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ブログ開始日 2015年12月31日
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当ブログの発達障害に関する記述は当事者の体験に基づく考察です。ご了承の上でお読みください。
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発達障害考察ブログ HYOGOKURUMI.Scribble

言葉は嘘をつきません

あとがき:【PSO2二次創作小説】『LOST MEMORY -PHANTASY STAR ONLINE 2』

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前話 <12> エピローグ

 

あとがき

 本作のあとがきは、私がネットを始めたきっかけのところから語らせてほしいです。後半まで本作の話ではなく、私とPSOとの関わりの話ですm(_ _)m

 

 中学生の頃、私は自身の非定型言動のせいで嫌われすぎていじめられてしまったのですが、その時の体験を通して、自分は障害相当のコミュ障であることを自覚することができました。それから普通を意識することでいじめ状況は沈静化し、高校へも進学することができました。でも学力はなかったので、人柄のみの推薦入学です。

 私しか進学しない高校でしたが、人間関係をやり直したかったので都合がよかったです。

 しかしまた高校生活でも人間関係で大きな失敗をしてしまい、自信を砕かれた私は高校中退を考えるようになりました。その頃、両親の営む飲食店の経営も苦しく、私が働き手となる形で高校を中退することができました。

 

 家業に雑用のアルバイトとして勤めた私は、先の人生になんにも希望を持てないまま生きていました。でも仕事の後、小学生の頃からの友達と夜に遊んだりしている内に少しずつ元気が出てきて、もう一度頑張ってみようと思うようになりました。社会復帰したくなったのです。

 

 しかしその点において、家業で働く生活には大きな課題がありました。

 

 早い時は朝6時頃に起きて、遅い時は夜の23時頃まで仕事でした。休憩時間はランチタイム後から夜までの間の、14時~17時。その3時間も仕込みや食事、買い物などで2時間くらいしか残りません。その生活が火曜日から日曜日まで。自分以外にアルバイトはいないので毎日会話をするのは家族のみ。

 他者との接点は接客のみで、他人と会ったり標準的な会話をする機会がありませんでした。ニュースも新聞やテレビを通して知るのみ。ちなみに当時の両親は熱心な創価学会信者で、定型的な会話も難しい人たちでした。

 

 なんとかして今の生活のままでも、他人と交流をする方法を見つけなければ、と思いました。そうして見つけたものが、定価10000円となった『ドリームキャスト』というゲーム機と、「ファンタシースターオンライン」という家庭用ゲーム機初の本格オンラインゲームでした。

  • オンラインゲームなら家にいながらいつでも他人と交流できる。
  • ゲームは好きだから共通の知識で会話ができる。
  • 人間関係で失敗してもキャラクターを作り直せば別人になって復帰できる。
  • チャットログは読み返せるから会話の練習や考察に都合がいい。
  • 将来的にはパソコンを買ってネットとパソコンができる人になれる。

 

 など、今の自分にぴったりだと思い即購入し、私はネットゲームの世界にデビューしたのです。当時はネット接続やパソコンに詳しい知人がいなかったので、すべて独学でした。

 それから私は、DCPSOver1、DCPSOver2、GCPSO、XboxPSO、PCPSOBBと、一通りPSOの世界を渡り歩きながら他のプレイヤーと交流して経験値を積み上げていきました。

 

 最初の頃は誰と遊んでいてもトラブルが起きました。フレンドリーに会話できるのは最初だけで、何度か遊ぶとそのうち相手が急にいなくなって孤立してしまうんです。当時はその原因がわからなかったのですが、例えば「ははは」と一言返すだけでいいのに「はははははははははははははははははははははははははははは(文字数一杯まで」と不可解な返答をしたり、いきなり下ネタを言い出したり、説教じみた話をしたり、先輩面したり、発狂しながらヒロイックな話をしたりと、感情任せな言動に周囲は疲れたり呆れたりしたのだと思います。長く遊べた人もいましたが今思えばメンヘラ系の方だったのかもしれません。

 そういう言動が周囲から嫌悪されることは学生の頃の経験から理解していました。でも自分の本心のままに話すとそういう言動が出るのと、なぜそのような言動がよくないのかが知りたかったので、私はあえて自分に正直な振る舞いで人と関わり、周囲から下される評価や指摘を受けて、わからない部分を理解しようとしたのです。

 

 トラブルを起こす度にチャットログを読み返して、自分の発言の何が悪かったのかを考えました。そうして気づくことは大体、自分の常識感覚的にも理解できているはずのことでした。それを失言だと認識できる知能はあるのに、言ってしまった時だけわかっていないという、不思議な状態が自分にはあるのだと考えました。これは後に言語化する「あぶり出し型脳」のことだったと思います。

 そういう体験を通して自信をつけた私は、『一ヵ月誰ともトラブルを起こさない』という目標を立ててプレイすることにしました。達成までに半年くらいかかったと記憶しています。そうして『三ヵ月トラブルを起こさない』という目標を立てたあたりから、失言や人間関係のトラブルの頻度がぐんと下がりました。

 

 それからも私はFF11など他のオンラインゲームを体験しつつ、その中で人間関係と向き合い続けました。

 最終的に「トラブルの頻度が下がった」と言えるだけの学習成果はありましたが、それはネットだけで言えることで、リアルの方ではお店に来たお客様に失言をしたり、一人暮らし生活では同僚のストーカーになってしまったりと、非定型行動が収まらなかったので、「リアルで必要な感覚は育たなかった」と言う他ありません。

 

 その後、リアルで放浪旅に挑戦したことをきっかけに障害特徴を大きく改善させることができました。後に気が付くのですが、オンラインゲームでの経験を通して「文通型の感覚」がとても鍛えられていました。

 そして当時の恋人であり後の妻となる相方が絵描きだったので、私は自分が伸ばしてきた言葉と向き合う力を種に、物書きを目指していました。

 

 そうしてこうして、ようやく本作の話と繋がりますm(_ _)m

 

 私は小説のプロットが作成できるようになりたくて、またPSOの世界に戻ることにしました。数々の気づきをもたらしてくれたPSOの世界なら、創作力のことでも、新しい気づきが得られるのではないかと思ったのです。

 

 最初にPSOver1をプレイしたのが確か18歳くらいの時。最後にPSOBBをプレイしたのが確か24歳くらいの時。で、本作の為に復帰したのがPSO2で、それが2013年頃だから、30歳。

 私にとってPSOは6年ぶりの復帰であり、12年来のプレイヤーとなりました。

 

 復帰してしばらくしてから、Google検索から創作チームがあるのを知り、私はそのチームメンバーとなり、他の創作家たちとプレイしながら小説を書きました。

 

 プレイ時間の違いなどもあり、すれ違いもありましたが、完成まで楽しく取り組むことができました。

 表紙とイラストは当時のチームメイトのnukaさんに制作していただいたものです。私のラフ画ですらない絵が、あんなものすごいイラストになったので最初見た時は目玉が飛び出るかと思いました。

 

私のラフ画ですらない絵
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nukaさんのものすごい絵

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 課題となっていたプロット作成も習得できました。私が習得したプロット作成法とは、小説の情報を「過去・現在・未来」に分けることです。分けることができるんです。これは、仕事でエクセルを覚えたので、プロット作りを意識しながら決まったことをセルに分けて入力していた時に偶然気が付くことができました。

 

 例えば本作冒頭では、エーテルがマークスに銃を修理してもらう場面から始まります。その場面は読者が読んでいる間は「現在」であり、「未来」では「銃が暴発する」という展開に繋がり、「銃の調子が悪い」という読者に与えた情報が「現在」から「過去」のものとなります。

 これをエクセルなどで「過去・現在・未来」を行と列で分けて表すと、過去と未来の情報が線で繋がり、伏線などの多さも含めて、話の流れと情報の繋がりが視覚的に確認できるようになりました。私はその線の多さを参考にして、繋がりの薄いところや読者が退屈する場面などを確認しながら本作を制作しました。

 

 プロットがある状況での制作はなんといっても「安心感」です。あと、その日その日の恣意的な気分に流されることもなく、安定した気持ちのまま執筆に取り組むことができました。

 ただ、プロットの作り方を習得することが目的だったので、本作のストーリーはかなり強引に進みます。本番はこの後に制作する「夜行バスの人々」だったこともあり、作り方がわかった後は、ちゃちゃっと書き終えてしまおうという気持ちが勝っていました。でもその強引さが逆に、エーテルのキャラクター作りの下地になったので結果オーライとなりました。

 

 では最後に、作品の設定についてちょっとだけ触れておきます。

 エーテルとアインのコンビは、私の大好きな映画「ゼイラム」のイリアとボブのコンビがモデルです。

 光子多感症は、攻殻機動隊の「電脳硬化症」が着想ですが、大部分は発達障害の境遇を意識しながら考えました。

 

  スノゥは自キャラです。エーテルはサポートパートナーとしてクリエイトしました。

 

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 では今回のあとがきはこのへんで。またいつか語ると思います。だってまだまだ話せることいっぱいありますから!

 

 私の人生の三分の一くらいはPSOでできています。ブランク期間もありますが、PSOでの経験のことはよく思い出します。今はもうオンラインゲーム自体やっていないのですが、いつかまた戻れる日が来たらいいなぁと思っています。PSOシリーズがずっと続いてくれると嬉しいです。

 

 

2020/7/14 追記

 未公開だった前日譚を掲載しました。

 

小説情報 

絵師nukaさんの主な活動ページ

 表紙と挿絵は絵師のnukaさんに描いていただきました!

 

(C)SEGA 『PHANTASY STAR ONLINE 2』 公式サイト