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発達障害考察ブログ HYOGOKURUMI.Scribble

言葉は嘘をつきません

2019年5月3日 1,000,000PV達成

05:犬を捕まえてきて 3/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:04:犬を捕まえてきて 2/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

05:犬を捕まえてきて 3

 こんなところに狼なんているわけがない。しかしあれはどうみても図鑑やネットの動画で見たことのある狼のフォルム――さぁ、どうする。

 全身の細胞が「奴に背を向けるな」という警戒を発している。初めての感覚だけど僕の脳は戦闘が始まっていることを理解していた。 

 種類は不明……無傷は無理か……犬の餌は食べるかな……頭の中で策を巡らす間もなく、狼は僕に向かって突進してきた。僕は咄嗟に、買い物袋の中に手を突っ込んで、取り出した「虫よけスプレー」を奴に向けて噴射した。狼は嫌そうな顔をしながらぶんぶんと顔を振るいつつ、頭や胴体を地面に擦り付け出した。スプレーの成分を消そうとしていることがわかる。僕はその隙に素早く上着を脱いで左手に巻き付けた。気休めかもしれないけど、一部分でもいいから防御力の高い箇所を作るべきだと判断した。次に、買い物袋に入ったままの果物ナイフをパッケージから取り出そうとした。犬を殺傷する為に買ったものだった。しかし、ナイフはプラスチック製のパッケージに結束バンドで固定されていた為、取り外すのに若干の時間を要してしまった。「……くそっ」と、思わず感情を込めた声が出てしまった。

 僕の右手にようやくナイフが落ち着いたその瞬間、戦闘態勢を整えた狼がまた飛びかかってきた。狼との距離がゼロになるまで1秒もなかったが、それでも僕の体は反射的にシャツを巻き付けた左腕を体の前に出していた。狼はその腕に食らいついた。しかしその突進の勢いに力負けしてしまった僕は後ろに倒れてしまった。それでも狼の噛みつきは止まらなかった。衣服の上からでもかなりの痛みが走る。次の瞬間にも別のところを噛まれるか、腕がへし折れるかもしれない――僕は右手に握りしめていたナイフを狼の体に突き刺した。我武者羅だった。

 その刹那、肉の感触がナイフを伝って、僕の脳に届いた。

 

 ――これだ…………

 

 その先のことはあまり覚えていない。はっきりと覚えていることは、ナイフを狼の右目に突き刺したこと、そのナイフを狙って蹴りを入れたこと、ナイフが柄の一部しか見えなくなるまで狼の頭部に深く刺さったこと――

 今、狼は僕の足元で動かなくなっている。まだ辛うじて生きている。苦しそうに浅い呼吸をしている。狼をここまで追い詰めたのが僕、という実感が全くない。でも手や足に意識を込めると、攻撃の後味や手応えの感触がまだ残っていることがわかる。

 その時、ヴヴヴッとスマートフォンが振動した。ポケットから取り出してみると、神楽からだった。

『犬は捕まえた?』

「あー、うん、捕まえたよ。いま僕の足元で死にかけてる。これから止めを刺すところだ。死んでる状態でいいよな?」

『生きていると調理しにくいから、殺した状態でお願い』

 あ、やっぱり食べるんだ、と僕は思った。

「……わかった。で、相談なんだが、かなりでかい犬なんだ。脚だけでもいいか? 太ももから脚の先までで。大きすぎて持って帰れそうにないんだ」

『大きすぎるって……あなた、どんな犬を捕まえたの?』

「わからん。見た感じ……狼のようなのだが」

『狼なんて、街中にいるわけないでしょ』

「僕もそう思う」

 数秒の沈黙の後に神楽が言った。

『……わかった。脚だけでいいから、お願い』

「りょーかい」

 僕の返事の直後、通話はガチャりと切れた。

 

 

   ◇ ◇

 

 こんな大きな生き物の命をこんな形で奪うのは初めてだった。それでも、僕の手は躊躇することなく、大きな岩を狼の頭部めがけて振り下ろすことができた。特に驚きもしなかった。自分がここまでできることは、ずっと前から知っている。

 岩をぶつけられた衝撃で狼の頭部は砕け、今まで真っ直ぐに僕を睨んでいた瞳が、とうとう明後日の方に向けられた。続けて僕は狼の頭部を片足で踏んづけながらしゃがみ、ナイフを引き抜いて喉のあたりに突き刺した。弱々しい唸り声が悲鳴のように聞こえた。それがこいつの最後の声だった。

 狼が動かなくなったのを確認してから、僕は解体を始めた。喉に突き刺したナイフを輪を描くように斬ってみた。頑丈な布をカッターで切った時のような面倒な感触を想像していたけど、そうでもなかった。ステーキにナイフを通した時のような滑らかな感触が僕の指に伝わってきた。胴体がびくびくと痙攣したような動きをみせた後、切り口から泡も一緒に流れ出てきた。

 僕はその鮮やかな川の流れを、しばらく眺めていた。

 

 木の葉の掠れる音――

 湿った風――

 ひんやりとした心地良さ――

 体の内側に広がる浮遊感――

 

 この気持ちは一体、なんという感情なのだろうか。

 まるで大空を飛んでいるような解放感。

 

 喉から引き抜いたナイフを脚の付け根に突き刺した。さっきよりも柔軟さが失われているように感じた。もう死んだからだろうか。

 太ももの輪郭を意識しながら切り口をほぼ一周させたところで、僕は立ち上がって、背筋測定の要領で脚を引きちぎろうとした。でもまだ脚は抜けなかった。仕方なく、同じ作業を三度ほど繰り返した。肉をほじくっている内にナイフが骨に当たった。もう十分だろうと判断し、今度こそとまた力いっぱい引っ張った。そうしてようやく、最後までしぶとく繋がっていたものがぶちぶちと音をたてながら千切れた。

 

 時計をみると午後四時を過ぎていた。五時過ぎには神楽の家に着けるだろう。暗くなる前に戻れそうで良かったと思った。僕は神楽に「調達完了」とメールを打った。

 

 

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