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言葉は嘘をつきません

わい親創価、妻親エホバ

 妻のことで、ずっと前から気になっていることがあった。どうやら妻は幼い頃、親からベルトでお尻を叩かれたことがあるらしい。それは妻と一緒に暮らし始めた五年くらい前に、生まれ育った家庭環境の雑談の中で聞いた話だった。

 その時は妻も、なんとなく仄めかすように言っただけで、詳しくは話さなかった。私は積極的に聞く姿勢はとったんだけど、妻もどこからどうやって説明するべきか、上手く言葉にできないようだった。だから私も、言えるようになったらいつか教えてねと、軽く流しておいた。

 単に折檻で叩かれたことがあるという感じではなく、そういうことをされながら育てられた、というニュアンスに受け取れる言い方だったから、そのぐねっとした感覚だけが消えなくて、ずっと気になっていた。

 私はてっきり、年に何度か会うあのご両親から、とても偏った虐待を受けていた様子を連想してしまっていた。

 先日、その謎が解けた。

 出先で立ち寄った本屋でこの漫画を見つけて、あぁこれたしかTwitterで話題になってたやつ~と思いながら手に取って開いたら、ベルトでお尻を叩かれる少女の描写が目に飛び込んできたのだ。

 その一目で全てが繋がった。

 妻の親はエホバ信者だった。それは私も前から知っていることだった。 

 読書好きな妻は、幼い頃から聖書を読んでいたと言っていたが、それも親がエホバだった影響のせいなのだろう。

わい親創価、妻親エホバ 

 私の父と母は創価学会の信者だった。だった、というのは、今はもう関心が薄れて活動には参加していないようだからである。ただ、父だけは未だ、出かけから帰ってきた後などに、題目三唱や勤行だけは続けているらしい。仏壇はまだ持っているようだ。

 で、妻の家族(母と兄)はエホバの信者らしい。らしい、というのは、妻からそう聞いているだけで、私がいる席ではそういう言動を出さないからだ。ただ妻曰く、家族も今はもう活動にはあまり積極的に参加していないらしい。関心が薄れて脱退したという感じではなく、信仰心はあるが、他のことに時間を使うようになったようだ。

 私と妻は日常的に、自分たちの宗教体験の話をする。積極的に話しているわけではないが、なんかの拍子にその話題が普通に加わる。それについて自分たちが何を感じてどう思い、考えたのか、その体験を共有する。

妻の場合

 上の漫画は妻が読みたがるかもしれないと思い、購入した。で、帰宅後に妻に見せてみた。表紙カバーをみた妻はやっぱり、食いついた。喜んでくれた。

 私は、あとで旦那も読んでいいか?と念の為に断りを入れた。別にいいよ、と言ってくれた。

 読後は、うちの場合はこうだったよ、へぇそうなんだ、という軽い感じで感想を言い合った。そんで、ベルトで叩かれた時のことも話してくれた。やっと話してくれた、それがちょっと嬉しかった。

 漫画の内容にように、教えに背くようなことをするとそういう罰を受けることがあったらしい。ただある時は、集会所の別室に置かれていた鞭用のベルトを、ゴミ箱に捨ててやったこともあったんだとか。 

 少なくとも妻に信仰心は芽生えなかったようだ。親がやっているから、その生活の延長というか、習慣として付き合っていた感じだと解釈している。だから教えの内容の矛盾点などを突いて親の言葉を論破するなんてことがよくあったとか。

私の場合

 私の方も、創価学会に対して信仰心は芽生えなかった。

 生まれる前から親は創価で、私は生まれた瞬間に入信させられていたらしい。そういう手続きがあるかどうかは知らないが、ともかく父はそのつもりだったようだ。

 私は親の唱える「勤行(ごんぎょう」をほぼ毎日聴きながら育った。

 勤行の時に発する言葉が下記の経文だ。

 

 これは小学校高学年になってから私も覚えさせられた。35歳になった今ではほとんど忘れたが、たしか二十代後半頃まで覚えていた。

 小学六年生の頃にオウム真理教地下鉄サリン事件が起きて、それから宗教というものを意識するようになった。中学生になってしばらくした頃に、私は自分のしている創価学会というやつも宗教活動に値することを理解した。

 自分はそれを自覚しないまま継続していた。知らない内に何かを刷り込まれているような気がしてすごく嫌だった。あってはならないことで、なぜ親がそんなことをしたのかが理解できなかった。

 その感情は上手くは言えなかったけど、活動に参加することはもうやめようと思った。

 私の知る限りだが、創価の方にはエホバのような特殊な折檻をする風習はないし、近所を回って勧誘するといったこともしない。ただ日曜日は集会所のようなところに集まって、なんかの報告をしあったり勉強会を開いたり、といったことはよくあった。

 小学生の頃はそこで粘土遊びをするだけということがあったので、どちらかと言えば自分から行きたがっていた。で、よくわかんないまま勤行をして、他の時間は遊んでいた。それでも、小学校高学年になったあたりから、日曜日が潰れるのは嫌だと思うようになった。粘土遊びだけが目的だったのかもしれない。中学生になってからは断る理由ばかり考えていたような気もする。

 親は止めなかった。でも活動に参加しない意志を地区担当のお兄さんに伝える話し合いは2~3時間に及んだ。「あぁ、そうなんだ。わかったよ」といった風に簡単には帰ってくれない、なんとかして心変わりさせようとするし、その課題に挑むことに燃えてしまう。

 脱会が認められたのか、そもそも手続きとかどうなってんのか、よくわかんないまま話し合いは終わった。

 それ以降、活動への誘いには来なくなったが、弟を誘うとか、担当者が変わったとかで、月に0~2回うちに来ることは変わらなかった。ずるい、と思った。

ロウソクの火を消して

 それから私はいじめや人間関係の失敗の末、高校を中退して、飲食店を営んでいた両親の家業に就職する。1、2年経ってからだったと思うが、家業がバブル崩壊狂牛病の影響もあって、自転車操業状態に陥っていたことを知った。

 お店が繁盛しなければ借金が返せない。自己破産するしかない。

 そんな状況で、父はギャンブルにはまってしまった。ランチが終わると、レジスターから少ない売り上げを持ち去ってはパチンコに突っ込んだ。夜の営業時間になっても帰ってこない日があった。

 母はお金がない、と泣きながら電卓を打っていた。

 それでも親は勤行をやめなかった。

 いつだったか、勤行をする理由を聞いた。それをしてなんの意味があるのか、という話だ。父は、「心が綺麗になる、いい知恵が浮かぶ」と答えた。 

 正座して勤行をする父の背をみて、私は思った。

 「これは、絶対に、おかしい」と。 

 家はなんにもよくなっていない。良くする為に必要なことをしないばかりか、マイナスになることばかりする親のせいで、苦しくなる一方だった。効果的ではない行為であることは明白だった。それでも親はその行為に時間を注いだ。

 仏壇の脇で煌々とゆらめくロウソクの火を消してほしい。私は何度も、そう願った。

 

 私が23歳の頃、自己破産の話が迫ってきた。その頃、私は後に自分が診断を受ける発達障害の事を知った。自分の非定型的特徴はこれが原因だったのか?という視点を得るとともに、家の状況が思っていた以上に深刻だったことを理解した。

 ふと、台所の壁の下の方に、なにかのメモをみつけた。そこは母が寝床にしている場所で、そのメモは家の借金残高だった。

 壁に、借金残高をメモ書きする。そこは、メモをするところじゃない。それがまずおかしいし、それにずっと気づかないままだった自分の感覚に危機感をもった。

自己破産後

 それからしばらくして、父は一家心中未遂をして、私が警察を呼んで、親戚のお兄さんが家に飛んできて、なんやかんやで、ようやく自己破産をすることになって、店を閉めた。

 住むところがなくなるので、私は一人暮らしを始めた。それから創価学会関係者と会ったことは一度もない。

 一人暮らしから数ヵ月後だったと思うが、両親が新しい住居としたアパートで久しぶりに家族揃って会った時に、父が創価学会に対して否定的なことを言っていた。「あいつらは俺が店のことで困ってる時に何にも助けてくれなかった」とかなんとか、でも外から帰ると勤行はやっていた。

 創価から一歩か二歩、距離は置いたのだろう、と受け取れた。でもその変化が私には不安だった。父は一家心中未遂したりギャンブルにもはまった。それは創価をしていたらかその程度で済んだとも考えられるからだ。いつか父がどこかで他人を巻き込むような形で暴力を振るうんじゃないか、そんな光景が目に浮かんだ。

 その後、両親は元の店で常連だった客が、自分とこの事業で飲食店をやりたかったという計画を持ち掛けられ、夫婦で入社して父は雇われ店長をした。が、二人はその店も潰した。その後、家賃を払う形でまた自分たちで店をやったが、やっぱりその店も長く続かなかった。

 そりゃあ当然だ。両親は客を呼ぶ為の営業努力を一切しない人達だったから、その結果は目に見えていた。

 お客が来るのをただ待つ、それだけである。特に父はその点の経営感覚が完全に狂っていた。まず儲けを意識した計算を悪代官か何かの悪だくみだと思っている節があり、こうすれば客が増えて、儲けが出るぞ、という思考を持たない人だった。

 店を構えて働いている、それだけで何かの責務を全うしているという考え方で、普通に生活できていなければおかしなことで、それはどこか社員感覚で、とにかくいつも偉そうだった。

 創価学会の政治意識の影響か、自分の苦しい境遇をいつも国か社会のせいにしていた。暇さえあればビジネス本や啓発本を読み漁り、私や周囲には、勉強をしろとか、会った事もないどこかの会社社長の苦労話を持ち出しては、お前はこういうことを知っとんのか、などと、何かと知識で言いくるめようとしてきた。

 つまり、お客が来なくて店が儲からないのは周りのせい、だった。

宗教とビジネスと政治の親和性

 なんかすごい長くなっちゃったけど、今回の記事で書きたかったのはここからの話なのだ。

 私は妻と違って、早々に宗教活動から距離を置いたので、創価に関する知識はほとんどない。自分が関わっていた期間にこういうことをしていた、こんなことがあった、程度の話ができるだけである。

 家には『人間革命』などの分厚い関連書籍が本棚1つ分あったが、1ページも読んだことはない。 

 私は創価に対しては無関心だった。ただ、創価に魅了される人の思考回路や、信じてしまう意識の仕組み、宗教と政治とビジネスの親和性といったことについてはよく考えていた。

 私は「人の声が脳に起こす働き」が深く関わっていると考えている。

人の声

 宗教のある生活環境で育ったことであれこれ考えはした。どれだけでも論理武装してきた。そのつもりだけど、本人たちが自分の意思で信じているものをやめさせたり、心変わりさせることはとても難しく、全く手出しできなかったというのが現実だ。

 わかったことだって何ひとつなかった。私の親と信者たちは、なぜかこれを信じているそれだけが事実だった。

 私はいつもその、なぜか、の部分に注目していた。

 

 中学生の頃から考えていたが、これに進展を得たのが一年と少し前のことだった。

 私は過去に、活動仲間との交友を通して、声が不安感を煽ることを理解した。その自身の意識の働きを認識できるようになったのである。

 上の記事の後半でも書いたが、その意識の働きは様々なところで影響していた。

 その様々なことを一言でまとめると、『人の声を聞いているだけで、相手のことが頭から離れなくなる現象がある』ということだ。

 それが生物学的な脳の働きなのか、あくまでもこの時代の文化的意識の上にあることなのかはわからないが、脳や意識の働きというよりは、「人の声にはそういう力がある」と言い換えてもいいくらいのことだと私は思っている。

 私たちの人生は声に始まり、声に終わるといっても過言ではない。赤ん坊の頃は親の声を聴いて育ち、そのうちに自分でも声を出せるようになるだろう。学校では先生の声を聞いて授業を学び、友達と声で交友するだろう。それからもずっと、人は生きている限り、人の「声」を通して物事を学んでいくのだ。

 その声に、人の心を不安定にさせる効果があるとしたら? 「ある」、という前提で話を進める。

 いや待て、と。それを言い出してしまえば、この社会に人の声や言葉が関わっていない物事なんてないのだから、こじつけのように思われるかもしれないけど、私はもう、この事実を言わずにはいられない。そういう主旨の話をする。

専門用語の力

 言葉にそういう力があるとしても、それだけで宗教は生まれない。不安定な人があちこちにいるというだけだ。その人たちを束ねるには、その人達から頼りになる、信じられる、と思われればよい。

 その最も簡単な方法が「用語」である。

 不安定になったところへ用語を浴びせるのだ。ようは、相手の知らない言葉や知識のことである。そうすると「この人は自分よりも詳しい」と、簡単に思わせることができるのだ。

 言葉で不安を煽り、専門用語で意識を引き込む。 

 宗教と関わりなく生きている人の中には、「自分は例え宗教団体の集会に行ったとしても、その宗教の信者になるなんてことはないだろう」と、高をくくっている人もいるだろう。

 頭の中にはそれ相応の論理武装や無関心を維持できるだけの自信があるのだろうが、前項で話した「声の力」によって意識が不安定になる感覚の変化を認識できていなければ、その面に関しては全くの無防備であると断言する。だからこの記事を読んだ人はラッキーである。耐性ができた。今回の話を頭の片隅にでも置いといてほしい。

 話を進める。

 自信がある人ほどこうするだろう。「相手の話をちゃんと聞いた上で断らなければフェアではない」と。つまり「相手の言葉をしっかり聞こうとする」のである。その時点で洗脳の第一段階はクリアである。あとは専門用語を含めた話をたっぷり聞かせる。それだけで「結構しっかりしてるじゃん、ちゃんとした団体なんだ」と思わせるところまで、認識を傾けることができるのだ。

 そこまで思わせられれば、その場では信者にならなくても、その評価は意識に残り続ける。その緩い認識が基準となる。だからいつか救いが必要になった時の選択肢に並ぶのである。

 これと同じ効果を基盤とする構造がこの社会にはある。

 それが「ビジネス」だ。

ビジネスマンも同じ

 ビジネスマンは人脈が力であり、人脈を広げていく為に何よりも共感を重視する。その開拓は主に会話によって広がっていく。会話、つまりこれも「声」の力ということだ。

 「仕事ができる人」と会話をした時、その言葉の中にビジネス用語などの専門用語が多すぎて、話についていけなかった経験があると思う。まだないという人も、社会の中でそれなりに人と関わりながら生きていけば、いつかはそういう体験をするだろう。もしくは、貴方がその経験を誰かにさせるだろう。

 言葉の中に専門用語が多すぎて言ってることがわからない、それはビジネスマンとの会話だけではなく、宗教の信者との会話でも起こることだ。最も、宗教の信者の方は、自分の話が信者ではない人には理解されにくいことを理解しているだろうから、混乱は起きにくい。

 対してビジネスマンの方は、自分の言葉や意識は誰でも知ってる常識的なことだと思い込んでいたり、当り前にしなきゃいけないと考えている人が多いので、遠慮がなく、混乱が起きやすい。

 正直言って宗教の信者より厄介であり、面倒な存在である。パワハラをする上司や、家族を馬鹿にする仕事人間の父がわかりやすい例だろう。どうすればそんな関係に陥るのか、自分が酷いことをしているとどうして自覚できないのか、そこに信仰的な意識の働きがあるとすれば? 意識が宗教の信者みたいになっているなら仕方ないし、別に不思議なことではないよね。

 冷静に考えればただの迷惑な人だが、それでも「仕事ができる人」と思われやすいし、そういう人を前にすると、どうしても自分を下に見てしまうのは、さっきから言っている通り、声の力で意識が不安定になっているからであり、用語が盾になることで、この人は自分よりも能力的に上であると、脳が無意識に判定してしまうからである。

 それは言葉を聞かせている側自身にも起きる思い込みであり、「自分はこんなにもわかっている側の人なんだ」と妄想しやすい。現実に、周りが自分の話に耳を傾け、頼ってくれる。それが証となるから、異常だと自覚しにくいのだ。

 ちなみにそこはギャンブルとも親和性がある。ギャンブルはやめられなくて苦しんでいる人でも、調子よく勝てている時は、攻略法を人に話したくなるし、人に勧めたくなるのだ。

 ただ、ギャンブルは必ず負ける時があるから、それは一時的な状態で長続きしない。対してビジネスは、儲け続けている状態を維持することが可能である。

 だから、儲けている限り、その異常な精神状態がずっと継続するのである。

政治も同じ

 声には人の心を不安定にし、用語は自分を大きく見せやすく、宗教とビジネス界隈はその効果が維持している、という話をした。

 その2つを合わせたような存在が「政治」である。

 選挙の時を思い出してほしい。テレビなどで立候補者に群がる有権者たちの様子をみて、まるで宗教団体が祭りか何かで騒いでいる状態のように感じたことはないだろうか。

 そりゃ当然である。政治は声と用語だらけだ。

 政治家はもちろん、積極的に関心を持っている人たちは、いわば宗教と信者のような関係で、それと大して変わらない精神状態に陥っている、のだ。

 今度また選挙の時がきたら、街頭演説に集まる人たちの目をよくみてほしい。立候補者や、その言葉を熱心に聞いている有権者の目が、@マークみたいに見えるだろうから。

無関心を守れ

 これが、人々を一定の方向に押し流す社会の力の正体であり、「私の親と信者たちは、なぜかこれを信じている」の、「なぜか」の答えに値する話だと私は思っている。

 

 私は声のない世界を好む。いつからかそうだった。私が好んでいた環境が、声の無い世界だったのだ。

 その点、ネットは都合がいい。文字が表示されるだけだ。人の声で感情が乱されることもなく、意識はいつもフラットなまま、必要な情報と向き合うことができる。

 会話についていけないで困ることもない。自分が分かる内容だけ拾えばよく、分からない用語は好きな時に調べればいいし、どうでもいいと思えたなら、ほっとけばいい。

 

 私は無関心のまま、関心を保つ。それがいいのだ。子供の頃はこれができなかった。なぜなら無関心は「よくないこと」だと教わったから、自分の関心を示さなければならなかった。関心を持っている振りばかりが上手くなり、それは相手が満足するだけで、生きていく上では全く役に立たなかった。

 大人になった今は、あれは間違った教育だったとはっきり思う。

 

 これから社会に出る若者たちに私は言う。

 自分の無関心を守れ。なんとしてでも、守れ。

 そうしなければ、他人に食われてしまうぞ。

 なぜならこの社会において、関心は搾取の対象であり、いわば「弱点」でしかないからだ。