発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

もう一つのあとがき 発達障害攻略マニュアル×発達障害考察本

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 『発達障害考察本』は症状の改善方法を記したものですが、その元記事である発達障害攻略マニュアルには、改善法だけではなく、発達障害の発症要因や依存との関係、この社会の性質についても触れています。その部分は、考察本には含めませんでした。

 発症要因や社会の性質の話は、発達障害の改善にも通じる一つの規格ではあるものの、「改善法」とは異なる属性の内容だからです。

 改善法は、あくまでもこの社会の標準的な生活基準と「共存」して生きていく為の術ですが、発症要因や社会の性質の話は、共存ではなく「脱出」です。

 

 当初は発達障害考察本の下巻の内容として出すつもりだったのですが、脱出の部分は、個々の体験や知識によって求められる結論が広く変わることを重くみて、改善法の内容だけで完結することにしました。

 それでも、私自身の立場から、自分の発達障害考察がどこまで広がったのかを言葉にして残しておきたいと思いました。

 ここから先は、私が発信した発達障害の話をほぼ全て読んでいる人向けの話だと思ってください。発達障害攻略マニュアルのあとがきであり、発達障害考察本のもう一つのあとがきです。

 

 

 この日本という社会は、国を挙げて国民を躁鬱状態にしています。私たちは学校教育などを通じて、無自覚の内に言葉の依存症に陥るんです。だからこの社会は政治界を含めて躁状態が優位なんです。これがこの社会の狂いの原因です。そしてその精神状態を、私たちは標準的な意識の姿として認識してしまっているのです。

 日本が民主主義である限り、この国の苦しみは悪化し続けます。依存に陥った人たちが何もかも決めてしまうからです。発達障害は、その上に起きている一事象に過ぎないのです。

 

 私も過去に、ある仕事が原因で依存症に陥っていました。それを克服した今だからこそわかることがあります。

 私たちが自分や他者という個を識別している意識は、依存の副産物なんです。私たちの文明や社会は、脳の依存的働きが築いたのです。

 

 依存症に陥ると、自分の言動や判断を制御できなくなってしまいます。他のことに集中できなくなる。自分のものと人のものとの区別がつかなくなる。失言が増える。嘘が平気になる。強引に自分を正当化する。関係ない物事を繋げてしまう。現実よりも感情が基準になる。喜怒哀楽の変化が極端になるなど、意識の全てが異常になります。 

 その依存の衝動を満たすには、多くの状況で金品が必要で、それが維持できなくなると、苦しくなって最後には死にたくなります。日本人が自殺大国である理由です。でもお金が尽きない状態を維持できれば、毎日が充実している気分になり、他人に同じことを勧めたくなるんです。キラキラした思考が社会的に受け入れられる理由であり、その影で苦しむ人が無限に増え続ける原因です。

 

 依存は人が進化と認識している可能性を秘めています。それでも依存は、人を狂わせる脳の働きに違いありません。 

 「押してはいけないスイッチ」をイメージしてください。そして「押してはいけない」と意識し続けてください。そうすると、だんだんとそのスイッチを押したくなる衝動が大きくなっていきます。その「押したい気持ち」は、脳の依存的働きが「勝手に生み出した意識」であり、自分の本心ではないことがわかります。

 このように、頭に浮かぶ意識は、A「脳が勝手に生み出した意識」と、B「Aは脳が勝手に生み出した意識だと認識している意識」、そして、C「その意識AB2つを識別している、認識だけの自分」と、イラストソフトのレイヤー機能のように「層」という概念を持たせて認識することができるのです。

 

 依存症に陥った人は、A「脳が勝手に生み出した意識」と、B「脳が勝手に生み出した意識だと認識している意識」、この2つに意識の主導権を握られてしまっている人であり、この社会で生きているほとんどの人の、標準的な状態です。あくまでも一過性の状態にすぎないので、この依存に陥っている時期の経験は、記憶に残りにくいです。

 本当に主導権をもたせるべき意識は、C「その意識AB2つの存在を識別している、認識だけの自分」です。それが「基準となる自分」なんです。

 

 意識Cの感覚を基準にすることができれば、意識Aと意識Bのような依存的意識に振り回されなくなりますし、意識Cの判断により、大多数が標準としている意識ABを、いつでも消すことができます。人は自分の意識だけで、いつでも精神的に死ねるのです。

 

 発達障害は、私にとってある種の学問でした。この社会のことや、人間のこと、いろんなことがわかりました。

 だから私は、発達障害のことは嫌いだけど、好きなんだと思います。

 

2019年4月22日 来未炳吾