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発達障害考察ブログ HYOGOKURUMI.Scribble

言葉は嘘をつきません

2019年5月3日 1,000,000PV達成

03:犬を捕まえてきて 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:02:プロローグ 2/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

03:犬を捕まえてきて 1

 一学期最後の土曜の夜。自室のベッドで横になりながらアプリゲームをしていると、スマホがメッセージを受信した。僕にメールを送ってくる存在は神楽しかいない。ただ、彼女の方からメールを送ってきたのは、これが始めてだった。

 今は夜の十時。日課となったおやすみメールだろうと思いながらメッセージアプリを開く。でもそうではなかった。『あなたは私の彼氏』とただ一言、そんな意味深長な内容だった。

 僕は神楽とのこれまでのやり取りを回想しつつ『そうだよ』と返した。この問いに秘められた彼女の意図はわからないけど、そこを否定する理由はなかった。

 二通目はすぐに来た。『私のことを大切におもっている』

 僕はまた、『そうだよ』と返事した。彼氏とは、彼女の事を大切に想うものだ。

 三通目も早かった。『明日私の家に来て 13時』

 僕は、『わかった』と返事した。

 

 その後、またすぐに四通目が届いた。内容はマンション名を含む住所だった。名前は知っているけど行ったことのない町名だった。ネットで調べてみると、僕の家からだと電車を使って四十分程かかりそうだった。

 文末には『おやすみ』の一言が添えられていた。僕も『おやすみ』と返事した。

 

 翌日の午後。僕は神楽の住むマンションに向かった。自宅から駅まで自転車で約十分。そこから電車で四駅。さらに駅から歩くこと十五分。迷うことなく、予定通りに着くことが出来た。

 そびえたつ赤レンガの外壁。幾何学的な装飾の施されたアーチ門。平たく切り揃えられた青々しい草壁の道。一階部分はガラス張りで、ホテルのロビーのような共有スペースに、アンティークな椅子やテーブルがいくつか並べられている。天井にはシャンデリア。大理石の床には赤絨毯が見えた。

 マンションの玄関口、木製扉は音もなく左右にスライドして壁の中に消え、ガラスの自動ドアと円筒状のインターホンパネルが僕を出迎えた。神楽から事前に番号は聞いていたから、僕はインターホンのタッチパネルに指を当てて部屋番号を押そうとした。けど少し考えて、まず到着したことをメールで知らせることにした。今の神楽宅内の状況がわからないからだ。もしかしたら、クラスメイトの男子が尋ねてきたことで、神楽が家族から茶化されるかもしれない。そのことをネタにされ、僕は彼女からありえない要求をされてしまうかもしれない。僕は神楽の家族構成なんて知らないんだけど、それは避けるべきだと考えた。

 神楽からの返事はすぐに来た。

『いまおりていくから待ってて』

 僕はその場で待つことにした。

 

 ほどなくして神楽が通路の奥から現れた。相変わらずの無表情。だけど、私服姿の彼女を見たのは初めてだった。無地の白いチュニックに、下は足首までの黒いレギンス。つま先に小さな薔薇の飾りを乗せたサンダル。これから出かける格好には見えない。部屋着だろう。

 

 神楽は開いた自動ドアを通り、僕の前に立った。そして呟くような声量で言った。

「……来てくれた」

 心の中の声が出てしまったのだろうか。どこから出た言葉なのかが気になったが、僕からの質問を想定した上での一言だったとは思えないので、ただの挨拶ということにしておいた。

「……あぁ来たぞ。今日はなんの用だ。デートって感じじゃなさそうだな」

 彼女は鞄すら持っていない。

 すると、神楽は何も言わずに僕の上着の袖をつまんでひっぱった。外に連れ出された僕は大人しく従った。歩き着いた先はマンションの敷地内にある公園だった。

 

 公園では、砂場や遊具で子供たちが無邪気に遊び、その傍では保護者たちがお喋りをしていた。柵の向こう側には駐車場が広がっている。ここのマンションの住民が使っているのだろう。

 僕らは園内にある東屋のような屋根付きベンチに座った。ここならなにを話しても誰の耳にも残らない、僕を家には入れたくない、だから神楽はこの場所まで移動した、そう思えた。

 

 さて、ベンチに落ち着いたはいいが、神楽は遊んでいる子供たちの方をじっと見ているだけだ。いや、何も見ていないのかもしれないが。僕が正面に座っていること、そもそも僕をここまでひっぱってきたこと、まさか忘れたわけではあるまいな。

 神楽の白い肌、猫のように丸い瞳、真っ直ぐな黒い髪、薄い唇――それらの測られたようなパーツが、古風な人形(ドール)のような妖しさを彼女に纏わせる。

 五分くらい経っただろうか。ようやく神楽が口を開いた。

「犬を捕まえてきてほしいの」

 僕は一応、聞き返した。〝犬〟と聞こえたような気がして。

「いぬ? 犬と言ったのか?」

「そう」

 

 …………話は終わったようだ。

 メールでのやり取りのように、僕も淡々と言葉を返した。

 

「どうして捕まえてきてほしいんだ?」

「必要だから」

「なんの為に必要なんだ?」

「私の為に」

「僕が捕まえてくることに意味はあるのか?」

「あなたが捕まえてきた犬がいいの」

「期限は?」

「今日中」

 

 今日中……犬一匹くらいなら……いや、それよりも…………

 

「…………」

「……駄目?」

 

 僕は沈黙してしまった。勿論、彼氏の務めとして、彼女の願いは聞いてやるもんだ。それはわかっている。それでも、保険はかけておかなければいけない――

 

「……確認する。僕は捕まえてくるだけでいいんだな?」

「そう。捕まえたら、私に渡してくれればいい」

「わかった。捕まえたらここへ戻ってくる」

 

 神楽は無言のままゆっくりと頷いた。そして立ち上がり、マンションの方に戻っていった。僕も早速、クエスト攻略に取り掛かることにした。

 

 

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