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言葉からは、逃れられない。

生き辛い界隈を蝕むキラキラ活動――クラウドファンディングという前借り祭り


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 今、ネット上ではクラウドファンディングサービスを利用した資金集めが盛んに行われている。私も自分自身の映画制作活動の中で利用したことがある。クラウドファンディング(以下、CF)の波は、発達障害精神障害といった生き辛い界隈にも届いているのだ。

クラウドファンディング(英語: Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である[1][2]。ソーシャルファンディングとも呼ばれる[3]。

クラウドファンディング - Wikipedia

 wikiを参考にした限りだが、CFは海外発祥の方式で、日本ではネット上を中心に、3~4年ほど前から耳にするようになったと思う。CFをサポートするサービス会社もいくつかあるが、まだ若いサービスと言えるだろう。

 さて、前置きはこれくらいにして、話の本題に入ろう。

 このイベントに日常の風景感を覚えた昨年あたりから、トラブルの話も聞くようになった。

 CFが盛んになったことで、不特定多数に資金支援を呼びかることの心理的敷居がかなり低くなったと言える。それまでは家族や友人、活動仲間など、理解者から資金を調達するくらいしか手がなかったことを思えば、良き文化の到来だと思いたい。

 ただ、このイベントで資金支援してくれる相手は身内ではない。つまり、理解者ではない。それがトラブルに発展しやすい要因の一つだと私は考える。

 今回の記事では、その事例と、巻き込まれない為の対処法を話そうと思う。 

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事例

謎のデータベース作りで活動資金を募集

 メンヘラ.jpという自称起業家が運営する記事寄稿サイトが、昨年末から今年の2月末まで行っていたCFが詐欺も同然の内容で波紋を呼んだ。

 下記リンクの「ざわざわ感」の方は自分の考えをまとめた私の記事である。某掲示板やツイッターなどにも、他の人の厳しい意見が多数書き込まれている。

世界一周したいから1000円ください!⇒約束のリターンを返さない

 高校を休学して世界一周をする為の資金集め。支援額は一律一人1000円で、毎月近況報告することを約束したらしいが、彼はその約束を反故にして、他の事をやり始めるのだった。

 下記は世界一周経験のあるせっつん氏という方が書いた記事。詳しくはこちらを読んでほしい。

実績泥棒も同然。発達障害同士のNPOで起きた怪事

 これは私が理事に就任していた発達障害者同士で立ち上げたNPO内で起きたこと。代表が以前より交流のあった美術大学に通う発達障害の学生に声をかけ、賛助会員に入れた後、今度はNPO内の分科会メンバーに誘い、アート展示会を開催する為のCFを行った。

 そして、CFと展示会に参加した学生たちは、終わった後にこう話した。まるで詐欺に遭ったよう気持ちだと。

 下記は堀江貴文の著書『多動力』の読書感想文だが、前編では本を手に取った動機である当時の体験を綴っている。

映画制作費を寄付で募集したかっただけなのに

 これは私の映画制作活動で起きたこと。撮影費用を「寄付」してもらうクラファンをやることにしたのだが、私が申し込んだのは「購入型」という形式のもので、極めて無理のある形でCFをすることになってしまった。

 なぜこのような事が起きたかというと、私がCFに購入型や寄付型の違いがあることを知らなかったというのが一つと、私が利用したCFサイトは当時、「寄付型」と「購入型」のページがトップページから分かれていて、それに気づかないまま購入型のページに進んでしまったからだ。

 約款はもちろん、FAQも含めてサイトの解説内容を読み込んだ上で申し込んだが、目を通した内容はどれも購入型を前提としたものだった。それでも寄付型しか頭になかった私にも意味が通じてしまった為に、そのまま契約完了まで手続きを進めてしまい、後に引けなくなってしまった、というわけだ。

 この件は上で紹介した事例と違って、私の勘違いの話なのだが、CF運営のやり方に私は不信感を持っている。記憶違いでなければ、当時は「寄付型」のページの入り口がトップページの隅の方にあった。一言で言って、目立たない位置だった。

 で、FAQや約款、担当者からの説明に、購入型云々の説明は一切なかった。これでは型の違いがあることを知らないままの人は、知らないまま購入型の形式でCFの内容を考えることになる。それっておかしくないか?

 寄付型のCFより、購入型のCFのページが増えた方が、運営側にとって都合が良い理由があるのではないだろうか。どうしても、そんな風に勘ぐってしまう気持ちが消えないのだ。

 下記は契約手続きが終わった直後の心境を綴ったもので、なんとか受け入れようとしているが、今は申し込んだことを「無知ゆえの過ち」だったと思っている。

警戒するべき特徴

 ネットで知り合った人同士でなにか大きな目標に挑むことは、社会的にも意義のあることだと思うし、何より、楽しいことだろう。でも人間同士なんだから、うまくいかないことだってある。むしろうまくいかないのが普通だって、私はそれくらいに思っている。だからうまくいかないことを、悪いことだとは思わない。次また頑張ればいい。

 それでも、上で伝えた事例のように、主催者のモラルの低さが嫌でも目につく感じの悪い活動とは関わりたくないものだ。

 私はそういう活動を「キラキラ活動」と呼んでいる。数年前に流行ったキラキラネームという言葉からとったもので、あれの問題は、願望の叶え方が自己中心的な上、自分以外を巻き込むことにある。そのキラキラっぽさが、本記事で題材にしているモラルの低い主催と被るのだ。

 ではそのキラキラ活動の特徴を整理してみよう。

1.予行練習やテストをしない

  その取り組みの大小を問わず、なんでも達成まで辿り着くには、練習やテストが不可欠だ。1の力でできると思っていたことが、実は3の力が必要で、しかも資金や人材など、いろいろ足りないことが発覚するかもしれないし、最悪その時点で、次に進めないどころか、全てが終了してしまうかもしれない。

 せっつん氏の記事に書かれた世界一周を目指す高校生は、その点どうだったのだろうか。

 世界一周の資金集めはたしかに個人調達や家族友人頼りでも難しいだろうから、不特定多数に声をかけるのはわかる。ただ、国内や近所の海外に行くだけなら、アルバイトで稼げる程度の資金でも十分可能であろう。

 私が世界一周の為の資金集めをするなら、まず国内でヒッチハイクの旅などをして自分をテストする。その次に海外でも同様の旅を実際にやってみる。最後に本番を想定した上で中規模の海外旅をやってみる。

 そのテストの結果を公開し、自分の力量を晒した上で、資金調達の声をかける。こうすれば関心を引きやすいし、安心感ももってもらえるだろう。

 さて、その高校生はテストをしたのだろうか。せっつん氏の記事の内容からはその行動の有無はわからなかった。

 私が気にしているのは、テストをしていなかったとして、テストをするという発想すらなかったのではないだろうか、ということだ。

  本番前にテストをする。これは当り前のことであるが、キラキラ活動の主催者はそれを疎かにし、テストのあとに本番ではなく、そのテストの時間も本番に当てて、本番回数をより多く経験するほうが良いと考えている節がある。

 テストの重要性がわからないという証に、キラキラ活動家はすぐに飽きて、他のことに関心が向いてしまう。それを多動力だのなんだの特殊能力であるかのようにぬかしているのが堀江貴文とその信者たちなのだが、単に、熱中できない対象に意識と時間を注ぐことができないだけである。

 まぁ、そのポリシーは大変結構なのだが、それは自分ひとりや、自分と気の合う友達と一緒にやる時に用いるべきで、応援者であっても理解者ではない、他人同然の相手を巻き込んだ取り組みで用いる方針ではないだろうと、私は思う。

 私の映画制作活動では、映画制作の本番着手の前に、撮影スキルと映像編集スキルを上げる為、練習で動画を10本以上制作をした。そして自分がつくれる動画のクオリティのラインが見えてから、映画のミニバージョンを制作し、CFのページ上でそれをアクセスしてくれた人に観てもらった。そのCF自体は失敗に終わったが、映画制作はほぼ予定通りに進み、出来上がった作品もイメージ通りに仕上がった。

2.相手の生活時間を考慮しない

 何かに挑むとして、まだ何も着手していない段階の遥か手前、その構想よりも更に前の、脳内妄想の状態で人に喋りたがる輩が非常に多いように思う。

 いや、話すのはいいのだ。この項で問題にしたいことは、他人の時間を奪うことに対する心理的抵抗が薄い、あるいはその感覚がないことだ。

 例えば、漫画家を目指すとする。制作の為に必要な道具や描き方などを勉強し、とりあえず漫画の描き方で4コマ程度のものを描いてみる。そして、試しに描いたものである断りを入れてから、人に声をかけ、実際に見てもらい、意見や感想を話してもらう。これが通常だ。

 これに対し、キラキラした人は漫画家を目指したいと思った段階でフェスを開く。その後も、道具を買う時や、その勉強をしている時も、何かと『日刊僕通信』を相手に送りつける。

 気の合う友人相手は別としてだ、CFなどネットで繋がった相手は大前提として「他人」である。限られた生活時間の中から、自分の為に時間をとってくれていると思うべきだ。

 それがわかっていれば、相手に時間を使っていただくタイミングは自ずと絞り込まれてくる。必要な伝達とそうでない話の線引きも明確になるはずだ。

 私は自分の映画制作活動の中では、制作協力者の方々にメール一本送ることだってかなりの気を使った。メールを読んでもらうこと、動画の確認をしてもらうこと、回答を考えてもらうこと、全て大切な時間を割いてやっていただくのだ。その点で、申し訳ないという気持ちと、感謝の気持ちをもたなければいけないのだ。

3.文通ができない

 文章での説明力は、相手の思考回路の傾向を見極める上で、大きな判断材料となる要素である。

 相手の書き込んだ文章を読んで「喋っている口調がそのまま文章になっているタイプ」は要警戒だ。そういうタイプは自分の感想を基準に応答するタイプで、相手の言葉が聞けていないのかもしれない。

 余談だが、人の声には相手の感情を揺さぶる効果があるので、真意を確かめたい時なんかは声よりも文章での説明の方が、フラットな意識のまま冷静な判断がしやすいといえる。だから、DMやメールで説明してくれた方がわかりやすいのに、わざわざ電話で説明したがる相手のことは気を付けた方がいい。その主催者は、声で誘った方が相手をその気にさせやすいことを、経験則から覚えているのかもしれない。

4.内容が不明瞭で具体性がない

 いつまでになにをどうするのか、具体性なことが明瞭になっていない運動に支援する価値はない。しかしCFのイベント感やライブ感に感情が飲まれてしまうせいか、脳内妄想や夢を語っているだけのプロジェクトに金を落としてしまう人が後を絶たない。

 これはざわざわ感3で話したことなので省略する。

5.危機管理意識が低い

  生き辛い界隈では、茶話会やフェス、なんとかバーなどを開催する人が増えているが、他人同士を一ヵ所に集めることには実は多くの危険が潜んでいる。

  • 参加者が道中で交通事故に遭った
  • 参加者が道に迷った
  • 参加者同士で喧嘩が起きた
  • 参加者の一人が財布を紛失した
  • 参加者の一人が聞いていた話と違うと怒った
  • 参加者の一人が酒に酔って通行人に迷惑をかけた

 他人を集めることは危険と隣り合わせなのである。この危機意識がわかってなさそうな主催者のイベントには、参加しないことをお勧めする。

 花火大会の様子をイメージしてほしい。河原で打ち上げる花火をただ人が観るというだけなのに、大勢の誘導員が配備されるだろう。あれはなんの為だと思う? 誘導員がいないと理解度の違いで混乱が起きたり、好き勝手に歩いたりして、交通事故などのトラブルが起きるからだ。

 

 以上、5点。自分がよく気にする特徴を書いた。これからも増えていくと思う。あとこれはなんとなくだけど、一人称が「僕」で「ですます口調」の人も怪しいと思ってる。

 奇妙なことに、キラキラ活動家たちは口調が揃って同じである。何かマニュアル的なものがどこかで広まっているのかもしれない(笑)

所詮は「前借り」である 

 クラウドファンディングと聞くと、なんかちょっとかっこよく感じられるが、どれだけ感じ良く語ったところで、所詮は「前借り」である。身も蓋もないことを言うようだが、これが問題の元凶であることには違いない。

 まず借金で資金をつくって、達成してから借金返済の為のCFをすればいい、なんて思うことがある。だってそれなら誰も嫌な思いをしなくて済むだろうから。そのプロジェクトに価値があったと思えた人だけが「返済支援」すればいいわけで(笑)

 企業やアイドルが行うCFは比較的健全だと思える。支援者はファンだし、プロジェクトの内容が仕事で行っていることだから、素人みたいに手探りで進んで座礁なんてことにもならない。リターンもはっきりしている。

 ただそうではない、一般人が主催のCFは警戒意識を緩めないほうがいいだろう。そのプロジェクトが支援に値するかどうかは、イベント感に流されず、厳しい気持ちで判断したい。

togetterまとめ