HyogoKurumi.Scribble

言葉からは、逃れられない。

「意識高い系父親」は毒でしかなく、一家の向かう先は不幸以外ありえないと思う


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症スペクトラムへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害グレーゾーンへ

↓↓↓CLICK HERE↓↓↓
映画『アスペですが、なにか?』ついに公開!絶対観てね!
↑↑↑緊急告知↑↑↑

 少し前から発達障害の総集編的な記事の制作に着手した。だから最近は昔のことをよく振り返る。特に父のことを思い出そうとしてしまうのだが、それは今更になって、ようやく父の異常性が認識できるようになったからだ。

 

 父は創価学会員だった。母も父の影響で入信したと聞いている。

 

 父は何を話していても、創価学会日蓮大聖人や人間革命の話に運ぼうとした。

 

 子供だった私には当然、その話の意味も意図もよく理解できなかった。父に相談したり、父が介入してきた話のことで、何かが解決した記憶がぜんぜんない。いつも謎だけが残った。

 

 そんな父は、自分の仕事がひと段落ついた後や、お客さんがいない時は、カウンターに座って、図書館で借りてきたビジネス書や啓発本などの読書をよくしていた。

 

 父の仕事は、メインの料理とそれに付随する仕込みや調理場の清掃で、それ以外のこと(皿洗い、店内掃除、他の料理の仕込み、仕入れなど)は全て私と母だけでやっていた。

 

 創価学会公明党の影響か、政治ニュースに関心が強く、テレビや新聞の関連情報はまめにチェックしていた。そしてよく不満をぶちまけていた。今の生活が辛く、店に客が来ないのは、政治や社会が悪いことが原因だと考えているようだった。

 

 私はそれは違う、と思っていた。客が来ないのは、通り客が全くいない場所に店があるのに宣伝もせず、お客を呼んでいないからだし、お店に金がなく借金に追われる日々がいつまでも続いてしまうのは、父が店の売り上げをパチンコに使い込むからだ。

 

 家が自己破産したあと、父は地元では一番大きい旅館の調理場に就職したが、毎日が地獄だと言っていた。コックと飲食店経営の経験があるとはいえ、もう50を過ぎた人間が再就職できた先としては十分に良い条件だと思えたが、バスに乗って通勤することや、職場で若い人に話しかけられたりする日々が苦痛でたまらないようだった。

 

 その日常が二~三ヵ月だったか、数ヵ月続いた後、元常連のお客さんが飲食業を始める計画に父母を誘った。母は乳を雇うことも店を足すことも猛反対したが、経営面は社長がコントロールするという話に心が折れたらしい。

 

 そして、父は雇われ店長として、母は店のママとして再就職できたのだが、父は「俺はこの店をのっとるんや」などと口走っていた。

 

 その店は潰れた。五年もたなかったと思う。その後は家賃を払う形で父母は店を引き継いだが、その店も潰した。

 

 その間、父はなんにもかわらなかった。パチンコも続けていた。

 

 一つ変わったことといえば、創価学会の信者活動に積極的にならなくなったこと。いつだったか、「あいつらは俺が困ってるのみて鼻で笑った」と言っていた。

 

 それでも仏壇は捨てず、帰宅した時は仏壇の前に座った。

 

 言ってることとやってることが不釣り合いで滅茶苦茶、それが父に対する率直な印象である。そのせいか、私は父の話していたことがほとんど思い出せない。いや、思い出せるのだが、とにかくだ、二言目には自分をすごくみせたり、人を馬鹿にするのが好きな人で、そんなことを口走っていた記憶しか思い出せないのだ。

 

 普通のことを話していた記憶は、あるにはあるのだが、「無音の映像」で、言葉の内容は思い出せない。思い出せるのは父がこんなことを言っていた場面ばかりである。

 

  • わしは仏やぞ!
  • わしは本の最後を読めば内容が全部わかる
  • 俺を誰やと思っとんのや!
  • 〇〇は、まだまだやなぁ
  • わしがその域に達したのは…(ぶつぶつ
  • (母に)お前が悪いんやろ
  • (母に)お前がちゃんとやらんか
  • なんやと!
  • お前らも勉強しろ

 などなど。


 どれも一度だけではなく、同じ台詞を言っていた場面の記憶がいくつもある。

 

 結論として、父は毒でしかなかった。

 

 一緒に住んでいた頃は、創価学会が父という人を狂わせたと思っていたが、それも違うと今は思ってる。

 

 私の言葉で定義すると、例の記事の「感想型」が該当するのだが、それより大きな括りとして「意識高い系」に属するといえるだろう。

 

 NPOの件もそうだった。代表はあれだこれだと流しそうめんのように話をする人だったけど、自分では何もしなかった。自分が思いついたことをどうにかして他の人にやらせて、自分は空いた時間で習い事や読書をしたり、他の人との交流を広げたりすることに時間を使う。そうして周りにやらせた仕事の成果を回収して、それを自分の実績としてリストに加える。一緒にやろうなどと言葉で誘われた人は、知らぬ間に養分となっているのだ。

 

 政治や社会、ビジネスなどに強い関心を持つ『意識高い系』が父だと、一家の向かう先は不幸以外ありえないと思う。

 

 まず母が心を病む。「社会の事を良く知らない不勉強な人扱い」を受け、なんでもかんでも母のせいにされるからだ。

 

 母はいつも言い負かされて逆らえなくなる。そんな母の精神ストレスの矛先は、まず間違いなく、子供たちに向けられるだろう。

 

 その地獄の生活はいつまでも続く。操り人形になってしまった母の思考回路からは離婚という二文字が消え、生活の維持をする役目になってしまうからだ。

 

 最悪なのは子供である。自分は何かの使命を与えられた重要人物だと思い込んでいる錯乱状態の父と、その錯乱者の秘書となり自律神経が崩壊したメンヘラ母、その二人からの要求に応えなければいけないからだ。

 

 そんな日常の中で健全な精神状態を維持することは不可能だ。まぁ遅くても、中学生あたりから精神の不調が表れ始め、学校でもまともな人間関係を築くことはできないだろう。

 

 それだって子供の心の問題として片づけられる。

 

 なぜなら社会からみれば意識高い系父はただの真面目な人であり、自律神経がおかしくなった母は、どこにでもいる普通の母であり、子供はその境遇を言語化できるだけの人生経験がまだ積めていないからだ。

 

 今の私は妻と暮らしている。自分の父母の姿を最後にみたのはもう五年以上前となる。母とはたまに電話で連絡をとる。父の声はもうずっと聞いていないが、この先、聞くこともないと思う。

 

 やっと手に入れた今の平穏な生活に、1mmでも関わらせたくないからだ。