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言葉は嘘をつきません

自伝:タイトル未定 その6『気づき』

 続きを気にしてくれる人がいるのは嬉しいね。

 さぁ書くぞ!

 

前回:自伝:タイトル未定 その5『死にたい』

  

 私が自身のいじめ体験を通して日常的に死を意識するようになった丁度その頃、メディアは連日狂ったように、いじめによる少年の自殺ニュースを報じていた。

 1997年、神戸連続児童殺傷事件が起きた年だった。

 

 この事件の影響だと思うが、メディアは少年が関与した犯罪や事件を集中的に報道するようになったのだ。

 

 自殺のニュースを見ている時は自殺願望が煽られ、少年Aや少年犯罪のニュースを見ている時は単細胞的な攻撃性が煽られた。

 

(俺もどこかで自殺していたかもしれない)

(俺も気まぐれでそのへんの子供を襲っていたかもしれない)

 

 私はそれまでニュースをというものに全く関心がなかった。つまらなかったからだ。学校から帰宅したら、テレビをつけてアニメを映しているチャンネルを探すのが帰宅後のいつものパターンだった。

 そんな私だったが、この頃は食い入るようにテレビのニュースに耳を傾け、新聞の紙面に目を通してした。

 自分自身もこういう社会問題の当事者である意識が強まっていった。

 

 その意識の昂ぶりが、逆に私を冷静にしたのかもしれない。

 私はどれだけ感情が煽られても、思うだけで実際に自殺をしようとは思わなかったし、誰も殺そうとは思わなかった。何かの条件さえ整えば実行していた可能性は否定しないが、テレビ画面の向こう側にいる、実行した同世代の子に対しては、疑問すら覚えていた。

 

 そんなことをしたら、今の日常が壊れてしまうじゃないかと。

 

 死にたいと思ったり周りの人を全員殺したいと思ったりと、最悪の気分に包まれた日々だったけど、それは自分の感情の中だけのことで、表面上は何事もない、ただの平穏な日々であることを、私は心のどこかで理解していたのだろう。

 

 廃人生活が始まってから二週間ほど経った時だったと思う。

 

 学校から帰った私は、いつものようにゲームをした。その頃はSFCの『風来のシレン』というゲームでよく遊んでいた。

 当時はプレイステーションが主流だったけど、小遣いが少なくて、古い中古ソフトを買っては売ってを繰り返していた私はまだSFCで遊んでいた。風来のシレンだって何度も売っては買い直したソフトの一つだった。

 

  通常、ゲームは一喜一憂しながら遊ぶものだが、作業的に遊んでいたせいか、私は効率だけを求めるようになっていた。

 キャラクターがどれだけ窮地に陥っても、淡々と対処することだけを意識して黙々とプレイした。

 

(……低レベルの内に強いモンスターに遭遇しても、所持アイテムなど状況次第では倒すことができるし、逃げることもできる……経験値目当てに、意図的にモンスターを強くすることもできる……名前がわからにアイテムも、一度使用すれば効果がわかる……)

 

 研ぎ澄まされていく自分の感覚を、なんとなく整理するようなことを考え始めた時に、ふと思ったのだ。

 

(これって、現実にも言えることなんじゃないか?)って。

 

次回に続く

 

エピソード

  • 中2の時に考えるができるようになった
  • 嫌われていたことを自覚する
  • 母が精神科に連れてってくれなかった
  • 全てに絶望して廃人になる
  • 死にたいって思う
  • ゲームの攻略で使う感覚は現実でも大事なこと