※6年程前に小説の練習で書いた作品。原文ママノーチェック。スター10人からもらえたら次話投下します。
<1> プロローグ
深夜、突然に鳴り響いた役所の鐘の音に、『きのこ王国』城下町の人々は叩き起こされるように目を覚ました。
カーテンをあけて、外の様子を窺ったレナがいった。
「……もしかして、〝たけのこ王国〟の軍が攻めてきたのかしら?」
城下町を囲む城壁辺りの空がぼんやりと赤く染まっていた。火の手が上がっていることも見て取れる。レナの兄、レインもベッドから起き上がってそっと窓の外を覗きみた。丁度その時、近所で果物屋を営んでいるベンおじさんが風呂敷を背に抱え、レインたちの住む雑貨屋の前を大慌てで走っていた。
「おじさんっ!」
ベンは足を止め、二階の窓にいたレインに顔を向けた。
「レインくんか!」
「なにがあったんですか!?」
レナもひょいと顔を覗かせる。
「たけのこ軍が奴らが攻めてきたんだ! きみたちも早く地下壕に逃げなさい!」
地下壕は町の外れにある。主に災害時の避難所として使われている。
「わかりました! おじさんも気をつけて!」
ガチャと窓を閉め鍵をかけたレインも、大急ぎで着替えながらいった。
「近々攻め込んでくるかもって噂は聞いてたけど……ほんとだったんだな」
「兄さん、本当に戦争なの?」レナは不安そうな面持ちをしている。
レインは「なにを今更」とは思ったものの、確かに日常の中でその実感はあまりなかった。自分たちが目にする戦争とは、新聞が伝える政治情報や、城下町で見かける兵士の姿ぐらいなものだったから。
「……そうだよ。だから、僕らも早く逃げよう」
レインはドアに手をかけ、レナを指差しながらいった。
「えっと……レナも着替えて。お金と食べ物を用意して。僕は母さんと父さんの写真を持ってくる」
「わかったわ」
支度をおえた二人は、手を繋いで地下壕に向かって走った。地下壕に行くには一旦町の中心にある噴水広場を通った方が早い。近くに住んでいる住民も皆、同じ方に向かって走っていた。
「兄さん、こわい……」
今年十六になったばかりのレナは日に日に女性らしくなっている。でもこの時のレナの顔は、まだ幼かった頃の、なんにでも怯えて、すぐに泣いていた時の顔をしていた。
「大丈夫だよ。ここまでは何も飛んでこないさ」
レインは笑顔で答えた。レナは少し不安が拭えたように、笑みをみせた。
丁度、噴水広場に辿り着いた時だった。
「気をつけろ! 投石が飛んできたぞー!」
その誰かの叫びに空を見上げると、真っ赤な火の玉が飛んでくるのがみえた。
「……どこを狙ってんだよ! 俺たちは関係ないのに!」
恐らく狙いを誤ったこぼれ弾だろうとレインは考えた。とっさに足を止めて安全な場所を探す。真っ先に目に留まったのは銀行の建物だった。あの建物なら頑丈なはずだ。
「レナ、こっちだ!」
レインは、自分が先に行って、出入口が開いているかどうかを確かめるつもりだった。その兄としての使命感と逸る気持ちが、レナの手を放していた。
「――きゃあっ!」
後ろから聞こえた妹の声。振り向いたレインがみたのは、転んでうつ伏せになっていた妹の姿だった。
「レナ! なにしてんだ! 早く! …………あっ!!!」
その直後だった。別のこぼれ弾が、レナの傍にある建物を直撃したのだ。
耳をつんざくような轟音と共に崩れゆく外壁が、レナの頭上に降り注ぐ。
「レナァァァ!」
レナの元に向かおうとしたレインの体を、二本の太い腕が、ガシリと抱きかかえるように引き止めた。
「レインくん! そんなところでなにをしているんだ! 危ないからこっちに来なさい!」
建物の中から現れたのは、ベンおじさんだった。
「レナが! レナがあそこに!」
「レナくんがっ!? わかった……ここで待ってなさい! きみは中へ!」
ベンはレインを突き飛ばすように建物の中に押しやった。そしてまだ猛煙の立ち込める瓦礫の山に姿を消した。
「早く……助けないと…………レナ……レナ…………」
レインはその場にへたりこんだまま、動くことが出来なかった。
しばらくして、ベンおじさんが一人で戻ってきた。その険しい表情は全てを物語っていた。それでも、
「レナはどうしたんですか……」
ベンはその声を無視するように、レインの腕をやや強引にを引いて体を起こした。
「……レナはどうしたんですか。どこにいるんですか…………」
それはまるで息をしていないような、静かな声だった。
ベンは応えた。
「レインくん、我々は地下壕へ向かう」
「…………レナくんは……別の人が助けていた。あの場にはいなかった」
感情を押し殺しているような、どこか事務的な言い方だった。
「そんな人はいなかったよ…………いなかった……いなかったはず…………レナは……レナはどうなったんですか!?」
ベンはレインの胸倉を掴んで言い放った!
「しっかりしなさい! ここで死んだらなにもならんぞ!」
「今はきみが生きることだけを考えなさい!」
いつも温厚なベンおじさんに怒鳴られたこともショックで、レインは何も言えなくなってしまった。その後のこともよく覚えていなかった。気がついたら地下壕にいて、レナを探して、泣き疲れて、いつの間にか眠っていた。
――半年後
レインは店のシャッターを降ろしていた。もう二度と開かれることのない、家族との思い出の詰まった店を閉めていた。
「本当に行くのか」
静かな足音と共に、ベンおじさんがやってきた。
「おじさん……お世話になりました」
レインは深々と頭を下げた。レナがいなくなったあの日から、ずっと、親代わりのように自分のことをみてくれていた人だった。
「レナくんのことは……不幸だった。だが、だからといってきみが!」
レインはベンの言葉を遮るように、力強い眼差しで応えた。
「レナは関係ありません。これは、自分の意思です」
「俺はこの戦争を、終わらせたいんです」
「レインくん……」
ベンは涙を堪えながら、レインを力強く抱きしめた。
「いつでも帰ってきなさい……きみを息子のように想う人がいることを、忘れないでおくれ」
「……ありがとう、ベン」
レインもベンの大きな体をぎゅっとつかんだ。そのぬくもりを忘れないように。
レインは父母から受け継いだ雑貨屋を閉め、きのこ王国軍に志願したのだった。
兵士になる為に城に向かう彼の姿を、その勇姿を、小鳥たちのさえずりが包み込んでいた。
それはまるで、彼の未来を祝福しているようだった――