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言葉は嘘をつきません

12:猿を捕まえてきて 3/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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12:猿を捕まえてきて 3

 地を突く拳が勢いよく持ち上がる。ゴリラは二本足で立ち上がった。体長は2メートル以上ありそうだ。僕を見下ろしたゴリラは唇を尖らせながら、自分の胸をポコポコと数発叩いた。以前、動物番組か何かで見たことがある。確かドラミングという威嚇行為だ。周囲の猿たちも一斉に、ギャアギャアと煽るように喚きだした。

 彫り深い眉の奥には、鋭い眼差しが僕を刺している。その眼光と荒い呼吸は、明確な敵意を向けていた。さらに一瞬仰け反ったかと思ったら――咆哮。反射的に耳は塞いだが、足首から頭の天辺まで痺れが残った。左手に握っていたナイフも、爪楊枝のように小さくなってしまった。

 硬直から解いてくれたのは神楽の声だった。

『……大丈夫? 今の大きな鳴き声はなに?』

「……あぁ、なんでもない……ちょっと忙しいから、また後で電話する」

 電話を終えると、ゴリラはそれを待っていたかのように、ズンッ――とまた地面に拳を突き立てた。一瞬、震度2~3くらいの揺れを感じたのは気のせいだと思いたい。

 僕はゴリラと睨み合いながら、ゆっくりとリュックに手を回した。次の瞬間にも、あの丸太のような腕を固めて突進してくるかもしれない……その恐怖は拭えなかったが、周囲の猿はただ観戦しているだけのようだし、ゴリラとは五メートルほども距離がある。急に攻撃へ転じられても一瞬の間はあるだろう。一瞬だけだろうが……それだけが今ある余裕だった。

 僕はリュックのサイドポケットから携帯用防犯ベルを引っ張り出し、ゴリラに向かって投げつけた。直後、けたたましく鳴り響く警報音。何事かと猿たちは一斉に騒ぎだし、ゴリラは音の出処を探しながら手当り次第、地面を叩き始めた。

 その様子を振り返って確認しながら全力で走った。地面があんな風に、まるでクッキーみたいに割れて捲れ上がるなんて、僕は知らなかった。

 

 

   ◇ ◇

 

 息が続かなくなって、僕は足を止めて膝に手をついた。少しずつ整う呼吸。でも僕の頭は全く落ち着かない。前回は犬を探していたら狼が出てきた。今回は猿を捕まえにきたら、なんとゴリラのおでましだ。一体どうなってるんだ? ゴリラは日本に生息していないだろ! 動物園から逃げた? そんなニュース知らない。あと考えられることってなんだ……逃げ出したペット? ワシントン条約的にありえない……あ、密輸ですか?

 

 呼吸が整ってからペットボトルの水を一口飲んだ。

 ゴリラがここにいる理由について考えまくったが、馬鹿馬鹿しくなって推測の全てを一蹴した。理由なんてどうだっていい。首輪のついていないゴリラがここにいる、それが全てだ。

 なにより今は、森から出ることが先決だ。

 真っ直ぐ進んでゴリラに会い、真っ直ぐ反対に逃げてきた。だから、あと少し進めば川に辿り着くはず。進行方向が多少斜めっていたとしても川のどこかには出るはずだ。

 しばらく歩いて、僕は異変に気がついた。気のせいじゃない。おかしいぞ。いくら歩いても川に辿り着かない。せせらぎの音すら聞こえない。迷ったか? いや、迷うわけがない……でも……仮に、川とは正反対の方向へ歩いていたとしても、その場合は道路に出るはず。円を描く様な歩き方でもしない限り、どの方角に進んでも川か道路に辿り着く。それに沿って歩けば人里に出る。そういうエリアを選んだのに、なんでだ?

 スマホのGPSで現在位置を確認しようとしたけど、現在位置は表示されるのに肝心の地図が描写されない。アンテナも圏外になっている。ついさっき神楽と通話できたのは偶然だったのだろうか。百円ショップで買ったコンパスはただくるくると回っている。ポケットの中で壊れてしまったのだろうか。

 不可解なことはそれだけじゃなかった。さっきから歩けば歩くほど木の数が増えている。草木の厚みも増している。気のせいじゃない。森の性質が変わっている。地面もでこぼこして歩きにくくなった。平坦だった道が、あちこち隆起している。遠くを見通すことも難しくなってきた。

 迷ったというより、別空間に迷い込んだ感じがした。迷った状態というものは、こんなものかもしれないが、どうしてだろう、なぜか脳裏に神楽の存在がチラつく。いやそれだって、脳が平常心を失いかけている証拠だ。僕は、山を甘くみていたんだ。なぁにが「山で遭難する可能性はゼロ」だ。こんなにもあっさり迷ってしまう世界だったとは。

 滴る汗が苛立ちを募らせる。でも、ここで自棄になってはいけない。そんな余裕、今の自分にはないはずだ。

 僕は深呼吸をしてから、声に出して言った。

「……迷った」

 

 

   ◇ ◇

 

 露出した太い根に腰掛けて紙の地図を広げた。ゴリラと遭遇するまではGPSとコンパスを使って、現在地を二重に確認しながら探索していた。そして逃げている時は来た道をなぞるように真っ直ぐに走ったつもりだ。でも今こうして迷っているということは、どこかでコースを逸れてしまったのだろう。腑に落ちないが、もうそういうことにしておこう。

 今は現在地も方角もわからない。そのどちらだけでも特定しなければ。

 川にも道路にも辿り着けないとなると、この辺りか? 未だに信じられないのだが、僕は山中奥深くへ入り込んでしまう唯一の方向に進んでしまったということか。

 次にスマホを取り出した。圏外なのはわかっている。それよりもバッテリーが気になった。現時点で50パーセントを切っている。充電して繰り返し使える携帯バッテリーは持っているが、森の中では使い切りも同然。バッテリーを一度だけ満タンにできるだけだ。これも、今は使い道がないので電源を切っておくことにした。

 迷った時は下手に動こうとせず、その場で救助を待つか、元いた道まで引き返せという話を聞く。しかしこの場の空は木々の天井に覆われている。ヘリから発見されにくい。考えた末、僕は空が見える場所を求めて移動することにした。 

「はぁ、やれやれだな……」

 暗澹たる気持ちをため息と一緒に吐き出した。わざとらしく声に出したのは、気を紛らわす為だ。

 

 重い体を持ち上げた僕の目の前に、またどこからともなく一匹の子猿が現れた。子犬ほどの大きさで、一目で子供の猿だとわかる。親猿とはぐれてしまったのだろうか。周囲に他の猿はいないようだ。

 僕はポケットから餌のバナナとナイフを取り出し、そっと近づいた。子猿は興味深そうな表情とくりくりとした大きな瞳で僕を見上げている。

 自分の足元にバナナを置くと、子猿が警戒しながらも近づいてきた。足元まで来たらこのナイフを突き刺してやろう。そう思いつつ、ナイフを構えたその時だった。ガサガサと草むらから軋む音がしたと思ったら、ぬぅっ……と、黒い毛むくじゃらの胴体が現れた。

 子猿が〝そいつ〟を見て、悲鳴のような鳴き声を上げた。

 あまりに唐突だったので、僕も一瞬、言葉を失ってしまった。

 

 ――でかい……二メートル……いや、もっと……。

 

 熊の口には一匹の猿が咥えられていた。

 その損壊状態から、死んでいることは一目でわかった。

 

 

   ◇ ◇

 

 動くな――僕はその直感に従った。死んだ振りなんてベタなこともしない。ただ微動だにせず、どこかへ行ってくれることを願った。子猿は取り乱したように必死で叫んでいた。なるほど、あれは親猿か。

 子猿の鳴き声で刺激を受けたのか、熊の呼吸が少しずつ荒くなっていく。そしてぶんぶんと頭を振った。親猿の下半身が千切れて中身が飛び散った。残った上半身は咥えられたままだが、牙に引っかかってるだけのようにも見える。子猿の方は、いつの間にか僕の足にしがみついていた。ばばば馬鹿野郎っ、これじゃ仲間みたいじゃないか。

 自分がぐちゃぐちゃにされて土に埋められる光景を思い浮かべた。ここに来ることは誰にも告げていない。恐らく、発見されることもないだろう。

 

 てなことを考えながらじっとしていたことが良かったのか、熊は背を向けて通り過ぎていった。今しかない……! 僕はまた全力で走った。子猿が僕の体をよじ登って肩にくっついたど、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 草木や木の枝をかき分けながら強引に突き進んだ。枝が頬にかすって深めの傷を負ったけど、立ち止まって治療している時間はない。熊の嗅覚は犬以上なのだ。どれだけ距離を開けても徒労に終わるかもしれない。それでも走って逃げなければ。

 

 そう思った矢先、足が宙に浮いた。坂を転がり落ちた先は、川だった――

 

 

   ◇ ◇

 

 激流ではないが、流れは強く、足もつきそうになかった。とにかく必死で手をかいて泳いだ。

 なんとか岸まで泳ぎ着いた僕は仰向けに倒れこんだ。死に物狂いで走った後に着衣水泳。流石に、限界だった。全身びしょ濡れ。スマホは落とさないようカバンに入れておいたのだが、浸水は免れないだろう。

 そして、子猿。僕の腹の上に座って指をしゃぶりながらこっちを見ている。何故、人間である僕を警戒しないのか。餌付けで慣れているのか。まさか、僕を命の恩人だとでも思っているのか?

 すると、子猿はぺたぺたと歩きながら森の方へ行った。ちょっと待て……お前は神楽に渡す獲物だ……勝手に、消えるな……。

 体はくたくただったがそうも言っていられない。僕も子猿を追って森の中に入った。しばらく歩くと、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。子猿は僕をここまで案内したかっただけなのか、近くの平たい岩の上でごろごろとしている。

 

 懐中電灯で洞窟の中を照らしてみると、ずっと奥まで続いているようだった。

 洞窟探検に興味はない。雨風を凌げればそれでいい。

 川からここまで徒歩数分程度。もうすぐ陽も落ちて暗くなる。

 僕はこの洞窟で泊まることにした。

 

 

   ◇ ◇

 

 夜、スマホの電源を入れられないので正確な時間はわからないが、体感的にはたぶん夜8時か9時過ぎか……。腕時計をしてくるんだったな。

 ライターと携帯オイルで作った焚き火で濡れた服はだいたい乾かすことができた。あとは木の枝に干したシャツが乾くのを待つだけだ。

 子猿はまだ生かしてある。確実に始末したいので寝込みを襲うことにした。僕から離れる様子もないし、もし初撃を避けられて本気で逃げられでもしたら、多分、捕まえることはできないだろうから。

 子猿は捕まえた昆虫をもしゃもしゃと食っていたが、早く満腹になってもらう為に僕は自分の食料だって分けて与えてやった。逆にこいつが寝るまで僕は眠れない。睡眠薬も持ってくるんだったな。 

 僕は子猿の様子を気にしながら作業を続けた。今は木の先端を尖らせて槍を作っている。この小柄なナイフではゴリラや熊に致命傷を負わせることは難しいだろうが、この太い槍なら大きなダメージが期待できる。

 勿論、あんな怪獣と真正面から戦うつもりはない。丸腰同然よりはいいだろうと、念の為に作っているだけだ。猿の肉は手に入ったも同然だし、後は森から出られればいいだけなのだから。

 それも、さっきの川を辿れば人里にでられると予想している。河原に転がっていた石の大きさからみて、ここは僕が森に入ったところにあった川の上流に位置すると思われる。ここらの岩は、休憩場付近の河原の石より大きいのだ。

 

 

   ◇ ◇

 

 槍の先端を鉛筆の芯ほどにまで尖らせた。これなら獣の皮膚や筋肉も貫いてくれるだろう。子猿はさっきからぼんやりと焚き火を見つめている。今更だけど火が怖くないのだろうか。

 満腹になったのか、目が虚ろになり始めた子猿をみて、今なら後ろから殺れるような気がしてきた。僕はさりげなく、静かに立ち上がって、背後に回り込み、そして、静かに槍を構えた。

 

 その時だった。僕の背後から、急に警報音が鳴り響いたのだ!

 この音は……まさかっ!?

 子猿と一緒に振り返ると、洞窟の入り口の上にあのゴリラがいた!

 

 力強い咆哮とドラミングを誇らしげに見せるゴリラの手首には、あの防犯ベルがブレスレッドのように巻き付けられていた。僕は咄嗟に干してあったシャツを槍の先端に巻いて、着火用のオイルをかけて火をつけた。これで威嚇すれば追っ払うくらいはできるだろうか。ゴリラはベルを操作して警報を止めた。どうやらスイッチの入れ方を覚えたらしい。もう、何を見ても驚かないぞ。

 

 槍をゴリラに向けて構えた時、子猿が後ろを振り返って悲鳴を上げた。今度は何だと、僕もその方を見る。こっちに向かってなにか馬鹿でかいものが突進してくるのが見えた。

 

 あれは…………熊だ!

 熊が怒り狂った様子でこちらに向かって来ている!

 もしかして……この洞窟は熊の住処だったのか?

 

 事態を整理する間もなく、僕と子猿は熊とゴリラに囲まれてしまった。二匹に火の槍を交互に向けてみるが……怖がる様子は全くない。火が小さすぎるんだ。逃げても獣の速度には敵わないだろうし、かといってやり合っても勝ち目はないだろう。

 これまでかっ!? 僕はこんなところで動物の餌食になるのか!?

 しばらく睨み合いが続いた末、痺れを切らしたのか、二匹が一斉に飛びかかって来た。

 

 ――まずは牙や爪で引き裂かれる。僕はそれだけで痛みに耐えきれず、もがき苦しむだろう。その後は多分、喉元や頭部の骨を噛み砕かれ、致命傷を負わされた後、体の四肢や柔らかいお腹から、乱暴に食い荒らされてしまうのだ。恐らく、生きたまま……その頃には痛覚も麻痺しているだろうか。そうであってほしい。

 脳裏に浮かんだ残酷なイメージが僕の行動を支配した。悪あがきをする気力すら湧かなかった。

 しかし、一向に襲われる気配がなかった。頭を抱えてしゃがみ込んでいた僕は、恐る恐る顔を持ち上げてみると、そこではゴリラと熊が、互いの爪や牙を激しくぶつけ合っていたのだ。

 こいつらがなぜ戦いを始めたのか、それはわからないが、とても都合のいい状況になった。僕は巻き込まれないように距離を置き、2体のモンスターバトルを見ていた。所構わずに噛み付く熊の鋭い牙や爪は、ゴリラの厚い筋肉を安々と裂き、辺りに鮮血が飛び散った。ゴリラも熊をぼこぼこに殴ったり、ほうきのような体毛を皮膚ごと千切るようにひん剥むいている。

 その内に、ゴリラは掴んだ岩を使って殴り始めた。それが決定打となった。

 両目に致命傷を負った熊は戦意を失ったのか、ふらふらとした様子でその場を去って行った。ゴリラは追い打ちせず、その場で勝ち名乗るように拳と咆哮を空に掲げ、直後に膝をついた。体力を使い果たしたのだろう。殺るなら今しかない。

 僕は余計なことを考えず、作業的に槍を構え、背後からゴリラに特攻した。でも――ギロリッと振り向いたゴリラに睨まれ、たじろいでしまった。「やめとけ」って言われてる気がした。本物の野生の凄みに、僕は負けてしまった。 

 

 僕が槍を下ろすと、子猿がたたっと近づいて来て、ぴょいっとゴリラの肩に乗った。そしてゆっくりと立ち上がったゴリラと一緒に、森の中へ去って行った。きっとこのゴリラは、あの猿の群れのボスだったのだろう。そう思っておくことにした。猿とゴリラが仲良しなのかどうかは知らないが。

 僕を襲わなかった理由は、子猿が無事だったからか? もしかして、僕が助けたということになっているのか? そういえばゴリラは初めから僕を襲うのではなく、まるで警告として立ちはだかっただけだったようにも思える。群れの縄張りを守りたかっただけなのかもしれない。

 

 神楽への献上物をロストした問題はすぐに解決した。地面にゴリラの指が2本も転がっていたのだ。恐らく熊に食い千切られたのだろう。

 砂粒やべとべとした唾液や血を川で洗い落とし、ラップに包んでタッパーに入れた。量も申し分ない。200グラムはあるだろう。

  

 

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