HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

知人に死刑囚がいる心境を書く


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症スペクトラムへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害グレーゾーンへ

↓↓↓CLICK HERE↓↓↓
【図解】発達障害攻略マニュアル――生き辛い境遇からの脱出
↑↑↑緊急告知↑↑↑

 7月6日にオウム真理教元代表麻原含むメンバー7人の死刑が執行された。

 地下鉄サリン事件のことは忘れたことないけど、このニュースを見て久しぶりに当時のことを振り返った。

 事件が起きた時、私は中学生になる直前だった。子供ながらに、やばすぎる事件が起きたことは理解できた。

 私はオウム真理教事件関連の報道をみて「宗教」という団体や概念について考えるようになった。

 そして何日か後に、自分も宗教をやらされていたことを理解した。

 私の家は親が創価学会の信者で、外から帰ったら題目三唱とかの宗教的行動を、私も子供の頃から日常的にとっていた。

 母からは「みんなやってるよ」と教えられていた。

 子供の無知をいいことに、そんな不気味な活動を知らぬ間に刷り込まれていたことが許せなかった。

 親のいうことを疑うようになったのはその頃からだ。

 

 そろそろ本題に入ろう。

 今回の記事と創価学会は関係ない。

 死刑の話だ。

 

 実は昔の知人に一人、死刑囚がいる。

 知人といっていい関係であるかどうかは怪しいが。

 子供の頃一緒に遊んだことがある相手だ。

 

 まぁ、とにかく話そう。

 死刑囚が誰のことだかはわからないように書くので、そのつもりで読んでほしい。

 

 

 彼の事件を知ったのは数年前。一時的に実家に帰郷して、近所のお店でアルバイトしてる時だった。

 バイトの休憩中に、いつもの友人から電話がかかってきた。

「なぁ、きみAのこと覚えてる?」

 その名前を聞いてすぐに思い出した。小学生の頃、よく一緒に遊んでいたB君の、弟のAのことだ。

 そのまま回答した。

「だよな、あんな名前そうそういないもんなぁ」

 それがどうしたのかを聞いた。

「いまニュースでやってるんだけど、Aが×××して×××(とても残虐なこと)したんだって」

 

 えー? ほんとにー?

 

 ……っていう返事を棒読みで返した記憶がある。

 私はまったく驚かなかった。

 

 Aの凶暴性に、心当たりがあったからだ。

 

(あの子、あのまま大人になったのか)

 

 それが率直に思ったことだった。

 

 それから数日後、バイトしてた時に店に報道陣の人が来て、ニュースのAのことを知らないかと聞かれたことがあった。私はテレビをみないから、よく知らないと答えた。

 

 めっちゃ知ってたけどね。

 

 

 小学生の頃はほぼ毎日、放課後は友達と外で遊んだり家でゲームをしたりして遊びまくっていた。

 

 B君はよく遊ぶ友達の一人で、C君と仲がよかった。私はB君とC君のことが大好きで、一番の友達だと思っていた。でも二人の家は遠かったから、一緒に遊ぶのは日曜日が多かった。

 

 B君の家にはテレビゲームだけじゃなくてパソコンゲームもあった。

 家も広くて、外で遊ばない時はB君の家の中で遊ぶパターンが多かった。

 そこにいつもAがいた。

 

 Aはいつも兄のBと一緒にいた。

 B君と遊ぶ時はだいたいAも一緒だった。

 私も同じだった。外に行く時はいつも弟がついてくる。

 兄弟がいつも一緒。小学生あるあるの光景だろうね。

 

 小学生の頃の記憶はどれも青々しくて懐かしい。

 B君とC君と遊んだ記憶はどれも楽しい思い出だ。

 その記憶の中にはAの姿もある。

 

 なんとなく記憶を振り返っただけなら、Aも一緒に遊んだ友達の一人に過ぎない。

 

 でも事件のことを意識して記憶を振り返ると、Aのある行動が強調されて脳裏に浮かぶ。

 

 それはAが「キレすぎる子」だということだ。

 

 Aがキレる経緯はいつも謎だった。

 私だけが状況についていけていなかったのかもしれないが、気が付くと「なんでやああああ!」とAの怒号がその場に響いていた。

 

 記憶のねつ造かもしれないが、一回遊べばどこかで一回は怒っていた気がする。

 

 

 怒った時は叫ぶだけではなく、何かしら攻撃的な行動を伴うことが多かったように思う。叩いてきたり、地面に落ちているものを投げつけられた記憶があるのだ。ある時は、ティッシュ箱ほどの大きな石をぶつけられそうになったこともあった。その時は流石に兄のBが「やめろ!」と抑え込んで止めていた。

 

 怒った時は相手が大怪我するレベルの攻撃をしてくる子、という印象が大きく残っている。私も当時はすぐ感情的になるタイプの子だったが、その私でも引くくらい、Aは感情の変化が激しかった。

 

 

 中学生に上がってからBとは疎遠になってしまった。だからAと会う機会もなくなった。

 

 それからBのことを振り返る機会が一度あった。

 23歳の時に、発達障害のことを知った時だ。

 

 発達障害のことを知った時は、だいたい「あの人も? この人も? もしかしたら?」なんて考えちゃうんだけど、真っ先に思い出した人物の一人にAもいた。彼の暴れっぷりがなんとなくADHDの「ジャイアンタイプ」に思えたからだ。

 

 Aが発達障害の診断を受けたという情報はないが、いくつか精神障害の診断はついたようだ。

 

 事件の報道の記録を追うと、Aの中学時代に同級生だった生徒が、Aの気性の荒さについてコメントを残していた。

 それをみて私は、やはりあの頃のまま成長してしまったのか、と思った。

 

 事件を知ってからAのことを考えると、私は決まってAの目を思い出す。

 目といえば、普通は中央が黒くて周りが白いものだが、彼の目は全部が黒い。

 目の部分だけでいえば、エイリアン4に登場したニューボーンの目がイメージに近い。

 

 それが私の記憶の中にいるAの目だ。その記憶の姿が正確であるかどうかは、今となってはもうわからない。そのせいか、目のことばかり、考えてしまう。

 

 おわり

 

 オウム死刑のニュースを聞いて、なんとなく書いてみることにした。

 情報的な価値はほとんどないと思うが、書く人は少なそうだから書いてみることにしたってだけ。深い考えはない。

 

 Aの死刑はまだ執行されていないようだ。

 これもいつかは執行されるのだろう。

 

 

 私は死刑には肯定的だ。

 人は時に、怪物になってしまうのだ。

 殺せる理由を握らなければ、いつか誰かが殺されるのだ。

 だから現行の死刑制度には不満がある。

 罪のない人が殺されてから行われる死刑に、なんの救いがあるというのか。