がずっと続いていたので、まず基本情報だけの簡素なサイトを作ろう、大きくするのは後でいいよ、という話をした。

 彼女はその意見を理解していたのかしていなかったのか、今となってはわからないが、彼女は密かに巨大サイトを作り続けていたのだった。

 人の意見を自分に反映できない癖、思い付きで書き込む彼女の癖は、色んなところで障害となった。

 雑談や相談はLINEでしよう、Jootoは決まったことだけを入力しよう、そうしないとLINEとJooto、両方をいつも追うことになる。再三にわたってその使い方で頼むと話しているのにちっともいう事を聞いてくれず、たびたび注意することがあった。ところ構わずお喋りを始めるのである。気が付けば注意だらけになってしまい、それはそれでよくなかったと、私は後で謝ったこともあった。

 それでも、彼女が「代表の秘書を私がやる」と言った時、私は唖然とした。弟の為だったのだろうが、いつもダウンしていて家から出ることすらできないのに、一体何を言っているのか。サイトだって結局ずっとアップできていない。私は強めの口調で言った。「それはおかしい、まず動けないなら休むべきだし、あとはサイト制作を完成させることだけを考えてほしいし、代表のあれもこれもできない問題は、まず代表の方から、これができないから頼む、と自分からお願いするべきで、それから自分たちが助けるという順序でなきゃ、なんでもかんでも代わりにやることになってしまうだろ」と。

 でも彼女は私がなんで怒っているのか理解してくれなかった。薬物中毒状態だった頃の後遺症で思考回路がおかしくなっている可能性を考えたが、意思疎通はできているのでその考えは自分の中で却下した。

登記完了後

 年が明けてすぐに申請が受理され、登記を終えて、正式にNPOを名乗れることとなった。ようやくここまで来たか、と思った。

 私は転職活動がひと段落ついて、4月頃には復帰できる目処が立ちそうだった。

 代表はできないことだらけだけど、人脈作りを頑張っているようだったし、分科会の活動資金も自分が出すと言っている。彼女も意思疎通の面でトラブルが絶えないが、彼女なりに必死でサイト作りやTシャツ屋を頑張ろうとしているのは伝わってくる。自分とは衝突を繰り返しながらもその度に仲直りできた。

 ここまでみんなで一歩ずつ進んできた。いいメンバーだと思っていた。

彼女の自殺の真相

 登記からしばらく、年始の忙しさもあり皆動きがなかった。しかし私が3月に小金井ストーカー事件に関する記事を自ブログに書いたことが大きなトラブルに発展した。容疑者の証言を否定的にみる検察側の主張について、自分なりの考察を書いた記事だったのだが、彼女がその記事にとても怒ってきたのである。

 彼女の言い分は、「犯人を擁護している、この内容ならこう書かなきゃダメ、NPOの理事が書く記事として相応しくない、傷つく人がいる、私が弟の為に頑張っているのになんでぶち壊しにするの」というものだった。

 私の記事は、犯人の主張はこんなんだけど本心の可能性があり、ただそれを守ろうとしているだけにもみえる、という推察なのだが、彼女には「つまり本心だから罪を軽くしてやれと来未炳吾はこの記事で言ってるんだ、被害者が読んだらどう思うか」という解釈をしてしまっていたのである。そんなことは一言も書いていないし、どうであれ個人ブログに書いた恣意的な記事についてそんな風に怒られる理由ははい。

 この人はどれだけネット慣れしていないのかと、私は正直言って呆れてしまった。ネット初心者あるあるの定番の感情論に対し、私は一つ一つ丁寧に考え方とネットの使い方を説明した。

 それでも聞く耳を持ってくれず、奥さんが死んでも同じことが言えるの?という強引な例え話まで持ち出してきた上に、更に話を広げ、Jootoの使用について同意形成がとれていない、という、情報共有を強制されているという主張まで始めてきた。

 おかしい、情報共有を自分が先導することは最初にみんなに伝えたし、あのアプリが良いと言ってきたのは彼女の方だ。

 もう滅茶苦茶だった。

 結局、代表が仲裁に入ってその場は収まった。

 私はその後、一方的に悪者扱いするのをやめてほしいことと、気に入らないことを言われた度に自分をブロックすることを止めてほしいと伝えた。一緒に活動しているメンバーに対してやることじゃない、なにかあればクールダウンの時間を入れながら、話し合いで解決する姿勢をもってほしいと伝えた。

 その話にまた彼女は立腹。「それ私に何のメリットがあるの?」と言い、今度は私にNPOを抜けると言ってきた。

 もう言葉がなかった。それについては私は、次回お会いした時にその続きをやりとりしましょうと伝えて一度話を止めることにした。

彼女を外すべきだ

 私はその後で代表に、彼女がおかしすぎると伝えた。精神疾患のことや向精神薬のことを意識せざるを得なかった。代表に彼女とどういう経緯で知り合って、この活動に誘ったのか、詳しく聞くことにした。その話に不自然なところはなかった。当事者会で知り合って、話が合うのでよく会う感じになって、この活動へ誘うに至ったというものだった。

 それでも私は、彼女は初めからこういう活動ができる状態ではなかった、過去の勤め先の仕事もできていないはずだと結論付けた。彼女が自分でその判断ができないのなら、彼女の為にも、私たちから抜けるように話すべきだと強く思った。

 その話し合いの時、代表は彼女から手紙を預かっていた。内容は、今件に対して私に迷惑をかけた心境を綴った謝罪だった。

 そして代表が言った。「ブレストって知っていますか? ブレインストーミング

 私はその言葉を知らなかった。一言で言うなら、思い付きを言い並べて進めるミーティングの手法らしい。代表から、自分や彼女の話し方はそのブレストだと教えられた。言われてみると、たしかに彼女はいつもそうだった。代表も、彼女がいる時はその感覚に合わせていたのだ。

 なるほど、と思えた。その点で言葉の受け取り方にずれがあった旨を、代表を通してやり取りした。

 こうして、文章の上だけだったが、彼女とは和解ができたのだ。心底、よかったと思った。

 ただこの翌日、私は一人であることに気が付いた。

 彼女はいつ何時も、そのブレストでしか意思疎通ができていない。

 

 この数日後、代表から、彼女が亡くなった、自殺したという連絡が入った。 

自殺後

 本当にショックだった。代表もショックを受けていた。せっかくまた一つ分かり合えたと思ったのに。遺書のようなものはなかったらしいが、自分の巻き起こす迷惑に耐えられなくなってしまったのでは、と私は考えた。希死念慮に負けたのだ。

 その後、彼女の恋仲にあった人物や友人からの証言を通して、彼女がベンゾジアゼピンの成分を含むデパスや、睡眠剤マイスリーなどの多剤処方状態で、しかもそれらを頓服で使用していたことを知った。減薬も以前から継続していたのではなく、活動に加わるにあたって頑張ることにした状態だったことを初めて知った。

 やっぱり、誘ってはいけない状態だったのだ。自分がその場にいれば確実に止めていただろう。だがしかし、代表は精神疾患向精神薬、多剤処方や、その境遇にいる人のことについて、なにも知らない人だった。

 彼女が自殺を図ったと思われるのは恐らく3月15日。その6日後の21日に、厚生労働省からベンゾジアゼピンの成分を含むが使用上の注意を改訂するという発表があった。私はこの発表前からデパスの危なさを知っていた。気が付けなかったことを本気で悔やんだ。

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今後の活動

 2人だけになった話し合いの場で、代表は今後も活動を続けていくと言った。それなら、と私は応援することにした。障害者の自立支援の活動理念に従って、精神疾患の人を入会させる姿勢も変えないことになった。ただ、私は事件と活動の性質をみて、向精神薬や多剤処方の実態について多少知識を入れてほしいと言っておいた。でもあまり関心がなさそうだった。

 その後、私は自分のサイトのコードを参考に、基本情報だけを表記した簡単な活動サイトを制作してネット上にアップした。彼女がおよそ半年かけてできなかった作業を、私は三時間足らずで終わらせた。 

 池袋でのフェス計画は、思うようにメンバーが集まらず、私の方も計画もこのままで進めようがなかった。この時の状況を私は代表にこう話した。NPOである意味がない。何もない空き地に立て札だけが立っている状態だ」と。

 登記しただけで何も進んでいない。進んでいる部分は少なくとも代表が手を付けた部分でないことばかりだった。

 

 その流れで、この後は賛助会員たちがやっている分科会が活動の中心となった。

 普段はLINEの専用グループでやり取りをしていたが、メンバーの一人が分科会のメンバーを集めて施設の会議室を借りて、報告会を開いたことがあった。皆熱い気持ちがあるようで、これにはたしかな手応えを感じた。

 この頃に、分科会を立ち上げた経緯について聞いてみた。その話の中で、彼はホリエモンがやっているHIUというグループを参考にしたと言った。

 この時に私は「またホリエモンか」とチラと思った。彼の話にはよくホリエモンが登場していたからである。

 理事はもう一人必要だが、とりあえず2人で動かしていこうという流れになった。正直に言うが、トラブルメーカーだった彼女はもういないのだから、あとはすんなり進むだろうと考えていた。

 私も文章系の創作の方向で分科会を立ち上げる話ができた。

 分科会は創作系の活動が中心だったので日ごろの相談などは自分が面倒をみると提案した。

 しかしこの分科会が、どうにもおかしなことになっていた。

分科会

 最初に変に感じたのが、自殺した彼女繋がりで入ってくれたメンバーの一人が、活動状況を勘違いしていたことだった。代表とのやりとりを通して入会、分科会もやることにしたが、自分がメンバー集めをするとは聞いていなかったらしい。どういうやりとりで話が進めばこういう勘違いが起きるのかが疑問だった。

 ただこの時に私も、代表の話し方は勘違いしやすいところがあるとふと思った。一応そのメンバーのことは代表にも話したのだが、自分はそんなこと言ってない、ということだった。

 しかし、他の分科会でも似た声が発せられていた。代表に誘われて入会、分科会活動をすることになり、自分がメンバーを集めたはいいが、聞いていた話となんか違うという理由で、その後の意思疎通がうまくできず、人間関係がぎくしゃくしてしまったという人がまで現れた。

 メンバー同士のやりとりもたしかにおかしかった。素材の提出について期限すらもうけていなかったのである。「〇〇さんがつくってくれるのを待っている」それはいいが、それをいつまでに、という約束ができていないと相手が困ってしまう。進捗にも影響が出る。

 集団での活動に慣れていない若い人たち、そんな基本的なこともわかっていない。こういうところで大人である自分たちが指示を出したり教えてあげなくちゃいけないはず。

 率直に言って、代表は入会させただけで、これではただのほったらかしだ、と思った。

誘う人、紹介する人がおかしい

 代表が私に、ネットでポエムを書いている人を紹介してくれた。新たに会員になってくれた人で、文章系の人だからと教えてくれたのだ。

 挨拶だけはしたが、この人がとんでもない人だった。私のケアレスミス克服法の記事に「なんで克服にこだわるかなー? 貴方は貴方でいいじゃない」なんていうポエムを書き込んできたのである。緊張の走る言葉だった。

 ポエムを唱えるのは自由だが、見境いのない行動は慎むべきだ。その後どういう意図での書き込みなのかを返信して尋ねたが、私が快く思っていないことを察したのか、「(自分の)コメントを消してもいいですよ」と言ってきた。私は「そう思うなら自分で消してください」と返事した。その後、この人のタイムラインを覗きに行くと、「僕のポエム、通じないんだ(・。・;」なんて可愛いポエムが書き込まれいた。

 私は代表に連絡をとった。「この人なにか変な薬やってるんですか?」

 代表は怒った様子で返事してきた。「知りません」

 自分で紹介してきたくせにそりゃあないだろ、と思い私は電話で話をした。どうやらこの人はポエムとカウンセリングを商材とした商売をしているらしい。それはいいが、言動が頭おかしすぎるだろと指摘した。Kindleで出版しているポエム本にも「この本を出版できたことを嬉しく思います」とはじめに書かれていた。まるで出版社を通したような言い方だが、kindleは自分で利用登録をして管理画面から出版するものである。

 代表は一体どうしてこんな馬鹿を入れたのか、疑問で仕方なかった。それは自殺した彼女にも言えることだった。もちろんストレスなく意思疎通できる人もいるが、その基準からあまりに外れた知り合いもいる。最初のストーカー事件の相手もそうだ。誰とでも親しくしすぎだ、と思った。

 実際、生前の彼女はネットで色んな人から相談を受けまくっている状態にあった。メンヘラあるあるだということは知っているが、自分がしっかりできていないのに、一体どうしてそういうことをするのか。意味が分からない。

 その後、新たな理事が決まった。歌手であり、ゲイの人だった。一応挨拶をしてやりとりをした。特に変な感じはしなかったのでこの時は安心したが、後にこの人が歌手活動だけではなく、歌手とスピチュリアルを融合させた営利活動をしていることを知った。

考え方がおかしい

 自殺した彼女が担当していたTシャツ屋の話を再開することになった。この時のやりとりで代表の人格をようやくつかむことができた。

 代表がお店のスタイルを決める。そこで必要な素材を、絵が描けるメンバーに依頼する、それだけでいいはずなのに、お店の構想の話し合いの内から、そのやりとりにみんなを集めたり、個別にやりとりをしようというのだ。

 私は言った。「そこは自分で決めたほうがいいんじゃないか」

 創作と経営は全く違う。一作ひねり出すだけで大変なのだ。創作する者は創作に集中できたほうがいいし、人それぞれ考え方も違うし、構想部分で他の人と連帯することに意味はない。創作は機械的にポンポン生み出せるものではないのだ。代表が創作活動している人の気持ちをわかっていないようにも思えた。

 すると代表は言った。「いや、みんなで最初の内から話し合いながらの方がいいんじゃないかなって」

 代表はどういう流し方で運営していくのかを説明した。代表は事ある毎に話し合いの機会を設けて、みんなで相談しながら進めていくつもりだったのだ。

 私は強い口調で言った。「怖っ、それ何の契約だよ。そこは自分で決めろよ、みんなの店じゃなくて、自分の店だろ。みんな生活に割く時間があるんだ、どうしてなんでもかんでも人とシェアしたがるんだ

 なんでもかんでもシェアしたがる。これが代表と彼女の共通点だった。

 その意識のおかしさを理解させる為に2、30分くらい話し込んだが、代表は最後まで自分が反論されている理由を理解できないようだった。

 とりあえず、素材のやりとりだけの人と、将来はお店の運営に加わりたいと思っていて積極的に話し合いに参加したい人用、この2つの窓口を考えてから人を誘うようにと話をした。

 私は彼がどういう基準で人を集めているのかが気になった。会費狙いで適当に人を集めているのでは、とまで考えた。しかし彼は分科会が開催するイベントの開催費などを全て出すと言っている。どう計算しても彼の利益にはならない。グッズだって間違いなく沢山は売れないし、どこかで赤字がでる。

 よくわからない、でも何か芯があるように見える。

 その正体がこの時はまだわからなかった。

最後の手段

 代表はなんでもかんでもシェアしたがる。この時は、ただこれを悪い癖だと思っただけだった。ただ、自分だけではなく代表に誘われて入った人からも、代表との意思疎通に不可解な印象を受けている声を聞いていた。

 これがまたすごい。代表はイベントの費用を出した、メンバーたちはイベントができた、売り上げは開催費を出した代表が回収した、とんとんだった。

 誰一人、費用面で損をしていない、変な契約に誘われたわけでもない、借金もしていない、みんながやりたいことができたはず、なのに「まるで詐欺にあったみたい」と仄めかすのである。

 でもその言葉は今の状況を的確に表していると思った。私も同じ気持ちになりつつあったからだ。

 代表と話をしても、その後で聞いていたことと違う状況になっている。その中核となる状況が、「この人に誘われた、この人と一緒に活動ができるんだ」と思いきや、気がづけば一人でやっている状況に立たされている、ということだった。

 代表に活動の進め方で相談をしても「大丈夫」と言われるだけだったり、他の著名人の成果の話をされて、相談に答えてもらった、問題が解消された気になるのだが、状況は変わっていないことに後で気づく。

 自分でやると決めたこと、いまやっているのは自分の活動、じゃあなんでこのNPOの中でやっているんだっけ? そんな記憶を無視したよくわからない気持ちが膨らんでくるのだ。

 代表はとにかく話を合わせるばかり。でも、こちらの話を聞いていないのである。そんな不可解な喋り方だった。

 

 ただの喋り方の癖がこんな深刻な事態を生むとは、この時まで想像もしていなかった。私はこのままではこの先やばいと思い、考えた末、代表に広報担当にしてほしいと提案した。

 これならNPOから発信される言葉は私の検閲が入るし、広報担当として代表の発信する言葉に堂々と意見ができる。

 こうして書いた自分の考えも伝えた上で、代表にその提案をした。代表は理解と納得を示してくれた。彼も自分の意思疎通で周囲が困惑していることに、困っていたのだ。

 こうして軌道修正ができたと思った。これから必要なメンバーのことで人選の仕方のやりとりもした。 

 ただし運営状況は滅茶苦茶だった。代表は相変わらず情報の共有をしてくれない、どこで何をしてきたのかもわからない、活動用のメールに外部から届く連絡は全て無視している、メールチェックもできていない。

 いつの間にか日頃の運営管理はぜんぶ自分がやっている状況になりつつあった。代表はそういうタスクが発生していることに気づきもしない。

 そんな中で、私が辞任を決意したのは代表がNPOSNSアカウントにサイトの宣伝をしたことだった。

 ツイッターに投稿された文章は『学校不要論』という、代表が個人的にやることにしたイベントの告知サイトのURLのみ。「次のイベントの告知です、みてください!」といったただの一文もなし。URLのみが投稿されていたのである。そのことを指摘したが、「了解です」「がんばりまーす」と一言だけ返ってきた。

 その後も家族のことを突然投稿したり、まだ運営側から一度も紹介していない、入ったばかりの理事のことを「ちゃん付」で文章中に含めたりと、応援してくれている人が困惑する投稿が相次いだ。

 彼はNPO用の銀行口座ができた時も口座番号と暗証番号をLINEでシェアしたり、登記が完了した時も、書類を写メってSNSにアップした。会計士の住所が丸見えのままでだ。

 この時、そんな過去のことがだーーーーっと流れてきて、私は、「もう、疲れた」と思った。

イベント後

 8月末に、一つの分科会のイベントが無事におわった。2~30万ほどの費用がかかったらしいが、開催費用を募ったクラウドファンディングで集めた資金と、グッズ販売でなんとか元がとれたらしい。

 メンバーはイベントができたし、NPOとしての実績もできた。WINWINのようにみえるが、私はちっとも喜べなかった。そもそも彼らはイベントや分科会をやりたかったわけではない。誘われて乗せられたのだ。これでは実績泥棒だ。

 分科会のリーダーは脱会すると言った。勉強の為に別の活動に専念するという理由だったが、このNPO自体に良い印象を持っていなさそうだった。別の分科会のメンバーも脱会することになった。他の残りの分科会でも、本人から離れたいという申し出があったので解散扱いとした。

 私もそれに合わせて辞任することとなった。

 その決定の話し合いの時、私は代表に、共感ばかりの話し方で、それに伴って生じる状況がいかに周りを混乱させるか、よく考えてほしいということを伝えた。

 彼は、今後は自分のやり方についていける人を集めていくと言った。「みんなが自分のやりたいことをする」という方針を変え、「代表のやりたいことに合わせてくれる人を中心に人を集める」ということなのだろう。私はそう解釈して、その方がいいよと伝えた。 

 私のNPOで利用しているネットサービスなどのログイン情報を引継ぎとして残して、 それを最後の業務として辞任した。

辞任後

 辞任してから一ヵ月後、私は久しぶりにNPOSNSやサイトにアクセスした。案の定、ほったらかしだった。自分が辞めた時と何にも変わっていない。

 私は心配になって、賛助会員だった元メンバーのリーダーたちに、あのNPOに入っていたことで何か困ったことになったとしたら、いつでも相談してと伝えた。

 私はその後、彼がよく口に出していたホリエモンのことが知りたくなってしまった。当時はいろんな著名人や企業の成果の話を聞かされたので気が付かなかったが、彼の話はホリエモンの話が中心だったのだ。

 彼の著書もどんなものがあるのか、タイトルを追ってみた。

 そして私は愕然とした。

 これまで代表は、何度もホリエモンが、ホリエモンが、とホリエモンの名前を出していた。ホリエモンのようなことがしたい、とは聞いていたのだ。でも、言ってることのほとんどがホリエモンの発信したことで、やってることもそのままトレースしているとは聞いていなかった。

 新しい文化を創る手段として、ネットの人気者を参考にして話していると思っていた。でも彼にとっては、ホリエモンやイケダハヤトあたりのやっていることが、新しい文化だったのだ。

 つまり、彼のやろうとしていたことは、なんにも新しくなかったのである。ただの流行りだったのである。

 

 代表はいつも「やりたい」と言うだけだった。次の一言は「どうすりゃいいんですかね」と言って、周りに聞く。誰かが意見を言うと、それに乗じてどこかの誰かの著名な人の成果を話す。みんなでどうするかを会議しているように思えて、その実態は違った。代表がやりたいことを、誰がどうやってやるのかを話し合っていただけの会議だったのだ。

 ここまで気が付いて、一番最初のNPOの構想の話を思い出した。こういうことがしたいと言って話が始まり、その後の具体的なことは、私ばかりが意見を出していた。彼は私の意見に乗っかる形で話を合わすばかりだった。その翌日、彼は相談の時のメモを家に忘れたから残っていたら写メをして送ってほしいという連絡をしてきた。つまり構想まで人任せだったのである。

 人と会う時のアポも自分がかわりにやってあげることもあった。今思えば彼はよく、すぐに終わる作業を理由をつけて人に振りまくっていた。

 パソコンやスマホの操作に関することも積極的にしなかったこともこれで理解できた。障害事情だけではなく、彼は徹底的に「やりたい」と思ったことだけをやって、それ以外のことは、例え数秒数分で終わることであっても一切やらないスタイルを貫こうとしていたのである。

 

 そして、このNPOが軌道にのらなかった理由もわかった。

 代表と話していくと、どんどん仕事が生まれていく。でも代表はなにもやらない、手続きや金を出すといったことはやるが、具体的な実行部分は他任せで、実現してくれそうな人を誘うわけだ。この活動の場合、まず私と彼女がその立場だった。でも2人でできるわけがない。やりたいことをイメージすることはできる。でも誰も実行の仕方を知らないのだ。

 だからここで次にしなければいけないことは、私と彼女も代表と同じ手法で、誰かを誘ってやらせる、という工程が必要だったのだ。

 しかし、私も彼女も自分がやるという意気込みが強すぎた。彼女は弟のことがあったし、体調のこともあった。私は私で、こんな何もない状況で人なんか誘えない、と常々思っていた。だから人を誘ってやるという発想を組み込んで考えることができなかったのである。ここで座礁した。

 

 誘われた人が、また人を誘っていかないと機能しない組織。

 これが、私やメンバーの感じていた奇妙な詐欺感の正体だと気が付いた。

 きっと代表自身も、自分のしていることの性質がわかっていなかったのだろう。

 

 初期の頃から感じていた違和感の正体がわかった。

 代表は人を誘うだけ誘って、一緒に活動する人のこと、そこで働く人のこと、そこに集まる人の気持ちを、なんにも考えていなかったのである。感覚的に認識できないと言った方がいいだろう。

 思考回路は「儲かる+楽しい=みんなが幸せ」が基準だ。だから周りが困っていても、「儲かるし、楽しいし、何が困るの?」という感覚なのである。Tシャツ屋の構想のことで、みんなを誘いたがる言葉に対する私の指摘がぜんぜん理解できなかった様子からも、その思考回路が窺える。

 例えば、恋人を遊園地に誘ったとする。すると、恋人が行きたくないと言った。普通は理由を聞いたり、他の場所を提案するが、この思考回路だとそうはならない。遊園地は楽しい場所であることをなんとか理解させようと、あの手この手で喋りまくる。何故なら遊園地は楽しい場所であるのだから、そこへ行きたくないという相手は間違っていて、損をしているのだ。だから、相手を正しい結果に導きたいと強く思うのだ。

 思えば、自殺した彼女に対する接し方も不可解だった。代表は、辛くて動けないという彼女に対して、休んでいいよ、元気になってからでいいよといつも言っていた。これだけだと、病人に無理をさせないのは当たり前だし、仲間のことを想っているようにしか見えない。しかしこれ、できるといったことができない人に対し、普通の判断といえるだろうか。普通は、いつまでもできない結果を見て、やっぱりこの人には無理だと判断するところではないか。

 私にもその判断はできなかった。そもそも私が彼女の体調のことについて詳しく知ろうとしなかったのは、仲間に対してそういうことを尋ねるのはどうしてもハラスメント感があるし、仲間が誘った相手だから、と信用することにしていたからだ。

 本当に、馬鹿だった。彼女がこの活動に参加していなければ、今もきっと生きていただろう。出会うことはなかっただろうけど、ともかく、自分を追い詰めなくても済んだはずだから。

ホリエモン

 しばらくして代表と電話で話す機会があった。今度は保育園をやろうと考えているらしい。私の知る限り、彼が保育運営に関して知っていることも、経験も、なにもないはずだ。恐らく、保育運営に関するノウハウを誰かから教わり、金だけ出して現場の運営は人に任せるという手法をとるのだろう。

 私は適当に話を合わせておいた。それについて何も言わなかった。

  それからまたしばらくして、元分科会メンバーに連絡をとった。脱会してから代表から連絡はあった? と聞くと、みんななんの連絡もないと言った。私は改めて、困ったことがあったら言ってくれと伝えた。

 

 私はこれをホリエモンと命名した。この病気にかかった者は、みんなで楽しく、やりたいことで儲ける為に、どんどん人を誘おうとする。それに陶酔してしまうせいか、人の気持ちや状態、相手の生活を基準に物事を考えられなくなってしまうのだ。

 本人はできないのにできると思い込み、誘われた方も、実現力のある人なんだと思って参加してしまう。なんと迷惑な。

 まだ顕在化していないだけで、似た被害は多数起きていると私は考えている。いや、きっとこの手法は古くからビジネス界で定着していたのだろうと私は思う。

 多動力。そう聞くと何かの能力みたいに思えるが、その実態はのようなものだ。思考、思想、感情、なんでもすぐに湧いては、すぐに消えてしまうのだ。悲しみも喜びも、他の人と共有できないのである。

 発達障害にも「注意欠陥多動性障害」という診断がある。ADHDという名で有名だろう。子供の頃は落ち着きがない、授業中に教室内を徘徊してしまうとか、勉強に集中できないとか、大人になっても集中力がないとか、その当事者は暴れまくる自分に振り回されながら生きていくが、実はその多動の衝動に従って生きていると結構楽で、当事者の生き辛さは、その感覚を抑えながら生きようとすることにあると言える。

 

 泡……バブル……もしかしたらバブル経済と崩壊も、こういう人たちが元凶ではないだろうか。著名なビジネスマンの中には発達障害を指摘されている者たちもいる。多動気味な人がホリエモン病にかかりやすいと考えることもできるだろう。

 

 私はこの精神疾患の正体をつかむ為に、堀江貴文氏の著書『多動力』を手に取った。

 これが、私が『多動力』を読むことにした動機である。 

後編 感想文本編

 

 

多動力 (NewsPicks Book)

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