HyogoKurumi.Scribble

人は、言葉からは逃れられない。

字を書く時に「書く」感覚ではなくパントマイムの「置く」感覚で書いたら安定感がすごく増したという話

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  ちょっと前に、こういう記事を書いた。

 最初の感覚、初感時に「とめ・はね」を意識することで字が綺麗に書けるという気づきから、そもそも非定型は初感時にあらゆることが認識べきていない状態に陥っている、という話だ。(その原因について⇒【意識の加工法】人は「感覚→思考」の順で頭を使わないと狂ってしまうという話) 

 今回はまた字の話に関する気づきの話をする。

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気づきの経緯

 私はいま仕事で警備士をしている。自宅ではなく本物の方だぞ。

 で、日々の報告書を作成する際に、自分の名前やら、現場の名称など、いつも決まった言葉を書く。

 同じ内容の文字を何度も書いているのに、いつも綺麗に書けなかった。それが、上の記事の気づきから綺麗に書けるようになったわけだが、安定感はもう一歩というところだった。年配の隊員の達筆な字に比べれば読みやすいし形も整っていると言えるだろうが、自分の字には安定感がない。

 昔に比べれば段違いに安定感も増したと言えるが、とめ・はねの意識を忘れるとやはり形が歪になる。意識するのを忘れなければいいのだが、なんていうか、これは「自然と綺麗に書ける頻度が前より増えた」と言えるだけだ。

 だから、まだ字を書くことに対する苦手意識は残っていた。

 ここからまた一歩、前進できないだろうか? その方法とは? 

 てなことを考えていた時に、あることに気がついた。

誘導棒を振る時の感覚

 警備士としての私の仕事は誘導がメインなので、いつも誘導棒を振っている。この誘導棒の振り方も安定するまでに期間を要した。いつも同じ降り方をしているようで、なんか違う。

 これを解決するヒントとなったのがベテラン隊員の振り方だった。いつみてもピシッとしていて、迷いがなかった。

 そのベテランの誘導は、停止の合図の時に見えない壁が感じ取れるし、進路を示す時は見えない矢印が感じ取れる。とてもわかりやすい。

 その人の動きを2~3ヵ月真似し続けてわかったことが、「パントマイム」の感覚だった。

パントマイムの感覚

 パントマイムといえば、手の平を「何もない空間」にぺたぺたと置き、壁があるように相手に思わせる動きが有名だろうか。 

 それと同様の感覚で、位置Aに置いていた誘導棒を、位置Bに置き換える。「振る」ではなく、「置く」「置き換える」という感覚で、誘導棒を相手に見せる。

 これに気が付いてから誘導棒の操り方が安定したし、自信もついた。

字をパントマイムで書く

 この気づきのあと、いつものように報告書を書いた時、ふとこの「置く」という感覚に注目して、字を書く時にも意識してみた。

 字を書く時、線を「置く」つもりで線を書く。
 二文字目を書く時は、一文字目の隣に置く。そのつもりでまた、線を置く。

 これが大当たりで、今までどうしても感じ取れなかった「字を書く時の安定感」がやっと感じ取れるようになったのだ。

 しかも「とめ・はね」を意識するより、意識するのが簡単だった。というより、いつもの「書く」感覚を、「置く」で意識するようにすればいいだけだ。

「置く」感覚はもっと使えそう

 この気づき以来、いつも「置く」を意識して字を書くようにしている。今のところ、また一段、字が綺麗に書けるようになったと思うばかりで、不便もなにもない。字を書くことが一層楽しみになった。

 私が思うに、この「置く」という感覚はもっと他に使えるのではないかと思っている。振る、書く、を「置く」で代用することができた。

 この気づきはまだまだ発展の余地がある。興味を持ってくれた人はぜひ試してほしい。