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言葉は嘘をつきません

11:猿を捕まえてきて 2/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:10:猿を捕まえてき 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

11:猿を捕まえてきて 2

 ボォーン――ボォーン――

 壁の古時計が15時を告げた。神楽が二杯目のコーヒーを注文した。僕はあれこれ考える前に、彼女の要求をはっきりさせることにした。

「猿にも、色んな種類がいるわけだが……猿ならなんでもいいのか?」

 そう聞きつつ、野生猿と出会えそうな場所を記憶の中で探した。地名は思い出せなかったが、何年か前にテレビで観た、野生猿への餌付けが問題になったというニュースを思い出した。そういうわかりやすい場所が候補となるだろう。ネットで調べれば簡単に割り出せそうだ。

「なんでもいいわ。チンパンジーでも、オラウータンでもいいわよ」

 たしかそいつらってものすごい怪力じゃなかったっけ。というか、日本国内にいるのか?

「まさか……今日中とか言わないよな?」

「準備も必要でしょうから、そうね……一週間以内でどうかしら」

 目的地を調べて、装備の調達をして、現地へ行って、捕まえて、帰ってくる……それぞれ一日費やすとしても、七日あれば十分か。

「……あぁ、期間は十分だが」

 僕は以前からの疑問を聞いてみることにした。

「聞いていいか。この話、もし僕が断ったらどうするんだ?」

 視線を落とした神楽の返答は――沈黙だった。その表情はどこか悲しげだった。この質問は都合が悪いらしい。その沈黙の間に、僕はカップに注がれたコーヒーを二口ほど楽しんだ。苦味、深み……脳から体全体を満たしてゆく安心感。僕の意識は一瞬だけ、その波に奪われる。時が止まったといえば大袈裟だろうけど、なにかに目覚めてしまったことはわかる。この至福に気づかせてくれたのは神楽だ。そう思うと、なんだかいじわるなことを聞いている気になってしまった。

「……聞いてみただけだ。捕まえてくるから安心しろ」

 神楽の本心は謎のまま、僕はそんな大口を叩いて勝手に話を終わらせた。

「期待してるわ」

 神楽の瞳にはカップの水面に広がる星空の海が映っていた。まるで見惚れているように、穏やかな表情だった

 

 

   ◇ ◇

 

 ジパングを出てから、寄りたい本屋があるというのでまた神楽の後をついて歩いた。駅の方に少し戻って、知らない路地裏を抜ける。その先には古びた本屋があった。瓦屋根には『満天古書堂』と達筆な字体で描かれたぼろぼろの看板が乗っている。

 透明ガラスの引き戸を開いて店内に入った。年季の入った書籍や本棚。その最上段は脚立を使わなければ手が届かないほど高く、天井には花型の電球がついたシーリングファンが静かに回っていた。

 どこかでかいだ匂いが漂っていた。その僕の様子に気がついた神楽が答えてくれた。

「木の香り、でしょ?」

 そう、犬とやりあった時にいた雑木林の香りだ。

 すると、店の奥から厚底メガネをかけたじいさんが出てきた。 

「よぉー、神楽ちゃん。久しぶりじゃの」

「あら、先週も来たわよ?」

「そうじゃったかのぉ~。最近物覚えが悪くてなぁ。がははははっ」

 しゃくれた顎が軽快に動いた。

「そっちの兄ちゃんは、神楽ちゃんの彼氏かぇ?」

「え? いや……その…………」

 情けないことに、僕はうろたえてしまった。なんたる不覚。

 神楽はクスッと口元を抑えて笑った。

「ふふっ……おじさま、それより、例の本は入ったかしら」

 じいさんは「あぁ、そうだったわい」とか言いながら、カウンターの棚から一冊の本を取り出した。

「これじゃよな?」

 本を手に取った神楽は、表紙やページの中を確認した。

「うん、これよ。ありがとう、おじさま」

「いいってことよぉ! 神楽ちゃんの為なら地獄にだって探しに行くってよぉ!」

 そう言ってじいさんは自分の胸をドンと叩いた。ほんとに元気なじいさんだ。

 にしても、茶店のマスターといい、この本屋のじいさんといい、神楽はもしかしたらおじさん系がタイプなのだろうか。これが学校でも、他の生徒と全く交流を持たない理由なのかもしれない。

 

 会計を済ませて店を出た後、神楽を家まで送ることにした。なんの本を買ったのか聞くと、神楽は紙袋から本を出して見せてくれた。『カニバリズムの歴史』というハードカバーの本だった。現在は絶版で手に入らないので、店主に頼んで探してもらったそうだ。

「カニバリズムってたしか、人食いや食人文化を指す言葉だよな」

「そうよ」

「人食いに興味があるのか」

「ええ」

「いつか食べてみたいと思っている? 人間を」

「思っているわ」

 今までに人は食べたことがない……という解釈もできる回答だ。食ったことがあると言われても別に驚きはしないが――

 その時、僕はハッとした。今の神楽は主に小動物を食べているようだが、今回の依頼は猿。人に近い生き物だ。もしかして神楽には、「人食い」という最終目標があるのではないだろうか。前回の犬の時は、「捕まえるのが面倒だったから」と思った。今回の猿にしたってその可能性はある。でも……つまり……この依頼は予行演習のようなものと考えることはできないだろうか。

 問い詰めれば答えてくれるかもしれない。

 でも今は、この距離感でしか漂わない緊張感を、僕は楽しんでいる。

 彼女の思惑通りに動き、僕はそこに謎を求める――

 

 2日後の朝。僕は自室でリュックを広げ、荷物の最終確認をしていた。懐中電灯、地図、多機能ナイフ、ハンマー、乾パンといった非常食、捕獲用の網、着替え、下着……。そして、古本屋で適当に選んで買ってきた自然動植物図鑑。これは万一、警察に手荷物検査をされた時の為だ。僕は夏休みの課題で自然調査に来た学生、ということにする。多機能ナイフは猿を殺傷する為ではなく、缶詰を開けたり何かの採取の時に使う為。ハンマーは猿の頭をかち割る為ではなく、河原の石を割って中を見る為、って感じで通用するだろう。

 家族にはクラスメイトと一泊二日のキャンプに行くと告げた。行き先はデタラメ。細かく追求しない母の性格には毎度助かっている。実際には街のビジネスホテルに宿泊する予定だから、テントや寝袋といったキャンプ用品までは用意していない。捕獲に失敗する可能性はあっても、山で遭難する可能性はゼロだから。なぜなら僕が向かう先は、猿を観光資源にしている猿の名所なのだ。山中奥深くまで入る必要はないし、日が暮れてきたら夜になる前に、街へ戻ればいい。

 今回の依頼はそう難しくない、と思う。手早く終わらせて、残った時間は観光でもして、神楽にあげる土産探しをするつもりだ。

 

 

   ◇ ◇

 

 三時間ほど電車にゆられて、僕はようやくN市に着いた。ホームと改札を人の流れに沿って通り、外に出る。夏休みの観光名所とだけあって人の数は多いが、山が近い分、それだけ空気が澄んでいるような気がした。

 駅の出口には、街の観光名所を示す大きな看板マップが構えていた。人の流れもそこで一旦止まったが、僕はその場所を横目に見ながらバスターミナルに向かった。そして、ほどなくして到着したバスに乗車した。外の景色を見ていると、少しずつ建物が減っていき、その合間からは山々が見えるようになった。これから数時間後には、僕はあの山のどこかで猿を一匹殺して捕獲しているのだ。

 ネットで調べたが、観光名所の猿は餌付けで凶暴化問題が起きてしまう程、人間に対して警戒心が薄れているらしい。だから餌で釣れば簡単に近寄ってくると思われる。手元まで来たら捕まえたも同然だ。網をかけて動きで封じ、ハンマーやナイフで攻撃すれば、簡単に殺せるだろう。

 バスは林道を抜けて山間の道路を川沿いに走った。動物注意と書かれた道路標識には猿のシルエットが描かれていた。

 

 一時間後。僕はとある休憩所の停留所で下車した。ずっと座りっぱなしだったので背伸びをしていると、背後から声がした。

「お兄さん」

 振り返ると、割烹着を着たおばあさんがニコニコしながら僕を見ていた。

「一人で観光かい?」

 僕はこういう時の為に用意していた台詞を口から再生した。

「ハイ。学校の課題の自由研究で、自然観察に来ました」

 猿を捕まえに来たとは口が裂けても言えないからな。

「この辺りは、野生の猿が出るからね、気をつけんと」

 おばあさんが指差した方をみると、赤文字で書かれた注意看板があった。

『野生猿に注意!』

 そう、だからこの場所を選んだのだ。ネットで調べたが、この休憩所の駐車場によく猿が出没するらしいのだ。

「観光で来た人がねぇ、餌を与えようとしてひっかかれることがたまにあるんよ。なんっかい注意してもきかんのよぉ」

 おばあさんは目を丸くしながら、大袈裟にも聞こえる口調で言った。どうやら情報は正しかったようだ。

「わかりました。気をつけます」

「気いつけてね」

 おばあさんは一呼吸おいてから言った。

「そうそう、お昼まだならね、ここの食堂がいいですよ。この辺りには、ここ以外お店がありませんからね」 

 というわけで、僕は休憩所の食堂で昼食をとることにした。

 

 古びた食券販売機で『肉うどん』を買ってカウンターに行くと、奥にさっきのおばあさんと、大学生くらいに見える女性がいた。なるほど、僕は知らぬ間に客引きにあっていたらしい。女性のほうから、どことなくおばあさんの面影を感じとれた。二人は親子だろうか。

 飾り気のないプレハブ小屋のような店内。所々破れて綿が飛び出しているぼろぼろのパイプ椅子、日焼けで小汚くなった栄養ドリンクのポスター、錆びた冷蔵庫……なんとなく昭和の香りがした。そんな時代の空気なんてテレビや本で知ったくらいだけれど、この休憩場はずっと前からこの雰囲気のままでやってきたんだろうと思えた。 

 うどんを食べながら、電車とバスの時刻表を見比べた。宿の場所や予約状況も確認しておこうと思った時、ふと座敷が目に止まった。

 もしやと思い、店員に尋ねる。

「あの、この休憩所って二十四時間、開いてたりします?」

「ええ、あいてますよ。食堂と売店はシャッターを下ろしますけど、お座敷は開けたままにしておくんです。自販機コーナーで食事も買えますよ」

 運がいい。これなら万一、バスの終電に間に合わなかった時も、寝床の心配はしなくてもよさそうだ。

 

 昼食を終えて食堂を出た。そして駐車場の真ん中でざっと辺りを見渡してみた。少なくとも視界の範囲に猿はいなかった。それらしき鳴き声も聞こえない。この場で猿の出現を待つこともできたが、通行人の姿があったことで、僕はやはり森の中へ入ることにした。目撃されたら困る。

 スマホの地図アプリを開く。万一遭難しても、すぐ道路に出られる状態がいい。そうして僕は、道路とガードレールを跨いで河原に降り、大きな岩を足場代わりにして川を渡った。そこから森へと入った。

 

 

   ◇ ◇

 

 森の中に足を踏み入れた僕は、木々の隙間を縫うように歩きつつ、とりあえず直進した。五分も経っていないと思うが、振り返るともう川が見えなくなっていた。僕はもう樹海の腹の中にいることを、木々のざわつきが教えてくれた。

 さらに進む。いつの間にか、川の音が聞こえなくなり、木々のざわめきもなくなり、気がつけば自分の足音だけが聞こえていた。風もない。まるで森が息を潜めたようだ。僕は何かの変化を感じて、ポケットから多機能ナイフを取り、刃を出した。

 手にナイフを構えたまま道無き道を進んでいると、折れた木をみつけた。巨木というほど太くはないが、自分の胴回りくらいの太さはある木だ。腐って折れたのだろうか。

 ……いや、そうではなかった。折れ痕をよく見てみると、力任せに折られてることがわかった。しかも、この辺り一帯の木が同じ状態だったのだ。

 熊が縄張りの主張や木登りをして、木に爪痕を残すという話を聞いたことがある。でも木を折ってしまうなんて話は聞いたことがない。一本くらいそういう木があったとしても、こんなに沢山あるものか。

 ここに来る前にネットで調べたが、この地域で熊が目撃されたという記録はない。だからあまり気にしていなかったのだが、注意を払った方がよさそうだ。

 歩き始めたその時、後ろから草の音がして振り返ると、そこに一匹の猿がいた。その周りの木にも数匹の猿がしがみついている。更に周辺の木の陰からも、次々と猿が現れた。

「これは、なんの冗談だ……」

 僕は猿共に囲まれた。猿は習性で集団行動を取る。だから一匹だけの奴を狙おうと考えていたのに。少なくとも自分から群れの中に入るなんてことはしないつもりだったし、猿の方から囲んでくる状況なんて、想定していない。ただ、猿共は僕を包囲して睨んでいるだけで、なにかをする気はないようだった。

 その時、スマホが鳴った。神楽からの電話だった。同時に、どこからともなく草木が激しく揺れているような音が聞こえてきた。スマホと謎の音、どちらも気になるが、僕はとりあえず、着信音で猿を刺激してしまうことを恐れて電話に出た。

『猿は捕まえた?』

 電話に出るや否や、第一声がそれか。まるで今日僕がN市に来ていることを知ってるような口振りだ。

 そして、音の正体も姿を現した。

「……いま獲物が目の前に現れたところだ……」

『どう? 捕まえられそう?』

「さぁ、どうかな……」

 電話どころではなかった。僕の視線は少しずつ高くなっていく。

 

 僕の眼前に立ちはだかった生物……それは猿でも熊でもなく――ゴリラだった。

 

 

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