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言葉は嘘をつきません

【2013年小説家になろう掲載】『若者や社会人が発達障害かな?と思ったら読むところ』本文と読者からの感想

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 パソコンの整理をしていたら2013年に『小説家になろう』に掲載した『若者や社会人が発達障害かな?と思ったら読むところ』と、読者からいただいた感想のバックアップデーターが出てきたので、資料的や役割としてブログで紹介しようと思います。

 

 

掲載当時のステータス

  • 「来未炳吾」ではなく「雪くじら」「snowhale」というPN
  • 当時は30歳。発達障害グレーゾーンの境遇
  • 発達障害の診察は24歳の時に一度受けたが否定されていた
  • 当ブログ人気記事『ケアレスミスはこう治せ!』の前身にあたる記事
  • 文章はコピペなので誤字脱字もそのまま
  • 感想は内容のみ。私から返信と、読者名などなろうユーザーIDの特定に通ずる部分は伏字またはカット
  • 感想には本ページ未掲載の『2008年_放浪の歩き旅』と『2013年原付旅』の感想も含みますが、 発達障害に関する意見と感想なのでそのまま掲載します。

 

  ※以下、本編。2013年の作品です。

 

本編 感覚の調整法

はじめに

 人は誰しも何かしらの苦労や不幸と向き合いながら生きています。その中には、通常は苦労でもなんでもないことが困難となっている人がいます。そんな人たちの特異な特徴を調べてみると『発達障害』という分野に辿り着くことがあります。

 普通は当り前にできることが、どういうわけか自分にはできない。勉強ができない、仕事もできない、人間関係すらもぐちゃぐちゃ……。ふざけて生きているわけじゃない、どうして自分ばかりが──

 

 知識を求めて本屋さんの家庭医学書コーナーに行くと『注意欠陥多動性障害(ADHD)』『アスペルガー症候群(AS)』『学習障害(LD)』といった用語を含むタイトルの本が発達障害関連の書籍として並べられています。ただ、品揃えにもよりますが、どれもこれも〝発達障害のお子さんを持つ主婦向け〟に書かれた本ばかりです。解説は参考になっても社交性の身につけ方といったところの訓練方法は子供相手を前提とした内容ばかりで、既に若者以上の年齢になっている貴方には、現状の困難が解消されるビジョンはイメージし難いと思います。

 

 新書にも発達障害を題材とした書籍は何冊もあります。主婦向けの本よりも身につく感はあるものの、やはり一番知りたい「普通に生きられる方法」はどこにも記されていません。どれも「原因はわかっていない」「明確な線引きはない」「リタリンも万能ではない」といったことが書いてあるばかりです。生き方についても「職場環境に理解を求める」といった難易度の高いことが書かれていたりします。

 自分にとってのベストアンサーが書かれた本に辿り着くには相当の幸運が必要であり、それが存在しているのかどうかも怪しいと思わざるを得ない、厳しい状況を思い知らされます。

 

 人生の危機を感じてお医者様に診てもらうことにしても、調べて見つけた有名病院は予約で一杯。おまけに予約の電話も月に一度しか受け付けておらず、会社を休んで予約受付日に電話をかけても通話中で繋がらず、仕方なくそこらの大きい病院で診てもらうと専門家医ではないただの精神科医が出てきて「気にしすぎだよ~」的な話をされてハイお終いっ。

 

 既に日常がぐちゃぐちゃなのに医者からも見放され、身近な人に理解者もおらず、自己解決しようにも術はなく、何もかもを諦めて周囲からの罵倒を受けながら生きることを余儀無くされ、二次障害では鬱病などを併発した挙句、それすらも「お前の甘え」だと罵られる。

 

 これが、発達障がい者がよく陥る境遇であり、人生なのです。

 

 本書の目的は『発達障がい者のような自分が普通の人のように生きられる訓練方法』を伝授することです。あとタイトルの通り、主に若者や社会人年齢に達している人を対象としていますが、発達障害のお子さんを持つお母様でも歓迎です。

 知識はざっくりと調べた程度で大丈夫です。「発達障害の人はどうやら中枢神経の働き方が平均的ではないらしい」ってことが頭にあればOKです。

 

私の半生

 本題に入る前に、私自身のことをお話しさせて頂きます。

 まず、こういう形で発達障害の話になると〝診断済み〟なのか〝自称〟なのかが問われるのですが、私は〝成人後に診断済み〟で、お医者様から〝発達障害の可能性有り〟との診断結果を頂いています。しかし、〝過去の記録が不十分、不明瞭で正確な診断結果が出せなかったパターンの人〟に属します。

 障害の自覚については、中学一年生と二年生の頃にいじめにあったことをきっかけに自覚しました。帰りの会で掃除を真面目にしなかった同級生を大真面目に晒し者にして問題定義したり、大声で叫んだり、同じ話題を繰り返したり、急に怒鳴ったり、授業中に泣いたり、ペンギンのようにパタパタと手を動かして喜ぶ動作をとったりと、生理的に受け付けられない人でしたから、嫌われても当然です。

 

 発達障害の人は自覚できないと言われることもありますがそれは大きな誤解です。誰だって、自分がいじめられるというありえない状況に追い込まれれば原因を求めるものです。

 当時は両親がとある宗教団体の熱心な信者だったこともあり「狂った考え方で育てられたんだ」と思っていたのですが、幼少の頃から「お前は知恵遅れか!」と怒鳴られることが度々あったり、中学の頃は同級生から「しんしょう!」(身体障がい者の略)と呼ばれていたこともあったせいか「自分は普通の人と知的障がい者の中間のような存在」と認識していました。

 

 では、ここからはこれまでのありえない私の半生をお話しします。かなり長いですが、本題である訓練方法に行き着くまでの経緯でもあるので、信憑性に関わるところだと思います。結果的に訓練試行後の効果や影響度にも関わってくるので、飛ばさずに読んで頂ければと思います。

 

 人にいじめ行為をさせてしまうほど異常者である自分は〝普通〟を理解しなければ人生的に死ぬと危機感を覚え、それ以来、普通の人に近づく為の情報収集に明け暮れました。両親には病院へ連れて行ってほしいとお願いしましたが相手にしてもらえなかったので、自分一人でやるしかないと覚悟を決めました。

 

 当時、ネットなんて便利なものはなかったので全て手探りでした。クラスの人気者の口真似は私もやりました。あと、自分の言動や行動を客観的に見直そうと就寝前は朝起きてから寝るまでの記憶を全て洗い、自分の行動におかしなことがなかったかを検証しました。自分の能力は可能な限り数値化し、どれくらい普通からズレているのかを紙に書き細かく意識して分析するよう努めました。これはゲーム好きだったことからの発想です。RPGのように自分のステータスが数値化されていればきっと育てやすいですよね。何年か前に流行ったマインドマップ的なことも自分で思い付いてやってました。

 

 意識するようになってからわりとすぐ、休み時間一人で落書き帳に絵を描いたり、アニメキャラクタの動きや口調を真似したり、「どかーん」や「きーん」といったやたら擬音が含まれる幼稚な言動も落ち着きをみせ、ちょっとしたことで突発的に怒ったり泣いたりといった癇癪もなくなったので中学三年生の頃は比較的平穏でした。

 

 しかし、高校へは進学しましたがそこでもやはり対人関係のトラブルを起こしてしまい、しかも相手が暴走族のメンバーだった事もあり、自信を失った私は高校を中退してしまいます。校長から「きみは五歳児のまま大きくなったんだねぇ」と馬鹿にされたことがショックでした。

 

 余談ですが、僕は小学校四年生の頃から顔にニキビができてしまい、それはずっと治らず、おまけに中学生と高校生の時は湿疹まで併発してしまい、熟れたイチゴのような面(つら)をしていたのですが、高校を中退したら二週間足らずで綺麗さっぱり治りました。何度も医者に行って薬を貰っても効果がなかったのに痕も残らず治ったんです。ストレスだったんだなぁとしみじみ思いました。人体ってすごい。

 

 そして高校中退後は両親の営む飲食店に就職し、掛け持ちで近所へバイトに行きますが、どんな仕事もろくにできませんでした。中学の頃から絶えず「普通とは何か」を考え続けてきたにも関わらず、私はホットコーヒーのカップにアイスコーヒーを入れてお客様に出してしまうほどの常識知らずだったのです。

 

 社交性もゼロどころか、酷いマイナスでした。お客様の身長をバカにして笑い飛ばしたり、料理を出した時、自分が置いた位置が悪かったのに、味噌汁をこぼしてしまったお客様に対して「運がないですねえw」と言ったりするほど不愉快でありえない人でした。思い付きがすぐ口から出てしまう癖は何も変わっていませんでした。それらはもうすぐ二十歳になる人間のすることではありませんでした。あえて勿論と言わせてもらいますが、信じられないようなケアレスミスもありえない頻度で起こしていました。ミスをしていない仕事はないくらいミスしまくりました。レジはしょっちゅう合いません。

 

 失敗してもそれが自分の責任であると自分が理解できること──それだけが心の支えでした。「次頑張ろう、次頑張ろう」と自分に言い聞かせながら生きてました。何度も挫折したくなりましたが、中学の頃から自分の意思で自分を成長させてきたという実感だけは信じることができました。

 

 成長の為には人との関わりが最も重要だったのですが、まだ自分は生(なま)の人間と関わるには早いような気がしました。そこでインターネットの世界に目をつけました。当時はちょうどADSLという用語が巷で話題になりつつあった時期でした。元々ゲーム好きだったのでオンラインゲームを始めました。共通の話題を通してコミュニケーションをとれば、より会話の勉強になると考えたのです。

 

 ネトゲーの世界でもやはり、私と一緒に遊んでいる相手は突然怒り出しました。ゲーム内のチームや掲示板を潰したこともあります。私のせいでネトゲーを辞めていった人もいます。それでも匿名の世界は都合が良く、キャラクターやハンドルネームなりを変えることですぐに別のチャレンジに取り組むことができました。常に正直になって本音を表すことで、自分の何がどうおかしいのかを、文字通信を通して客観的に確認することができたのです。また、パソコンを買ってからは就寝前にその日一日を頭の中で回想するのではなく、ネットで日記をつけるようになりました。当時はブログなんて洒落たものはなかったので日記用ページのレンタルサービスを使ってました。文章量はだいたい大学ノート2p~4pほどを毎夜深夜から長い時で朝方まで綴っていました。一日の全てを記していたんです。行を追って文字を読むことすらできなかった私が、今こうして文章が書けるのはそんな生活を五年ほども続けて訓練した成果だと断言できます。

 

 そんなこんなで自分の事だけでも精一杯だったのですが、しばらくして、家族もとんでもない問題を抱えていた事を知りました。なんと我が家は自転車操業で食っていたのです。足りない売り上げをクレジットカードで補っていたのです。なのに父は暇を見つけてはギャンブルに出かけます。細かい雑用は全て私か母にやらせて出て行くのです。母は不満をもらしながらも諦めていました。なんかもう現状を受け入れた上で幸せな哲学を追い求めているような、そう思うことで冷静さを保っているような、異常な精神状態で生きていました。僕は両親と仕事の事で大喧嘩をしてストライキみたいなマネをしたこともありました。父には真面目に店主の仕事をしてくれと、母には効率を考えて仕事をしようと常日頃から提案していたのですが、全く聞きいれてもらえなかったからです。それがとても大きな形で衝突したことがあって、僕は二週間ほどニートを経験したことがあります。その時は、とにかく借金返済の為に金が必要だとネットで非常識な方法も含め大金を稼ぐ方法を調べていたのですが、良い方法はみつかりませんでした。ポイントサイトで五百円くらい稼げただけです。一億円くらい稼いで父母を驚かせてやろうなんて思っていた時期もありましたが、世の中そんなに甘くないです(笑

 

 そして二十三歳の時、ついに家業は閉店することになりました。狂牛病から売り上げが落ち込んでいたのに宣伝や経営の見直しをしなかったばかりかギャンブルにはまってしまった父。足りないお金をカードで補おうとした馬鹿な母。潰れて当然です。
 それとほぼ同時期に私はやっと発達障害の知識と出会いました。母の仕事っぷりが私からみても非効率的だったので、何か変だなと思いながら記憶を頼りに調べていたら、発達障害に辿り着いたのです。その項には自分のことが解説されていたので本当に驚きました。

 

 当初は私が両親の借金と店を引き継ぐ計画の話が進んでいたのですが、発達障害の知識を得てから私はすぐに計画の断念を宣言しました。重たい書類に判を押す日まで一週間を切っていたと思います。両親に自分たちは障がい者かもしれない、という話をしたんです。これから何を真面目に考えても全て正解から外れた結論に辿り着く人種なのかもしれないと。

 

 計画には大きな会社を経営している親戚のおじさん(父の兄)が協力してくれていました。借金の保証人なので必死でした。このおじさんにも事情を伝えましたが「こんな時にそんな話をするのはおかしいと思う」と言われました。でも「一秒でも早く私達のお金の問題から離れて下さい」と伝えました。上手く言えませんでしたが、僕ら家族の今の力で経営は無理であり、ここで破産することが被害を最小限に抑えられる唯一の方法であることを伝えたかったんです。

 

 私が徹底的に計画の断念を訴え、両親は破産することになりました。父の兄は数千万円近くの借金を被ることになりましたが、私と、私の両親の人生にはかえられません。

 

 その後、父は最終的には一家心中未遂を起こし、私は警察を呼び、母は寝床の壁に借金残高を書き綴るなど、末期には家の中が精神病棟と化したこともありましたが、それらも全て乗り越えた私たち家族にはある種の団結力が生まれていました。でも、店舗兼住宅だったこともあり、住むところがなくなるので、私は僅かな貯金をもって一人暮らしをすることにしました。一度、皆離れて暮らした方がいいだろうという考えもありました。

 

 また余談ですが、僕は生まれつき鼻炎症で一年中鼻水やくしゃみがよくでる体質だったのですが、その症状は一人暮らしをしてから収まりました。そもそも両親の作った環境が合わなかったのかもしれません。

 

 そして私は新天地で一人暮らしをしながら登録制の夜勤のバイトを始めます。しかし、そこではそれまで以上に不可解な出来事が私の身に起きました。「~~はどうすればいいですか?」と聞けば「それはさっき説明しました」といった状態で、人の話が全く頭に入らないことが度々ありました。また、話をメモして指示通りに仕事をしているつもりでも、何故か違う作業をしていることもありました。この頃から独り言も絶えないようにもなりました。夜勤生活になかなか慣れず、家にいる時はひたすらパソコンと向き合う不規則な生活だったこともあり、ついに精神までも病んでしまいます。「死ね」「殺せ」といった汚言を独り言で吐き散らし、〝人を食えば普通がわかるのか〟といった危険な妄想を頭に浮かべながら何ヶ月も平気で過ごしていました。

 

 その頃に職場の異性に恋もしたのですが、その人は辞めていってしまいました。

 私が、迷惑をかけました。

 

 この時は流石に自殺を考えました。心配してくれた小学校来の友人でずっと相談に乗ってくれていた唯一の理解者が大好きな映画に連れてってくれても、その場にいられなくなって途中で帰ったり、息切れも止まらず、食事の味もほとんどわからないようになり、鬱に近い状態だったと思います。よくお調べになった人はご存知かと思いますが、発達障害の人は〝ガラスのハート〟と総称されるほど、気分の浮き沈みが大きいのです。極端な例えですが、〝とても喜ぶ、少し喜ぶ、少し悲しむ、とても悲しむ〟といった段階分けがなく、もうこれ以上何もいらないと思うほど喜ぶか、もう生きていても無意味だと思い込むほど絶望するか、どちらかしかない状態があるんです。

 

 でも、その出来事が転機でした。頼れる人がいない境遇の中で、それまで自分の力でやってきたつもりでしたが、もうこれ以上周囲の人に迷惑をかけたくないと思い、二十四歳の時にようやく病院へ行く決心ができました。それもこれも、鬱状態からの脱出方法をそれまでの経験で会得していたことが幸いしました。相手がその場からいなくなっている以上、それ以上の悪化はないので、二週間ほど何事もなかったかのように過ごすという〝思い込み療法〟で少しずつ脳の働きを落ち着かせ、冷静さを取り戻すことができたんです。『脳内に過剰に分泌されるようになってしまった都合の悪い伝達物質が落ち着くのを待つ』という判断が意識的にできたということです。

 

 ちなみに、病院へ行く前に両親に精神科へ行くことを告げましたが、ここまできても全く相手にされませんでした。

 

 当時、住んでいたところから直近で一番大きな大学病院の精神科で診察を受けることにしたのですが、発達障害の診察で予約を入れたにも関わらず現れたのは普通の精神科医でした。自分は専門医じゃないと言って、適当な問診をした後「本物の発達障害の人はもっとひどいよ?」とニタニタしながら言われてしまいます。はじめからそんな空気だったので、いじめを機に障がいの自覚を得たことやクラスメイトの口真似をして喋り方の訓練をしたこと、認知力を高める為に日記を異常な期間続けたことなどは話す気にはなれませんでした。「それでもきみは違う」と言われてしまうと、例えそれが間違った診察だったとしても、医者からそう言われたという事実だけで八方塞がりに追い込まれてしまうのです。

 

 仕方ないので私は自分から、成人用知能検査を受けさせてほしいとお願いしました。

 後日、「WAIS-R」と「ロールシャッハテスト」と「バウムテスト」を一日で全て受けました。

 

 結果、やはり発達障害の可能性有りとのことでした。しかし、過去の記録がないので正確な診断ができないと言われてしまいます。両親がこの話に協力的ではない上に、今でも信じられないことなのですが、店舗兼住宅だった実家が引越し作業を日を分けて行っていたところ、留守の間に全ての家財が何者かに処分されていた為に、通知表などの過去の記録が私には何も残っていなかったのです。ちなみに盗難として警察には届けたそうですが勿論、荷物は一つも戻ってきませんでした。母は両親の形見を失ったと悲しみ、何故か近所のおばさんを疑うほど気が狂ってしまいました。

 

 話を戻します。診断はおりませんでしたが、可能性有りというその言葉だけで私は十分満たされました。可能性有り、それは私自身の見解通りでもありますし、テストの結果も数値的にみて予想通りでした。何より、私は手帳がほしくて病院へ行ったのではなく、自分は健常者なのか障がい者なのかで、もう悩みたくなかったから行ったのですから。だから発達障がい者としての診断を下さいとも言いませんでした。ちなみに、テストの結果を匿名でネットで晒したところ、発達障害の診断を頂いている人から「自分より酷い結果だ」と言われてしまい、その時は思わず笑ってしまいました(笑

 

 この過去の話もそろそろ終わりです。

 

 その後、私はアパートを退去し、日記帳と思いつく限りのものをもって放浪の歩き旅に出ました。いきなり話が急展開したように思えるかもしれませんが、ちゃんとわけがあるのです。

 

 私はこの頃から、社交性を身につける為には知識で考え方を補うでもなく、体で覚えるのでもなく、〝それらの根底にある感覚や神経の働きの調整方法を会得すること〟が要だと考えていました。頭使っても体使ってもダメとなれば、あとは感覚しかありません。その為にもまず、脳に新しい刺激を与えて活性化させることが必要だと思っていました。だからまずは感覚の欲するがままに従ったのです。というのも、私は子供の頃からずっといつか旅に出たい思っていたんですよ。

 

 愛知県から静岡、東京、埼玉と、野宿暮らしで歩いていた期間は一ヶ月ほどですが、私の想像通りの成果が得られました。

 

 感覚のコントロール法を会得できた実感があり、それを証明するかのように、新天地の職場では仕事で大活躍ができたのです。

 

 仕事の会話や雑談も落ち着いて、というより、意識しなくても普通についていけるようになっていました。ケアレスミスも人並みの頻度になりました。新天地でも前の一人暮らしをしていた時と同じ仕事についたのですが、自分で客観的にみても他の人より良い仕事ができていましたし、自分ならもっといい指示が出せると、自らリーダーに志望したほどでした。その後、親しくなれた先輩からの誘いもあって、ずっと念願だった〝スーツを着て会社に出勤する〟という〝普通の人生〟を手に入れることができたのです。今ではお嫁さんもいます。


 全部書くとそれだけで一冊できてしまうので、主な要点をざっくりとまとめましたが『発達障害相応の人生』は想像できたでしょうか。

 これから記す訓練方法とは、こうして見出せた方法なのです。歩き旅はしなくていいので忙しい方もご安心下さい。

 

 私は長いこと日記を綴っていたこともあり、常に言葉と向き合おうと、今ではネットで小説などを書く物書きをしているのですが、私が半生をかけて会得したこの感覚の使い方をいつか文章で記し、公開することを目標の一つとしていました。

 歩き旅を通して会得できた感覚の使い方と、同等の効果が体感できる訓練法は数年前に特定していたのですが、今までずっと一人で検証していたんです。

 何せ未だに原因もこれといった解消方法もわからないとされている発達障害の分野に医者でもなんでもない私が「普通のように生きられる訓練方法」などという大それたテーマを提唱しようとしているわけですから、慎重にもなります。

 だから言わせて下さい。粗筋では「ズバリお答えします!」だなんて大口叩いてますけど、私の提案する訓練方法は〝誰にでもできる〟というだけで、〝誰にでも効果がでるか〟と言われればそれはわかりません。

 私は所詮、可能性有りと言われているだけで実際には発達障害とは無縁の存在なのかもしれません。しかし、実際に発達障がい者の診断を頂いている人が私の診断結果をみて自分より酷いと思われたことや、発達障害のお子さんを持つ知人がある日私に対して発達障害だと言ったこと、そしてこれまでの人生を振り返っても、私が平均的な感覚の人間ではないことは明らかであり、そんな私が苦難の末に平均的な人よりも良い成果を出せるようになったこと……それは事実なのです。

 

普通の人のように生きられる訓練方法

 お待たせしました。いよいよ本項にてその訓練方法を記します。

 この訓練を試行すれば、普通の人の感覚と発達障害タイプな人の感覚、両方の感覚を体験することができます。

 その二つの感覚の情報を比較に使えば、誰でも普通の人の感覚がわかりますし、逆に、発達障害タイプな人の感覚も知ることができる、というわけです。だから自分は普通だっていう人も是非やってみて下さい。貴方からみておっちょこちょいで仕事ができない人がどういう感覚で生きているのか、きっとこれでわかるでしょう。

 では、最初に準備をしてもらいます。次の状況を整えて下さい。

 

準備
  • コップに水を入れてテーブルの上に置く。
  • 貴方はテーブルの椅子に座る。

 水ではなく飲み物ならなんでもいいです。テーブルではなくコタツでもいいですよ。
 手を伸ばせばコップに手が届く状況を作って下さい。

 

 では始めます。所要時間は五分から十分ほどです。


水を使った動作確認

【動作1:感覚A】

  • コップを手に取って水を一口飲んで下さい。少量でいいです。
  • 飲み終えて、コップを元の位置に戻したら次に進んで下さい。

 

【動作2:感覚B】

  • コップを手に取って下さい。一秒経過後に次に進みます。
  • コップを口に運んで一口飲んで下さい。一秒経過後に次に進みます。
  • コップを元の位置に戻して下さい。

 

 今、〝動作を3回に分割して〟コップの水を飲みましたよね?

 同じ要領で、動作を50回程に分割して試行して下さい。

 面倒ですが真剣にやって下さい。分割するタイミングは任せます。

 コップを認識する、右手で掴もうと思う、右手を少ししずつ持ち上げる……といったコマ送りのような動作でいいんです。

 可能な限り沢山分割して下さい。そしてやり終えたらなるべくすぐに次に進んで下さい。

 

【動作3:感覚C】

  • コップを手に取って水を一口飲んで下さい。少量でいいです。

 お疲れ様でした。


 ではまず、それぞれの感覚が何だったのかを説明しますね。

 

【感覚A】

 指示通りにやったのなら、貴方のいつもの感覚のはずですよね。

 

【感覚B】

 これが本書の定義でいうところの〝普通の人の感覚〟なんです。「いや、あんなに面倒な感覚で生きてない」って思われるでしょうが、〝動作を分割して行ったこと〟がポイントです。普通の人は〝無意識〟の中で〝脳からの命令信号を連続的に送信〟しながら活動しているんです。

 

【感覚C】

 これが発達障害タイプの感覚です。感覚Aと同じやり方だったと思いますが、感覚を分割したBとは違い、〝一回の信号だけで動作を完了したこと〟がポイントです。感覚A=感覚Cではありません。感覚Cを試行した際、直前に行っていた感覚B試行の疲れのせいで、動作信号はほぼ一度だけの送信で済まされたはずです。

 感覚の使い方は2種類あるということ。それがこの訓練をする上で必要な情報です。

 

 普通の人と発達障害の違いとしてよく〝足がなくて歩けないのと同じ〟と言われることがあります。でも実際に足はあるので、言い訳みたいに受け取られることもあるのですが、感覚Cの人にとって感覚Bのような神経の使い方は体験がないので、歩き方を知らないってことなんです。

 

 ケアレスミスが絶えないので「落ち着いて」「集中して」とよく言われますが、感覚Cのまま落ち着いても集中しても、感覚Bのように信号や動作を分割するわけではないのであまり意味がありません。いつもの感覚でゆっくりやろうとするだけです。そうですよね? 貴方自信もよく知っているはずです。感覚Bの人も、何故いつも焦るように動作するのか理解できません。感覚を分割するなんて考えたこともないでしょう?

 

 発達障害タイプの人は長い工程の作業でも説明を一度聞いただけで全部わかったつもりになってしまうことがあります。わかったつもり、なので実際にやってみるとできなかったりします。その時になるまで本人にも予測できません。それは何故かというと、感覚Cみたいに情報を一つの塊のように認識してしまっているからなんです。

 ちなみに、その特異な認識が平均から外れた発想を生むこともありますが、それはまた別の話……。

 

 今度は頭の中を道路に置き換えてみましょう。記憶や知識、情報やイメージ一つ一つを車だと思って下さい。

 感覚Bの人の頭の中は、標識や信号、道路交通法などが整備されている世界です。交通事故もあまり起きません。

 感覚Cの人の頭の中は、標識や信号、道路交通法などの整備がされていない世界です。車は好き勝手暴走するように走っています。

 

 補足はここまで、訓練の話を進めます。

 

 先に試行した『水を使った動作確認』の要領はわかったと思います。特に〝動作Bと動作Cの感覚の違い〟をよく覚えておいて下さい。自信がないって人は「忘れない忘れないと……」と自分に暗示をかけるくらいのつもりで頭に刷り込ませてください。

 ではこれからは日常の中で同様の動作をしていきます。ここからが訓練です。

 歩く時、ドアを開ける時、物を手に取る時など、状況の許す限り、【動作2:感覚B】の時のように〝動作を分割〟して行って下さい。学校や職場にいる時は人目に付くので、はじめは在宅中がいいかと思います。

 最初は動作がスローモーションになるくらいで丁度いいです。しんどいと思いますが、丁寧にやるのが第一段階です。コツがつかめた実感を得てきたら普通の速度でやるようにして下さい。これも結構疲れると思いますが、その第二段階になるべく時間を使って下さい。第三段階では、第一段階と第二段階の両方をやって下さい。交互にやっても、突発的に切り替えてもいいです。なるべく多くのパターンで試行して下さい。

 

 もしこの方法があなたにピッタリでしたら、早ければ1~2週間ほどで効果が現れると思います。

 先の道路の例えで言うなら、この『水を使った動作確認』は、いわば〝頭の中に一本の国道を築き上げる工事〟なのです。間違いなく自分の意思で車のコントロールができる道路が一本出来上がれば、あとはその道路を基準に少ししずつ拡大していけばいい、という解決イメージです。

 例えばレジ打ちでしたら、お金をきちんと数えてやり取りができるようになります。帰宅してから次の番の人にレジが合わないなんて連絡が来ることも人並みになるでしょう。人と話すことでも、相手の話を聞き取って、頭の中で分析して、考えた意見を返すことができるようになります。急かされた状態になって声にならない言葉をボソボソと言うこともなくなります。勉強や読書だって文字が全部頭に飛び込んでくるなんてことはありません。一行ずつ、やろうと思えば一文字ずつ、行を追って読むことができるようになるんです。

 それらの実感を通して、やがて今の自分にできることと、できないことが信憑性を帯びて解るようになります。自分の可能性だって明確にイメージできるようになります。そして、自分のやりたいことができるようになる為には、どのようにステップアップしていけばいいのか、という当り前の人生設計もできるようになるのです。

 

 克服までのビジョンは持てましたか? いいでしょう、これ。

 水とコップを使った試行は一回やればいいだけです。あとはその時の感覚を意識しながら、日常の中で同じことをしばらくの間、試行するだけでいいんです。

 お薬だって飲まなくてもいいんです。

 

 もう一つ、この訓練方法の優れた点を言うなら、それは価値観を侵害しないことです。

 貴方がどんな価値観をもって、何を目指して生きていようとも、この訓練方法は相手を問いません。

 貴方は、今の自分のままでいいんです。


 以上です。如何でしたか?

 こういうのを待っていた!という人はラッキーでしたね。未来の知識を得た気分でしょ?

 私自身、今でも集中したい時は今回の訓練を適当な動作を利用して少しだけやっているんです。

 期待してたけど自分にはちょっと……という人はごめんなさい。重度の症状が出ている人には通用しないかもしれません。流石に、自信ないです。

 異なる感覚の情報は、比較として活用するといいと思います。

 

 私は別に人助けがしたいわけではありません。

 人間は一種類じゃないってことを、ただ証明したいだけなのかもしれません。

 ただ、自分の子供の世代では、同じ不幸を引継ぎたくないと思っています。

 「がんばれ」とか「努力しろ」とか「甘えるな、怠けるな」といった応援や罵声では、決して乗り越えられない隔たりがあるんです。

 黙っていれば、間違いなく不幸は繰り返されるでしょう。

 そんな未来を阻止しようと、〝人間を理解した社会作り〟を築き上げる為に、今も大勢の人が頑張っています。

 

 私は自分の体験を通して得た知識を語ることしかできませんが、本書もその一助になれば幸いです。

 

あとがき

 どうも、雪くじらです。

 後書きはいつも活動報告でやるんですが、本作に関しては作品の最後に置かせて頂きます。

 まずは、アクセスと読了、ありがとうございましたと言わせて下さい。

 これを書いている今はもう落ち着いていますが、掲載当初はこんなにもアクセスがあるなんて思ってなかったんです。

 発達障害は私にとって重要なテーマですが、無縁という人ばかりでしょうから、アンテナが立つ人は少ないだろうって思ってました。

 Twitter上では #発達障害 というハッシュをつけて宣伝したので、そっちからのアクセスは期待してましたけどね。少なくとも、なろうユーザーからのアクセスは全く意識してなかったんです。まぁ、ご協力お願いします、とは書きましたけど(笑)

 だから、こんなにもポイントが入ってるなんて、ほんとに驚いてます。潜在的な関心の高さを垣間見た気さえします。

 

 私は本作に沢山のメッセージを込めました。

 自分のありえない半生を晒し、誰かの励みになればという気持ちもありますし、一部の定型さんに向けて、甘えとか怠けじゃねぇよ!っていう怒りも含めました。大袈裟かもしれませんが、感覚の違いの解説は、今の人間社会の仕組み、その根底に近い部分の片鱗にさえ触れる話だとも思っています。

 今日も、発達障害の概念は少しずつ社会に浸透しています。定型と非定型のポジションが逆転する未来があってもおかしくないと思います。

 

 でもこれから先、どれだけ文化が進歩しようとも〝人生を豊かにするのは自分次第〟という性質は変わらないと思います。政治家でも、会社員でも、フリーランスでも、無職でも、〝自分の正しい〟を形にする努力を放棄したら、きっと人生はつまらなくなると思います。
 
 私のような非定型な人は、〝普通〟というステータスに憧れを持っている人もいると思います。でもなかなか上手くいかない……だから正体を隠して、まるで社会に擬態するような気持ちで生きてる人もいるでしょう。そして、自分自身や社会に絶望して、不健康な生活を送っている人も少なくないと思います。そんな非定型の現状を知っているからこそ、これからの人生に希望が見出せないって人も多いと思います。
 頭の中でいつもショッキングな事件が起きてるって人は、私だけじゃないでしょうね。

 

 私からの生き方に関する提案なのですが、非定型な人は、何かのエキスパートを目指すといいと思います。プロになってお金を稼ごうって話じゃないです。

 非定型な貴方は、普通という土俵の上ではどうしても定型に負けてしまいます。非定型ですからね。振りはできても、一時の間、周囲と自分を騙せるだけです。

 でも、〝プロを目指す努力の人生〟という土俵の上でなら、定型も非定型も関係なく、対等になれるんです。

 未知の可能性に挑戦する困難や、そこに求められる勇気は、自分との戦いといえる性質が多いですから。

 そのルートは、仕方なく普通に合わせる必要はありません。「こうあるべきだ!」っていう自分の可能性を好きなだけ追求できます。

 しかもぜーんぶ自分のやり方でいいんです。

 楽しそうでしょう? 人生は努力した方が楽に生きられるってことです。

 

 私も人生を通して、〝普通のプロ〟を目指しました。中学生の頃から今まで15年、ずーっと同じ事を考え続け、思いつく限りの事を全部試して、そして今、こうして自分の考えを文章に表すことができるようになりました。自分の能力を活用して何かを生産できるって、すごく楽しいです。
 目指すのは何歳からでもいいはずです。そりゃ若い内からの方がいいと思いますけどね。もう遅いとは思わないで、エネルギーの扱い方は貴方次第なんですからね。


 最後に、後書きにまでお付き合い下さり、ありがとございました。

 他の作品では小説なども書いていますので、またどこかでお会いしましょう。

 

読者からいただいた感想 

感想その1

【良い点】

一般に判りにくい事を、判りやすく書いてあります。
ご自身の体験を正確に具体的に書かれていて、参考になりました。

【一言】

会社に発達障害の社員がおり、周囲と感情的な対立を起し、対応に苦慮した経験があります。 発達障害者の支援施設で、専門家の協力を得て、現在は問題の殆どは解消しています。 そうした体験から、今後の為にも参考にさせて頂きました。 こうして書いて頂いた事に、心から感謝致します。

【年代】

50歳~59歳

 

感想その2

【良い点】

自分が発達障害ではないかと悩んでいる者です。

過去の体験がわかりやすく書いて有り,とても参考になりました。

訓練も,最初のお水の段階をやってみましたが少しだけ普通の感覚が分かった気がします。

【一言】

25歳の女です。うつ病と診断され,休養の中で自分の性格に対する問題を今まで重視してきました。

アルバイトとして社会復帰をしましたが,その中で自分の仕事のやり方,日常生活の中での動き方,他の人との違いを意識するようになりました。

とはいっても,軽度だと思います。

酷いいじめを受けた事も,悪意を向けられた事もあまりありません。

ですが,自分で気付いてしまうのです。そうして,気分が落ち込み仕事も休みがちになり,うつの症状がぶり返してきます。

この作品を読んで,自分の行動をもう一度見直そうと思います。とてもためになりました。ありがとうございました。

 

感想その3

【良い点】

感覚の区切り、ものすごく参考になります。

私も感覚C型がしっくりきました。自分自身でも興味のあることは信じらんないくらいの速度でこなしたり対人でも対応で来たりすることもありますが、どうも認識が違うという所はこういうところから来ているのかも知れません。確かに一度型を作ってしまうとなかなか抜け出せないですし、同じ指示を受けてもほかの人とは違う結果になったこともよくあります。

【一言】

このB型の訓練というのは意識しても初めは発達障害の方はできないのでしょうか。普通にできた私は発達障害ではないのでしょうか。

 

感想その4

【一言】

父も同じ可能性ありと言われ、苦しめられて

自殺も考えました。

一度切れてそういうと

「じゃあ駄目にしたらしたらえ~やん」とか言われて

泣きわめくほどつらい経験をしました。

人の話を聞かず(聞けず?)変わってほしいという願いも

届かず、「ずっと信じても無理か」という

認めたくない気持ちが負けてきてしんどかった

でもこの筆者のように父がかわれるのなら

どんな可能性も信じたいと思いました

 

感想その5

【一言】

なんですかね、今まで繋がらなかった神経がつながったんでしょうか。

おそらくこういった動作の分割だけでなく、旅行や文を書く読むも改善に繋がったんだと思います。

あと、薬漬けが問題になっていたりもしますし強い薬を飲むのはアレですが、ほとんど効果がないような弱い薬でも信じて飲めばプラシーボ効果が期待できますんでそういう方法もありだと思います。

とにかく欝でも発達障害でも過度なストレスがこういった改善を妨げて、感じ、動かし、考えることが改善につながるんじゃないかと。

バランス感覚などの運動神経は子供の頃に形成される部分が大きいですが、脳の中枢神経は歳をとっても使った部分はそこそこ成長するそうなので、むしろ20、30代の方が上手く頭や環境を使える分発達障害も改善しやすいかもしれませんね。

以上若輩者の経験と知識に基づく考察でした。

【年代】

18歳~22歳

【性別】

男性

 

感想その6

【一言】

私は此処の小説を読んで自分が発達障害ではないかとおもい診断をうけました。

発達障害の診断がでました。

症状は此処に書いてない事は、地名や道順が覚えられない・覚えても同じ場所に違う道順で行く道が良く理解できません。違うことは分かっているのですが、理解できないのです。

時計が高校3年あたりまで理解できませんでした。デジタルと普通の時計が同じ時間を示しているのが良く理解できず、門限がなかなか守れませんでした。特にデジタルが理解できませんでした。今もたまに分からなくなります。

家族に名前があるのが今21歳なのですが、20歳まで分からず、姉に聞いたらびっくりされました。

例 祖父・おじいちゃんが名前だと思っていました。

皆に呼ばれているのが、名前だと思っていました。なので姉の名前はわかっていたので、家族は気がつかなかったみたいです。

年がとると年齢がかわるのは分かるのですが、数字が変わるので家族に確認を取らないと年がいくつなのかが分からなくなるのです。

住所が書いてないと分かりません、今住んでいる住所が文字では覚えられないのです。同じところに人生の半数は過ごしている場所でもそうなのです。

まだあるかも知れませんが、姉と話して人と違うところを話したらこれだけ出てきました。

医者は、脳の記憶の部分が機能していない所があるのだろうといっていました。

それでも自覚症状が無く、此処に書いてあるのを見て当てはまる部分があると思って、姉と父に相談したら色々調べてくれて、病院にこの前連れて行ってもらったんです。

父は私が仕事に色々応募しても面接で落ちて、せっかく就職できた場所も二ヶ月で首になってしまって、「俺が定年したら家族全員を食わせることが出来ないから、全員で首をくくることになるだろうか」と一回言うほど、心配していました。

おそらく、父以外は発達障害だと思います。

母は、私が幼い頃父がおかしいと思って病院に連れて行こうとしたら大反対したそうです。あの頃、仕事が忙しいからといって、あきらめる事をせずに連れて行けば、お前が此処まで苦労する事も無かっただろうにと謝ってくれました。

おそらく家族の中では私が症状が重いほうだと思います。母は発達障害だと思いますが自分を普通だと思っていると思います。正社員の仕事に就けてるのでそう思っているみたいです。

今では母以外は私が発達障害だと理解してくれます。

もう少しで、障害手帳というものがもらえるそうです。

そしたら、仕事を探そうといってくれています。

未来が明るくなりました。

有り難う御座いました。

【年代】
18歳~22歳

【性別】

女性

 

感想その7

【悪い点】
>しかもドリャ降りで
ドリャ降り→ドシャ降り 土砂降り
snowhaleさん独自の表現と言う事でしたら間違いではないと思いますが、一応。
というか今の文章じゃないんだから修正する意味がない、という考え方もありますが、やはり一応。

【一言】

参考になる、という言い方が正しいのか分かりませんが、参考になります。
主に自分の考え方が本当に論理だっているか、という自問自答に。

【年代】

23歳~29歳

【性別】

男性

 

感想その8

【良い点】

旅の体験の中で思った事、感じた事が、そのまま書かれているので、発達障害のある人が、どのように考え、行動するかが、とても参考になりました。 

【一言】

前にも感想をお送りしましたが、私の会社には発達障害の社員がおり、その社員の事が周囲との調整をしています。

今回、旅日記を読んで判ったのは、発達障害の人が不得意なのは、その場でリアルタイムで考え適切に対応する事なのですね。

この日記のように、後から思い出して見直せば、考え方にも全く奇異な点は無いのです。 ですから、対応に時間がかかる点と、振り返りの機会があれば、周囲との問題なく対応する事が出来る事に気づきました。 気づきのヒントを頂けた事に感謝致します。

【年代】
50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その9

【良い点】

こんにちは

読んでみて、気づくのは、とても細かい事まで覚えてられる点です。 若い人の記憶は良いのですが、それ以上に詳細まで記憶されている点を感じます。

それがとても良く判るのが、一旦 書いた記録を読み直して、修正されている部分です。 ここで気づいたのは、おきている状況を、そのまま感じ記憶しているような感じです。 私の場合と比較すると、私は体験しながら自分の過去の記憶を付き合わせながら感じています。 

この良い点は、過去の記憶から予測や判断が出来る点ですが、一方で その場で起きていることを、十分感じたり記憶する事が出来ない点は欠点になります。

【一言】

読むたびに、色々な発見があります。

今後も楽しみにしています。

【年代】
50歳~59歳

【性別】

男性

 

感想その10

【一言】

こんにちは

前回と合わせて読み直してみました。 気づいた点は、〝できる事、可能な事〟というお話です。

確かに、これは話していて、表現の違いを感じます。

私の会社での体験です。査定の面談に於いて「不得意な事と、得意な事を教えてください」と聞いた事があります。

これは、普通の社員ならば、どちらも具体的な事例を話してくれるので、それに対して不得意な事には実現へのアドバイスを、得意な事については改善点を話す事が一般的な面談です。 ところが、発達障害がある人の場合には「不得意な事はありません、得意な事は仕事の全てです」と回答が返ったので、とても驚いてしまいました。

今回のお話を読んで、そのように回答する、考える背景が良く判りました。改めて私の質問を見直してみると、体験を聞いているようでありながら、その人の価値観を確認しているのだと気づきました。

当人がもっている価値観をきくのではなくて、具体的な仕事の中での事例を取り上げて上手く行かなかった事や、上手く行った原因を話してみるのが良いのかもしれません。

一般的な人は、行動しながら、常に自分の体験や評価軸と突き合わせて、体験にラベル付(評価)をしながら記憶の引き出しに収めてゆきます。それ故、集中力は落ちるのですが、体験の整理は同時に進みます。

 一方で発達障害の人が、どのように自分の体験を記憶し、それらを整理しているのは、なかなか判りにくいもので、そのギャップがある故に、何が問題かを理解してもらい改善する為の指導が難しい場合があります。 

Snow whaleさんのように、読み物のして整理しておくのは、周囲には判りやすく、共感を得やすい方法と思います。

今後も、お話を読みながら、どのように考え、どのように体験を自分の中で整理してゆくのかを、発見してゆきたいと思います。 

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

 

感想その11

【良い点】

こんにちは、今回も色々と参考になりました

>『旅の話、入りませんか?』

もしかすると、音からそのまま書かれたのでしょうか?

日本語は、一文字に複数の読みがあり、同音にも複数の表記文字が存在する、稀有な言語なのですね。日本語を読み書きするには、考えながら読み書きが必要で、同時並行作業になります。 

【一言】
>昨夜は休憩室で寝ようとしたんだけど、ちょっと騒がしい若者が入って来たもんで、仕方なく駐車場の傍でテントを張って寝る事にした。

こういう気遣いは、きっちりとできるのですね。

むしろ、普通の人以上に、気を使う事が出来るのだと思います。 それにも拘わらず、気遣いが出来ないと誤解されやすいのは、前回もお書きになったように、思った事をそのまま言ってしまう事の印象が大きいのかもしません。 多くの人は、一番強い印象で、相手を見てしまし、その印象は中々変わりません。

前回のお返事にお聞きになられたように、発達障害という言葉でひとくくりには出来ず、人の数だけ色々な見方や対応の仕方が必要なのだと思います。 それは発達障害に限らず、実際には、その傾向が無い人だろうが固有の対応が必要なのです。 但し、なぜそれが難しくないかと言えば、一般の人の方が、対応行動のパターン化が容易だからと思います。

今後も楽しみにしています。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その12

【良い点】

こんにちは

今回の旅のお話も、とても参考になりました。

一つは、初対面の人に対して、お話したり、気遣いすることが、とても上手くできている点です。もしかすると相手の人は違和感を感じた場面があったかもしれませんが、色々な話が出来て、相手の言葉も受取っているならば、それは とても良い会話なのだと思います。 初対面の人との会話は、一般的な人には却って不得意な場面で、何をすれば良いか考えすぎて気づまりになったり、それを恐れて話しかけない、関わらないのが普通です。


【一言】

前回 お書きになった、マナーや気遣いの獲得プロセスについて、自分の経験から考えてみました。

一般的には、マナーには型があり、状況設定に応じて使い分けます。 それは多岐に渡るので、少しづつ積み上げて獲得してゆきます。 これを皆さんが得意かと言えば、そうでもなく、若い人のコンビニ敬語のように、形は有っても心が無いような反射的な言葉にもなってしまいます。 または逆に、相手の反応を気にし過ぎて感情が不安的になったり、精神的に疲れてしまう場合もあります。メールへの過度の依存や、仲間外れは、型やマナーのネガティブな面だと思います。

私の獲得プロセスでは、小学校での挨拶から始まり、親に代わり親戚づきあいをする中で口上や決まり文句を覚えていった気がします。定型を覚えるのが初級で、それを変形し応用するのが中級と思います。 その中で、相手の反応をライブで感じて、内容を適宜に変化できれば上級なのだと思います。 これは挨拶に限ったものではなく、披露宴のあいさつ、講演会、授業、はてはライブコンサートまで共通のやり方だと思います。

発達障害の人の場合には、初級段階で躓いて、その先に進めないのが社会との関わりで問題になるかもしれません。 私の会社の例では、彼は40代後半なので、通常に考えれば、挨拶もマナーも出来て当然で、採用では専門的能力で判断しました。

当初は、仕事の能力も高く、専門知識も高いのに、なぜ人間関係で大きな問題が出るのかが判りませんでした。 しかし発達障害という言葉を知り、専門家の話しを聞くにつけて原因が判ってきました。 会社側の問題も、障害のある側と根本では同じで、「変な人」というラベル貼りで思考停止して、その先の何故に進めず感情的な対立に発展してしまう事が多いのだと思います。 また、感情的な対立の中で、発達障害のある人は、余計に自己の説明が出来ず努力が報われない状態で、防衛的な行動や自尊心を守る行動が、更に周囲への反感をまねく負の連鎖になる危険があると思います。 ですから、まず重要なのは、始めの誤解が解けるようなやり方を見つける事のように思いました。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

 

感想その13

【良い点】

こんにちは

今回は、旅の楽しさが読んでいて、とても感じられました。

前回の感想のお返事で、「一般人としての演技」という表現がありましたが、このような 素直な感情を伝えられるのならば、素晴らしいですね。

実際の行動そのものを見ていないので、推測でしかありませんが、奇異に思われない行動を選べて、自分の楽しいという感情を相手に伝えられるのならば、それは素晴らしい事だと思います。 それには、非対称も一般的の差異も無い様に思います。

東京で会う予定の友人は、今の奥様なのですね。

「宇津の山」は、歌枕で有名な所で、私も通った事があります。

「宇津の山 うつつかなしき道絶えて 夢に都の人は忘れず」

都の人を想うには、相応しい場所かもしれません。

【一言】

過去の記録を読み直して、それに対する感想を書かれている内容から感じた事があります。

私の行動では、記憶を思い出して、新たに乾燥や日記を書くと、過去の記録は無意識に

新しい記録で上書きされてしまいます。

それは、記憶を効率よくするのに行われるのだと思います。

しかし、記憶は上書きにより、容易に改変されてしまいます。

Snowhaleさんのお話を読むと、過去の記憶はそのままにして、新たに それに対して客観的な感想を述べています。

これは、「記憶の上書き」が当たり前な私にはとても難しい作業です。

頭の中でこのようにされているのか、書き方として成り立っているのかは、不明ですが、私には、とても新鮮な書き方に思えます。

非対称な人が、周囲と馴染めない原因の一つに、このように周囲の記憶は常に上書きされ、変わってゆく事についてゆけない事があります。 多分、非対称な人は、記憶は記憶として生のままの記録として保存しているのに、周囲は無意識に記憶を書き換えて変化してしまうのです。 そうでないと事実を言っても、書き換えられた「事実」は、自然に定着してしまうので、言い訳と誤解される場合があるかもしれません。 こうした無意識にやっている行為は、非対称な人だけではなく、一般的な人も行っている事に、最近 きづきつつあります。

教育の場でも、どちらかが一方的な被害者/加害者や、保護する側/保護される側ではなく、同じような無意識の行動が引き起こす問題があるのだと考えてみる事は重要だと思います。 どちらも無意識にやっている事があると気付けば、「お互い様」だという余裕をもった考え方が出てきます。 自分自身についても、非対称な人と比較して発見がある事に気づく事が、私の会社の中では良い方向へ向かうきっかけになったような気がします。

いつも発見のある読み物に感謝致します。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その14

【良い点】

こんにちは

文章全体から感じるのは、1.事実の記録、2.その時の気持ち、3.後日の振り返り という書き分けが明確にされている点です。 こうした書き分けで、読んでいてとても判り易い文章ですし、1回ごとの中で このサイクルがある事が、書き物全体が独特に雰囲気や味をもっているように思います。 目的地:東京へ向けて、お話全体が流れを持ち始めてきた感じもして、今後の展開が楽しみに思えます。

筆跡を拝見すると、とてもきっちりとした性格が判りますし、自分の為だけでなく見られる事を意識したノートなのですね。 もしこれが個人用メモだとしたら、私のメモなぞは他人には読めないものなので恥じるしかありません(笑)

【一言】

ご自身が、すでに決めている計画への変更の過程が、文章ではっきりと判るので、とても参考になりました。 私の場合を振り返るとは、考えながら行動して、例えれば連続的に小修整が行われている感じです。 もちろん振り返りのサイクルは、個人差もあれば、課題により異なるので一律には言えませんが、見直しの計画作成は、多くの人では周囲のフィードバックを受けながら作業と並行して行われていると思います。変更の実施するかは、行動をとめて決断されますので、決断の場合になれば、お書きになった状況と大差はないと思います。 結局は、決断の結果をみれば、あまり変わりもなく、どちらが良い悪いとは一概にいえないと思います。 お書きになったように、このようにご自身を振り返り、周囲との違いを客観的に把握して、調整をされてきた事は、素晴らしい変革だと思います。

今まで読んでみて、判ってきた事は、発達障害とは先天的な因子というよりは、環境による影響が多く、それも当人の気質以上に、周囲に認められない理解されない状況が引き起こしている事が良く判ります。 そのように考えられるのは、Snowhaleさんが自分が周知違うと自覚し、様々な苦労をしながら周囲と調整する方法を見つけてゆく過程からみえています。 しかし、多くの場合には、周囲の軋轢との中で、更に気持ちが引きこもって出られない事が多いようです。そこからの抜け出し方は、人や原因により様々と思いますが、Snowhaleさんのお話は、関係者にとって大変参考になるものです。

今後も、楽しみにしております。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その15

【良い点】

こんにちは

だんだん旅のお話屋さんらしい、内容になってきました。

体験に合わせた地図や写真もとても参考になります。

私も山歩きをするので薩埵峠は歩いた事があります。

薩埵峠駐車場から立花池まで約一時間、900mくらいを上る道で、途中は藪もあり、しっかりした服装と地図が無いと厳しいと思います。 そこから浜石山頂まで一時間、さらに由比駅まで降りるのにもう一時間 かかりました。 写真にも撮られていますが、駿河湾や富士も見て良い景色だったと思います。

【一言】

新しい事に挑戦と書かれていますが、何よりも凄いのは 自分が主体になって行動を起こして、それを継続している点です。

非対称でない人で、周囲と上手くやれると思っていても、自分が主体になって行動できなければ、ストレスが溜り鬱になる事もあります。 

Snowwhaleさんの御話を読んで、どこが一番 大きな方向転換なのかと言えば、自分が何か周囲と違うと思い医者に行ったり、不安でも自分で決断して行動を始めた所からなのだと思います。
この一歩を踏み出し続けられるかは、あらゆる人にとって、非常に重要な事なのだと思いました。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その16

【良い点】

こんにちは

人との出会いそのものを、旅の目的にするのは素晴らしい事ですね。 旅の目的がはっきりした途端に、文章にも弾みが出て、とても判りやすく共感を持てるものになりました。

まんじゅうの話も、とても美味しそうで、どこの饅頭なのか知りたくなりました(笑)

【一言】

長期の旅のランドリー、確かに重要ですね。

私も、山に行った時などは、下山後にランドリーがあるホテルを選びます。 そのまま汚れ物をもって帰りたくないですし、仰る通り フロは我慢できても 汚れた服は困ります。

カブ旅行に行かれるとの由、気を付けていってきて下さい。

二輪車でも熱中症は要注意ですし、狭い国道などでは、スピードの出ないカブは邪魔にされるかもしれません。

御帰り後のお話を楽しみにしております。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その17

【良い点】

雪くじらさん。

カブの旅行記 拝見しました。

一人称は「俺」にされたのですね。 旅行の雰囲気にあっている気がしました。

いきなりのバイクトラブル、そして熱中症、読んでいてハラハラドキドキでした。

読んでいて、その時の気持ちがつたわり、読み手に共感が得られるから、一緒にドキドキできます。 原付バイクだからこそ、見える風景や、大変さが伝わってきます。

大型トラックや、不注意な車など、本当に怖いですよね。

スマホナビは、徒歩と自転車には使えても、原付には駄目な場合があるのですね。

箱根越えでは、落ち込む気持ちを、分解して、一つずつ対処してゆくやり方は、凄いなぁと思います。 トラブルが起きた時の対処は、一般の人の方がパニックに慣れていないだけ弱いかもしれません。 ですから緊急時の対処法として大変参考になりました。

奥さんとのやり取りからは、温かい気分を感じます。

お二人の信頼関係が、とても感じられます。

【一言】

私も、先週末から、昨日まで家族と旅行に行きました。娘も、旅先で猫の写真ばかり撮ってツイートしていました(笑)本日から、仕事で海外(台北)へ行き、ホテルからの投稿です。

旅のスタイルは、様々ですが、思いもかけない事が起こったり、準備不足で反省したり、天候に悩まされたり、などのハプニングは同じなのだなあと感じます。
そして、雪うさぎさんの旅日記は、体験時の生々しさと、振り返ってからの見直し、そして体験の整理と、いくつもの過程があるのが、特徴と思います。
これからも、さまざまな出会いと、良き体験をされて、ご自身のスタイルを活かして、それらをお書きになる事を楽しみにしております。

【年代】
50歳~59歳

【性別】

男性

 

感想その18

【一言】

はじめまして。聖魔光闇と申します。

私は鬱病を発端として、精神科に通うようになり、カウンセリングの場で発達障害だと言われました。しかも、記憶の欠落が酷く、解離性障害があるとも言われています。

確かに専門分野に熟知すると(私の場合、介護ですが)、その症状は殆どみられず、逆に他の方よりも、良質な者になるようです。

ただ、いまいち、発達障害というものがピンとこなくて、私自身把握出来ていませんが……。

変な感想すみませんでした。

 

感想その19

【良い点】

こんにちは 後半 拝見しました。

戸惑いを感じたのは、後半といいつつ日付はさかのぼり、 前半・後半には時間的な前後関係はない点が、読んでから判りました。
前半はカブの旅だったのが 今度は徒歩の旅なのが、同じように読んでから判りました。

読者は、勝手に前の話を引きづっていますから、少しだけでも、前の話との関係を明示(独立ならば独立と説明)した方が判りやすいと思いました。 内容自体は前回とも独立しており、論理的な問題はないので、あくまで読みやすさやのレベルでの提案です。

【悪い点】

誤記報告です。

夜8:00: 球形所

【一言】

今回もワクワクする内容で、楽しみに読みました。

個人的には、大学がさいたま市(浦和)にあったので、今回の経路は、通学路でした。 自宅から 原付で、通っていたので、川口や安行の辺りのお話は懐かしく読みました。

圏央道や高速川口線の開通で、ずいぶんと新しい道が出来たので、判りにくくなり迷ったのも判る気がします。

歩きならば、旧中山道を蕨、浦和、大宮と行くと、古い町並みもあったかもしれません。 今更遅いですけれど。

今後も楽しみにしております

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

 

感想その20

【良い点】

5月4日 我慢のお話を興味深く読みました。

いつもながら、ご自身の体験を書いて、それを後から振り返り補足することで、ご自身と周囲との違い、問題がおきる原因についてお書きになっており、大変判りやすいですね。

【一言】

読お話を読んでみて、私の会社の事例にも当てはめてみました。

私の会社で何が問題になっているかと言えば、周囲の人間は「自分は相手に対して我慢しているのに、相手は全く我慢していない」ように見える点です。

具体的には、当事者の「周囲を気にしない行動や言葉(自分の仕事が済めば、周囲に挨拶もせず帰ってしまうや、思ったことを聞き手の気持ちを考えずに言葉にする)」や「挨拶や言葉がけをしない(実際には不得意だからできない」、「表情が固い(実際には緊張している)」これらがネガティブな印象を与えるのに対して、我慢し続けているのです。

一方では、当事者は、周囲に理解されない部分で必死に努力しているのですが、この部分は周囲には理解されません。たとえ努力が判っても、自分も我慢しているから当たり前と思われます。 実際には、一般の人以上の努力をしているのですが、それは判りません。

結局、お互いが判らない所で我慢し合っているので、我慢によるストレスは解消されずに溜まってゆきます。

これを解消するには、当事者が、発達障害という名前はともかく、自分が不得意な事や、一般的でない点を認めて、周囲に公開して理解を求められれば良いのですが、私の会社では当事者の強いプライドが、それを妨げています。結局、両方の言い分が判る人(私を含め)が、双方に説明をしてストレスが必要以上にたまらないようにします。

Snowhaleさんのお話を読んでいつも思うのは、ご自身の体験を公開されて、更にそれをご自身で見直して解説までされている点です。

こうした、自身の体験を、第三者の立場で見直せるというのは大変重要ですね。
私自身も、自分が出来ているようで、出来ていない事を気付かせて頂いています。
これからも楽しみにしております。

【年代】

50歳~59歳

【性別】

男性

  

感想その21

【一言】

こんにちは。自分は感覚調整の方しか読んでおりませんがとても参考になって助かりました。このような書籍が10年前にもあればとつい思ってしまうほどに。
発達障害関連でこれほどためになる書籍を読んだのも初めてです。近々自殺する予定なんでこれを試す時間が無いのが残念ですが、こういう書籍に巡り合えた事に感謝します。

【年代】

15歳~17歳

 

感想その22

【一言】

初めまして。内野と申します。

発達障害の方が、生活上、困難があって、それを自分で研究し、様々な思考や感覚を鍛えていく過程が、書かれていて、それが、文章自体が、変わっていく事にも、現れていますね。発達障害のタイプは、様々あると思うのですが、障害を抱えているご本人や、その方と接する方には、とても、生きていったり、接していったりという事の道について、参考になる貴重な作品だと思います。

どうしても発達障害の方に関する本は、ご本人にとっても、ご家族にとっても、自発的に生きるのを諦めなさい(あるいは、代わりに生きる事を他人が管理する事が大事)と言っているのに近いような内容が、多いような気がします。私の読んだ献威ある専門家の本では、発達障害の方に(自分の気持ちを)理解してもらう事を求めても仕方ありません。わかりようがないのだから、それは、いけない事だと、メッセージを送り、辛抱強く一つ一つ学習してもらうしかありません、と書いてありました。

そういう方法がいい方もいらっしゃるのかもしれません。

でも、そういう方法以外にも、道があるかもしれない。

そういう可能性を提示された事、本当に、先駆的な作品だと思います。

 

 

おわりに

 ここからは本記事掲載にあたるあとがきです。

 読了ありがとうございました。本文と感想文、合わせて26000文字強ありました。全部読んだ人はすごいです!

 

 本記事を掲載した頃の2013年のネット事情は、TwitterなどSNSが日本でも十分に定着していて、発達障害の個人ブログやまとめサイトも珍しくなく、発達障害のことがかなり社会に浸透してきたなぁという実感がわいてきた頃ですね。

 

 当時のネット情報を知りたい方はこちら。日付指定したGoogle検索のリンクです。

 

 当時の私は妻との新生活を始めるにあたり、貯金の為に実家に里帰りしていました。

 絵師である妻とは創作夫婦として生きていこうと話していて、自分はもっと文章力を鍛える目的で、小説を書いたり発達障害に関する発信をしていました。発達障害の社会認知度を高めたくて、グレーゾーンの境遇ではありましたが、発達障害という迷宮に迷い込んだ一人の当事者として、何か発信がしたいという気持ちも強かったです。

 

 『小説家になろう』は小説を掲載する上で利用していたサービスなんですが、小説限定というわけでもなかったので、発達障害の話も乗っけてみることにしました。アクセス的な狙いがあったわけではなく、なんとなくです。

 記憶違いでなければ、当時なろう上に発達障害に関する作品はあまりなかったと記憶しています。さっき検索したら一杯出てきましたが、当時ここでアクセスが稼げるとは思いもしませんでした。

 

 そんで話しのネタになったのがあのケアレスミスの改善法なわけですが、この頃はまだ説明の仕方を決めかねていました。

 書きながらあれこれ考えた末に、普通の人の感覚を体内から実感できる方法がいい…と思い、お水を飲む方法を考えました。

 でもこれは後々になってから、幽霊を呼ぶ儀式みたい…と思うようになって、もっとまともっぽい説明はないかと、掲載後もずっと考え続けていました。記号を用いた方法を思いついたのはこの時からだいぶ後だったと記憶しています。

 

 それから1年程して、転職を機にリアルに集中することになり、小説家になろうのアカウントは削除しました。

 発達障害の記事は連日3桁PV以上のアクセスが止まらない人気記事だったので、連絡をくれればバックアップデータを送りますと告知したところ、数名の方からデータ希望の連絡があったのを覚えています。(PVデータ、メールログ、共に紛失)

 

 そして2016年1月、いろいろあって個人事業主に戻ったことで、発達障害の考察にも時間が割けるようになり、何度目かのブログを始めました。妻には趣味に時間を使うだけではなく収入には繋げるという約束で、眠らせていたAdsenseのアカウントも復活。

 ブログの伸ばし方も考えつつ適当に記事を書いて、3月に『ケアレスミスはこう治せ!』を執筆。掲載後すぐにバズったのには驚きました。なろうに掲載していた記事を覚えていた方がいたのにはもっと驚きましたが(笑)

 ブログはそれまで2桁しかアクセスがなかったのに、一瞬で2万~3万のPVが集まり、今もデイリーアクセスで500PV前後を未だに稼ぎ続けてくれています。

 

 今回記事化しながらちょいちょい読み返していましたが、あれれ、今と大して文章力かわってない(笑) 構成もそっくり(笑)

 

 ……自分はほんとうに成長したのかと、考え込んでしまいました。

 

 

 では最後に、地獄からのコマーシャルです!

 

 この記事の進化版にあたるのがこちら、3年後の2016年に書いたこちら、

 

 であり、記事の反応まとめはこちら、

 

 であり、全ての発達障害考察のまとめが2018年に書いたこちら、

 

 であり、改善法だけを再校閲して一本の内容にしたものが、

 

 です。

 

 この改善法はほんっとに色んな方に刺さったようで、医療関係者含め職業や年齢を問わず、多くの方から驚きと感謝の言葉をいただきました。お名前は出せませんが、感想をくれた方の中には精神科医の方や、とある大きな会社の元代表の方もいます(;^ω^)

 

 本書の目次や読者ターゲットなど詳細は下記リンク先にてご確認ください。

 気に入ってくださったらぜひ買ってくださいね。

 


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