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言葉は嘘をつきません

自伝:タイトル未定 その3『俺の人生は終わった』

 これを書いている今日、「トガニ」という韓国映画を観た。これは全ての障害者に観てほしい映画だと思った。

 

 

前回:自伝:タイトル未定 その2『いじめられではなく、いじめさせていたのだった』

 

 自分に対するいじめは自分のせいで起きていた。

 その推理を、私の意識は現実として受け入れた。

 

 自分は嫌われていた。

 嫌われるような言動をしたからだ。

 そうとは知らず、好き勝手に振舞っていた。

 

 仮に、嫌われていなかったとしよう。

 嫌われるような言動だったとも言い難い、としよう。

 それでも、自分の性質や周りの感情を感知できないまま、今日まで好き勝手に振舞っていたという事実は変わらない。それが何よりも恐ろしかった。

 

 こんなことが現実にあるのか? というレベルで、私は自分の存在がありえなく思えた。こんなこと、普通気づくだろ? でも自分は今日までわからなかった。多分みんなは無意識の内に理解することだ。

 

 今まで周囲のせいにしてきた対人衝突は、何をどう考えても「ありえない自分がそこにいたから」という結論に帰結した。

 その結論をどれだけ「大袈裟だ」と認識しても、覆すことができなかった。

 

 記憶違いでなければ、私はこの時の授業中に顔を伏せて泣いている。クラスメイトに向かって「みんなごめん」「俺みたいなやつがいてごめん」と思いながら泣いたのだ。

 

 隣の席の女子が「大丈夫?」と聞いてきたのを覚えている。私は特に反応しなかった。

 

 国語の先生も、私が泣いていることに気がついて、すぐ傍まで来て「大丈夫か?」と聞いてきた。先生に対しては「大丈夫です」と返事した。

 何事もないかのように授業は続いた。

 

 その後のことは覚えていない。同じことを考え続けていたと思うけど、まるで思考回路がペースト状になってしまったように、「考えていた」ということ以外、思い出せない。

 

 その後のことではっきりと覚えているのは、しんしんと泣きながら家に帰ったということ。階段を登ろうとしたところで仕事中の母に「どうしたんや」と声をかけられて、「俺を精神病院に連れてってくれ」と言ったら、「なに言っとんの」と素っ気ない返答が返ってきたことだ。

 

 その返答の直後に母は仕事に戻った。

 

 私はその様子をみて「あぁ、これは自分の力だけでなんとかするしかないんだ」と思い込んだのだ。

 

次回へ続く

 

エピソード

  • 中2の時に考えるができるようになった
  • 嫌われていたことを自覚する
  • 母が精神科に連れてってくれなかった