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言葉は嘘をつきません

自伝:タイトル未定 その2『いじめられではなく、いじめさせていたのだった』


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 コツコツ書かないとやる気がだれてしまいそうなので、休日はなるべく書くようにする。

 

 前回:自伝:タイトル未定 その1『考える、ができるようになった』

 

 考える感覚がわかった私は、その力を使って自分の言動を振り返ることにした。

 自分の意思で自分の言動を振り返るだなんて、今までやったこともなかったし、そんなことができるなんて、想像したこともなかった。

 

 私はまず、自分の日常が地獄と化した、中学校の入学式の時から記憶を振り返ることにした。

 

 ――たしか俺は、校長先生の新入生への話に感激して、これからは真面目になって、大人になった自覚を持とうと思ったんだ。

 

 入学式が終わったあと、他の生徒と列になって教室へ向かっている途中に、目の前を歩いていた生徒の肩を叩いて「友達になろう」って声をかけた。その相手は鳩が豆鉄砲を食ったような顔して「いいけど……」と言ってくれた。

 校長先生の話を聞いて芽生えた志を、早く行動に移そうと思った。でも教室に着いた時には、自分のその行動はすっかり忘れてて、その生徒ともそれっきりだった。誰だったかも思い出せなかった。

 

 教室で先生が「これから一年間皆さんと一緒にこのクラスで~」という初対面の挨拶をした後、「校長先生の5つの話を誰か覚えていますか」と言ったから、私は手を挙げた。

 先生は私に「はい、(名簿を見ながら)……来未くん」と言ったから、私は立ち上がった。そして、「3つだけですけどいいですか」と、まず聞いた。

 誰も手を上げなかったし、3つだけでも覚えているのだから、答えなければダメだ、と思ったのだ。

 私がそう発言した直後に、教室の後ろの保護者の列からクスクスと笑い声が聞こえた。タイミングからして、私の発言に向けた嘲笑であることは直観的に理解できた。(人の行動を笑うなんてとんでもない親がいたものだ)と、私は背中から強い敵意を放った。

 先生も「いいですよ」とは言ってくれたものの、困り顔と苦笑いの混じった表情を浮かべていた。

 私は自分の立場がよくわからず、若干の不快感を抱えたまま、覚えていたことを答えた。

 

 記憶を振り返って思う。

(なんで俺はあの時、友達になろうって声をかけたんだろう)

(なんで俺はあの時、3つしか覚えてないのに、手を挙げたんだろう)

 

 私は自分が「思っただけで行動してしまっていること」に、強い疑問を持った。

 

 そんな感じで始まった中学生の生活は、二週間ほどで嫌なことばかり起きるようになった。

 気が付いたら私は毎日、暴力を振るわれたり、感じの悪い言葉をぶつけられる的になっていた。 

 

 でも、記憶を振り返って思った。

 そもそも私が、相手のやっていることを馬鹿にしたり、五月蠅すぎる声で笑ったり騒いだりしていたのだ。

 その行動は、周りと同じようなことをしているつもりだったけど、私がやるとなぜか「笑う空気」にならず、私が何かを駄目にしたような反応が返ってきた。

 そして嫌味を言われたり、時には物理的に痛いことをされた。その境遇は「自分がいじめられている証」だと思っていたけど、この振り返りの時から、その自分の捉え方がおかしいとしか思えなくなった。

 

(みんなが私にいじめをしていたのではなく、私の"何か"に対して、やり返しをしていたのではないだろうか)

 

 もしこの関係性が実態であれば、「いじめを受けている」という認識は完全な答えではなくなってしまう。

 

 この時はバスケット部に入ったいじめグループの男子からヘッドロックをされた時のことを思い出していた。酷いことをされたという感情的な記憶しかなかったけど、その前に「どうせスラダン(スラムダンク)の影響だろ」と侮辱するような言葉を言っていたのだ。その前にパソコン部に入っていることを馬鹿にされたから、その言い返しだったわけだけど、そういう経緯だったことを意識できていないし、そもそもいじられキャラになっていたこともわかっていなかった。

 

 同じようなことがいろんな場面の記憶で指摘することができた。

 だから、自分の記憶の仕方がおかしい、と思えたのだ。

 

 私はその課題を意識の背景にして、回想を続けた。

 

 授業中に手を挙げる時は大声で「ハイ!」と言った。隣のクラスにまで聞こえていたほどの大きな声だった。

 中1生活が始まって一ヵ月くらいした頃に、私がいつものように挙手した直後に、誰かが「うるせぇな」と小声でつぶやいたのが聞こえて、それからは周りに合わせて黙って手を挙げるようになった。

 手を挙げる時は大きな声でハイと言わなければならないのに、自分が悪いやり方に合わせている気がしてたまらなく苦しかった。けど、そうしないと何かが駄目なんだと思った。

 私は周りが静かに手を挙げていることの意味を、全く考えていなかった。

 

 何の話だったかは忘れたけど、先生が生徒の誰かに何かをさせなきゃいけなくて、私と数人でじゃんけんをすることになった。

 私はそのじゃんけんに勝った。嬉しいことだから、両手をばたつかせてピョンピョンと飛び上がった。それは「おぼっちゃまくん」の「うれピギャース」の動作だった。その私の動きをみて、みんなが笑った。私はその笑い声から違和感を覚えて、すぐにその動作をやめた。

 中学生がやることじゃなかったのだ。

 

 休み時間に、キャンパスノートに一人で絵を描いているのも変な奴だと思われても仕方がないのに、当時は今のように、そういう行動をすることの意味がわからなかった。しかも当時は雨宮慶太の和風SFの世界観にハマっていて、仏像などの絵を描いていた。

 気持ち悪がられて当たり前だ、と思った。

 

 自分が楽しい会話をしたいが為に、いつも同じ話ばかりしていた。絶対笑う面白い返事を言う為に、相手が条件に合う言葉を言ってくれるまで繰り返した。

 笑うことを言ったのに相手が笑わなかった時は不安になった。聞こえてなかったのかな?とか思って、また時間を空けて同じ話をした。

 これはおかしな会話だと思った。

 

 私は自分が悪口を言われることより、悪口を言う行為そのものが嫌だった。周囲の乱暴な言動が嫌で嫌でたまらなくて、ある時その気持ちが行動にでた時があった。

 科学の授業が始まる時に、前の時間につかってた別のクラスの生徒が机の上にそのままにした消しゴムのカスを、下敷きでバサッと仰いで、同じ机に座っていた他のクラスメイトの方に飛ばしたことがあった。「ちょっと、八つ当たりしないでよ!」と注意されたのに、ムスッとして何も返事しなかった。

 自分は感情が高ぶると止まらないんだ、と思った。

 

 中1の一学期が終わる頃、私のことで学級会が開かれた。

 私が毎日先生に提出する連絡ノートに「自分はいじめられていると思う」と書いたからだ。

 提出した翌日の朝、ホームルームの後で先生に呼ばれて、廊下で話をした。

 相手は誰なのか、どんなことをされているのか、嫌な気持ちなのかといった、形式的なことを聞かれたと記憶している。

 私は「はい……」と一言だけ返事したり、頷くことしかできなかった。

 先生は「周りが遊んでいるつもりでも、来未くんが嫌な気持ちになっているなら、それはいじめだよ」と教えてくれた。

 私はその一言で、自分の気持ちが間違ったものではないんだと自信を持つことができた。

 だからその後で「みんなで話し合いをしようか?」という質問にも、「はい」と言いながら頷くことができた。

 

 そして行われた学級会では、嫌な気持ちしか残らなかった。

 私が先生に教えたいじめた側とされる人が指されて、どうしてそういうことをするのか、といった事情聴取から始まったのだけど、深刻な空気でやりとりが進んでいたのは最初だけだった。

 そのうちいじめグループの女子が呆れた口調で「来未は冗談がわからないんだよ~」と言い出して、その声に他の生徒も「そうそう」って感じで、軽いノリのディスカッションみたいになってしまった。

 そして先生さえも、苦笑交じりに進行する流れになって、最終的には曖昧な感じで、形式的な全体注意で話が終わってしまった。

 

 学級会の時、私はみんなの話なんて聞いていなかった。ただただ、(なんで謝らないんだろう、なんで反省する話をしないんだろう、なんでこんなぐだぐだな話し合いになるんだろう)と心の中で思っていただけだった。

 

 いじめグループは、最初は休み時間も放課後も、日曜日にもよく遊んでいた遊び仲間のグループだった。

 その彼らがいつからか乱暴な性格に変わってしまった、私はただ一方的に周りが嫌なことをしてくると思い込んだだけだった。

 

 その学級会のあとはしばらくの間だけ静かだった。

 けど、また二週間くらいで日常は元に戻ってしまった。

 

 そして二学期でも、私のことで学級会が開かれた。

 この学級会はほぼ事情聴取だけで、少々の注意はあったけど、十数分で終わったと記憶している。

 学級会の間は、先生が困った顔を浮かべながら、何かを探るように、いじめグループの話にうんうんと耳を傾けていたのを覚えている。

 いじめグループの子たちも、聞かれたことに淡々と答えただけだった。

 

 その学級会の後、私は先生から呼ばれた。そして先生は一枚の紙に、「先生」「生徒」「私の名前」を、三角形の頂点の部分になる位置関係で書いた。

 そして、「私」と「生徒」を丸くで囲みながら先生は言った。

「普通はこうなっていないといけない」

 次に先生は、「私」と「先生」を丸く囲んでから言った。

「でも来未くんの頭の中ではこうなってる」

 

 私は自分が何かを教わっているということだけを感じ取った。でもそれ以上のことはわからなかった。何も返事できなかった。

 

 それからの日々は、自分の席の後ろの子とだけ話すようになった。何もわからなくなって、毎日がすごく辛くて、油断したら泣き出しそうな精神状態のまま中学一年生の生活を終えた。

 

 そして中学2年生になった。廊下に張り出されたクラス割り表をみて、私の心は踊った。小学生の頃から友達だった子と同じクラスになれたのだ。しかも、中学一年生の時に好きだった女子も同じクラスだった。

 

 中1の時の嫌な奴らは全員別のクラスだった。

 だから、中学二年生の学校生活は大丈夫だと思った。

 

 でもまた一ヵ月と経たない内に、中1の時と同じような日常になってしまったのだ。

 

 私が何かをする度に、自分に対する悪口が飛んできた。

 周りと同じようにしてるだけなのに、私だけが周囲から怒られた。

 それも中1の時と同じで、いつも一番騒いでいて、先生からも気に入られている、みんなが調子を合わせているグループだった。

 うんざりだった。

 

 この回想の時は、同時にある出来事を強く思い出した。

 掃除の時間にいじめグループから「ちゃんと掃除しろ」と怒られたことがあった。そいつらだって、いつもお喋りしながら適当にやっている癖に、なんでこっちだけ怒られなきゃいけないんだという怒りと不愉快が込み上げたが、よくよく思い出してみると、私は本当にちゃんと掃除をしていなかった。

 ホウキで掃く時は、周囲のほこりが巻き上がるほど強く振るし、周りのペースを見ていないし合わせないから、自分のところだけ遅かったり早すぎたりした。よく「遅い」とか「もうちょっとゆっくり」とか言われたけど、また自分だけ何か嫌なことを言われていると思っただけだった。

 ちりとりでごみをかき集めている人がいれば、その場所に行って自分が集めたゴミをそっとぶちまける。ほこりが舞い、その場の女子が「ちょっとぉ!」と言って怒る。

 ごみを集めているところへごみを追加しただけなのだから、これも、怒られる筋合いはなく、私に対する嫌味だと思い込んでいた。

 

 焼却炉に向かう2人の女子が、ゴミを2人で持って廊下を歩いてく様子をみて、「2人で持って楽をしている!」と思い、ゴミ袋を握る女子の手に向かって、避けずに突進したことがあった。

 私と衝突したことでゴミ袋から手は離れ、ごみ袋が床に転がった。私は「ちょっとなにするの!」という女子の言葉を背に受けながら素知らぬ顔で教室に戻った。心の中では(はいはい)(乱暴な声だ)(これで反省しろ)と思っていた。

 

 クラスで人気の女子が転校することになり、その準備でみんなが黒板に絵を描いていた。私もその中に加わったが、いじめグループの男子から「お前は描くな」と言われた。私はその一言がたまらなくショックで、わけがわからなくて、トイレで一人泣いていた。

 みんなが丁寧に綺麗な絵を描いていたところに、適当に描いた棒人間の絵をみて、彼は注意しただけだったのだ。乱暴な言い方だったが、それが当時の私と彼の関係性でもあった。

 そういうことが、わからなかったのだ。

 

 そんな日常のまま日が過ぎていった。

 私の心は毎日弱っていった。自分の言動に対するものなのに、何もしていないのに精神攻撃を受け続けていると思い込んでいたのだ。

 

 そして、二学期の後半だったと思うが、私がまた悪口を言われてすごく嫌な気持ちになっている時に、友達もそのグループと一緒になって笑っていたことがあった。

 

 それまでは不快感や嫌悪感だったけど、その時から、どんな感情よりも「怒り」が常にメーターを振り切るようになった。

 

 頭の中では、自分が無表情のまま、周りのクラスメイトを巨大な足で何度も踏みつけてミンチにしたり、チェーンソーや大きな武器で、身体をスライスしたりする妄想ばかりが浮かぶようになった。

 

 私はその怒りと、不良の道へ向かう友達の問題を解決したくて、先生に相談した。そしたら、「一度友達を呼んで、先生も同席して、3人で話し合いをしましょう」という提案を受け、その通りにすることにした。

 けど、その約束の日の時間になっても、友達は来なかった。

 

 翌日になんで来なかったんだと聞いたら、半ギレした顔で「はぁ? 部活だから行くわけないやん」と軽い感じで言い返された。

 

 その人間味を欠いた態度に、私は言葉を失った。

 

 先生も同席する話し合いだと言わなかったせいだと思うんだけど、この時の私は「先生の力も通用しないのか」と思い、想定を上回る問題なのだと認識を改めたのだ。

 

 ここまで振り返ったところで、ようやく今と繋がった。

 ざっくり、記憶に強く残っていることを振り返っただけでも、ある重大な事実を認めざるを得なかった。

 

 周囲がいつも自分を苦しめるような言動をしてくるのに、誰もそのことを口にしないし、関心をもたない現実に、私は絶望していた。

 けど、現実はそうじゃなかったのだ。

 

  自分は何も考えていなかった。考えないまま生きていたのだ。

  私はいじめられていたのではなく、自分はただ単に、嫌われていたのだ。

 

 怒られて当たり前のことをしていたのだから、これは、いじめをさせていたようなものなのだ、と。

 

次回へ続く

 

エピソード

  • 中2の時に考えるができるようになった
  • 嫌われていたことを自覚する