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言葉は嘘をつきません

【医者も読んで】アスペルガーの私が発達障害と「依存症」を関連付けて考えている理由 その5


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 言葉と食べ物の依存性について考えた私は、自分の場合で考えてみました。

 

前回

 

私の育った境遇

 私の育った環境は、極めて偏っていたと言わざるを得ませんでした。そのように思う理由を順々にお話しします。

 

 まず、両親がフランス料理店を経営する共働き夫婦だったことが第一の理由です。家族の時間は少なく、どちらかと言えば私はテレビっ子でした。

 あと、夫婦ともに、熱心な創価学会の信者だったことが第二の理由です。

 

 私は両親から、社会のルールや一般知識や常識について、丁寧に教わった記憶がほとんどありません。

 共働きという家庭の事情もありますが、思い出せることと言えば、創価学会の教えに誘導される話か、いきなり怒られるとか、見下されるとか、そんなのばかりです。

 

 特に父の"創価脳"は重篤でした。

 家には立派な仏壇があり、信者たちが日々の取り組みとして行う勤行なども欠かさず行っていました。家族の写真を飾るような一般的な仏壇の大きさからみて3~4倍は大きいもので、部屋の広さなどからみても不釣り合いなものでした。

 新聞やテレビのニュースをみては、政治や経済について不満を漏らしていました。いつも図書館で借りてきたビジネス書や啓発書を読み漁っていました。苦労ばかりの境遇は全て政治と経済のせいにしていました。

 交友関係も創価学会の信者ばかりで、閉店後の店に友人を招いては、夜中まで政治や経済についてよく議論を交わしていました。

 

 普通の会話をするだけの場面でも、必ずと言っていいほど、有名企業の社長の名言や、自分がいかに物知りであるか、真剣に社会と向き合っているかを挟みこんできました。

 24時間いつでもそういう台詞を言いたくてたまらない様子です。

 

 そんな父から、母はいつも見下されていました。何があっても、いつも全て母に落ち度と責任があるということになり、母は反発しながらも、自分の能力不足を疑いませんでした。

 

 大人になってから非定型界隈の人たちと交流するようになって思ったのですが、私の両親は、「意識高い系人間」と「メンヘラ系人間」が結婚した場合に陥る典型的な破滅状況だったと思います。

 

 食事に関しては、食卓に店の残り物が出ることも多かったのですが、フランス料理特有の、しっかり味付けがされた濃いものを日常的に食べていました。

 

 そのせいかどうかはわかりませんが、私にとって魚料理やうどんやそばなどといった和食系の料理は「味がしない食べ物」という印象が強く、好んで食べることはありませんでした。

 

 お菓子が大好きで、毎日のようにポテトチップスやエネルギー系の炭酸飲料を飲んでいました。

 特に炭酸飲料はどんな場でも私にとって欠かすことのできないドリンクでした。

 

 創価脳の父からは見下しや謎かけみたいな会話ばかりされ、父に振り回される母からは突然怒られることばかり。食事は味付けが濃く油っぽいものばかり。

 

 言葉と食べ物の依存性を手掛かりに自分の人生を振り返った私は、まさに仮説通りの境遇にいたと思いました。

 

私の発達障害特徴は、成長過程で習性として習得してしまった可能性は十分にあるし、定説の通り先天的なものだったかもしれないが、いずれにせよ、子供の頃から無自覚の内に、依存症状態に陥っていた可能性は否定できない

 

次回