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言葉は嘘をつきません

08:デート 2/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:07:デート 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

08:デート 2

 取出口には手前に開くタイプの蓋がある。迷い込んで出れなくなったとは考えにくい。何者かがここに閉じ込めたか、子猫が死んだか殺した後でこの中に捨てた、ということだ。それも、数時間以内のことだと推理できる。バスターミナルの端とはいえ、人通りも多いこの場所なら自販機を利用する人も相応にいるはず。すぐに誰かが気づくだろう。犯人は2~3時間以内にはこの場所で……いや、1時間以内の可能性だって十分にある。まだこの付近にいてもおかしくはない。前の利用者がこの死骸に気づきながらも放置した可能性はあるが、僕が最初の発見者なのかもしれない。

 この状況と犯人について少し考えてから、やっぱり気づかなかったことにして二本目を買った。今日はせっかくのデートなんだ。駅員に届け出たりしたら、もしかしたら面倒な手続きが待ち受けているかもしれない。映画の予定が狂ってしまう。

 停留所のベンチに戻って、神楽にドリンクを渡した。

「ありがとう」

 そう言って神楽はボトルを頬に当てた。

 僕も蓋を開けて一口飲む。

「自販機の取出口の中に、子猫の死骸があったよ」

「そう。酷いことをする人がいるものだわ」

 神楽はボトルの冷たさで気持ち良さそうで、どうでもいいって感じの言い草だった。

「僕はそのままにしてきたけど、神楽ならどうする?」

 やはり食料として、持ち帰ってしまうのかと思って。

 でも、神楽からの返事は意外なものだった。

「私もそうするわ」

「……どうして?」

「だって、今日はせっかくのデートなんですもの」

 食べる食べないに関する返事を想定していたせいか、笑みを浮かべて答えた神楽のことが一瞬、別人に思えてしまった。まるで普通の女の子だ。いや、あんなところにある猫の死骸をほったらかしにできる精神は普通ではないのだろうけど。

 そんな困惑もあったけど、神楽がまた僕と同じ考え方だったことが単純に嬉しかった。

 

 

   ◇ ◇

 

 バスが着いた。列の先頭にいた僕らは一番に乗り込んで、最後部の席に座った。僕らのあとに五人ほど乗り込んだが、乗客がそれ以上増えることはなかった。

 窓側席に座った神楽は無表情の眼差しで、ただ真っ直ぐに前をみていた。単に前向きに座っているだけというか、どこも見ていないような、なにも意識していないような。まるでマネキンのように固定された存在だった。

 バスが発進しても神楽の様子は変わらなかった。僕も無言無表情でいることはできるけど、せっかくこうして会っているのだから、やっぱり話しかけることにした。

「神楽は、映画とかよく観るのか」

「たまにテレビで観るくらい。映画館なんて何年ぶりかしら」

 僕は年に何度か、妹を映画館に連れて行くことがある。観るのはアニメばかりだが。そう返事しようと思ったけど、やめた。親はずっといないと言っていたから、家族交流の話をされても返事し難いかと思って。

 そういえば神楽の両親はどこにいるんだろうか――そんなことを思いつつ、僕は当たり障りの無い返答を作った。

「……僕も映画館は久しぶりだよ。普段は話題作をレンタルで観るくらいかな」

 中学生の頃、無色透明な人生に少しでも色をもたせようと思って、色んなことに手をつけていた。映画鑑賞もその一つだ。自分に定着した数少ない趣味の一つといえる。

「〝羊たちの沈黙〟は観た?」

「タイトルだけなら知ってるわ」

 人食い系の映画の中ではかなり有名なタイトルだから、神楽なら絶対に観ていると思ったのだが、また意外な返事だった。あまり映画は好きじゃないのだろうか。いやでも、神楽は戦国ゾンビの予告編を観て面白そうだと言っていた。全く、というわけではないだろう。

「どんな映画が好きなんだ?」

「〝ジョーズ〟とか、結構好きかも」

「じゃあ、〝アナコンダ〟は?」

「それ、いつか観ようと思ってたわ」

「なるほど……人が派手に食われる映画が好きってことか」

「たぶんそう」

 曖昧な返事だったが、神楽の趣向が一つわかったような気がした。

 本人に自覚はないようだが、恐らく、捕食系の映画が好みなんだ。きっと、奥深いストーリーは求めていない。とにかく、人とか、生き物が食われていればいいんだろう。つまり、B級モンスターパニック系が好き、と。

 

 それからしばらくは会話らしい会話もなく、僕らはただ地蔵のように静かに座っていた。正直、こうしている方が僕も楽なんだけど、会話スキルがないのは困りものだ。

 すると、

「ごめんなさい」

 顔をこちらに向けた神楽が突然、謝ってきた。わけがわからなかった。

「なんだよ、突然」

「私、お喋り得意じゃないから。いつも貴方に喋らせてばかり」

 そんなことを気にしていたのかと、僕は驚いた。たしかにメールのやり取りだって、僕から始めることのほうが多かったけど。

 申し訳ない気持ちを表すようにうつむく神楽。平らな表情もどことなく、悲しみが現れているように見えた。

「いいんだよ。神楽のペースで」

 僕は正直な気持ちを伝えた。これは自分に言いたい言葉でもあった。その僕の返事に、神楽も笑みと頷きを返してくれた。そして、僕の肩に頭をコンと乗せた。一瞬しか見なかったけど、神楽の頬がすごく赤くなっていた。

 

 この時、僕は思った。恋人ごっこは終わったのだと。僕は神楽のことが好きになったのだ。僕の中で渦巻いていた奇妙な感覚は、やっぱり、恋というものだったんだ。神楽もきっと、僕のことが好きになったんだと思う。そう思いたい。この関係が始まった経緯とか、神楽の食事のこととか……冷静になれば、おいおい待てって思うところが多々あることはわかっている。それでも、今までのことぜんぶ受け入れた上で、どうやら僕は神楽のことを好きになれている。 ただ、僕らの関係はまだ浅い。一緒に過ごした時間も短い。これから少しずつ深めていこうと思う。

 

 

   ◇ ◇

 

 ほどなくしてバスはマイ・シティに着いた。バスターミナルから人の流れに沿って少し歩けば、前面ガラス張りの出入口が見えてくる。あちこちから聞こえる軽快な音楽、風船を持った子連れの親子、ポップコーンの売店――ここはいつ来ても、テーマパークのように賑やかだ。

 建物に入った僕らはまずマップを確認して、神楽にこれから向かう三階の映画館エリアを教えてから、エレベーターに乗り込んだ。チケット売り場で学生二枚分の鑑賞券を買った後、売店でポップコーンとドリンクのダブルセットを買った。

  ホールには数え切れない程の人がいたが、戦国ゾンビを上映するスクリーンにはざっとみて十人もいなかった。僕らの座席の前後の列は、端から端まで丸ごと空席。どうやら客のほとんどは話題のアニメ映画に流れたようだ。お陰で窮屈な思いをせずに済む。

 

 二十分ほども続いた長ったらしい新作予告の後に、ようやく本編が始まった。

『……噛まれると、奴らの仲間となってしまうようじゃな』

『弱点は頭か……くそっ……これを伝えるまでは死ねぬわ……』

『殿ぉ! お逃げ下さい! 不死人が……うぁああぁあっ!』 

 上映中、僕はずっと、神楽の手を握る機会を窺っていたんだけど、彼女の手はポップコーンのカップを持ったままだった。空になれば手放すかとも思ったが、だからといってばくばく食べるのも不自然だ。結局、手は握れなかった。

 

 映画を観終えた僕らは休憩も兼ねて、レストランエリアの喫茶店に入った。劇場を出た時から、神楽が少し疲れた顔をしていたのだ。慣れない座席に長時間座っていたことが原因らしい。神楽は少しふらついているようにもみえたが、支えが必要というわけでもなさそうだった。

 案内された奥の席に着いてから、とりあえずアイスコーヒーを二つ注文し、一息ついたところで映画の感想を聞いてみた。

 神楽は「期待以下だったわね」と言った。僕も同意だった。

 まず肝心の人が食われるシーンについてだが、描写はとても控えめだった。見せてもせいぜい断末魔の表情アップぐらいなもの。僕らはこの捕食シーンをどこまでリアルに描写できているか、という所に期待していたのだけど、その意味では、どうやらみる映画を間違えたと言わざるを得ない。主人公は有名俳優だけど登場シーンは少なく、お笑い芸人ばかりが映っていた。人気アイドルグループの子がヒロインの友人役で出ているけど、こいつもほとんど喋ってないくせに、中盤からは病原菌のせいで寝込んでいた。ストーリーは、山賊たちが伝説の財宝欲しさに封印された隕石を解放してしまったというだけの、とてもわかりやすい……まぁ、王道というべきか。

 予告編では巨額の制作費をかけた超大作のように謳っていたが、結局これは――「ファミリー向けの、優しいゾンビ映画ね」と神楽。僕も同感だ。

 

 喫茶店を出た時に神楽が言った。

「今度、映画のお礼に、美味しいコーヒーを出してくれる喫茶店を紹介するわ」

 僕はコーヒーの味の違いを意識したことがあまりないのだが、期待しておこう。

 その後、ショッピングエリアをぐるりと一回りすることになった。僕も神楽も、どんな店が入っているのかをよく知らないので、ぶらぶらと端から見ていこうというわけだ。

 神楽はこうしていても、「犬が食いたい」とか「猫が食いたい」とか思っているのかもしれないし、もしかしたら必死で我慢している状態だったのかもしれないが、僕にそれを知る術はなかった。少なくとも洋服店やビーズショップに立ち寄って品物を物色している彼女の様子は、どうみても普通の女の子だった。「ガーリー系の服も好みなの」と言っていたが、初めて聞く言葉だったのでいまいちよくわからなかった。神楽が手に取っていた服からみて、レースがついているような、大人しい感じの服のことのようだった。

 そして、雑貨屋の前を通った時だった。神楽はまたピタと足を止めて、店の中に入って行った。彼女が手に取ったのは、兎のペンケースだった。最初、ぬいぐるみかと思ったんだけど、背にジッパーがついていた。

「兎、好きなのか?」

 神楽は兎の顔を見ながら頷いた。

「これがほしいのか?」

 神楽はまたこくりと頷いた。こんな安物で良ければと、僕は買ってやることにした。後で思い出したんだけど、神楽が学校で使っていたアルミのペンケースにも、兎が描かれていた気がする。

 

 ――兎が好き、だと?

 僕は会計を済ませながらこの疑問を整理していた。君はどう考えても、そういうキャラじゃないだろう。きみにとって動物とは、捕食の対象でしかないんじゃないのか? というか、兎だって食べたことあるんじゃないのか。いや実は、兎だけは食べてないとか……好きな生き物は食べられないとか? 

 また、謎が増えた。そういえば兎という生き物は〝孤独だと死ぬ〟といったミステリアスなメッセージを背負わされた生き物だ。神楽が兎を愛でる対象として認識していることは理解したが、それ以上の感情も向けている気がしてならなかった。

 神楽はペンケースの入った包みを抱きかかえるようにして持つと、僕をみて嬉しそうに微笑んでくれた。

 その表情は、今日一番だった。

 

 

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