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言葉からは、逃れられない。

【2018年版】4月からの新社会人に送る発達障害の話【改正障害者雇用促進法】


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 2018年4月から、改正障害者雇用促進法が施行される。この改正によって新たな決まりが色々と加わるわけだが、注目すべきは「身体障害者知的障害者」のみだった雇用義務対象に「精神障害者」が加わることだ。この精神障害者の枠の中には昨今話題の「発達障害者」も含まれる。

 それまで距離を置かれていた精神障害者と雇用との距離が、より近くなるのである。まぁ劇的な変化は期待してないが、今よりはマシになるだろう。

 今回の記事ではこの「発達障害」というものについて、アスペルガー障害の診断を受けている私が、4月から社会に進出する新社会人に向けた話をする。

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なぜこの話を?

 まず前置きだが、結構大事なことを言う。

 私は高校を2年で中退して、家業の飲食店に就職した。学生生活を送りながらの就職活動というものを体験していない。その後もアルバイトか中途採用か、バイトからの社員登用という形でしか、入社というものを経験していない。

 つまり新社会人という立場になったことがないのだが、そのかわりに私はずっと発達障害だった。この境遇は底無しに人を悩ませるし、それがどれだけの機会損失を生むかもよく知っている。

 その「悩み」の解消に通じる話は誰にでもできることではないし、やはりそこは実体験を持つ当事者の言葉が一番いいだろう。だから私も話せる立場の一人として、その役を買おうというわけだ。

 この記事を読んで頭の片隅にでもおいておけば、いざ発達障害問題の壁が迫ってきた時も、何も知らない人よりは落ち着いて考えを進められることを約束する。そんな記事を目指して書こうと思う。

社会人になってから発達障害が発覚する理由

 発達障害は医学的根拠のない「生まれつき説」(先天性)が流れるくらい、その障害特徴は子供の頃から抱えていた、という自覚を持つ当事者は多い。

 でも「社会人になってから発覚した」という話も多く聞く。

 先天性説が広まってしまっているので、そこにちぐはぐとした違和感を覚える人もいるだろうが、「社会人になってから発覚」は普通にあるという認識で良い。そのパターン、というか考え方をいくつか書く。

障害特徴がケアレスミスに集約されている場合

 ケアレスミスは同じことを繰り返し行っている中で発覚しやすい。いつものことなのに、上達しない、慣れない、ミスを繰り返すからである。だからそういう体験をする機会が限られている学生中には発覚しにくいのである。あと学校環境の中は、周りからただの不真面目と思われやすいから、というのもある。

 この特徴は社会の中で働くようになった途端、急に目を覚まして暴れ出す。最初は、仕事に慣れてないからかな? 覚えてないからかな? 勘違いしたかな? とか思って深く考えないようにするが、三ヵ月、半年、一年経って後輩ができても、新人でもやらないようなミスを繰り返す。

 本記事は新社会人向けに書いているのでもう遅いが、できるなら高校生や大学生中に、アルバイトなどの職業体験をしてほしい。自分の得意不得意を追求して見極める機会を、自分から作って挑んでほしい。学生中に知っておけば、学業中にこれからの人生を考える時間を得られるのだ。それも楽な話ではないが、新卒入社のあとに発覚して混乱するよりはマシであろう。

相性の良い友達がいた場合

 自閉症スペクトラム特徴があると周囲からみて変わった人になるのだが、相性の良い友達がいれば障害云々の話に発展しにくい。「障害」の話はあくまでも周囲の理解や支援が必要な場合に浮上する話であって、周りと上手くやれていればその必要はないからだ。発達障害の話をするとしても雑談止まりである。

 相性の良い友達というのは、変なことを言っても面白おかしく受け取ってくれたり、よくないことを言っても上手な注意と、ちゃんとした考え方を教えてくれたりと、ただの友達というだけではなく、時に通訳、時に先生となってくれるような相手である。その友達がいたから、その環境でも適応できていたのだ。

 社会に出ると同時に、日常からその友達がいなくなり、一人になった新しい環境では「話が通じない奴、空気読まない奴、困った奴」という存在に自分がなる。

 それは「仕事が上手くできない」という境遇にも直結する問題なのだ。

別の障害の診断を受けていた

 これも多岐に渡るケースだが、例えば学生中から抱えていた精神疾患を隠して入社したはいいが、思うように仕事が習得できなくて、精神疾患とはまた別の何かを感じてかかりつけの精神科医に相談したところ、発達障害特徴が根にあった指摘を受けるというケースだ。

 このような場合、精神疾患が二次障害という位置づけに代わることもある。

 ちなみに、障害の診断を受けていることを隠して入社することを「クローズ入社」、そのまま就労し続けている状態を「クローズ」と言い、会社側や同僚が知っている、伝えてある状態を「オープン」という。

理由はいくらでもある

 まとめると、社会人になるまで発覚しない理由はいくらでもある、ということだ。

 今期新社会人になる人たちの中にもそういう人はいるだろう。それが何割くらいになるのかまではわからないが、決して少なくないと私は考えている。1割か、もしかしたら2割を超えるかもしれない。

 その点の考え方も踏まえて、次章では発達障害の定義についての話をする。

発達障害の診断定義

 「DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)」という、精神障害の定義や診断基準となるマニュアルが存在する。元はアメリカの精神科医が使うことを想定したものだが、国際的な診断マニュアルとして用いられているのが現状らしい。

発達障害には証がない

 このDSM-5の中にも発達障害の定義が書かれている。では、その定義に当てはまれば発達障害になるのだろうか? いや、そこまで単純ではない。他の心理テストや知能検査、問診の結果などを踏まえて、総合的に判断される。DSM-5も判断材料の一つに過ぎないのである。

 発達障害には通常の病気や他の障害のように、その証がない。患部がないのである。だからめっちゃ問診して、めっちゃテストして、めっちゃ様子見する。

 初診から診断が下りるまで、問診やテスト、そして見極めの期間が必要で、そこだけで数ヵ月~一年を要する。その後、障害者手帳の申請でさらに数ヵ月かかるのが通常だ。

 初診の際、数分の問診で診断が下りたという話もあるが、それは適切な診察とは言えないので、その医師は当てにせず、別の病院で診察を受け直し方がいいだろう。その時は診断が下りたことで気分的に楽になれても、不適切な診察による診断で手帳を取得したという事実は、後で必ず悩みの種となる。

 入社後に発達障害特徴がわかり、診察を受けに行ったとしても、障害者手帳を入手できるのは年が明けてからだ。その間の仕事は? 支援は? よくありそうな状況だが、これといった答えはない。課題となるのがその会社での行き場や仕事作りだが、「はい、じゃあこうしましょう」とすんなり答えが出るものではないのだ。

 通常なら、支援センターやハローワークなどを仲介に挟んで話し合いをすることになるだろだろう。でも会社の将来性や自分との関係をみて、診断の結果問わず退職を選ぶ人もいる。この社会がまだ十分に経験を積めていない部分なのだ。

 ちなみに精神障害者障害者雇用で就職活動をする為には、ほとんどの場合で障害者手帳が必要となる。障害者雇用促進法の中における「精神障害者」とは、「精神障害がある者であって、厚生労働省令で定める者」とされており、この「厚生労働省令で定める者」とは、「精神保健福祉法の定めにより精神障害者保健福祉手帳を交付されている者」、または「統合失調症躁鬱病またはてんかんにかかっている者」で「症状が安定し就労が可能な状態にある者」のことだからだ。

発達障害の原因

 発達障害の原因については、当事者間では未だ先天性説が根強いのだが、医学的根拠はなく、ただの考え方の一つというのが私の解釈だ。

 たしかに子供の頃からそういう特徴を無自覚のまま抱えたのなら、医者じゃなくなってそう思いたくなるし、知的障害寄りの当事者と会った時は、確かに先天性な何かを感じる。生まれつきっぽい。

 でも、それ以外の当事者と会話してる限りはむしろ後天性の印象を強く感じるし、そう思わざるを得ない。

 育成環境が発達障害を抱える引き金になる場合もあると、私は断言する。

 その本題の前に、2つ話をする。

DSM-5の診断基準

 DSM-5の「注意欠如・多動性障害」(ADHD)と「自閉症スペクトラム」(ASD)に関する診断基準を見てみよう。

DSM-5における注意欠如・多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の診断基準

A1:以下の不注意症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.細やかな注意ができず、ケアレスミスをしやすい。
b.注意を持続することが困難。
c.上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
d.指示に従えず、宿題などの課題が果たせない。
e.課題や活動を整理することができない。
f.精神的努力の持続が必要な課題を嫌う。
g.課題や活動に必要なものを忘れがちである。
h.外部からの刺激で注意散漫となりやすい。
i.日々の活動を忘れがちである。

A2:以下の多動性/衝動性の症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.着席中に、手足をもじもじしたり、そわそわした動きをする。
b.着席が期待されている場面で離席する。
c.不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする。
d.静かに遊んだり余暇を過ごすことができない。
e.衝動に駆られて突き動かされるような感じがして、じっとしていることができない。
f.しゃべりすぎる。
g.質問が終わる前にうっかり答え始める。
h.順番待ちが苦手である。
i.他の人の邪魔をしたり、割り込んだりする。

引用

アメリカ精神医学会の診断基準第5版(DSM-Ⅴ)による注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害の診断基準 / えじそんくらぶはAD/HDを持つ人たち、そして共に悩む家族・教師を応援します - NPO法人えじそんくらぶ

http://www.e-club.jp/adhd/adhd_basic/7999.html

DSM-5における自閉症スペクトラムASD:Autism Spectrum Disorder)の診断基準

以下のA,B,C,Dを満たしていること。

A:社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害(以下の3点で示される)
1.社会的・情緒的な相互関係の障害。
2.他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)の障害。
3.年齢相応の対人関係性の発達や維持の障害。

B:限定された反復する様式の行動、興味、活動(以下の2点以上の特徴で示される)
1.常同的で反復的な運動動作や物体の使用、あるいは話し方。
2.同一性へのこだわり、日常動作への融通の効かない執着、言語・非言語上の儀式的な行動パターン。
3.集中度・焦点づけが異常に強くて限定的であり、固定された興味がある。
4.感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心。

C:症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになるものもある。

D:症状は社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしている。

引用

自閉症スペクトラムDSM-5の診断基準)

http://esdiscovery.jp/griffin/psycho01/dsm5_09.html

 部分的にみると誰にでもありそうなことだが、これらを一人の人間が複数併発して抱えているという見方が必要である。

 これを頭に入れたまま次の話を読んでほしい。私の実体験の話である。

ギャンブル依存とカリギュラ効果

 私は過去にパチスロ依存に陥ったことがあった。「デバッグ」という発売前のデジタル製品の動作チェックをする仕事に就いた時に、パチンコやパチスロの筐体をチェックする仕事をしていて、仕事の習得の為にと打っている内に、やめられなくなってしまったのだ。

 酷い時には仕事で8時間、仕事が終わったら帰り道に店に寄り、一日12時間打ち続けるという生活を送っていたこともあった。

 デバッグの仕事を退職してからパチスロはやめようと思ったが、どれだけ意識してもやめられず、結婚後もやめられなかった。それがある気づきをきっかけに、それまでの苦しみが嘘のようにピタリとやめられた。

 ある時、出かけた先でまたパチスロ店に入ってしまった。その時は四ヵ月ほど我慢していた後だった。いつもなら5万円ほどつぎ込んでしまうのだが、その時は2万円台で店から出ることが出来た。

 その帰り道に、なんか変だと思った。打ちに戻りたいという気持ちが全くなかったのである。私が本当にパチスロをやめられない中毒なら、いつもの5万円くらいは打ち込まないと、気持ちが収まらず、また店に戻りたいと思い続けるはずである。

 この時に気が付いたのが、カリギュラ効果と呼ばれている心理現象である。人は駄目だと念じることで、それとは逆の心理が働くのだ。

カリギュラ効果
カリギュラ効果カリギュラこうか)とは、禁止されるほどやってみたくなる心理現象のことである[1]。一例としては、「お前達は見るな」と情報の閲覧を禁止されると、むしろかえって見たくなるなどの心理が挙げられる[2]。
ローマ帝国の皇帝カリグラをモデルにした1980年のアメリカ・イタリア合作映画『カリギュラ』が語源で、過激な内容のため、ボストンなどの一部地域で公開禁止になったことで、かえって世間の話題を惹いたことにちなむ[3][4]。ちなみにアメリカには「ボストンでは禁止」 (Banned in Boston) という慣用句がある。
この効果は、広告宣伝やテレビ番組でも利用されている。例えば、テレビ番組で、「ピー」などの効果音を付けて発言を聞こえなくしたり、モザイク処理をかけて映像の一部を見えなくすることにより、いっそう視聴者の興味をかき立てるなどである。
カリギュラ効果は学術的な用語ではないものの、その内容の面白みからいくつかのビジネス本において紹介されると言った事例がある[1][5][6]。

カリギュラ効果 - Wikipedia

 私はずっとパチスロをやめようと思っていた。意識していないとまた足がパチスロに向いてしまう、そういう不安があったから毎日ひらすら念じ続けていた。だからパチスロに行ってしまう気持ちがいつまでも消えなかったのだ、と結論づけた。

 それから、パチスロに行きたいという衝動が湧いたことは一度もない。その気づきから二年経った今も、禁パチ期間を更新中である。もはや禁止しているという意識すら必要なく、自分がパチスロ依存だったことすら記憶から消えかけているので、そろそろ忘れてもいいと思っているくらいだ。

「意識の依存」と「発達障害の境遇」の関係性

 発達障害の人は、とにかくいろんなことに気を付けている。「ミスをしちゃいけない、覚えなくちゃいけない」といった、自分に禁止や注意を強いる意識だ。それは私が「パチスロやめなくちゃいけない」と念じ続けていた状態となんら変わりがない。

 注意の為の意識、それ自体が発達障害の原因に成りうる、と私は言っているのである。

 そう思ってから上で引用したDMS-5の診断基準を読み返してほしい。まるで中毒症状のように思えないだろうか?

 ここで誰もがこう思うだろう、「いやいや、その注意を払うきっかけが、そもそも発達障害特徴を抱えていたからでしょう?」と。悪化の要因という話ならわかるけど、発達障害の原因とは言えないだろう、と。

 なら、発達障害特徴を抱えていないのに、そういう注意をするようになってしまっていたとしたら? その仮説を暴く鍵を握るのが、虐待的育成環境である。

 虐待と聞くと、殴る蹴るといった親から子への身体的暴力をイメージするかもしれないが、言葉による暴力の他、お金を渡さない、勝手に使うといった経済的虐待、必要なものを与えないといった育児放棄といったものまで、虐待の定義の幅は広い。

 もしあなたが両親から熱心な教育を受けて育てられたとしよう。その環境はもしかしたら、貴方の思考回路をカリギュラ現象的に形成してしまったかもしれないのだ。「こうしなければいけない、ああしなければいけない」と思い込みながら生きていた貴方は、さっき話したカリギュラ効果の渦中にいる状態と同じである。

 その境遇は一時的な偏りを形成するだけにとどまらないのである。

食べ物にも注意

 依存や中毒と聞いてもう一つ念頭に置きたいことが、食べ物である。食べ物の中には中毒性や依存性の高いものがあるだろう。辛い物を食べた後は気持ちが昂ったあとに疲労感が押し寄せたりする。

 食後の意識のコントロールは大人でも難しいのだが、これが子供ならどうだろうか。

 私の実家は元フランス料理屋で、日常的に食べる食事もお客用にしっかりと味付けがされた濃い味の料理が多かった。

 食事が発達障害の原因となる、という言い方だと直接すぎだが、「食品添加物が脳に何らかの影響を与える」という入り方なら誰にでもできるだろう。

 そして「中毒や依存になりやすくなる」と考えれば、食事と発達障害の関連度はぐっと近くなる。

発達障害は誰でも抱える障害だ

 本章の話をまとめて言いたいことが、発達障害は誰でも抱える恐れがある状態だということだ。

 私がパチスロをやめようと思ってから、気づきを得てやめられるまでに9年間を要したように、貴方もカリギュラ効果に捕らわれたまま生きてきたとしたら?

 恐らく、関心がとても偏っていて、学校の授業や一般常識などを十分に習得しないまま生きていたことになるだろう。しかも依存や中毒は、感覚の麻痺も生む。多動や不注意が併発しても何ら不思議なことではない。それは、発達障害に相当する状態である。

 ただの思い込みと言ってしまえば小さなことのように思えるが、それだけで学業期間の経験を全部潰すほどの影響力を持っているそれでも貴方は、自分を普通だと思い込んでいるだけなのかもしれないのだ。

自力で発達障害特徴をなんとかする方法

 発達障害特徴が発覚しても、職場と相談してすんなりと行き場や仕事が用意されればよいが、なかなかそうはいかないのが社会の現状だ。

 自分の力でなんとかしなくちゃいけない人の為に、発達障害の代表的な特徴について、感覚の調整法を紹介する。

ケアレスミス

 死にたくなるほどミスを繰り返す。多くの人が「ミスをしてしまう前に、自分にブレーキをかけられるようになりたい」と強く願うようになる。その一瞬前に確認をしておけば、ほとんどのミスを防げるからだ。当り前のことを言っているように思われるかもしれないが、これが当事者たちにとっては死にたくなるほど悩んでも、難しいことなのである。

 そういう感覚の作り方を、過去の記事で詳しく書いたらかなりの反響があった。

 それまで1動作で行っていた行動を分割して認識する、それを癖にしてしまえ、というものだ。意識や感覚を分割する癖を、脳に定着させることが狙いである。

 コマ送りのような感覚を意識して日常を過ごしていく内に、全ての動作が初手となり、意識を割り込ませやすくなる。

コミュ障

 死にたくなるほど言葉で人に迷惑をかける。怒らせる、悲しませるといった感情面のことだけではなく、仕事のことで話が通じないといった意思疎通全般で問題が起こる。当事者たちは「もう喋りたくない、私に喋らせないでくれ」と悩み苦しみ、そして死にたくなる。

 これは意識の最適化をすることで大幅に改善できる。

 その日一日のことを全てわかりやすく記す、という体育会的日記をつけることで、認識する対象を絞り込むという意識の調教法である。

 どういうことかというと、「その日一日のことを全てわかりやすく記す」という制約で日記を書くと、ものすごい時間がかかる。文章を書くことに慣れていない人なら軽く3時間~5時間とかかかる。そうして思いつくのが「より短い言葉で言えるようになろう」という言い換えと、「これは書かなくても別にいいだろう(制約違反にはならない)」という切り捨てである。

  これを毎日繰り返すことで、思考回路がコンパクトに調整されるというものだ。

 初めの二週間は馬鹿正直に全部書き、そのあとの二週間は最適化を意識して削りながら書く、というのが私の想定している試行期間だ。最初は徹夜する日もあるだろうが、コミュ障で一生悩み苦しむことを思えば、安いものだろう。

あぶり出し型脳

 勤務中はどうすればいいのかがわからなくて上手く対応できなかったが、退勤後の帰り道でわかったという、泣きたくなるほどどうしようもなく、どうにもならない特徴がある。

 これは「感覚」で処理する部分を、「思考」でなんとかしようとしてしまっている為に起きる現象だと私は考える。

 これに関しては特別な訓練は不要で、上の記事を読んで、ただそういうものだと知っておけばよい。

発達障害で人生が詰みやすい理由

 発達障害は、仕事がダメ、人間関係もダメ、生活もダメ、という3ダメ境遇に陥りやすく、はっきり言って人生が詰みやすい。社会からの支援やシステムが整っていればいいのだが、それは未だ開拓途中であり、何よりその特徴の克服方法について、前項で話したようなことを自力獲得するしかない、その難易度の高さが要因に挙げられる。

 感覚や意識を分割する、日記を書いて認識の感覚を調整する、感覚と意識の前後を入れ替える。これ、学校で習った? 親か友達か、誰かから教わった? それ以前に、言語化できる?

 ほとんどの人が、無意識の内にできるようになることだ。当り前のことすぎて、上手くできない人のことを、ふざけていると思ってしまうくらいである。

 友達に発達障害特徴のことで悩んでいる人がいたら、この記事のことを教えてあげてほしい。

発達障害の生き方

 もし社会に出てから発達障害者になってしまったら、どういう風に考えて生きていくべきか。

 最優先で課題となるのが生活の維持であり、生活維持に必要な収入の確保、つまり「仕事」をどうにかしなきゃいけないわけだ。その上で、この社会では労働を通して能力的にも人間的にも成長していくという妄想が根強いのだが、上でも話した通り、カリギュラ効果に陥る状態はダメであり、その恐れに向かうことも避けるべきである。

 だから努力や成長は考えず、「なるべく今の自分のままでもできる仕事に着くこと」が良いと言える。

 勤め先の会社との話し合いが上手くいって、そういう仕事や行き場を用意してくれればいいのだが、やはり転職の道を選ぶことになる人もいるだろう。

 これまでの自分の経験から、発達障害と相性が良いと思える職種を3つ紹介しよう。

相性が良い職種

デバッグ

 発売前のデジタル製品の動作をチェックする仕事である。この仕事が発達障害と相性が良いと言える理由は、メイン業務となるチェック方法の操作手順が、全て文章化されているからである。「手順に書いてある通りに操作して、結果を報告する」のが仕事で、その数をひたすらこなしていくイメージだ。楽しい仕事なのでぜひ一度は体験してほしい。

警備士(2号)

 警備士の仕事は施設警備や貴重品輸送警備、要人警護など、1号から4号まで分かれているが、ここで話すのはイベント会場や工事現場、施設駐車場での誘導をメインとする第2号警備業務のことである。

 立哨をして歩行者に広報をしたり、誘導棒を振って車に進路を指示するわけだが、相性が良いと思う一番の理由は、警備以外のことをしてはいけないからである。例えば依頼先の駐車場で、ゴミが落ちていた。それは拾ってはいけない。そういうのを付帯業務と言って、依頼先や会社と話がついていることもあるわけが、それをしている間に本来の任となる誘導員が不在となり、そこで万一事故が起きたら大変なことになるからだ。

 つまり、自分の仕事に集中できるし、それを望まれている。そこに相性の良さがあるのである。ちなみに私の現在の仕事である。

工場

 一年半ほど工場で勤めたことがある。これもとても相性が良い仕事だった。なぜなら製造する製品の完成形が決まっており、機械などの操作方法や製造手順さえ覚えれば、あとはそれを基準に習得していけばよかったからである。

 最初から最後まで、仕事の状況や次の工程が視覚的に判断できたところに仕事のしやすさを感じていた。

相性が悪かった仕事

 最も相性が悪いと感じたのはオフィスワークである。スーツを着て会社に行ってパソコンや電話と向き合って進める仕事のことだ。あれは「仕事をやる」ではなく、どちらかといえば「仕事をつくる側」であり、文章的にも視覚的にも仕事の全貌が把握し難く、今どういう状態なのか、自分が何をすればいいのかわからなくなることがよくあった。というか、全く仕事はできなかった。

 これは私が特にそうなのだが、発達障害は「できない、わからない」という状態からなんとか脱却しようと、あれこれ自助努力を重ねる内に、思考回路が建築的になりやすい。しかし実業の世界はそれとは真逆の思考回路の人の方が多いし、そういう人が出世しやすい世界だと言える。

 特に困るのが説明力の乏しさである。なぜ説明力がないかと言うと、普通に生きてきた人の多くは、自分を特別だと思っていないからである。だから難しいことを当り前のようにぶん投げてくる。

 対して発達障害者は自分が他とは違う特別な存在であることを自覚している。だから社会の中で生きていく為に、それを説明できるように意識する。これは創作活動をしている人でも同じである。教室の片隅で、一人黙々とイラストを描いている子は、それが他の子はやっていない特別な取り組みだと自覚できているから、道具は何を使うのか、それはどこで買うのか、線を引く時の力加減は、どうやってその絵を描いているのか、全部説明ができる。上で紹介した相性の良い仕事の世界も、業務の説明ができる人ばかりだった。

 オフィスワークの世界では、その説明感覚が未発達である人が多かった。普通の人もそれと同じように、学校の授業を受けて勉強をすることや、友達との雑談なんかも、そこに自分だけの特別なことがあると思えればいいのだろうが、特別な意識を向けずにやっていることについて、そう思うのはなかなか難しく、一般論や感情論でしか物を言えない社会人がとにかく多い。それは発達障害の天敵ともいえる。

 あと接客業も、できないほどではないが、相性が良いとも言えない世界だ。その職場で発生したことは全て仕事の対象となるから、臨機応変や起点が利く人じゃないと必ず仕事に追われるし、滅茶苦茶な注文をつけてくるお客もいるから、だいたいにことは笑って流せて、重く受け止めずに気持ちを切り替えられる意識のスキルも求められる。

 多くのことを攻略要素として脳内転換できる思考回路を持っていないと、仕事は辛くなるだろう。

 私は実家が飲食店で、そこで6年ほどホールスタッフと雑用をやった。その後もゲームショップや漫画喫茶などに勤め、計8年くらいは接客業を経験している。正直もう二度と就きたくない職種なのだが、接客は全ての仕事の基礎となるし、この社会の中で生きる上で、最も意義のある体験ができる仕事だと思ってる。

 他人のありのままの状態と関わることができるからだ。その経験は副業のネットショップでも、雑踏警備をする今の仕事でも活かされている。 

発達障害の薬について

 発達障害者向けの薬がいくつかあるが、私はそれをオススメはしない。集中力を高めたりする効果があるようだが、まずこれに治療効果がなく、対処療法の一つに過ぎないということが理由の一つだ。飲み続けることが前提で、いつかは薬を飲まなくても大丈夫になる、という期待はしない方がいい。

 副作用と依存性も気になることだ。使用量の調整を間違えると、食欲不振や頭痛、不眠などの副作用に悩まされることとなる上、薬がないと不安になり、手放せなくなってしまう人もいる。

 いま飲み続けている人の中には「今の仕事がどうしてもやめられない」といった事情を抱えている人もいるが、これだけの負担を抱えて得られるものは「なんとか普通の人レベルの成果」であり、それなら上で紹介した感覚の調整法を追求するとか、仕事の難易度を落として薬を使わなくてもできる仕事を探すとか、やはり薬を使わない生活を作る方に労力を注ぎたいと私は思う。

生活について

 生活設定も仕事と考え方は同じで、カリギュラ効果に陥る恐れをなるべく遠ざけることが大事である。ただ、生活の方は安定を維持する為にも、少々の努力目標が必要である。

 まず食事である。野菜を中心としたヘルシーなものに変えることをお勧めする。辛い物が好きだったり、油っこいものが好きだったりする人には辛いだろうが、食べ物で興奮したり気分が変わったりすることは、意識からの疲労に直結するので、お勧めできないのだ。

 運動も取り入れよう。毎日10分、ちょっとジョギングするだけで良い。これは意識に溜まった思考の渦を取っ払う為であり、病み防止になる。週1回だけでもいいのだ。

 人間関係は、感情が不安定になっているなら、落ち着くまで誰にも会わないようにすることをお勧めする。カリギュラ効果は意識がループすることであり、それを防ぐ上で一番の対策は、頭を使わないことである。人と会って話すことはとても頭を使うし、その時間があるなら寝てた方がマシである。

 食べ物に気を使っている、運動もしている、人間関係にも注意している、この3点が叶えられば、生活面の不安要素に対しては、必要な対処ができていると考えて良い。

とにかく悩まないこと

 ここまで、私自身の経験と考え方に基づく模範解答を書いてきたが、端折りながらでも13000文字も使った。中学生の頃から障害特徴の自覚があり、35歳になるまで考え続け、ある程度答えを得た私でも、これだけの文字数がかかったのである。

 しかも今回の記事で書いたことは、発達障害の壁にぶち当たった人が最初に向き合うことになる課題でもあるのだ。

 原因も治す方法もはっきりしないまま、仕事も生活も、全てが底無しの闇に染まるのである。なんにも知らないまま、いきなりこれだけの課題が迫ってきたら、誰だってたまったものではないだろう。

 発達障害になったら、まず何よりも自分を、今のままでもできる仕事に就かせて、意識からの悪化を防ぐ為に食事や運動などに気を使い、悩まなくていい生活を構築して維持すること、日常を安心のラインに引き上げること。それが最初の目標となるだろう。

 あれこれ希望はあるだろうが、まず落ち着いた日常をつくれてから、またゆっくりと考えればよいのだ。そういう余裕のある生活がつくれないと、薬の副作用に悩みながら無理やり自分を働かせたり、仕事や人間関係に気が回らず、結局転職を繰り返す日々を送ることになるのだ。

 

 発達障害に陥る境遇を検討すると、全てがその人個人が生み出した状況だとは思えない事柄がたくさん出てくる。育った環境が、親が、会社が、上司が、周りがおかしいんじゃないのかと、本当に自分は発達障害なのかと、最後までその疑いにかけたくなる。

 それでも、周りの人が当り前にできていることができないし、わからないのだ。

 その事実には、誰も逆らえないのである。