HyogoKurumi.Scribble

HyogoKurumi.Scribble

人は、言葉からは逃れられない。

【後編】社会の生き辛さの正体がわかる! 読書感想文『多動力』(著:堀江貴文)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症スペクトラムへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害グレーゾーンへ



前編はこちら

【前編】社会の生き辛さの正体がわかる! 読書感想文『多動力』(著:堀江貴文)

多動力 (NewsPicks Book)

多動力 (NewsPicks Book)

 

後編

 さて、本編だ。この『多動力』の読書感想文を書く。

 この本を読んで、私が大きく感じたことを見出しにして語っていこう。

家畜の発想

 第1章の01「寿司屋の修行なんて意味がない」の冒頭には「僕は未来のある若者が卵焼きを作るのに何年もの無駄な時間を費やすのを見ていられない」とある。

 私はそんなにも修行を重ねて生まれた卵焼きがあるのなら一度は食べてみたいと思う。もし食べに行けるとなればわくわくするだろう。その時は日ごろの感謝を込めて妻も連れていきたい。できるなら職人さんとお喋りをしてその哲学に触れてみたい。教えてもらえるなら美味しい卵焼きを作るコツを1つでいいから教わりたい。

 私の場合はそうやっていい思い出になるだけだろうが、もし料理研究家なら次に出版する料理本のネタが一つ浮かぶかもしれない。それを妻が読めば我が家の食卓の料理はまた一段美味しくなるのだろう。食品加工機械の製造に携わっている人なら、職人の言葉から新たな食品加工技術のヒントをつかむかもしれない。そうやって生み出された技術があるから美味しいコンビニ弁当やファーストフードがあるんじゃないか、と私は思う。

 しかし堀江氏にはそういう、飯を食っている時の作り手に対する感謝や、食事を通した交流、そこから生まれる技術進歩を想像する感覚がないようだ。食い終わったあとにゲップさえできればいいのだろう。

信者用の本

 卵焼きの一文がある第1章は「一つの時代をコツコツとやる時代は終わった」がテーマとされており、複数の肩書を持つこで社会的価値が上がることを主張しているのだが、にしたって例が悪い。料理の修行は食材に関する知識だけではなく、調理法の面では体得しなければならないことも多い。情報共有さえできればいいというものではない。だいたい卵焼き修行"だけ"ってのがまずないだろ。

 この本はこういう読者の疑問を無視して話が進んでいく。説得力がまるでないのだ。こういう啓発系の本を書く場合は、全ての文章に対して疑問反論異論指摘があることを前提とし、全ての記述に対してその理屈や根拠を示して読者との距離を縮めるようにしなければならない。

 この本からはそういう著書の努力が一切感じられない。著者が意図して書かなかったとも思えない。あらゆるポイントで同意や共感が浅いところに置かれていて、首を傾げながら読むことになる。堀江氏の交流幅の狭さが窺い知れる要素である。

 これがただの信者用の本であるなら成立しているが、「はじめに」には「本書で初めて僕を知る人もいるかもしれないので」という記述があり、つまり知らない人が手に取ることも想定していたわけだから、信者専用本ではないということだ。

 なぜ偏った例を使ったのだろう、なぜ必要な説明や補足を書かなかったのだろう、と考えても無駄である。そこに狙いがあるとは思えない。単にその必要性に気づかず、書かなかったのだ。

 つまりこの本に対して浮かぶ様々な疑問について、考えるだけ無駄ということだ。

説得力まで人任せ

 この本の内容によく出てくるのが「これはこうだ→あの人とかあの会社とかがこんなことしたんだ→だから俺はこう思うんだ」という流れだ。

 話の途中でどこかの企業や著名人の功績が挟まれる。その他社他人の功績は素晴らしいのだが、なぜかそのニュースを堀江貴文という媒体を通して知らされていることに違和感を覚えながら読むことになる。馬鹿な奴はここで「堀江貴文は物知りだ」なんて思うかもしれないが、例えるならサンドイッチのようなもので、味の乏しいパンの部分が堀江氏の言葉で、説得力の要素となる美味しい具の部分が人任せなのである。

社畜の発想

 本書の「多動力」を体現した生き方をするには、堀江氏のようにありとあらゆるニュースに精通すること、それ自体がライフスタイルとなっていなければならないわけだが、私に言わせればそれは長いものに巻かれているだけだ。

 そういう生き方をしている人たちが社会の主導権を握ってしまっているせいで、情報収集ばかりが求められる社会になってしまっているのに、一体どこの誰がその非人道的現実をこれ以上広げたいと思うのか。

 しかし堀江氏は自身の思考回路がそれに巻かれて社畜化していることに自覚はないのだろう。この本はどうやら社畜からの解放を目的としているように思えるが、間違いなく社畜育成本であると私は指摘する。

 本書で用いられているビジネス語は無学な私でも理解できる優しい用語ものがチョイスされていたが、これも多用しすぎだと私は感じた。何よりカタカナ語は本質をカモフラージュしてしまうことがある。「ニュース」と「用語」ばかりで構成してわかった気にさせるこの本の文法は、極めて洗脳的であると言わざるを得ない。 

 このジャンルの本は読者の脳内の認識を、どれだけ上手に"転換"させられるかが力の見せどころだと思うのだが、至る処で他社他人の情報で固められている為、真面目に読むとインストールするばかりのただの馬鹿になってしまうだろう。

人間のことを考えていない

 堀江氏の人格をよく表しているのが、05「見切り発車は成功のもと」の項だと感じた。

 ホリエモン祭りをするにあたって、人が来なかったら、責任が、大赤字になったら大変、などという理由で参加しなかった人がいたようだ。そのエピソードを引き合いに「うまくいかなかったらどうするのか? などという心配をしていたら、計画が実を結ぶことは永遠にない」という記述があり、その後には、中高生時代の学園祭が思い付きの産物でプロの介入もなかったことがその根拠として書かれている。

 1000人近くの「他人」が集まるイベントと、先生と生徒で構成された中高生の学園祭を並べて考えるのは社会人の発想じゃないと私は言いたい。

 ここで考えるべきことは安全性である。堀江氏は花火大会の時に多数の雑踏警備員が配置される理由など考えたこともないのだろう。

 本書全体からぷんぷんと感じるのだが、彼は一緒に活動する人のこと、そこで働く人のこと、そこに集まる人のことを、なんにも考えていないのである。前編で話した代表の彼と同じだ。こういう輩が生き辛い社会を形成している要因だと私は言いたい。

 堀江氏はテレビやネットでの言葉足らずな発言もたびたび問題になっているが、この手のタイプはビジネス界隈には多いと私は考えている。同類同士で会話が弾む、その談笑の延長でビジネスが生まれる、仕事と職場が生まれる。しかし人のことを考えられない人たちがつくった職場だから、そこに勤める人たちはとても苦労する。

 そんな生き辛い日常、人生を変えたいと思っている人が関心を持つのは『多動力』といった啓発本だ。これをマッチポンプ現象と言う。

 こういう人間と関わりを持たない為にも、私はこの『多動力』を強く推奨する。なぜなら本書には、そんな人間の特徴がとてもわかりやすく書かれているからだ(笑)

まとめ:多動は「症状」

 「はじめに」の内容には「ある日、本書の編集者である幻冬舎の箕輪君から、「堀江さんほど『多動力』をもっている人はいないから、その真髄を教えてほしい」と言われ、この本を書くことになった」とある。

 この箕輪君という人物が『多動力』だと思っている思考回路は、ただの中毒症状と禁断症状である。普通の人が真似したり習得できる類のものではない。

 開店から閉店まで、一日中やかましいパチンコ店に平気で座っていられるただのパチンカスを想像してほしい。堀江氏はそれと同じだ。ただ、普通の人がパチンコを打ってもすぐにお金が尽きてしまうが、堀江氏はその種銭が尽きない状態にある。ギャンブル中毒者は常にギャンブルのことしか頭になく、勝てている状態にいると身近な人に勧めたがる。堀江氏もそれと同等の精神状態だと私は考えている。

 彼はその印象の悪さを、ビジネス用語と業界ニュースを装備することでコーティングしている。

 ボロカスに語ったが、評価に値する要素もある。実は多動は、それを抑えて「社会の普通」に合わせようと生きることで生き辛くなるが、逆にその衝動に逆らわず生きていた方が、その人個人にとっては生きやすい。恐らくだが、堀江氏は生まれつき多動タイプであり、もしかしたら発達障害ADHDあたりの診断を受けていてもおかしくなかったのではないかと思われる。そんな人が自分の社会での生き方を記した数少ない本として、希少価値があると私は思う。

 しかし多動は所詮、多動である。「力」でも「個性」でもなく、その実態は「症状」だ。この本の内容は社会では役に立たないし、堀江氏はこの多動の力で食っていけていると思っているようだが、それに合わせてくれている人、好きでいてくれる人がいるから生きていけるのである。いわばこの本の効果は、単に自分の養分となる味方作りが目的だとしか言いようがない。

 でもこの本からは、著者がその実態と関係性を理解している節がまるで感じられない。この本が示していることは、一人でバスケをしている堀江氏の人間性であり、本を読んだ人は誰しもが社会に対し、虚しさのような冷めた感情を抱くだろう。

 読後一番に思った私の感想はこうである。

「残念だ」

 

多動力 (NewsPicks Book)

多動力 (NewsPicks Book)