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当ブログの発達障害に関する記述は当事者の体験に基づく考察です。ご了承の上でお読みください。

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言葉は嘘をつきません

【2020年版】発達障害特性の説明その3:発達障害の改善法とその壁

前回:【2020年版】発達障害特性の説明その2:発達障害の境遇

 

お断り

 本記事の内容は、巷の解説で見られるようなオブラートに包んだ優しい説明ではなく、実態を基準に考えたい人向けの内容です。血も涙もない内容ですので、精神面が弱っているなど感情に左右されている状態の人は読む時を改めていただくか、気を付けてお読みください。吐き気や頭痛など心身の変調を感じた際は読むのを中断してください。

 

 その3では、発達障害症状の改善法とその壁についてお話しします。その2でお話しした下記ポイントを頭の背景に置きながらお読みください。

  • 発達障害の症状は依存症の観点から考えられる
  • 依存症は衝動性だけではなく麻痺の性質もある
  • 発達障害は隠せない

 

 

発達障害症状の改善法

 壁の話の前に、まず症状の改善法からお話しします。発達障害の症状と一口に言っても無数にあるので、ここでは大人の発達障害の話題でよく挙げられる代表的な症状「ケアレスミス・コミュ障・習得困難」についてお話しします。

 

ケアレスミス

 不注意によるミスのこと。普通の人が数ヵ月に一度やるかやらないかというミスをほぼ毎日やってしまいます。再確認したはずなのにやっぱりミスっていたということが頻発するほどの酷さで、自分の記憶や五感が信じられなくなり、気が狂いそうになって死にたくなります。不注意を起こさないよう意識していても防げないので、仕事を解雇されてしまうケースもあります。

 症状の詳細と改善法は当ブログの下記ページで解説しています。特別なルールで記号を書き写し、ケアレスミスをしてしまう感覚とミスをしない感覚を別々に体感して、ミスをしない感覚を日常動作で繰り返し試行して脳に定着させるという方法を提唱しました。

 公開から4年以上経った今でもアクセスは止まらず、その改善効果については多くの方が言及してくださいました。この方法でケアレスミスが改善できたとお礼をくださった人の中には、医療従事者の方もいました。

 

コミュ障

 医学上の「コミュニケーション障害」のことではなく、「聞く・話す」など言動が変な奴のことです。ただの変わった人で済めばいいですが、「話が通じない」とか「すぐ感情的になる」などの特徴は嫌われやすいですし、大人になっても改善されていないままだと、「仕事の説明が理解できない」「こっちが話をしても相手が首をかしげる」など、業務上のやりとりに支障がでます。そういう人は孤立するか職場を去るしかありません。

 当ブログではルールに従って記号の説明文を作成する方法で、聞く・話すにおいて基準となる感覚を集中して鍛える方法を提唱しました。これも公開から4年以上経った今でもアクセスが止まらない人気記事です。

 

習得困難

 本記事でお話しする習得困難は発達障害の学習障害(LD)のことではなく、簡単な仕事でも覚えられないことです。職場の役立たずのことです。

 例えば、毎日やってるはずの業務なのにいつまでも新人みたいな質問をしてくるとか、何をするにも迷いながらやっているとか、そんな症状です。そのうち同僚から「仕事に集中してない、不真面目だ、甘えるな」など厳しい目を向けられるようになって、職場に居辛くなって退職するのがよくあるパターンです。

 当ブログでは仕事を理解する為に必要な脳の感覚を「感覚モード」と「思考モード」に分け、仕事が覚えられなくなってしまう条件と、それを踏まないようにする方法を提唱しました。こちらも多くの方から納得と理解の声をいただきました。

 

改善する上での壁

 上記「ケアレスミス・コミュ障・習得困難」の症状を改善する上で、壁となることをお話しします。

 

壁その1:改善法に気づきにくい

 まずなんといってもこれです。気づきにくいんです。 発達障害の境遇に詳しくない人は、上の改善法の記事を読んで「あぁ、こういう方法があるのね」くらいに思ったかもしれませんが、それは違います。この時代の知識ではなく「気づけないまま死ぬのが普通」といっていいレベルです。私のブログで提唱している方法はたぶん世界でここだけです。

 下記はこういう話をする時の為に集めておいた、改善法記事の言及を集めたtogetterのセルフまとめです。

 

 上記まとめに目を通していただければ、発達障害の症状を改善させる方法がどれだけ確立させにくいかがわかると思います。

 

壁その2:同時に改善しなければならない

 上記の発達障害症状は同時に改善しなければいけません。「例えばケアレスミスを改善しても、コミュ障特徴がそのままなら、コミュ障を起因とする他者との軋轢などでストレスを抱えてしまい、またケアレスミスが再発してしまうという考え方です。

 それぞれの症状は「感覚の未習得」という意味では「点」として扱うことができますが、それらの症状を起こしているのは強すぎる偽自我、つまり脳の依存的働きそのものですから、その働きが増強される要因が1つでも残っていると、また発達障害症状が起きてしまうのです。

 過去に提唱した「あぶり出し型脳」の話が、偽自我が強くなりすぎた状態に相当します。

 

 こちらは発達障害考察記事の中でも特に話題になった記事で、公開から3年経った現在では一般書籍でも発達障害の特性説明をする際に使われ始めています。この考察について言及してくださった方の中には現職の精神科医の方もいました。

 この脳の性質を言語化できたのは奇跡的なことなんです。下記はこの記事の言及まとめです。

 

 言い直すと、発達障害の症状は1つ改善した程度では、他の症状を起因とするストレスのせいであぶり出し型脳の状態が強まり、改善したはずの症状がまた再発してしまうということです。

 

壁その3:あぶり出し型脳の原因は社会そのものにある

 あぶり出し型脳にならない為には、脳の依存的働き(偽自我)が強くなりすぎないよう、心身のコンディションを常日頃からケアすることが要です。

 ではここで、脳の依存性を煽るものを思い浮かべてください。特別な医学知識はいりませんよ。例えば中毒性のある食べ物、酒やたばこ、ゲームやギャンブルなどの娯楽がそれに該当しますよね。

 食べ物やゲームが発達障害の原因と考えるのではなく、その間に「依存」の観点を挟むと今の話が考えやすくなります。それらは発達障害と無関係ではないのです。

 あと「依存性」という点で見逃してはいけないのが「言葉」です。人は言葉だけでも鬱病など精神疾患を抱える生き物であることを念頭にしてください。言葉とは「聞く・話す」など〝使うだけ〟でも飲酒した時のような作用を脳に起こしているのです。〝言葉に酔う〟とか言いますよね。虐待やハラスメントなど乱暴な言葉は論外として、普通の優しい言葉なら大丈夫というわけにもいかないのです。

 親や学校から受ける教育、学校の授業、友達との会話、一人反省会など自分が頭に浮かべる言葉、テレビやスマホから聞こえる声や音、読書など、全ての言葉は偽自我を強める要因と成り得るのです。

 人はこの社会で生きているだけで発達障害寄りになっていく、というスケールで想像してください。

 

補足その1

 本項の親の教育や学校に通うことで発達障害寄りになるという話は、「発達障害の原因は依存症であり、依存症の原因には言葉がある」という私個人の考察の上にある話です。別にそういう医学情報があるわけではありません。言葉も依存症の要因になるのは事実ですが、ほとんどの子供は気にしなくていいことです。ただ、お酒が飲める人でも激しく酔っぱらった状態ではたった一口飲むだけでもキツくなるように、毎日夫婦喧嘩の暴言を聞かされるとか、虐待を受けているとか、そういう家庭の事情など何らかの要因で、人の言葉を聞くことに一杯一杯になってる状態の子供は要注意です。あとは生まれつき親の依存症が強く遺伝したタイプの子供も、言葉を聞いてるだけでかなり辛いんじゃないかと思います。

 

 ではここで、その2の最後にお見せした発達障害発症フローを再度ご確認ください。一部の依存症は体質として遺伝すると医学的に考えられていますから、遺伝した依存体質の強さから人生のスタート地点を分けることで、発達障害を先天性と後天性、両面から考えることができるようになるのです。

 

 

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 フローの読み方がわからないという人は下記の例を参考にしてください。

  • 「自分は発達障害で、親はアル中で虐待を受けて育った」⇒二段階目から人生スタートしてる
  • 「自分は発達障害だけど、親も家庭も普通だった」⇒一段階目から人生スタートしてる
  • 「発達障害の診断受けてたけど努力で症状を改善した。いまは定型発達者のように生きている」⇒一段階目をキープしている

 

補足その2

 親の依存症が体質として強く遺伝した場合は「先天性の発達障害」です。しかしそこへ親からの虐待が重なると、発達障害の症状が表れていても「虐待が原因」とみられてしまい、「発達障害ではない」と診断されてしまう。そういうケースがあるはず。

 逆に生まれつき発達障害とは言えない後天性のケースであっても、親の虐待が原因で発達障害の症状を抱えた人が、生まれつきの発達障害と診断されてしまうケースもあるはずです。

補足その3

 依存症は自他の区別が曖昧になりますから、起業家や経営者など、オフィス会社員にも多くみられる状態です。発達障害相当でありながら、いじめや学習困難などの生きづらさに遭わずに社会に出た会社員が上司で、その部下には実際に発達障害の診断を受けている当事者がいるというケースもあるはずです。

 自他の区別が曖昧になると物事の判断基準が脳の反応である衝動性や感情に振り回されやすくなり、実際から遠ざかっていきます。実際、自己愛性パーソナリティの症状が表れている当事者はネットでも確認できます。発達障害者が発達障害者を苦しめている現実の言語化はそう難しくありません。

 

壁その4:生きてる限り継続しなければならない

 強くなりすぎた脳の依存性を鎮めるのは、一朝一夕でなんとかなることではありません。

 病院食レベルでの健全な食生活、適度な運動、医者も知らない改善トレーニング、喋る機会が少ないなど言葉からの依存性を煽らない業種と職場環境、そういう生活環境を数ヵ月~数年の歳月をかけて継続する必要があります。子供の頃からつくってきた脳の性質を変えるには、それだけの歳月が必要なんです。

 

壁その5:発達障害を改善することは社会適応を意味しない

 これが最大の壁で、発達障害を改善するということは一般的な社会人生活から自分を遠ざけた上で、その生活を長期間継続して一旦改善したと言えるコンディションに調整する必要があり、さらにその後も発達障害の予防や再発防止の観点から、その生活水準を継続する必要があるのです。

 食べ物や娯楽はなんとかなるかもしれません。しかし言葉だけはどうにもなりません。私たちはこの社会で生きていく為に、言葉を使うしかないのですから。それはつまり発達障害にまた近づくということです。

 つまり、発達障害を改善することは社会適応を意味しないということです。人はこの社会で、発達障害症状を大なり小なり抱えながら生きていくしかないのです。

 

補足その4

 お酒やたばこ、ギャンブル、ゲーム。食べ物も中毒という観点があります。それらは日常生活を工夫すれば最低限の影響にできますが、「言葉」だけはどうにもなりません。私たちは親や学校から教育を受けて育ちます。教育と呼べるものではなくても言葉は使われます。その言葉も依存症の要因であり、発達障害の原因を強める影響力を持っています。このように、発達障害の原因を依存症の観点から考察すると、社会の仕組みが人類の生態系に発達障害を形成している関係性が見えてくるのです。

 

「発達障害は治せない」など定着した構文の弊害

 発達障害は障害だから治せない。それが定説です。でも症状を個別になら改善できるものがあります。その壁を5つに大別しましたが、大半の当事者はその改善法どころか、壁と向き合うことすらないまま人生を終えるのです。

 例えば発達障害者はケアレスミスをしやすいという話も、ADHDの話題でよく聞くと思います。単刀直入でわかりやすいですが、「ミスをしてしまう」という本来は動作の結果であるはずの点が「症状」と同義に扱われてしまっているせいで、ミス発生時点の意識の状態を考察する観点から遠ざかってしまっています。

 発達障害者のよくある特性説明に「関心が偏りやすい」というものがあります。その特性と依存症との違いは、どこにあるのでしょうか。

 パソコンや車に例える話も、症状の話をするだけならわかりやすいです。しかし境遇や改善法を考える観点からは遠ざかります。お酒に酔った状態というインスピレーションがあれば、「酔いを深める原因、酔いを覚ます方法」という観点が得られます。その先の考察は身近な言葉からでも考えやすくなるでしょう。発達障害に関する特別な医学知識がない人でも、当事者の境遇について考えやすくなるんです。

 

 その1からここまでに書いてきた私の説明を読んだ人の中には、定説から外れた独自理論を展開しているように読めたことで、激しく立腹された方もいると思います。でも実は説明部分が実態基準というだけで、一つ一つの説明が最後に言っていることは定説として広く知られている意見なんです。

 

発達障害者はシラフの意識と酔い潰れた脳

⇒ 発達障害者の「やってる時は気づけないが後で気づく」という症状は、お酒の「酔いから覚めた」という見方ができます。

 

発達障害者は依存症

⇒ 一つのことに集中すると他のことが感知できなくなったり、関心が偏ったりする様子は、依存症の症状からも考えることができます。

 

人はこの社会で、発達障害症状を大なり小なり抱えながら生きていくしかないのです。

⇒ 発達障害は誰にでもある、と言われています。

 

 「脳は他人」とか「偽自我」などの言葉も、同等の意味を持つ言葉や説明は既にあります。ただ私は自分の実体験を基準に使う言葉を自分の感覚で選んできました。その結果、一般的に使われている言葉よりも、考察の伸びが良い言葉や説明がつくれるようになりました。

 例えば「偽自我」とは言わずに「無意識」と言っても大体の説明はできます。でも「自我の振りをする、基準にしてはいけない意識」という警戒心を込めて認識するとなると、「無意識」ではちと弱いです。だから「それは偽物の自分だ」という意味を込めて「偽自我」という単語を使うのです。

 

 当事者やその関係者たちが、発達障害の認知を高める為に繰り返し唱えてきた構文は、どれも相互理解の為に開拓されてきた大切な言葉です。しかしその言葉たちが、深刻な思考停止を招いているのです。

 

補足その5

発達障害を改善しても、この社会の中で生きている限り発達障害からは逃れられないというのが私の回答ですが、一回は改善した状態まで回復して、そこからどこまで発達障害と付き合うかを調整するのがいいと思います。残る課題を発達障害の後遺症だけに絞り込めます。

 

 以上、おしまいです。ここまでお読みくださりありがとうございました。次回は血も涙もないあとがきです。宜しければそちらもお付き合いください。

 

関連情報

その4:血も涙もなきあとがき

 

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 下記ページもぜひお読みください。

 

※2020/6/28 掲載後に補足その1~5を追記しました