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言葉は嘘をつきません

09:デート 3/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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09:デート 3

 どこからか、ガランガランと大きいベルを鳴らしたような音楽が流れてきて、その方を見ると、丁度18時を差した時計台があった。外はもうすぐ暗くなっていくだろう。

 ショッピングを終えた僕らはまたレストランエリアに戻って、今度はスパゲティハウスに入った。レトロな電車に似せた店の外観がとても魅力的で、美味そうな雰囲気が漂っていた。実際に店内の造りは電車の内装を意識したデザインだった。ちょっとキョロキョロしながら案内された座席に着き、ラミネートしただけの簡素なメニューを手渡された。僕は本日のおすすめだった『オムスパゲティー』に即決した。神楽もそれでいいと言った。

 注文後、食後のデザートを選んでいると、前菜のサラダが出てきて、それから五分と経たずに料理が出てきた。どうやら別のテーブルと同じ注文だったようだ。

 神楽は手を合わせ、小さな声で「いただきます」と言ってから口をつけた。習慣なのだろうか。僕も一旦は手に取ったフォークを戻してから、「いただきます」と言った。多分、小学生の給食以来だと思う。

 料理はナポリタンの上にスクランブルエッグがのっているだけなんだけど、これがまた絶妙に美味しかった。神楽も美味しいと言いながら次々と口に運んでいた。この時、僕は初めて〝普通の食事〟をする神楽を目にしていたわけなんだけど、あまり意識はせず、料理の味をただ楽しんだ。店内に流れるジャズミュージックも心地良く、長居しても良かったんだけど、店内が満席になってからは騒がしくなってきたので、食後はわりとすぐに店から出ることにした。

 

 

   ◇ ◇

 

「ありがとう。今日は楽しかったわ。また誘ってね」

 バスを降りると、神楽はそう言って一人で帰ろうとしたので、僕ちょっと待てと肩を掴んだ。

「家まで送る。そうさせてもらうぞ」

 私は一人でも平気とかなんとか言っていたけど、はいはいと軽く流しながら背を押した。

「こういう時、男は送っていくものなんだよ」

 それもあるけど、正直言うと、一秒でも長く神楽と一緒にいたかった。

 

 今度はどこへ遊びに行こうか、なんて立ち話をホームで始めたら、すぐに電車が来てしまった。ギュウギュウとまではいかないけど、吊り革が足りなくなるほど混雑した車内で、彼女は僕にもたれかかるようにして立っていた。

 僕はさりげなくその背に手を回した。抱き寄せるような力は込めなかった。目を閉じて力をぬいた無垢な表情を僕の体に預ける神楽。今日は疲れてしまったのだろうか。次はデートコースをちゃんと考えようと思った。

 

 駅から出ると、神楽は「こっちに来て」と言って繁華街の方に向かった。そして路地裏を抜け、住宅街に入った。ここから道なりに歩けば自宅のマンションに着くらしい。この間、僕が神楽のマンションに行った時に通った県道沿いの道は、車の往来が激しいからあまり通りたくないとのこと。繁華街も、よく知らない人から声をかけられるからあまり歩かないらしい。声と言うのは、美容院の客引きだったり、ナンパだったり、稀に何かのスカウトだったりと。

 しばらく進むと、歩道の脇に膨らんだ物体を見つけた。最初は何かの袋かと思ったんだけど、近づいてみるとそれは犬だった。見た目は柴犬。首輪はナシ、野良犬か。損壊の特徴や激しさからみて、車に轢かれたものと思えた。裂けた腹部やその周りは未だ乾いておらず、蛆がいないことからも、息絶えてからまだ時間はそう経っていないと思われる。

 こういう猫の死骸はみたことあるけど、犬は初めてだ。なんて思いつつ、そのまま通り過ぎようとしたら、足を止めた神楽が犬の近くでしゃがみこんだ。ここで食べ始めたらさすがに止めるべきだろうか。

 僕は神楽の動向に注視した。しゃがんだ彼女は、ただじっと犬の亡骸の方を向いている。神楽がいま何を見ているのかがとても気になる。視線は犬の亡骸だが、もしかしたら意識の内側とか、別のものを直視しているのかもしれない。

 こういう時に黙ったまま見守るしかない自分が嫌だった。だから僕は、ストレートに聞いてみることにした。

「……食べたいのか?」

 ……神楽、無言。僕は言葉を続けた。

「もし我慢してるんだったら正直に言ってくれ。できる限り協力する」

「そうじゃないの」

 神楽は犬を見つめたまま返事した。

「今は食べたいとは思わないわ。ただ……こんな街中でキツネは珍しいなって」

「キツネ?」

「そうよ。これはキツネよ」

 毛並みとか毛色とか横顔だけで、なんとなく柴犬だと思い込んでいた。妙に痩せこけた顔付きも野良だからと思っていた。よく見ると確かに、もうキツネにしか見えなくなった。

「山から下りてここまで来たのかもしれないけど」

 神楽はそこで一旦言葉を区切ってから、また話を続けた。

「……二ヶ月くらい前から、この辺りで殺された動物の死骸を何度か見かけるの」

「動物虐待をしてる奴がいるのか? この町に」

「たぶん、そう。明らかに攻撃された痕があるの。だからさっきのキツネももしかしたらって思ったんだけど、ほとんど潰れてたからよくわからなかったわ」

「犯人を捜しているのか?」

 もしかして、と思いつつ聞いてみた。

「そうかもしれない」

 どういう意味だ。

「自分には理解し難いことをした人の存在を知った時、その人と喋ってみたいと思わない?」

「まぁ、わからなくもないよ。無差別大量殺人をしでかした奴とかな」

「そう、そんな気持ちよ」

 神楽の中でも明言化されていない感情のようだ。あと、彼女は食べるために殺すことはあっても、ただ殺すようなことはしないんだろう。今の会話からそう思えた。

 

 

   ◇ ◇

 

 マンションに着いた。エントランスの出入口で足を止めた神楽は僕の方をじっと見て言った。

「……送ってくれてありがとう」

 その言葉が出てくるまでに、若干の間があった。こういう時に言うべき言葉を、頭の中で探していたのだろうか。いつも澄ました顔をしているくせに、頭の中は誰よりも慌てふためいているのかもしれない。無表情のままそう言った神楽が、なんだか愉快な生き物に見えてしまった。僕は彼女の様子をそんな風に想像してしまい、自然とこぼれてしまった笑みと共に言葉を返した。

「どういたしまして」

 じゃあまた、と言って、手を振りながら神楽を見送った。

 一旦はエントランスの奥まで進んだ神楽は、一度振り返ってからまた手を振ってくれた。その姿も見えなくなったところで、僕の初デートは終わった。

 帰宅して僕は早々にベッドで仰向けになった。安堵のため息がでたのは、何事もなかったことに対してのものだろうか。

 

 今日は楽しかった。反省点は多々あったけど、初めてのデートにしては上出来だろうと自分を誉めたい。

 神楽に対しては、未だ多くの謎を抱えている。それは僕と神楽との距離を示しているといっても過言ではないと思う。神楽の行動や言葉の意図にはよくわからないものが多い。ただ、それらを追求しようと思う好奇心は以前ほど強くない。できれば互いが息苦しくない、ラフな付き合いがしたい。

 それでも、神楽の気持ちを無視した行為はしたくないと思っている。

 これが〝優しさ〟という感情。この認識でいいだろうか。

 もう少し適切な言葉があるような気がしてならないのだが。

 

 犬と殺りあったあの日、『僕のこと好きか?』という問いに対して、神楽は『大好きよ』と返信してくれた。あれから何日も経ったけど、僕は未だ、その言葉に返事をしていない。

 僕も好きだと言いたい。そういう気持ちが日に日に大きくなっている。

 でも、あの時はまだ僕から一方的に質問をする関係で、機を失ったというか――とにかく、このままじゃよくないってことはわかっている。

 

 今の僕はもう、恋人ごっこは終わったと思っている。

 これからは、本当の恋人同士として付き合いたいと思っているのだ。

 さっきの言葉だってメールではなく、今度は神楽の生の声で聞きたいし、返事は自分の言葉で伝えたい。

 だから、この夏休みの間にちゃんと伝えようと思うんだ。 「好きだ」と。

 

 

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