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言葉は嘘をつきません

10:猿を捕まえてきて 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:09:デート 3/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

10:猿を捕まえてきて 1

 8月10日――その日は朝から雨が降っていたこともあり、僕は一日中自室に篭って夏休みの宿題をしていた。いいペースで進んでいたこともあり、この日の内にあらかた終わらせるつもりだった。夕食後も続きをする為にジュースを片手に自室へ戻ると、スマホの着信ランプが光っていた。神楽からのメールだ。

 この間のデートの日から、彼女の方からメールをしてくる頻度が増えた。昨日も『猫の死骸発見』『骨や歯は食べない。砕いてから捨てる』等と、聞いてもいないことを教えてくれるようになった。僕はこの変化を、彼女との心の距離が少し縮まったと受け止めている。さて、今回はどんな情報だろうか。

『この前の約束、覚えてる? 映画のお礼にコーヒーをご馳走するわ。明日は空いてるかしら』

 そういえばモールの喫茶店でそんなこと話をしたっけな。明日はお盆の準備で母と買い物に行く予定があったのだが、僕は迷うことなく承諾した。そしてすぐ一階へ戻り、リビングでせんべいをかじっていた母に、申し訳なさそうに告げた。

「母さん。明日なんだけど、やっぱり一緒に行けなくなった。大事な約束と日が重なっていたことを忘れていて……」

「あら、そう。まぁいいわよ」

 テレビドラマに夢中な母。その即答の後、隣で一緒に観ていた妹が振り返ってすかさずに言った。

「お兄ちゃんが行かないならあたし行く!」

「よし、じゃあ一緒に行こっか。お菓子買ってあげるね」

 笑みを向ける母に頭を撫でられた妹は子供らしく喜んだ。期待通りの展開になってくれてホッとする。

「お兄ちゃん、まぁたデート~?」

「こーらっ」

 家族からの茶化しを背に受けつつ、僕は自室に戻った。

 

 神楽とマイ・シティに行ったあの日、どうやら妹のクラスメイトに目撃されたようなのだ。僕は妹の友達の間ではイケメンのお兄さんということになっているらしく、事実確認の為に妹へ連絡が回ったというわけだ。神楽と一緒に歩いていた様子は、なんと隠し撮りまでされていた。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん彼女できたの?」

「ぶっ(味噌汁)……。どういうことだ?」

「ほら、これ~」

「どれどれ? この髪の長い子? ……あら、可愛い子じゃない。あんたの彼女?」

「ち……ちょっと待ってくれよ!」

 これがデート翌日、我が家の夕食時に起きたことである。恋人ではないが親しい仲であることは認めた。それはいいのだが、あれ以来なにかと妹が茶化してくるので正直対応に困っている。ほどほどにしておかないと兄だって怒るところを見せるべきか。

 

 翌日、昼食を終えてから神楽の住む街へ向かった。待ち合わせ場所は駅の改札。メールで到着を伝えるとすぐに電話がかかってきた。近くにいると言われて見渡すと、改札の向こう側で、携帯電話を片手にキョロキョロしている神楽を見つけた。

 今日の神楽の恰好は、黒地に白のラインが入ったセーラー服のようなワンピースと、黒ニーソ。頭には手の平サイズの麦わら帽子をちょこんと乗せている。神楽は僕と違って服には相当気を使うようだ。対して僕の格好は前回とあまり変わらない。でも別に気にしない。

 目と目が合った時、僕は少しだけ作った笑顔と一緒に、片手をあげて合図した。

 

 僕はこの間のように神楽の後を着いて行った。路地裏を通り抜けた後にある三叉路で、住宅街とは違う方に足を向けた。その先に商店街が見えた。と言っても、さっきまでいた繁華街が別の街に思えるほど、ひと気のないところだった。まだ昼間だというのに、シャッターの降りた店があちこちに見える。奥へ行くほど閑散としているようだった。開いている店も手芸屋や金物屋……。駅からは大して離れていないが、人通りもなさそうだ。

 その寂れた雰囲気のせいだろうか、昨日降った雨の水溜りも余計に汚らしく思えた。

「私が子供の頃はもっと賑わっていたわ」

 曰く、駅の近くに大型のスーパーができてから、あっという間に寂れてしまったらしい。

「神楽は、ずっとこの街で育ったんだな」

「そうよ……ほら、あの駄菓子屋でよくお菓子を買ったわ」

 神楽の視線の先には古びた駄菓子屋があった。軒先では野球チームのユニフォームを着た子供たちがアイスクリームを食べていた。 

 更に5分ほど歩き進んだところで神楽が足を止めた。どうやら着いたらしい。

「ここよ」

 お世辞にも綺麗とは言い難い雑居ビル。外壁にぶら下がった看板をみると一階は古書店。二階は会計事務所。三階より上は空き部屋だろうか。何の看板もない。

 で、一番下に『喫茶 ThePang』と書かれた看板があった。僕は読み方を少し考えてから言った。

「……ジ、パング?」

「そうよ」

 正解のようだ。Theはいいとして、pangってどんな意味だったかなぁと思いつつ、僕らはビルの中に入った。

 

 

   ◇ ◇

 

 建物の中は外観からもてる印象そのままに荒れていた。蜘蛛の巣、壁のヒビ、剥がれたタイル……ろくに管理もされていないことは一目でわかった。奥に見えた階段の手すりだってほとんど錆びてしまっている。うっかり手を置いたら怪我をしそうだった。窓ガラスはヒビが入っているのか、ガムテープで補強されていた。

「言っちゃなんだが、すごくボロいな」

「廃墟みたいでしょ」

「そう、それだ」

 神楽のいう通りだ。ゴミが散らかってないというだけで、ここは廃墟みたいなんだ。

 

 ガラス戸越しに古書店の中をチラ見しながら、神楽と一緒に階段を降りた。地下の廊下は薄暗く、非常灯の赤ランプが不気味に周囲を照らしていた。電気すらついていないとは。

 こんなところに喫茶店があるのかと思ったら、本当にあった。通路の奥に鉄柵のような扉があったのだ。その辺りをアンティックな壁掛けランプが照らしている。イーゼルに立てかけられた黒板には店名と、コーヒーの価格が書いてあった。

 神楽が鉄柵を押すと、キィという音が鳴った。そして足音が変わった。コツコツとしたコンクリ音から、ミシミシとした木製音。僕は岩壁風の店内から洞窟を連想した。そして静かに流れる雨音のミュージック。なるほど、店のルールは理解できた。

「いらっしゃい……あぁ、神楽ちゃんか」

 カウンターには整った口髭を生やした白髪のおじさんがいた。その親しみのある声と表情から、神楽がここの常連であることを察することができた。

「こんにちわ。奥、あいてるかしら?」

「あいてるよ。どうぞ」

 僕もマスターと思しきおじさんに軽い会釈をしながら奥の席に向かった。

 席に着いてから改めて店内を見回した後、岩盤のような壁になんとなく触れてみた。暑くも冷たくもなく、また重みも感じられない感触からして、本物の岩じゃないことはわかったけど、雰囲気は十分に出ていた。凝った作りだ。よくある木造小屋風の喫茶店とは別の精神で作られていることも感じ取れた。ブラックライトに照らされていた通路の床が、まるで地底湖の明かりのような神秘的な空間を演出している。

 洞窟と言えば聞こえはいいかもしれないが、正直なところ、僕は深海にいるような、暗黒的な闇を感じていた。

「内装は洞窟だけど……ここは深海のようだね」

 神楽は僕の言葉を聞いて薄らと笑みを浮かべた。言葉はなかったけど、また通じ合えた様に感じたのは、気のせいじゃないと思えた。

 

 注文を聞きに来た店主に、神楽はいつものを2つと言った。

 

 

   ◇ ◇

 

 マスターがコーヒーを持ってきた。テーブルの上に置かれた木製のカップをみて、僕は飲む前から想像力が掻き立てられた。これは楽しみだ。すると急に、コーヒーの水面に沢山の光の粒が浮かび上がった。僕はハッと気がついて天井を見上げた。さっきまでただの黒の壁紙天井だったのに、今では天井のあちこちが星空のように輝いている。

「気がついた?  ここの天井、星空のプラネタリウムになってるのよ」

 どうやら天井の至る所に豆電球程の小さな明かりが仕掛けてあるようだ。それらが不規則にゆっくりと明滅している。僕の驚いた様子に気がついたのか、マスターが皿を拭きながら嬉しそうににんまりとしていた。カウンターのどこかに明かりの調整スイッチがあるのだろう。

 

 コーヒーの味は素直に美味しいと思った。口の中に苦味が広がった瞬間、なんだか胸の奥から安心感が広がった様な気持ちになれた。

「…………うん、美味しい。深みのある味だな。なんていうか、落ち着けるよ」

 言葉をこねくりまわしたけど、そんな安っぽい感想しか作れなかった。別にコーヒー通じゃないとはいえ、なんだか恥ずかしくなってしまった。

 その僕の気持ちまで聞き終えたような間をあけてから、神楽は答えた。

「……わたしね、喫茶店巡りが趣味なの」

 神楽の言ったそれは、自分の趣味のことだった。たったそれだけのことを認識するのに、僕の頭はフル回転していた。普通ならただの雑談の一コマなんだろうけど、神楽が相手となるとあらゆるチェックを通さなければならない。

「……そうなのか」

 意外だな、というデリカシーの無い一言が出そうになったけど寸前の所で止めた。なんてことはない、神楽は動物を生きたまま食べるが、それ以外は普通の女の子なのだ。

「一人で?」

 こういう質問は探りを入れてるみたいじゃないかとも思ったが、その迷いは神楽の返答がかき消してくれた。

「ええ、いつもはね。今日は二人でだけど。休日はね、よくネットで調べた喫茶店に行くの。旅先で飲んだコーヒーはまた格別に美味しいのよ」

 神楽はカップをソーサーに戻し、コーヒーを見つめながら言った。

「……コーヒーって美術鑑賞に似てると思うの。特に手作りのコーヒーはね、ストーリーを伝えてくれることがあるわ。その物語を想像するのが私の楽しみ方……」

 僕はついさっきまで、言葉を探しながら飲んでいたことを恥じていた。けど、それも楽しみ方の一つのなのだとわかった。なんだか考えさせられてしまい、ろくに相槌も返さないまま僕は最後の一口を飲んだ。その一口は、確かに僕に何かを伝えてくれたと思う。

 

 

   ◇ ◇

 

「ごちそうさん。ほんと、美味しかったよ」

「誘って良かったわ」

 神楽もそう言って最後の一口を飲み終えた。

 ここは間違いなく人には教えたくない店というやつだ。僕もいつか一人で来ようと思っている。

「ねぇ、お願いしてもいいかしら」

 それは唐突な一言だった。

「どうした?」

「また、捕まえてきてほしい動物がいるの」

 コーヒーがくれた心地良い余韻が、一瞬で消し飛んでしまった。

 僕は自分に落ち着けと言い聞かせながら言った。

「……こ、今度は、なんだ?」

「猿よ」

 さる?

「そう、お猿さんよ」

 

 この時の神楽はとても楽しげな笑みを浮かべていた。

 

 

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