発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

アスペルガー旦那である私が6年の間に妻にかけた迷惑や改善できたことの話

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 最近Twitterで『発達女性×結婚』(発達女性 結婚 - Twitter Search)の話がちょっと話題らしいので、結婚6年目のアスペルガー(自閉症スペクトラム)旦那が、この6年の間に妻にかけた迷惑や改善できた話を書きます。わりと需要ある話題のようです。

 

 

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スペック

  • 年齢:現36歳(同棲は29歳時。結婚は30歳)
  • 学歴:高校中退
  • 住居:2LDKアパート
  • 家族:妻との二人暮らし 子供なし
  • 仕事:2号警備士(週5日)
  • 診断:31歳の時に自閉症スペクトラムの診断。治療薬の類は不使用。症状の自覚は中学二年生の時から。生い立ちを詳しく知りたい人はこちらの著者エピソードを読むべし。
  • 補足:妻は同い年で、週3~4日のパート勤務。25歳の放浪旅中に出会い、29歳の時から同棲。翌年に婚姻届け。同棲までに2年ほどの遠距離恋愛期間あり。

 

迷惑をかけたこと

食事―食生活の偏り

 同棲当初は私の仕事が個人事業のネットショップで、妻がパートだったこともあり、よく家にいて時間の融通が利きやすい私が食事の用意をすることが多かったのですが、その献立が鍋やカレー、揚げ物ばかりになりました。

 食生活について遡って話すと、私の生まれ育った家がフランス料理屋だったせいか、家族の食卓に並ぶ料理も、味付けの濃いものが多かったんです。客に出せなくなった残り物がでることもしばしば。実家を離れて一人暮らしをしてからも、やきそばやスパゲティ、コンビニ弁当といった炭水化物ばかり。一番酷かった時期は、タッパーに入れて冷凍したカレーを、毎夜少しずつレンジでチンして食ってただけの時期かな。

 そんな食生活で生きてきたもんですから、「これからは栄養満点の食べ物をしっかり食べて生きていこう!」という意気込みが強かったんですが、それはとても恣意的な基準であり、特に一般常識レベルの栄養知識すらも有しておらず、おまけに「和食や"見た目が白い食べ物"は味を感じにくい」(うどんのみ例外)という思い込み的な理由で積極的には手に取りませんでした。

 あと、毎週2~3本はレンタルDVDで映画鑑賞で、その時は必ず炭酸ジュースとお菓子を用意しました。

 それと同棲翌年から、私は健康の為とか言って赤ワインを飲むようになったんですが、飲んでるとおつまみが欲しくなって、チーズとか食べるようになっちゃったんです。

 そして……

  • 1コマ目:健康の為に毎晩赤ワイン飲むよ!
  • 2コマ目:(数ヵ月後)「…ん、なに?」←毎晩、赤ワインとチーズをもちゃもちゃ食ってる豚

 ……って感じの2コマ漫画的な流れがありまして。ある時、体調になんか違和感を感じて健康診断に行ったら、LDLコレステロールが180とか言われて、これをきっかけに食生活を改めることになりました。

 ちなみに私は、それまでの社会人生活の中で健康診断を受けたことがありませんでした。アルバイト生活期間が多かったのと、転職を繰り返していた為です。記憶にあるのは飲食店で働いてた時の検便だけです。

 

衣服―センスがださい

 服のチョイスもおかしかったです。そもそも服の選び方が感覚的によくわからなかったので、安い古着ショップでなんとなく好みの柄で選んだ服を買ってただけでした。いつも上下で2000円~3000円以下の装備です。ズボンはジーパン系一択。無課金アバターみたいに全体的に整ってない恰好をしてました。

 

掃除―掃除はするけど普段の行動が雑

 飲食店の仕事で慣れていたので皿洗いや掃除は平気でした。ただ、使ったものを元の位置に戻すとか、トイレの電気の消し忘れとか、ペットボトルの蓋を締める力が弱いとか、感覚的なところが雑で、よく妻を苛立たせてしまいました。

 

 

金銭感覚―無駄遣いが多い

 出先で見つけた小物とか小さな人形とかを買って家のあちこちに置いてました。何もないより賑やかな感じがいいと思っていたんですが、色もジャンルもなんにも統一感がないので、最終的にはごちゃごちゃと散らかってる感じになってしまいました。

 

遊び―どこにも連れて行けず

 私のネットショップの経営がうまく軌道に乗らず、初年度と翌年はまとまったお金が貯まらなかったので、どこにも遊びに連れていくことができませんでした。しいていうなら映画館だけです。

 

病気―知識不足で体調管理の感覚がおかしい

  一言で言って、体調管理に関して標準的な対応ができませんでした。なぜなら「知らないから」です。

 特に冬はその面でのトラブルが多かったです。

 唇が荒れれば、治っていないのにリップを使い続け、医者に行って専用の軟膏をもらうという発想がありません。だから冬の間はずと唇がズタズタで、その間にリップを何十本も買ってしまいました。

 ヒートテックとか知らないので。寒いとか言ってるのに暖かい着こなしをしていません。

 病院にいかない+必要な対処をしない、って感じです。

 

仕事―転職だらけ

 この6年の間に何度も転職をしました。最初は専業ネットショップでしたが、思うように売り上げが伸びず諦めて転職しました。この時の転職活動の最中に、ハロワの人からの勧めで発達障害の再診察を受ける機会があり、自閉症スペクトラムの診断が下りました。

 しかし障害者手帳の発行が間に合わなかった為、転職活動は一般職の中から選ぶ流れとなりました。

 そして工場に就職でき、こちらは仕事の習得も順調だったのですが、障害のカミングアウトをきっかけにイキリ系同僚からのパワハラが始まり、工場長と社長に異動の相談をしましたが、数ヵ月話し合いをしても解決できなかった為、二年も働かずに退職となりました。

 その後また専業ネットショップに戻り、この時は経営計画書を基に妻にもパートを止めてもらい、自営のスタッフに加わってもらったのですが、経営が軌道に乗り始めた矢先にすぐ大規模な市場事情の変化が起こり、ネットショップ専業はここで完全に断念、また転職となりました。

 で、とりあえずアルバイトのデバッグ会社に勤め、副業化したネットショップの収入で食いつないだ後、初の障害者雇用の就活でやっと採用されたかと思えば求人情報詐称に遭ってしまいました。その後すぐ、ネット上で医療情報を扱うとある実業家から秘書業務のスカウトを受けたのですが、その話にのったら今度は障害者助成金不正申請の片棒を担がされた上、発達障害のことを何も知らない人だったのでまたすぐ転職活動をする羽目になりました。

 このように定職がない状態で、学歴や職歴もダメとなると、安定した職に落ち着けるまでに期間を要するでしょう。

 そして、現在の職となる警備会社に勤めました。こちらはもうすぐ2年になりますが今までの人生の中で一番落ち着いて勤められています。

 

パチスロ―止められるまでに4年

 25歳の頃から、当時の勤め先の生業である発売前のデジタル製品をチェックする仕事の影響で、パチスロが止められなくなったのですが、同棲開始と同時に封印しました。

 その上で、その年の年末に、私がそれまでに抱えていた生活費とギャンブルの借金(およそ70万)を妻の貯金で清算してもらいました。ネットショップでの返済が順調だったことを口実に利息のことを考えた提案で、今度は妻に返済していく、という約束でした。

 しかしそのすぐ後の正月の浮かれ気分に負けて、禁パチの掟を破ってしまい、それからも数ヵ月置きに我慢が限界突破してパチスロで散財するようになりました。

 結婚二年目、自営を副業化して工場勤めをしていた時は、同僚にパチスロ好きがいて、パチスロ談してる内に私のほうも本格的に熱が戻ってしまい、ある時から妻に「今日は残業」と嘘をついて、ほぼ毎日のように遊びに行ってしまいました。その完全再熱したタイミングは、工場と副業の収入でその全額返済ができる月でした。

 こうしてまた止められるまでに30万円ほどパチスロにつぎ込んでしまいました。

 

迷惑をかけたことまとめ

 毎日の生活のこと、全部です。容赦のない回答ですが、受け入れてます。

 私のブログを積極的に読んでくださっている方は、私がケアレスミスやコミュ障、習得困難の障害的特徴の改善ができた人であることをご存知かと思いますが、仕事で求められる感覚が改善できても、生活習慣や生き方はまた別の話だということです。

 とにかく全体的にバランスがおかしかったりズレでるので、いろんな場面で心配をかけまくります。でも心配は最初だけ。同じことを繰り返すのでその心配は「苛立ち」にかわり、うんざりさせて失望させました。

 「発達旦那は、なんにでもすぐ依存的になってしまい、大体のことに対して標準的な選択や判断ができなくなる」というイメージで大体言い当てることができるのでは、と思います。私のように非定型的な生活を送ってきた人は特に、この特徴が表れるのではないでしょうか。

 コミュ障特徴を改善と言っても、「職場で円滑なコミュニケーションが維持できる程度の感覚」が基準ですから、それだと家庭では上っ面だけのダメ人間になっちゃうんですよね。だから最初の頃はよく「俺のことで何か困ったことがあったら言ってね」 とか言ってました。

 これ、同棲生活経験のない独身の人からみると「一緒に住んでいる妻のことを慮っている理想の旦那」のように思えるかもしれませんが、この意味は「自分の素行や言動の是非について自分自身は考えない宣言」であり、つまりは丸投げ野郎の発想であり、パートナーの意識リソースを私物化してる最低の発想です。

 共同生活なら、「パートナーから言われる前に自分で気が付いて自分で直す」と思えなきゃいけません。

 こんなんでも、仕事の能力は私のほうが高かったこともあり、妻は気づかない内に私の言うことを聞くばかりになってしまい、色んなことを我慢させて、ストレスを溜め込ませてしまいました。

 

改善できたこと

 結婚から6年経った今は全て改善できています。

  • 食事:メイン担当を妻にバトンタッチ。私はお酒や間食を止めて、豆乳やトマトジュース、ナッツ類を食べるようにしました。
  • 衣服:ユニクロやジーユーを基準に、年齢相応の服を買う感覚を覚えたので今は大丈夫です。
  • 掃除:細かいところでも力加減が意識できるようになったのでかなりマシになりました。
  • 金銭感覚:散らかってる感覚がわかるようになってからは無駄な買い物をしなくなりました。借金の返済の滞りなく順調です。
  • 遊び:収入が安定しているので大丈夫です。旅行やプレゼント用の貯金もしています。
  • 病気:標準知識に基づく体調管理を気にしているので今は平均的かと。食べ物を買う時は必ずカロリーなど栄養表記を確認しています。
  • 仕事:今は警備士の仕事で安定です。
  • ギャンブル:最大の問題だったギャンブルも、4年後に止めることができました。パチスロ依存のエピソードについて詳しく知りたい方はこちらの記事をお読みください。スロ中毒克服 カテゴリーの記事一覧

 

改善に繋げられた要因

 どこかでバッドエンディングを迎えてもおかしくなったほど課題の多い生活でしたが、今では妻と改善できたねと言い合えるほど、生活の質を向上させることができました。

 そのポイントとなった部分を最後にまとめます。

 

家族会議をしていた

 同棲生活を始めてから不定期ですが年に2~3度は家族会議の時間を設けていました。あれがいいとか、これが嫌とか、こうしたいとか、生活のことやお互いに対する不満や希望を言い合う時間です。

 自分の発達障害のこともあるし、共同生活では「ストレスを絶対に溜め込まない」ことが大事だから、何かの節目に必ずやるようにしていました。

 すぐに対応できることもあれば、できないこともありますが、その時はわからなかったことも、後々になってからその重要さがわかることがありました。

 やりとりしたことは何一つ無駄になはりませんでした。

 

発達障害を「個性」ではなく「症状」という見方で向き合う

 私は自閉症スペクトラムの診断を受けている発達障害の一人ですが、自分の特徴について肯定的に受け止めてはいません。これはただの「症状」であり「異常」だという考え方です。

 ですから、自分にできないことがあって妻を困らせているなら、必ずなんとかするという気持ちでいました。

 それでもできないことはその場だけお願いしました。

 例えば以前はよくあったのですが、妻が私に話しかけた時、言葉の前半を聞き漏らすことが多かったので、「もう一度言って」とか「頭が"聞くモード"になるまでに数秒かかるから最初に名前を読んで」とお願いしていました。

 そこは自分も困っている、スマンネと正直に話しました。

 

自然体でいられる上にストレスが溜まらない仕事をみつけられた

 警備士の仕事は偶然選んだものですが、本当にこの仕事に就けて良かったと思っています。限りなく自分の自然体でいられるからです。

 工場の仕事も自分の伸ばしてきた能力や感覚が活かせたので好きな仕事でした。パワハラさえなければずっと勤めていたでしょう。

  自営業をしていた頃は毎日仕事のことで頭がいっぱい。妻と何を会話していても売り上げのことで上の空でしたし、どこに行っても何を話してても意識が自営のことに繋がってしまいました。

 警備士は現場の仕事や人間関係が自分に合わなくても、相談すれば現場を変えてくれるので、今は悩みやストレスを抱えたまま家に帰ることもありません。

 家にいる時は100パーセント、家の妻のことを考えることができています。

 

食事のおかげで「依存」が治っていった

 私の抱えていた数々の問題を解決に導いてくれた一番の要因は、間違いなく妻の作る食事です。健全な食事のおかげで、依存的になりやすかった脳の性質が、少しずつ変わっていったと考えています。

 「改善できたこと」の項目はいきなり全部変わったのではなく、年月をかけて少しずつ良くなっていったことです。

 最初の頃、私の食事の様子は、何も言わずによく噛みもせず、ぱぱぱっと食べて、一人で食べ終わって、最後に味の感想や意見だけをして(ダメ出しのつもりはない)、「仕事に戻るね」と言って妻を一人食卓に残していました。

 それが今では、よく噛んで味わって食べられるようになりましたし、妻が食べやすいように工夫してくれた部分がわかりますし、手作りと買ってきたお惣菜の違いもわかります。

 食べるものが変わったおかげだと思いますが、味覚も大きくかわり、ずっと"苦い物"だとしか思えなかった抹茶も今では大好きですし、なんでも食べれるようになりました。お魚も煮物も大好きです。感覚部分の認識の鈍さも、昔は考えられなかったほど改善されています。

 その変化の日常の中で、少しずつ迷惑をかけていた言動が少しずつ落ち着いていったのです。

 

 食べ物の影響はすごくて、同時に、恐ろしいです。「体調」だけではなく「思考」や「精神」にまで影響します。

 

 私は自分なりに良くしていこうと最もらしい言葉を並べてああだこうだ言ってきました。それは実際に必要な目標でしたが、結局、妻の手料理による解毒効果が起きていなければ、何も改善できなかったとすら思っています。

 

これから発達障害者がパートナーになる人へ

 蛇足かもしれませんが、最後にこれから発達男性と結婚する人へ一言。

 新しい人生と生活に対する希望だけではなく、やはり発達障害の症状のことで、相手方とも話し合いをしていることだと思います。

 もしパートナーが本記事でお伝えした私のような人だとすると、依存的になってしまう意識をなんとか改善に向かわせなければ、どれだけ夫婦会議をして目標を立てても、理想は遠ざかるばかりだと思います。

 そこで、毎日の料理は自然食の和食系を中心にした食生活で考えてみてください。発達障害の人は何かと依存的になりやすいです。ですから、「脳」が落ち着く属性の料理で、その疲れから回復させるという考え方です。

 ケアレスミスなど発達障害の個別症状は訓練でなんとかできるものもありますが、発達障害の生活面における最大の敵は「依存になりやすい体質」です。これは「我慢する」とか「耐え抜く」みたいな、修行的な発想ではどうにもできないことなんです。

 大事なことなので強調しますが、食べ物は「体調」だけではなく「思考」や「精神」にまで影響します。一生を左右する課題です。

 

 症状の抱え具合によっては、効果が表れるまでに数年かかると思いますが、今回の私の話で、一考の価値を持っていただければ幸いです。

 

 読了ありがとうございました。

 

 私の発達障害の考え方はこちらの記事でまとめていますので、お時間のある方はぜひお読みください。