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発達障害考察ブログ HYOGOKURUMI.Scribble

言葉は嘘をつきません

2019年5月3日 1,000,000PV達成

01:プロローグ 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:『僕と彼女のカーニバル』(加筆修正版)掲載します。

 

01:プロローグ 1

 高校生になっても僕の日常はなにもかわらなかった。

 朝起きて、学校へ行って、授業を受けて、家に帰って、少し勉強をして、テレビやネットをみて……あとは寝るだけの毎日だった。

 友達と呼べる存在も特にいない。いたこともないし、求めたこともない。

 僕はずっと一人だった。

 そんな日常に、退屈を感じたこともなければ孤独を抱いたこともない僕という人間は、少数派に位置するんだと思う。少しくらい寂しいといった感情でも湧いてくれれば、少しくらい、人生は楽しくなるのだろうか。

 そんなことを考えている内に、制服が夏服にかわっていた。

 それでも、僕の世界はなにもかわらなかった。

 初めからなにも期待していなかったはずなのに、僕は一人、自室で溜息をつきながら制服に袖を通した。

 

 僕は、どこになにを求めているのだろうか。

 どれだけ自分に尋ねても、答えはでなかった。

 

 

   ◇   ◇

 

 夏休みまであと半月となったその日。購買でパンを買って教室に戻ると、僕の席の周辺がうるさい奴らに占領されていたので、屋上で昼食をとることにした。

 階段の踊り場にある立入禁止看板の脇を通り抜け、塔屋の窓の前に立つ。窓のカギが開いていたので、念の為に屋上を見渡して、誰もいないことを確認してから屋上へ出た。

 昼休み、僕は月に何度かこうして屋上に来て、昼食を食べたり時間を潰したりする。今日みたいに教室が騒がしい時はよく利用する。うるさい空間にはなるべくいたくない。

 塔屋を背に座り込んでパンの包みを破ろうとした時だった。上からカラスの鳴き声が聞こえた。妙に喧しい鳴き声だった。

 僕は梯子を登った。カラスの鳴き声なんぞに興味はないが、昨晩、寝る前にネットで観た鳥葬の動画を思い浮かべていた。この上で、半壊した人間がカラスについばまれている……なんてことはありえないが、猫やネズミといった小動物の可能性は十分にある。カラスがくちばしで臓物を引っ張り合う様子を見てみたい。

 カラスに気付かれて逃げられないよう、そっと頭だけ覗かせた僕が見た光景は、女子生徒の後ろ姿だった。その肩を隠した長い髪には見覚えがあった。

 彼女は僕の前の席に座っている、クラスメイトの神楽 舞(かぐら まい)だった。

 

 神楽の足元には赤黒い液体が滴り落ちていて、周囲には黒い羽が舞い散っていた。後ろ姿からでもその背や腕、頭部の動き方から、彼女が食事中であることがわかった。生き物の悲鳴のような弱々しい鳴き声が、彼女の方から聞こえてくる。

 

 梯子を登っていた時の音で気がついたのか、振り返った神楽が僕をみつけた。彼女は一瞬だけ咀嚼を止めたが、また無表情のまま食事を続けた。

 彼女が鷲掴みにしているものは、まだ辛うじてカラスと呼べるものだ。半壊した肉が彼女の小さな手によって口元へ運ばれる。肉や臓物を噛みちぎった後は、若干腕を伸ばした位置まで体から離す。滴り落ちるカラスの血で、制服が汚れないようにする為だろう。

 

 ネットの動画で、生きたまま猛獣に捕食される人の映像を観たことがある。けど、その逆は初めてだった。別に驚きはしない。

「すまん、食事中だったか」

 一応、謝った。彼女にとって都合の悪いところを見てしまった気がしたから。

 神楽はまた一瞬だけ咀嚼を止めたが、すぐ向きを戻して食事を続けた。僕のことなんて雑草くらいにしか思っていないんだろう。その背に向かって「腹、こわすぞ」と、言っておいた。それだけで済めばいいが。

 彼女は喉をゴクンとさせた後、言った。

「……平気」

 血抜きもしていない状態の野生動物を、生きたまま食べる場合の危険性について、あれこれ気になったが、僕はなにも言い返さず、梯子を降りた。そして元の場所で自分の食事を食べることにした。

 僕の今日の昼食は彼女の食事と同じ、鶏肉だ。違うところは、調理されたチキンバーガーであることだ。

 

 

   ◇   ◇

 

 遠くに浮かぶ入道雲を眺めながら、僕は神楽に関する記憶を辿ってみた。

・朝はいつの間にか席に着いている。

・授業中は黙々と教科書と向き合う。

・休み時間は静かに小説を読んでいる。

・放課後はすぐに教室から出て行く。

 

 学校で確認できる彼女の行動といったら、それくらいだった。

 それでも、彼女に対して想うことはある。好意ではない。彼女の放つ雰囲気が自分と似ているからだ。他の生徒は神楽のことを「大人しい子」あるいは「幽霊」「暗い奴」と思っているようだが、それは違う。

 先月の昼休みに僕のクラスで男子生徒同士の喧嘩があった。突き飛ばしたり殴り合ったりで、ちょっとした騒ぎになった。

 窓際の自分の席に座っていた僕は図書室に移動しようとしたが、他のクラスから来た野次馬の生徒たちが教室の出入口を塞いでいた。

 僕は諦めて空を眺めていた。前の席には神楽が座っている。正面を見なくても、小説を読んでいることがわかる。いつもの光景だ。

 その時にわかった。彼女も、他人の存在を意識していないのだ。

 僕のように――

 

 丁度、最後の欠片を口に入れた時に、塔屋から飛び降りた神楽が僕の前に着地した。まるで体重を感じさせない、ふわりとした着地だった。

 屋上の窓の前まで移動した神楽は、僕を見ないまま言った。

「誰にも言わないで」

 誰かに言う気はなかった。そういう会話をする相手もいない。でも僕にはそのお願いを聞いてやる理由がない。

「保障はしないと言ったら?」

「誰かに喋ったら……あなたを食べる」

 無表情な彼女の横顔と、そこにはめ込まれているブラックホールのような瞳が、確たる意思を伝えてくる。本当に、食われるような気がしてきた。

 僕は少し考えてから言った。

「……僕の彼女になれば、黙っておいてやろう」

 ちょっとした好奇心だった。こんなことを条件に出されたらきっと困るだろう。神楽がどんな反応を示すのか見てみたい。

 すると、神楽はこちらを向いてから言った。

「わかった」

 その声や動作には、一縷の迷いも見られなかった。 

 

 

   ◇ ◇

 

 昼休みはもうすぐ終わる。彼氏と彼女の在り方について話し合う時間はないだろう。僕は立ち上がって制服のポケットからスマートフォンを取り出した。そして「電話番号とアドレス交換をしよう」と言った。彼女が携帯電話を所持していることは知っている。授業中とか休み時間とか、たまに操作していたのを見たことがあるからだ。

 そうしたら「なんで?」と聞き返してきた。

「恋人同士なら、互いの連絡先は知っているものだろう」

 納得したのか、神楽はなにも答えないまま携帯を取り出した。いつもの無表情な様子で、嫌悪や警戒の様子はみられなかった。

 赤外線通信による連絡先交換を提案したが、神楽はやり方を「知らない」と言うので、操作の手順を一つずつ教えた。受信した連絡先のデータを見ると、彼女のメールアドレスは契約時にランダムで設定される英数字のままだった。デジタルには不慣れなのかもしれない。

 こうして、連絡先交換はしめやかに行われた。

 話が終わったことを察したのか、彼女が窓の方に向かったので、僕は大事なことを伝える為に呼び止めた。

「待て」

「なに?」

 また彼女はこちらを見ないまま返事をした。僕は気にせず話を始めた。

「寝る前はいつも、おやすみとメールしよう」

 神楽は窓辺にかけていた手を放し、振り返ってから言った。

「なんで?」

 きょとんとした顔を浮かべている。無表情と大差ないが、目の色が違う。

 実のところ、理由を聞かれることを想定していなかった僕は、回答に若干困ってしまった。恋人同士ならこうするものだと思っていたことを、念の為に言っただけなのだ。やはり警戒されているのかもしれない。いや、そう思わない方がおかしい。

「……それが彼氏と彼女の在り方だからだ」

 僕はそう言い切った。それでも、未体験のことなので「……たぶん」という言葉を後に添えた。 

「わかった」

 神楽は即答した。理由が知りたかっただけのようだ。

 ほっとした僕は話を続けてみた。

「……いつも何時頃に寝ているんだ?」

「早くて十一時ごろ。遅い時は、夜中の二時ころ」

「遅い時は、なにしてるんだ?」

「考え事とか」

「なにを考えてるんだ?」

「人のこととか」

「そうか……」

 この会話において、彼女は事務的且つ完結に即答するだけだった。なにも考えてないような瞳だった。
 会話はそこで終わった。神楽は僕が沈黙したのを確認してから「じゃあ」と言って、校舎の方へ戻っていった。僕も呼び止めなかった。聞きたいことはもうなかったし、あとはメールでやりとりすればいい。

 

 教室に戻ってからも僕らは一言も会話をしなかった。僕も神楽も積極的に会話をするタイプではないからだ。

 僕は授業中ずっと、神楽のことについて考えていた。

 彼女はカラスを貪りながら、「平気」と言っていた。神楽にとってあれは日常的な行いなのだ。カラス以外にも食べていると思われる。あんな風に生きたまま生き物を食べて、美味しいのだろうか。そもそも、なんの為に食べているんだろうか。まさか、ただの空腹とか? 異食症という病気を思い出したけど、あれは土とかチョークとか、食べ物ではないものを食べたくなる病気だ。カラスは一応、生き物なのだからそれには当てはまらない。多少なり栄養はあるだろう。

 カラスを食べたくなる理由、生きたまま食べたくなる理由…… 例えば、鳥になりたいと思っている、だから生きたまま鳥を食べれば翼が得られると思っているとか? そんなファンタジックな空想、神楽のイメージには合わないが、もしかしたらそういう女の子なのかもしれない。だとしても、カラスはないだろう。どうせ食べるならもうちょっと見た目が綺麗な生き物を選ぶべきだ。

 神楽は僕のことだって食べると言った。あれは本気だったんだろうか。人を食べたことがあるのだろうか……流石に、その光景は想像できないな。

 いまわかることは、彼女が生きたままカラスを食べていて、それでどうやら平気らしいということだ。 もしかしたら彼女は人じゃないのかもしれない。

 

 そしてもう一つ、わかったことがある。

 それは、僕が楽しんでいるということだ。

 

 

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