御アクセスありがとうございます

当ブログの発達障害に関する記述は当事者の体験に基づく考察です。ご了承の上でお読みください。

発達障害考察ブログ HYOGOKURUMI.Scribble

言葉は嘘をつきません

2019年5月3日 1,000,000PV達成

02:プロローグ 2/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

f:id:hyogokurumi:20190516095348j:plain

 

前:01:プロローグ 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

02:プロローグ 2

 帰りの会が終わり、部活の準備や帰り支度を始めた生徒たちの喧騒の中、神楽は鞄を片手に一人で教室から出て行った。いつもの彼女の行動だ。恋人関係なら一緒に下校したりするんだろうけど、校門を出たら僕と彼女は反対方向の駅に向かって帰路に着く。だから、手を繋いで一緒に下校するなんてことはこの先もないと思う。僕もいつものように、一人で校舎を後にした。

 帰り道、電柱の上に一羽のカラスを見つけた。ガァガァと鳴いている。僕は足を止めて、十秒ほどカラスを眺めてみた。やはり食欲はそそられなかった。あいつは普通に考えて食い物ではないのだ。死ぬほど腹が減っていれば、あんな奴でも食料として認められるかもしれないが。

 そう思った時、僕は気がついた。

 たとえば無人島。その環境下における激しい空腹。生きる為になんでも食べるだろう。それが鳥類ならきっとご馳走だと思うに違いない。火にかける時間を煩わしく感じ、生きたままかぶりつくことだってあるかもしれない。僕は神楽のことを人間じゃないのかもしれないなんて思ったけど、条件さえ整えば、カラスだってちゃんと食べたいと思えるのだ。

 

 帰宅してから、神楽との会話の続きをすることにした。家族以外の人間にメールするのは初めてだった。

『カラスは美味しいのか』

 僕は自室のパソコンでネットをしながら返事を待った。メールの受信音が鳴ったのは三十分程してからだった。

『ごめんなさい。メールに気づかなかった』

『味はまぁまぁ』

 メールは二通届いた。返答は簡素なものだったが、一応、質問には答えている。

 その後、しばらくやり取りが続いた。

 

『謝らなくていい。メールの返事はいつ返してもいいものだ。カラスはどんな味なんだ』

『鶏肉の味に似ている』

『どうして食べたんだ』

『食べたかったから』

『空腹?』

『そうかも』

 

 そうかも、か。自分でも理解していないのか、と質問を重ねようとしたけど、もしかしたら答えたくないのかもしれない。あるいは、僕が踏み込んだ質問をするかしないかを確認する為に、テストをしている可能性もある。

 いずれにせよ、話を一点に絞ってを掘り下げると、詰問染みた印象を持たれかねない。僕は他の質問をすることにした。

 

『他の生き物も食べているのか』

『食べている』

『どんな生き物を食べたんだ』

『はと、スズメ、猫、犬とか。街中でみかける動物はだいたい食べたことがある』

『動物ばかりだな。昆虫は食べないのか?』

『今は食べていない』

『昔は食べていたのか』

『そう。子供のころは』

『これからも、あんな風に生き物を食べるのか。生きたまま』

『食べたくなればそうする』

『生き物を食べる行為は、きみにとって何なんだ』

 

 送信した後で、生き物を食べる理由を再び問う形になったことに気が付いた。しつこいと思われてしまったかもしれない。いや、この会話の流れなら自然な成り行き……とかあこれこ考えている内に返答が来た。

『私にとっては当たり前のこと。食べられないと苦しくなる』

 直後にもう一通。

『喜び。幸せ。安らぎ。そういう本能なんだと思う』

 

 どうやら彼女は個人的な至福の為に生き物を食べているようだ。しかも食べられないと、苦しくなるらしい。酒や煙草の中毒みたいなものだろうか。でももしそんな禁断症状を抱えているなら、手が震えるとか呼吸が荒くなるとか、体のどこかに不自然な挙動が表れてもおかしくはないだろう。

 神楽の素行にそのような特徴を見たことはない。別に四六時中、神楽を観察していたわけではないから、それも推測に過ぎないのだが。

 屋上で食べていた理由は? 苦しくなるって具体的にはどんな感じ? 僕以外にも目撃されたことはある? ――まだ気になることが山積みだったが、これではまるで尋問みたいだし、表面上のことをどれだけ聞いても、神楽という樹海で迷うだけだと思った。もっと根本的な、多くの疑問の答えに通ずる質問をしなければ、神楽との会話は先に進まない。僕はそう考え、ずっと気になっていることを聞くことにした。

 

『最後に一つ聞かせてくれ。きみは人間なのか?』

 

 この際、「実は宇宙人です」とか言ってくれた方が納得できる。オカルトに興味はないが、今なら信じるかもしれない。

 彼女からの返答は一言だけだった。

 

『ひみつ』

 

 これは想像していなかった。「たぶん」とか「人間だけど」とかそんなそっけない回答だと思っていたのに。これ、神楽はどんな表情で打ち返したのだろう。もしかしたら今の僕と同じように――にやけた口元を押さえながら返答を打ち込んでいたのかもしれない。

 

 今度は神楽からメールが届いた。

『あなたは食べないの?』

 食べるわけがない。いや食べるけど、生きたままは食べないぞ。

 僕は全身に警戒心が走るのを感じながら返答を打った。

『僕は一般的な食事、つまり調理されたものしか食べない。申し訳ないが、きみの趣向に合わせたデートは出来そうにない』

 返事はすぐにきた。

『そう。わかった』

 

 少し待ったけど、二通目はないようだ。

 僕はやっぱりこの質問は変だと思った。まさか本当に、僕が自分と同じように生き物を食べるとでも思ったのだろうか。

 この質問に至るまでの神楽の思考を推測してみた。

  1. 僕を自分と同類かもしれないと思った。これはありえそうだ。もしそうなら、どんな部分からそう思えたのかをぜひ知りたいね。
  2. 自分から質問をすることにしたはいいが、意味のある質問を考えることができなかった。もしかしたら神楽は緊張しているのかもしれない。頬を赤らめてドキドキしながら返答を打つ神楽の姿を想像した。
  3. 生き物を生きたまま食べる行為の異常性を理解しておらず、クラスに一人か二人くらいはいるものだと思っている。屋上での「誰にも言わないで」というお願いも、「変に思われるから」くらいにしか思っていないのかもしれないな。

 

 いくつか理由を作ることはできたが、「これに間違いない」と思うには至らなかった。材料不足。僕はまだ神楽について何も知らないことを改めて認識した。

 

 夜の十一時。僕は寝る前に、約束のメールを打った。

『おやすみ(^^)』

 返事はすぐにきた。

『顔文字きもちわるい。おやすみ』

 

 もしかしたら、彼女もこの僕との関係を楽しんでいるのかもしれない。

 僕はこの日の会話を振り返って、そう思った。

 

 

   ◇ ◇

 

 屋上での一件から一週間が経った。僕と神楽は恋人同士という関係になったのだけど、あれ以来も僕らは一言も言葉を交わしていなかった。休み時間の過ごし方にも特に変化はない。彼女は静かに読書をし、僕はスマートフォンを片手にネットやゲームアプリをたしなんでいる。一緒に帰ることもない。メールのやり取りも、家に帰ってからしかしていない。

 これらは相談して決めたことではなく、自然とそうなった。これが僕と彼女にとって互いが疲れない距離だった。僕はこの距離を縮めようとは思わない。そもそも僕は彼女に好意を抱いているわけではない。言うなれば、今の僕らの関係は恋人ごっこ。だからこの日、彼女に誕生日を尋ねたのも、別に変な気を起こしたわけじゃないんだ。

 

 きっかけは休み時間、小耳に挟んだクラスメイトの会話だった。別のクラスにいるサッカー部のエースが近々誕生日を迎えるようで、彼のファンの女子たちがみんなで誕生日プレゼントを贈ろうとか、そんな話をしているのを聞き、僕は神楽という人型知的生命体が誕生日になにを欲しがるのか、気になってしまったのだ。

 帰宅してそのメールを送ってから三十分くらいした後だった。彼女からの返信がきた。僕はパソコンから手を離し、早速メールを開いてみた。彼女の誕生日は、八月二十六日らしい。

 誕生日まであと一ヶ月ちょっと。彼氏たる者として、なにか用意しなければいけないだろう。僕は続けて質問を返した。

『誕生日プレゼントはなにがいい?』

 その返事はすぐに来た。

『汚れていない肉がいいわ』

『よごれ、じゃなくて、けがれ、ね』

 僕は一言、『わかった』と返した。

 

 その日の夕食時。台所にある四人掛けのダイニングテーブルに家族が集う。我が家の食卓は結構賑やかで、その中心たる人物が小学三年生の妹だ。妹は今度の日曜日、友達と話題のアニメ映画を観に行く約束をしたと楽しげに話した。

 僕も家族の会話には積極的に混ざるようにしている。ただこの日はやり取りを耳に入れながら、神楽へ贈るバースディプレゼントのことを考えていた。

 

 彼女の希望した〝汚(けが)れていない肉〟について――

 

 汚れとは、神聖な意を含めて使う言葉だ。そのイメージから、牛や豚を神聖な動物としている宗教が連想できたが、彼女がその類の信仰心をもっている様子はないし、むしろ神聖な動物は食べてはいけないものだろう。

 宗教路線で考えても答えに辿り着けそうになかった。神楽はミステリアスな膜に包まれているが、宗教との接点は感じられない。僕がいま箸で転がした唐揚げのような調理肉も違うだろう。高級な肉という意味――絶対違う。なら健康的な野生の肉……それも違う。どれも的外れだ。

 

 実は、最初から直感的にイメージしていたことがある。それは赤ん坊だ。神楽は人の赤ん坊の肉を欲していると、僕は漠然とそう感じているのだ。

 夕食前、〝汚れ〟という単語を辞書で引いた。『清らかさ、純粋、神聖さが損なわれて、よごれた状態』とあった。僕はその意味を精神的に解釈して、赤ん坊は全てを揃えていると考えた。神楽の言った汚れとは、例えばキリスト教の『七つの大罪』にあるような、人の精神を指す意味だったんじゃないかと。

 人は社会の中で様々な欲を覚えていく。赤ん坊は罪や欲を知る前の生き物だ。つまり汚れていない状態に値すると僕は思ったのだ。

 

 その前提で考えを進めてみた。どうやって入手しようかと。

 病院から盗むなら、セキリュティをクリアしなければならない。僕にそんな知識はないし、証拠を残さずに遂行するのは不可能だろう。ならば外で襲う。場所は人気のない静かなところ。妊婦、又はベビーカーを押している母子を、適当な武器をもって襲えばあっさりと成功するさ。

 でもいずれにせよ、僕はその後、時効が過ぎるまで警察に追われる身となるだろう。それは嫌だし、そもそも「罪人」からの贈り物は、「汚れていない」とは言い難い気がする。

 ならもう、彼女が自ら産み落とした子を使うしかない。誰にも知られない内に孕んで産んでしまえば、後はそれをどうしようと誰にもわからないさ。しかし神楽が自分の子を利用する方法では僕からのプレゼントとはいえないし、それ以前に、誕生日に間に合わない。

 

 食事を終え、自室に戻った僕は結論を伝えた。 

『ごめんなさい。やっぱりその肉は無理です』

 彼女からの返事は、また可愛らしいものだった。

 

 

『うそつき』

 

 

次話