HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

セクハラした時の話を書く『全ての言葉が楽しくなってしまう感覚』

 最近のセクハラ問題に関するつぶやきやニュースを見ていて、ここ数日、私は自分自身が関わったセクハラエピソードを振り返りつつ、自分の考えをまとめていました。

 そして最終的に思ったことは、この問題はもっとオープンにして話し合うべきだ、ということです。

 だから今回の記事で、私は自分の体験を書こうと思います。

 記事の性質上、セクハラ言動が書いてある部分がありますので、感情が荒れやすい状態にいる方は、落ち着いてからまた戻ってきてくださいね。

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高校生の時

 高校二年の時、クラスメイトがセクハラで停学になりました。18年くらい前の話です。

 私の通っていた高校は、その地域では最悪と言われた底辺工業高校でした。私はどこの高校にも学力での入学ができそうになかったので、人柄だけの推薦で入学しました。そういう子が集まっていた高校でした。

 元々は男子校でしたが、私が入学した年から男女共学になったようです。それでも高二の時の教室に、女子生徒は2人しかいませんでした。

 セクハラした生徒は、どこの底辺高校にもいるクラスの不良達のリーダーみたいな感じで、普段はバラエティ番組を演出しているようなクラスのムードメーカーの役をしていましたが、1mmでも不愉快になると狂暴になってすぐに手が出て、誰も手が付けられなくなるという感じの不良生徒でした。以下、男子Aとします。

 対して被害を受けた女子生徒は、なんでこんな学校に入学したのか疑問に思えるほどおとなしい感じの子でした。普段はオタク系男子生徒のグループの中にいました。以下、女子Aとします。……ちなみにもう一人の女子生徒はアジャコングのような感じの女子で、いつも不良グループの中にいました。

 男子Aから女子Aへのセクハラは突然始まりました。いつものように、男子Aがホームルームや授業中にみんなの笑いを取るようになことを言っていて、その冗談交じりの言葉の中に下ネタが混ざるようになって、その下ネタの中で急に女子Aの名前も使われるようになった、という感じです。

 男子Aと女子Aが仲良く話しているような場面はみたことがありません。全く種類の違う生き物同士なので、知らないところで接点があったということも考えにくいです。

 男子Aのセクハラ発言の内容はもうほとんど覚えてないのですが、1つだけ記憶に残っているのが、ある日の授業中に女性の下半身が連想できる言葉が使われた時だったと思うのですが、男子Aが急に「女子Aさんの下の"ボタン"も気になりますwww」とか言ってたのだけは覚えています。

 男子Aが女子Aをセクハラ発言でいじった後は、決まってクラス全体に笑いが起きました。私も一緒になって笑っていた一人でした。

 女子Aの席は私より前のほうにあったので、その時に彼女がどういう顔をしていたかとかはわかりません。

 そういうことが一ヵ月ほど続いたある日、男子Aと女子Aが朝のホームルームにいない時があり、その時に担任の先生が、男子Aがセクハラで停学になったことと、その経緯を話しました。

 女子Aが泣きながら職員室に駆け込んできて、事情を聞いた上で、男子Aの停学が決まったということでした。

 その話のあと、一緒になって笑っていた生徒も同罪だという、注意の話もあったと記憶しています。

 その話を聞きながら、私も自分がとてもよくないことに加担してしまっていたことを自覚しました。気づけなかった自分がとても情けなくなりました。

 女子Aは翌日から登校を再開し、しばらくして、男子Aも教室に戻ってきました。

 私はその事件のあと、しばらくして高校を中退するのですが、少なくともその間にまた同じセクハラ的な行為はありませんでした。

一人暮らしの時

 高校中退後、私は家業の飲食店に就職したのですが、その家業が自己破産をした後は一人暮らしをしました。その生活の中で、私は勤め先の女性にストーカー行為をしてしまったことがあります。10年くらい前の話です。

 そのストーカー状態の時、私は相手の女性に何度も「結婚したい」「結婚しよう」と発言しました。相手の女性はただ黙って、困ってしまっていたと記憶しています。

 その他、モラルハラスメントなど、複数のハラスメントに該当する言動があったと記憶しています。

 私は相手の女性が困った様子になることも含めて、とにかくその女性とお喋りしていることが楽してたまりませんでした。

 詳しくは下記の記事で話していますので、お時間ある方はお読みください。

営業職にいた時

 一人暮らしのあと、私は人生の再起をかけて放浪の歩き旅をしました。その後、私は東京のゲストハウスでの生活を始めました。8年くらい前のことです。

 その頃、いくつかの職を転々としたのですが、人材派遣会社の中の営業部で働いていた時のこと、会社の飲み会で上司たちが、女性社員にセクハラ発言をしまくっていました。

 運ばれてきた料理の見た目を性的に表現した後、女性社員(以下、女性A)の名前を挙げて「女性Aの産んだ卵www」とか、極めて幼稚な下ネタトークで盛り上がっていました。体型や胸の大きさのことも話題にして、楽しそうに盛り上がっていました。

 私はその時、高校生の時のセクハラ事件のことを思い出しつつ、会話には加わらず、とりあえず雰囲気に合わせて笑っておきました。

 セクハラのネタにされたことについて、女性社員がどう思っていたかはわからないです。女性の方も、話を合わせてツッコミを返してる感じで、慣れているのか、なんとも思っていないのか、もしかしたら腹の中ですごく嫌がっていたのか、その心境はわかりません。

 全く別の話になるので詳しくは話しませんが、そこはブラック会社で、私はブラック会社体験のつもりで入社したところでした。そういう事情が背景にあったせいか、この女性の方はそういうことをあまり気にしないタイプなのかもしれない、と思えました。

結婚後

 今の妻との結婚後にも、交友関係のあった女性に対してセクハラ行為をしてしまったことがあります。これは2年くらい前の話です。

 発達障害の活動で、当時、知り合った発達障害の女性の方から、パソコンのコーディングのことを教えてもらう機会があり、二人だけで何度かお会いしたことがありました。

 その時に、ハグをさせてもらったことがありました。

 あと、手を握ったこともありました。

 その時の体験で得た気づきは、以前に書いた下記記事にまとめたのですが、「何があったか」ということには触れませんでした。今回はその部分について触れます。

 その方は過去にキャバクラでお仕事をされていた経験もあるようで、楽しくお喋りするのがとても上手な方でした。ただその方と一緒にいると、いつもなぜか異様に息苦しくなりました。心臓の動きも強まり、意識の焦点も合わなくなるような感じになりました。

 ハグをしてもらったのはたしか三回目にお会いした時です。コンセントを使わせてもらえるカラオケボックスでパソコンを教えてもらい、帰り際の片付けの時でした。

 心臓のドキドキがもう限界で、手を止めて、深呼吸しなければならないほど息苦しくなりました。水を飲んだりして気を落ち着けようとしましたがどうにもなりませんでした。そして「ハグしてもらっていい?」と聞きました。女性の方は「はいはい、いいよ」と言ってくれました。そして2人でハグをしました。

 ハグタイムは10秒程だったと思います。そのあと呼吸が落ち着いてから「すみません」と謝った記憶があります。相手の女性は、何か面白いものを見た後であるかのようにくすくすと笑っていました。

 私はすごく恥ずかしくなりました。向こうはこれまでの職歴の中で、男性のそういう行動に慣れているのではないか? と思えました。その上で言えば、その時の私は、女性に免疫のないチェリーボーイみたいな感じで、子供っぽく思われたんじゃないかという気持ちで一杯になってしまいました。

 で、なぜハグだったのか。その点において、性的な下心があったかと言われれば否定できないです。これで相手が男だったら、やっぱりハグしてとは言わなかったと思います。だからやっぱり相手が女性であることを意識した下心があったんだと思います。でも私はその女性に対して恋愛感情を意識したことはありませんし、顔も体型も好みではありませんでした。なぜかそういう気持ちになってしまう、という疑問が消えませんでした。

 とりあえず続きを話します。

 その次は、上の出来事から二~三週間後くらいだったと思うのですが、その女性が一人で住むアパートでお会いしました。上の出来事のあとでやばくない?と思うでしょうが、お互いの財布の中身の都合で、お店を使うより節約する方をとりたかったのと、彼女の家が当時私が所属していた活動の拠点候補地だったのと、彼女のお部屋がADHDの方によくある超汚部屋で、仲間内で協力して掃除をすることになった時の為の下見も兼ねてと、以前よりそういう話があり、色々な事情が背景にあって、彼女の家に行くことになったのです。

 ただそれは話の上のことで、私は彼女と会っても何も起きないことを確認したいという気持ちがありました。

 活動の話をしながらパソコンを教えてもらいました。この時はたしかレスポンシブのコードがわかるようになって、喜びながら作業をしていました。※作ったサイト

 ちゃぶ台みたいな丸い御座敷テーブルで作業をしていました。ただ彼女の部屋は足の踏み場もないほど物や家具やゴミがあちこちにあって、トイレから戻ってくる度に、どこに座ろうか場所が気になるほどでした。

 作業を始めてから数時間後だったと思うのですが、女性側のパソコン画面を覗いたタイミングで、その時に私は彼女の手を握ってしまいました。彼女と距離が近くなって、手があたった拍子だったか、目に留まったことがきっかけだったのかまでは覚えてません。

 この気持ちのままではヤバイと思いました。

 ヤバイというのは文字通りの意味で、ヤバイ気分になりそうでした。

 あんなことやこんなことを考えてしまいました。

 数秒間、手を握ったあと、私は手を離しました。そして私は、冷静になる為に、正直に、「貴方といるとなぜかドキドキしてしまう! なぜだかわからない!」という話しました。自分がどんな表情をしていたのか、自信はありませんが、とても困った様子で伝えたと思います。

 その私の言葉の後、彼女も私に対し同様の話を始めました。笑ってましたが、私と同じように困っていたことがわかりました。

 そして2人で頭を抱えました。

 念の為に言いますが、「つまり私たちは好き同士なんだよ!」という話にはなりませんでした。それはお互いがよくわかっているからです。なぜなら、私には妻がいるし、相手にも彼氏がいるからです。

 過去のセクハラエピソードで学んだことも頭を過りました。自分は何もわかっていなかったんじゃないかと、自分のしたことがそれを裏付けていて、とてもショックでした。

 この後、原因を考えながらこれまでのことを振り返った末、上の記事の中でお伝えした気づきに繋がるというわけです。

 私は人の声を聞いてるだけでも不安が膨らむほど情緒が不安定で、その不安を恋愛感情と誤認していたというわけです。

 言葉を整理してから彼女にも説明してみたところ、よく変な男から好かれてしまう謎が解けたと膝を打っていました。

 私もこの気づきのあとからは、誰と話していても問答無用でドキドキしてしまう心理現象が起きなくなりました。仕事でも発達障害の茶話会でも、落ち着いて女性とお話しすることができるようになりました。どうやら、自覚できれば収まる系の心理現象だったようです。

 余談ですが、この話は妻にも正直に告白しました。二度とこういうことがないようにすると誓いました。

セクハラ問題の論争について思うこと

 ここまで、私のセクハラエピソードをお伝えしました。

 ここからはセクハラ問題に関するニュースや論争を見てて思うことを話します。

的外れな論争

 まず何よりも、的外れな論争をしていないか、ということです。セクハラ言動は相手の人格問題であることが前提となっているように思うのですが、私にはどうしても、それだけでないように思えるのです。

 私の体験から指摘できる2種類のセクハラ感覚の話をします。

優越感から生じた高揚感によるセクハラ言動

 高校生の時に停学になった彼と、営業職の上司たち、あと私がストーカー行為の中でとったセクハラ言動は、自分の日常が上手く行っていることによる優越感から膨らんだ高揚感が引き金だったと思います。

 高校生の時の彼は、自分のやることがなんでもクラスの笑いに繋がって毎日が楽しそうでしたし、営業職の上司たちは、仕事が順調で給料もたくさんもらえていたのではないでしょうか。

 私は一人暮らしをし始めた時は、やっと普通の人生が送れるという多幸感で満たされていました。何を喋っていてもそれが楽しくて、相手がどんな反応を示していても、大成功だと思えてしまうんです。

不安から生じた吊り橋効果によるセクハラ言動

 パソコンを教えてくれた女性との一件は、不安による緊張により女性を意識しすぎた為の吊り橋効果が引き金だったと思います。

 私は妻がいたことなどの後ろ盾があったので事なきを得ましたが、もし自分が独り身だったら……と思うと、同じように行動できた自信が全くありません。

 実際、いま結婚生活を送られている夫婦の中には、過去にそういうシチュエーションがあって、できちゃった婚をされた方もおられるのではないでしょうか。いたとしても、全く不思議なことではないと思います。

2つの要因から言えること

 あくまでも上記のエピソードから指摘できる、高揚感と不安が引き金となったセクハラ言動の場合ですが、これは意識のトレーニングが必要なレベルのことではないでしょうか。訓練や学習が必要だと言ってます。

 しかし、今のセクハラ問題で飛び交う言葉を追っていると、単にやったことの責任を追及するやりとりばかりが目に留まります。

 そればかりでは、再発防止まで叶えられるとは思えないんです。人の脳にはそういう働き方があることを理解できなければ、同じ状況になった時、感情はまた同じ状態になってしまうと思うんです。

「女性側から誘った」という主張

  女性側から誘った云々の意見が出ると、決まってセカンドハラスメントの話が始まりますが、私には「女性側から誘われた」と脳が認識しても仕方ないと思えることがあります。

 それが不安から生じた吊り橋効果が元凶にある場合のセクハラ言動です。

 その恋心ちょっと待った!――吊り橋効果は会話だけでも起きていた!?の記事でも書いたのですが、相手の女性の方はとても言葉数の多い方で、多弁な人でした。声を聞いているだけで、まるで何もかもが吸い込まれていくような気持ちになりました。

 この感覚の働き方が自覚できてからは平気になりましたが、自覚できない状態では、その働きに抵抗することがとても難しいと言えます。というか、不可能ではないか? と思います。

 セクハラ言動をして責められている側が、女性側から誘われた云々の話をした時、私は男性と女性がそういう関係性にあったのではないかと、つい勘ぐってしまうんです。

 もちろん、例えそうだとしても、セクハラ行為に関しては然るべき謝罪や責任が問われるべきですが、もしですよ、私のように情緒不安定気味で、この感覚の働きに無自覚で、その時の女性の方がとても口数が多いよく喋る方だったら、起こるべくして起きたこと、だとしか思えないです。だから男性側に対しても、私は「可哀相だな」と思えてしまうんです。

最後に言いたいこと

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 セクハラ言動は、女性のことを自分の欲求を満たす性道具としかみていない、最低な輩が起こしているケースもあると思いますが、感情の働きに対する理解の無さ故にとってしまったケースもあると私は思います。

 今はまだ難しいのかもしれないけど、まず男性と女性が解決の為に、協力し合う姿勢が求められると思います。

 この記事を書いている間、恥ずかしさで一杯でしたが、社会が一歩成長できることを願い、この記事を公開します。

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