発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

07:デート 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

スポンサーリンク

f:id:hyogokurumi:20190516095348j:plain

 

前:06:犬を捕まえてきて 4/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

07:デート 1

 僕が神楽のことをどう思っていようがいまいが、世界はなにも変わらない。僕が存在しているこの世界は、僕の意思とは一片の繋がりだってもっていない。そのはずなのに、僕の日常は少しずつ変化の兆しをみせていた。

 朝食を手早く済ませている時だった。目玉焼きをのせた食パンにかぶりつく幸せそうな妹の隣で、母がニヤつきながら僕をみていた。

「あんたさ、最近明るくなった?」

 その母の好奇心を、僕は「別に」と返してさらっと流した。けど、内心では母の気づきを不思議に思っていた。一体、僕のどこをみてそう思ったのか。

 確かに……神楽と付き合うようになってからいろいろあった。けど少なくとも家族の前にいる時の自分はずっと変わっていないはず。むしろ、いまの僕は重苦しいものを抱えている。犬と殺りあったあの日から三日が経ち、神楽に対する昂った感情は流石に落ち着いたけど、僕は未だ、この気持ちをどう整理したものかと悩んでいた。

 なにかの毒に侵されたような、いつまでも満たされない、苛立ちにも似たこの感覚。気がつけばすぐに神楽のことを考えてしまっている、そんな自分のことも、あまり好きにはなれなかった。

 この三日間、悩み続けてわかったこと。どうやら僕は、この気持ちをどうにかして消化させたいらしいのだ。だから僕は、神楽をどこか遊びに誘おうと考えていた。

 

 

   ◇ ◇

  

 夏の行楽として真っ先にイメージが膨らんだ場所は海だった。海水浴場で焼きとうもろこしを一緒に食べたり、水をぱしゃぱしゃとかけ合ったり。楽しそうに笑う神楽の様子を思い浮かべただけで、僕も楽しい気持ちに浸れた。遊園地のプールでもいい。ウォータースライダーといった、海にはないアトランクションがあるし、帰りは遊園地のほうに寄って、二人で観覧車に乗るのもいい。

 そんなわけで、安直な感じは否めなかったが、『夏だから泳ぎ』という方針で行き先は固まりつつあった。けど、実のところ僕は神楽の趣向をよく知らなかった。唯一知っていることは、動物を生きたまま好んで食べること、それだけだ。行き先を決める上で役に立つ情報ではないだろう。

 気がかりはそれだけじゃなかった。例えば海水浴なら「魚の死骸が溶けたスープの中で泳ぐなんて嫌よ」とか言いそうだし、プールなら「プールの水ってすごく汚れてるのよ」とか言ってきそうだ。以前の〝汚れていない肉〟という彼女の言葉が、僕にそんな連想をさせた。もしかしたら、人の多いところは全部嫌がるかもしれない。

 そんなことを考えている内に、子守唄のような校長の声と、目覚まし時計のような喧しい担任の声が僕の耳を通過し、机の上には宿題の問題集やらプリントたちが積み上げられていた。

 今日は終業式。明日から、夏休みだ。

 

 

   ◇ ◇

 

 帰りの駅のホームで電車を待っている間、僕は神楽にメールを打った。プールか海、どちらがいいか。丁度、彼女も駅のホームにいる頃だろうか。

 返信はすぐに来た。『遊びに行くのはOK。でもどっちも嫌よ』

 想定していた返答だったこともあり、特に驚きはなかった。でも、嫌の基準がわからないので聞くことにした。『嫌なら仕方ない。ただ、理由を教えてくれないか? 他の場所を決めたいから』

 やはり汚れた水が嫌なのか、それとも人混みが駄目なのか。

 どっちにベットしようか考えている内に返事がきた。

『とにかく、泳ぎは嫌なの』

 いつもはっきり理由や気持ちを教えてくれる神楽が、珍しく、回答をはぐらかした。もしかして泳げないのだろうか。それなら教えてやるが。いや、水着姿を見られるのは嫌だとか?

 返事を打っている途中で二通目の返信が届いた。

『わたし、プールの授業はいつも休んでいるの』

 それは知らなかった。僕の通う高校は、プールの授業だけは男女別々に行われている。

 

 淡々と事実を述べるだけのあの神楽が、こういう形の返事をするということは、深く突っ込まれたくないことがあるのだろうと察して、話を進めることにした。もしかしたらデリケートな事情なのかもしれない。

『わかった。泳ぎはやめておこう。なら、他にリクエストはあるか?』

『泳ぎ以外ならどこでもいいわ』

 あくまでも僕に決めさせるつもりのようだ。まぁ誘ったのはこっちなんだから、それは当然ともいえる。でも、ちょっとくらい要望をだしてもらえると、僕も考えやすいかなぁとも思うわけで。

 いつもデート先を考えるのが大変、なんて言ってるカップルのぼやきをテレビかなにかでみたことがあるけど、たしかに結構気を使うぞ、これは。どこに行けば彼女が喜ぶのか、一緒に楽しめるのか――

 

 デートスポットをネットで調べることにして検索ページを開いたその時、駅のホームにある広告看板が目に留まって、打ち込んでいた文字を打ち直した。そして開いたサイトは、ここらでは一番大きなショッピングモールの中にある映画館の上映案内。僕は映画の詳細にさっと目を通した。

『映画なんてどうだ? 今だと「戦国ゾンビ」が面白そうだ。人がむしゃむしゃと食われる映画だぞ』

 突然、江戸の街に現れた地獄の住人と侍たちが戦う映画だ。神楽に対してこのアプローチは別に間違ってはいないだろ? と思いながら返事を待つ。

 電車がホームに滑り込んだ。

 

 

   ◇ ◇

  

 一駅分進んだところでスマホが震えた。

『予告編をみてみたわ。これ面白そうね。OKよ』

 よしよし。映画なんていつでも行けるが、今回はこれでいいだろう。

 映画の後の予定も軽く決めておくことにした。几帳面な奴と思われやしないかという懸念もあったが、映画をみる時間だって、その後の予定次第で決めなくちゃいけない。そんな風に考える奴が几帳面なんだぞ、とか自分にツッコミを入れながらメールを打つ。

『映画の後はショッピング。服とか一緒にみよう。夕食も一緒に食べようか』

『いいわね。いつにする?』

『僕はいつでもいいけど、そういえば夏休みの宿題はどうしている? 僕は毎日こつこつ派だが。全部やり終えてからの方がいいか?』

 全教科、毎日数問ずつ進める。これが一番疲れない。でも、もしかしたら神楽は一気にやり終えるタイプかもしれない。それなら、宿題が終わってからのほうがより楽しめるだろうと思って。

 この時、僕はメールを送ってすぐに後悔した。細かく聞きすぎじゃないか?って。表情が変わりそうになるほどの恥ずかしさが膨らんでいった。そんな僕にとって彼女からの返信は、心温まるものだった。

『私もコツコツ派よ。だからいつでもいいわ』

 思わずにやけそうになった頬を意識して固めた。こんな他愛のないことでも、それが彼女との共通点だと思うと妙に嬉しくなる。

 デートは来週の月曜日に決まった。毎週月曜日はカップルデー。二人で行けば、映画が一人千円で観られるのだ。

 

 

   ◇ ◇

 

 七月二十六日、月曜日。待ちに待ったデートの日。

 学校の最寄り駅、その南口から出てすぐの所にあるコンビニ店内で神楽を待つ。ここは神楽が登下校で普段利用している駅で、ショッピングモール『マイ・シティ』までの循環バスが出ている都合の良い駅だ。待ち合わせ場所はもっとそれらしい場所にしたかった。でも、この辺りには犬やモアイを象った銅像のような、洒落た待ち合わせスポットはないのだ。

 約束の時間。十三時まであと十五分ほど。僕は立ち読み中のファッション雑誌に視線を戻した。

 雑誌には、帽子やらサングラスやらピアスやら、様々なアクセサリーを身に着けた男が笑顔とポーズをこちらに向けている。対して僕の格好は、十字架のネックレスの絵が描かれた白のTシャツの上に、薄手の黒い半袖シャツ、下も黒のジーパン。黒と白ばかりで地味なのはわかっているが、これくらい控えめなスタイルが好みだ。

 神楽はどんな格好をしてくるんだろう。この間、神楽宅で会った時の格好から察するに、服のセンスは普通に思えるが。

 そう思いながらページを捲っていると、コンコンと窓ガラスを叩く音がした。顔を上げると、神楽が窓の外から僕をみていた。

 久しぶりに神楽の笑みをみれたせいか、僕の表情も自然とその形になった。

「待たせたかしら」

「ぜんぜん待ってないよ。今日はよろしく」

「こちらこそ」

 挨拶を交わした僕らはバスターミナルに向かい、停留所のベンチに座った。ここからマイ・シティまでの直通バスが出ている。

 

 神楽の格好は、白の半袖ブラウスに黒のベスト。下は短めのプリーツスカートに、ニーソとショートブーツ。肩からは黒い皮製のバッグをかけている。ブラウスとタータンチェックの赤いネクタイ以外は、黒尽くめだった。

 ネクタイの存在感が巷で人気のアイドルグループを連想させた。彼女たちもたしか、こんなスクール系のユニフォームを着ていたと思う。だからといって、神楽がその影響を受けたとは思わない。ましてやファンだなんて。なぜなら僕は大概の流行歌に全く魅力を感じないからだ。ああいう喧しい曲より、絶望や退廃的な心情を詩にしたような、静かな曲を好む。だから神楽もそうであるはず……という勝手な理屈であり、期待。

 それよりも、自分の格好も黒と白で統一したようなものだったから、また共通点をみつけたような気がして嬉しくなれた。

 会話のネタを探していた僕は、互いの格好を話題にすることにした。

「二人揃って、黒と白だな」

「そうね」

「そういう格好が好きなのか?」

「わりと」

「普段着でネクタイとか、なんかコスプレっぽいな」

「正しい認識だと思うわ」

「…………」

「……」

「今日も暑いな」

「暑いわね……」

 会話が広がらない……僕は自分が悪いんだろうかと考えた。

 次のバスが来るまであと十分ほど。こんな風に人と会話したことがあまりないせいか、言葉がでなかった。それにこの気温……少し息苦しさを覚えるほど暑い。今日は三十度を越えるらしい。神楽の額にも汗が乗っていた。

 バスターミナルの端に自販機が見えた。

「暑いね。冷たいもの買って来るよ」

「……お願いするわ」

「リクエストは?」

「紅茶系……」

「わかった……」

 僕も神楽も、体の中に籠った熱を吐き出すように言葉をだしていた。

 

 自販機に着いた僕は投入口に小銭を入れて、冷たい紅茶系飲料のボタンを押した。そして、取出口に手を伸ばした。その時、ペットボトルの隣に見慣れた生き物が横たわっていることに気が付いた。

 一見した限り外傷はなく、見た目も綺麗だった。でも寝ているようにはみえない。

 

 僕は認識を改めた。

 自販機の取出口の中で、茶毛の子猫が死んでいる。 

 

 

次話