HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

「発達障害×中毒」の話のまとめ

 ここ最近の私は、発達障害×中毒という観点で発信をすることが多いのですが、だいぶ長く続いているので、今までの流れと、考え方のまとめをしようと思います。

 本記事だけでも理解できるように書きますので、過去記事リンクはお時間のある方のみお読みください。

f:id:hyogokurumi:20170910171004j:plain

特徴がつかめるようになった

 この気づきの始まりは、今年2月に書いたこの記事が始点です。

 現実の認識の仕方が変わったことを書いた記事です。

 新しい人間関係や仕事の中での出来事を通して、一つの現実を皆でシェアしているのではなく、現実は人と人との間だけあることに気が付けたのです。

 20代の頃はそこまで気が付けませんでした。30代になってからの自営業での体験のお陰で、比較対象を得ていたことが良かったんだと思います。

 この認識の変化があったことで、私は職場で体験したある出来事をきっかけに、物事の「特徴」という観点に着目するようになりました。

 ある軽作業をしていた時、私が手で行ったその作業は、仕上がりが不出来な形になってしまいました。それをみて一緒に仕事をしていた人が「特徴がつかめていない」と言いました。そして説明しながら手本をみせてくれました。これが私にとって、とても重要で意味のある出来事となったのです。

 自分の不出来な結果に対して周囲から注意を受ける、という事だけでいえば、これまでの職場でも同様の体験を何度もしています。

 ただ、これまではその行動が終わって、しばらく経過してから注意を受けていました。それと、注意を受ける内容はいつも、自分がわかっていることであり、つまり自分にもできるはずのことでした。でも、さっきはできなかったわけです。だから自分も相手も、わかってるのになんでできないんだ?という謎に陥り、そこからの進展が得られませんでした。落ち着いて、気を付けて、といったありきたりの言葉を頼るしかありませんでした。「またわかっていることができなかった」と、自己嫌悪に陥ることも多々ありました。

 

 この時はそのパターンとは異なり、"事"の「すぐ」、「直後」に指摘を受けることができたんです。

 最初、私は「早すぎる」と思いました。まだ意識のピントを合わせている途中で、次からこうしてみよう、と考えている最中だったからです。でもその時やっていたことは、専門知識や訓練が必要なことではなく、誰にでもできるようなことでした。 

 指摘がすぐだったこと、軽作業だったことなど、幸運が重なったことで、私はある条件に気がつくことができました。

  • やり始めて手を付けた時点で、その感覚が意識にセットされていなければいけない
  • やり始めて手を付けてから必要なことを考えて、当たりをつけてから意識するのでは、遅い
  • 普通の人は意識や感覚の事前セットができている。物事の先読みをするのが当たり前

 例えば、「豆腐を手でつかむ動作」をイメージしてください。手が豆腐に触れる前から、力を抜いているはずです。もし力が入ったまま豆腐をつかんだとしたら、すぐに力をぬいても、豆腐は崩れてしまうでしょう。

 他の動作でもこれと同様に、接触の前からもう意識や感覚の準備が整っていなければ上手くできないことがある。ということに気が付けたのです。

 

 この気づき以降、いつもやりながら意識のピントを合わせていた物事に対して、常に丁度いい感覚を前もって意識することを心がけるようにしました。

 それだけに熱中すると疲れてしまうので、ケアレスミス克服法の感覚で、「無意識に定着するまでなんとなく意識している程度」でやっていましたが、それだけでも多くの変化がありました。例えば、「ペットボトルの蓋をぎゅっと閉められるようになった」「字がうまくなった」のもこの意識の成果だと考えています。

 

 字についてはこちらの記事でまとめました。

 ケアレスミス克服法の話はこちらです。

  このような変化と向き合う日々の中で、新たに言葉でとらえることができた現象が「あぶり出し型脳」だったのです。 

理解が遅れてやってくる

 物事の特徴をとらえる速度が上がったことで、日常が気づきの連続となりました。

 その中で、新聞記事を読んでいた時の気づきが特に大きく発展したので、記事を書きました。

 この気づきは、「自分はなぜかいつも理解が遅れてやってくる」という特徴を言語化したもので、「これこそ発達障害特徴の根にあたる性質なのでは」という予感を背景に置きながらまとめたものです。

 要点はこんな感じです。

  • 理解が得られるのはいつも"事"が終わったあと
  • 思考の処理中に新たな処理が増えることでフリーズする
  • この特徴は常時発動であり、自分自身ではこの特徴を認識できない

 思考の処理中に更なる処理が重なることで脳に負荷がかかり、フリーズしたような状態に陥ります。それが無意識の内に起きる現象であり、発達障害特徴はその状態の上で起きているのではないかという考察です。

 この記事では真正面から、発達障害特徴を二次障害という位置づけで考えています。

 以前より可能性の一つとして気にしていたことですが、私はこの記事以降、発達障害特徴を二次障害的にとらえて考えることが多くなりました。

 「あぶり出し型脳」という言葉でとらえた謎の現象の正体を突き止めたいと思いました。

発達障害は中毒か?

 そして7月、別体験としてとらえていたパチスロ中毒のまとめを書いていた時に、発達障害との接点に気が付きました。

 これこそが「あぶり出し型脳」と指した現象の正体なのではと、今は考えています。

 私は過去に、仕事を習得する為に始めたパチスロにどっぷりはまってしまい、やめたくてもやめられない状態に陥りました。

 やめられなかった理由が「やめなきゃ、ダメだ」と念じていた意識そのものにあったわけですが、「もしかして発達障害の方でも同様の心理現象が起きているのでは?」と思ったのがこの気づきの始まりです。

 ◯◯してはいけはい、というのは、発達障害の人生そのものだからです。

 実際に、発達障害と中毒状態の特徴には、それぞれ説明時に用いる伝え方が違うというだけで、似ていることが多々あります。

 例えば、発達障害の話でよく見聞きできる、ケアレスミスやコミュ障特徴、関心の偏り、習得困難といった特徴は、何らかの中毒者でも陥る状態ですよね。

 中毒症状で集中できない為にケアレスミスをしてしまう、いつも一つの事で頭が一杯だから関心が偏っており、会話感覚にも影響が出ている、物事の習得にも苦労している、いつも疲労している、興味のあることだけ集中できる

 はい、もうほぼ同じだと言ってしまってもいいでしょう。

 発達障害との根本的違いは、通常の中毒は、何の中毒なのかがはっきりしています。でもこの仮説で言っていることは、発達障害は無意識の内に自分の意識や感覚に対して中毒的になってしまうということです。

 これが、気づきから得た最大の発見なのです。子供の頃の内から、知らない間に無自覚の中毒状態に陥っていたと考えてみると、自分の発達障害的特徴の言動や状態に、説明をつけられることができてしまうのです。

 この考えでいくなら、基準論として今も君臨している「発達障害は生まれつき説」とは違った角度から切り込むことができます。

 慢性的な中毒になってしまう要因という観点で言えば、例えば、熱中しやすいテレビゲームや、刺激のある食べ物も検討対象に入れることができますよね。家庭環境もそうですね。精神的ストレスの多い環境も、脳が興奮しやすいと言えます。

 生まれつきという説と相反する性質上、それらの多くは反発を受けやすい説ですが、本当に誤った情報なのか、今一度考えることができそうですよね。

 

  そして、ひと月が経過した頃に、中毒に関する考えをまとめた記事がこちらです。

 この記事で一番主張したいことは、「言葉には人を中毒的にしてしまう要因が潜んでいる」ということで、その現象を最も活用しているのが「教育」であるということです。

 厳しく教えようが優しく教えようが、教育対象が「〇〇でなければいけない、〇〇がよい、〇〇がダメ」と意思したと同時に、それに相反する感覚が脳につくられてしまいます。その意識の仕組みについては、カリギュラ現象を参考として挙げました。

 その感覚が悪い方に大きくなっていくと、それは今の時代で私たちが発達障害と呼んでいる特徴になってしまう、という仮説です。

 まだ予感の域をでないイメージですが、今の私はこの考え方を基準に発達障害と向き合っています。私はこの仮説が、発達障害者も定型発達者も含め、この時代に生きる何割かの人に当てはまるのではないかと考えています。

 

 ……で、今までの流れをまとめたのが本記事、というわけです。
 読了ありがとうございましたm(_ _)m 

 

 本記事が人生の復興、そのきっかけになれば幸いです。