発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

近況の話:Twitterで馬鹿が議論に勝つカラクリ「ツイートでポーカーしてるから」

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 いつからこうなったのかは定かではないが、Twitterでは感情ヤクザな人ばかりに共感やフォロワーが集まり、対して、文章の内容に沿ってきちんとやり取りする人は、人の気持ちがわかっていないアカン人と扱われるようになった。

 普通の感覚からみて脅迫的で暴力的な書き込みでさえも、どういうわけかマウントを取ることができてしまう。最悪が重なるとその馬鹿に企業から声がかかって、商業ライターになったりする。

 今では、建設的なやり取りという点で言えば、Facebookの方が健全だと言える。

 ここ最近、その理由というか、カラクリについて考えていた。

 

 大概のことに適用できる考え方として、「大衆コンテンツを潰すのは決まってお子ちゃま」という社会の法則がある。まず大人が利用する。次にそのサービスが若者や学生世代を取り込み、メディアも巻き込んで流行る。しばらくして、最後には「子供」を取り込む。そのあたりで大人や若者がそのサービスを「子供向けだ」と認識して卒業する。

 つまりTwitterもいよいよそういう段階で、いま積極的に発信している人は社会経験が浅く精神年齢が低いか、精神を病んでいる人ばかりではないか、と推測できる。

 

 2年程前に、BBS世代とSNS世代の違いから言語認識の違いを考察した記事を書いた。この記事はTwitterのトレンドになるほどバズった。

 


 この記事で言うところの「感想型」なら、感情任せな意見でも同類から共感を得やすいし支持者となるフォロワーも増えやすい。

 全く建設的ではない意見なのに賛同者が多い場合は「あぁ、感想型なんだね」で済ますこともできる。

 

 ただ、どちらの話も馬鹿がマウントを取れてしまうカラクリを解明したわけではない。「発達障害は個性だ」と恣意的なレッテルを張って、個を見ずに仕事を片付けているようなものだ。

 これでは駄目。相手からの攻撃を受け流すことはできても、ぶちのめすことはできない。

 

 というわけで、南米に飛ぶ勢いで、その馬鹿共が議論をしているツイートのタイムラインを追ってみた。

 で、読んでいる内に一つ発見を得ることができた。

 

ネット上でのディベートに慣れている人は、たった一つのツイートだけでも大きな説得力を持たせられるのに対し、馬鹿は感情任せにツイートを連打して、後から組み合わせて一つの意見にしている。

 この性質はトランプのポーカーに置き換えることができる。

 まともな人が1枚のキングやエースを生み出すのに対し、馬鹿はブタを連発させた後で、ブタで使ったカード(ツイート)を後から組み合わせて「ツーペア」や「フルハウス」などの「役」を生み出してくる、というわけだ。

 そしていよいよ意見が噛み合わなくなった段階で、「私は初めからこう言ってるんですけどね」とか言って、そのタイミングからみて最も都合のいいツイートだけをスクリーンショットで集合させて「ロイヤルストレートフラッシュ」をつくる。その後に続く「信者」からの支持の声……。

 

 論破されたわけでもないのに、なんとなく負けた気分になる意識の正体がこれだ。脳は相手の意見のおかしさをちゃんと認識できているのに、意識下は相手の意見に「役」があると認識してしまうからだ。

 Twitterに限ったことではないが、「馬鹿はツイートで役を作る」は、対立する際の注意事項として覚えておきたい。