発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

感情は波の性質を有する話の要約版

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 来未炳吾の活動終了に伴い、ここ最近は未発表だった話の記事化に勤しんでいるのですが、全体を振り返ってみるた、心理校閲系の記事がなんとなく中途半端になってると思えました。

 というわけで、心理校閲の話の中でも特に大事な持論である「感情は波の性質を有する」という話を一纏めにして、ピンで記事にします。

 

 本記事を読むことで、下記の考え方が得られます。来未炳吾の考察に関心のある方はぜひお読みください。

  • 精神を病まない為の心構え
  • 病んでしまった後の対処法
  • 病んでいる人に対する接し方
  • 心を言語化する時に使う感覚

 

 

「感情」と「波」が似ているところ

 砂浜の波は、寄せて引いてを繰り返していますよね。ざぶーんざぶーん。

 感情もそれと同じで、一度大きくなった感情は、そのうち小さくなります。超絶楽しい気分も、嫌な気分も、はらわたが煮えくり返る怒りも、大きな悲しみも、時間の経過と共にいつかは必ず落ち着いていきます。

 波を「振り子」に置き換えても、同じように考える事ができます。

 

違うところ

 しかし感情は、砂浜の波にはない厄介な働き方を有しています。それは「波を求める」という性質です。

 楽しすぎたり、悲しすぎたり、怒りすぎたりといった、そういう強い感情の波が日常的に繰り返されると、平常時においても強い感情で満たされていないと落ち着かなくなってしまい、自分に対して大きな刺激を求めるようになってしまうのです。

 

荒れた感情を鎮める上で効果的なこと

 何もせずに寝るのが一番。徹底的に脳に刺激を与えないことです。光を見ない。音を聞かない。会話も最小限にする。楽しまない、悲しまない、怒らない。だから寝るんです。

 普段から、楽しんだ後や怒った後など、感情が大きく乱れた後は、必ず休息の時間を設けることを心掛けておきましょう。

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逆効果なこと

 刺激は全て、波に波をぶつけて大きくしてしまう行為となり、全て悪化に繋る、と考えます。

 例えば、鬱の時に楽しいことをするといった、正反対の感情同士をぶつけての打ち消しを狙う行為。これは最悪。その楽しい気持ちが引いた後に、また波を求めてしまい、それが満たされないことでまた鬱になります。繰り返しです。

 同じ悩みを抱えた当事者同士で会話をする行為も回復には通じません。共感は精神面への負担が増してしまいますし、そもそも会話は、その荒れた意識の状態を余計に定着させてしまう行為です。しかもかなり影響が強いんです。

 ネットでも精神を病んだ人の日常の書き込みをみていれば、楽しい気持ちや辛くて悲しんでいる様子を行き来しているばかりで、落ち着く状態から遠ざかっていることが目に見えてわかります。自らの意思で波を煽っているので、当然の状態です。

 

感情の正体とは

 自分の一部ですが、「別の生き物」です。実際、酷い依存症に陥った人は、あれは全く自分ではなかったと認識するくらい遠い存在です。

 その感情に支配されてしまっている時は、別の何かに乗っ取られていると、それくらいの認識を持って対処しなければ、人は狂ってしまうのです。

 

感動を煽り続ける社会は破滅する

 この社会にあるコンテンツは感情を煽るものばかりであり、そこに道徳や正義の在り処を求めています。悲しんだ人が救われる話。苦労が報われる話。不幸から幸せになる話……それらは全て感情を煽る薬物のようなもので、人体の意識に対しては全く優しくありません。

 そういう属性を有するコンテンツとは、お祝いの時などたまに付き合う程度にして、平常時はただの風景として、気に留めないようにしましょう。精神が荒れている人はそもそも視界に入れない方がいいです。