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言葉は嘘をつきません

13:猿を捕まえてきて 4/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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13:猿を捕まえてきて 4

 目的は果たした。でも、狼を殺った時のような高揚した気持ちにはなれなかった。今回は何も殺していないからだろう。そのことよりも、僕は苛立っていた。もっとスマートに達成できたはずなのに。入念に準備してきたつもりなのに。こうして生きていることだってぜんぶ、運が良かっただけなのだ。死んでたって不思議ではない。こんなことでは、これからも神楽の頼みを聞いてやれないじゃないか。

 まとまらない感情に気を取られつつ、荷物をまとめて移動の準備をした。熊とゴリラが巻き散らした血の臭いを嗅ぎつけて、また他の動物がここに現れるかもしれない。

 その時だった。突如、厚い光が僕の視界を覆った。

「きみ、そこで何しているんだ?」

 安全ヘルメットと作業着を着た2人の中年のおじさんが僕を見ていた。光は懐中電灯とヘッドライトの明かりだった。

 僕は手を顔の前にかざし、目を守りながら言った。

「……僕は……S県から来た高校生です。N市の観光と、自然観察をしに森の中へ入ったんですけど……なにかあったんですか?」

 2人の男は訝しむ様子で僕を見ている。妙な空気を感じた。

「……本当だろうね?」

「自然観察って、こんなに暗くなるまで?」

 どうやら二人は焚火の痕跡が気になるようだ。自然観察だけでは厳しいか。

「実は誤って川に落ちてしまって、服を乾かしていたんです。でももう帰る所です。お二人が来た方から出られるようでしたら、道を教えてもらえませんか?」

「……わかった、ついてきなさい」

 道を教えてもらうだけで良かったのだが、休憩所まで車で送ると言うのでありがたく乗せてもらうことにした。洞窟のあったところから5分ほど歩くと、舗装された道路に出た。そして、ガードレール脇に止めてあったバンに乗せてもらった。

 

 僕は後部座席、作業着の二人は運転席と助手席に座っている。車が走り出したところで、運転手のおじさんが言った。

「僕らはね、自治会の活動で、この辺りをパトロールしているんだ」

「そうなんですか」

 と相槌をしつつ、僕はさりげなく後ろの収納スペースに目をやった。飲料水や救急箱、拡声器やロープなど積まれている。

 助手席のおじさんが言った。

「自殺防止のね」

 自殺……パトロール……状況がわかってきたぞ。

 運転席のおじさんが言った。

「山路をこうして走っていると、一人でとぼとぼ歩いてる若い人がいたりするんだわ。死に場所探してよ」

 話によると、昨年この辺りの森の中で若者の遺体が発見され、遺書などから自殺だったことがわかったそうだ。それから、元々行っていた町内の夜間パトロールに自殺防止活動を取り入れたらしい。

「もう何人も見てきたからよ……そういう奴は、表情だけでもわかるようになっちまったよ」

「じゃあ、僕の顔も死にたそうに見えたんですか?」

 おじさんたちと柔らかい笑みを浮かべて言った。

「いや~、兄ちゃんはわかんねーわ」

「警報みたいな音が聞こえたから、調べる為に森に入ったんだよ」

 なるほど。

「すみません、それ僕です。遭難しちゃった時の為に防犯ベルを持ってたんですが、間違えて鳴らしちゃったんです」

「ははっ、兄ちゃん賢いな!」

「そうだったか、なら安心したよ」

 結果的に、ベルは役に立ったということか。

 

 車は10分ほど山路を走り、そして、見覚えのある場所が見えた。あの休憩所だ。

「兄ちゃん、ここでいいのか? なんなら駅まで乗せてってやるけど?」

「今日はあの休憩所で一泊する予定なんです」

 車載時計で時間が確認できた。もう夜の十時過ぎだ。

「わかった。でももう暗いから森に入っちゃダメだよ?」

「ええ、わかってます。ありがとうございました」

 僕は礼を言って急々と車を降りた。そして別れの手を振った。

 

 

   ◇ ◇

 

 おばあさんが言っていた通り、休憩所の食堂と売店はシャッターが下りていた。

 僕は座敷に上がってテーブルに地図を広げた。記憶が鮮明な内に自分の移動ルートを検討しようと思った。

 車で送ってもらったルート、洞窟の位置、森へ足を踏み入れた位置……川に流された距離やゴリラから逃げていた時の進路とか、今となっては正確なことがわからない部分もあるが、やはり僕は地図を読み間違えていなかった、としか思えない。川に流された時間なんて10分もないし、自分の脚で移動できる範囲なんてたかが知れている。

 しかし、洞窟からあんなにも近くに道路があったとは……車が通れば走行音に気がついてもおかしくはない距離だ。僕が洞窟の辺りにいる間は、たまたま車が一台も通らなかったのだろうか。土で汚れた靴や衣服を洗う為に何度か川と行き来したから、偶然聞き逃したのか?

 迷った理由はいくら考えてもわかりそうになかった。本当に、不思議な空間に迷い込んでいたとしか――

 

 移動ルートの検証を終えたところで、家に連絡していないことに気が付いた。スマホが使えないので、僕は休憩所の公衆電話を利用して家族に無事を伝えた。

「……母さん? ……そう、今キャンプ場なんだけど、スマホを濡らしちゃってさ。うん……それだけ伝えておこうと思って。こっちは大丈夫、心配しないでいいから」

 母に限ってありえないとは思うが、遭難だ救助だと、どこかへ連絡されたら大変だ。神楽にも無事を伝えたかったが、電話番号を覚えていなかったので、かけることができなかった。

 その後、自販機でカップ麺と飲み物を買い、質素だが遅い夕食を済ませた。

 満腹になった僕はやれやれと横になり、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

 

 

    ◇ ◇

 

 ガシャガシャと、喧しい音と共に僕は目を覚ました。体を起こすと、昨日の割烹着を来たおばあさんが食堂のシャッターを上げていた。

「あら、おはよう。昨日の子よね?」

「……どうも」

 おばさんは厨房に入り、開店の準備を始めたようだ。掛け時計を見ると、9時半頃を差していた。

「お店は10時からだから、もう少し待っててね」

「……いえ、お構いなく」

 世間話を振られそうな気配を感じて、僕は手早く支度をして店を出た。

 自販機でペットボトルの紅茶を買って、バス停のベンチで一息つく。熊とゴリラの死闘に巻き込まれたあの戦慄の記憶が、まるで深い夢だったように頭の中を渦巻いている。

 リュックからタッパーを取り出して中を見た。ゴリラの指はちゃんと入っていた。

 

 その後、バスに乗ってN市の駅まで戻って来たが、疲労感が残っていたせいで観光する気力がわかず、そのまま帰ることにした。

 

 

    ◇ ◇

 

 昼過ぎには家に着いた。家の中には誰もいなかった。親父は会社にいるとして、母と妹も出かけているようだった。

 シャワーを浴びて着替えてから、僕は神楽の携帯に電話をかけることにした。机の引き出しからメモ帳を取り出す。念の為、番号を控えておいて良かった。

 コール音が10回ほど鳴ってからようやくでてくれた。家の電話番号は教えてなかったので、警戒されて出てくれないかと思っていたのだが。

「神楽? 僕だよ……そう、いま家からかけてるんだ。スマホが水没しちまってな」

『とても心配したわ』

「それは、僕の身を案じてくれたのか? それとも肉の心配か?」

『両方よ』

「はは、正直だな。大丈夫だよ、ちゃんと手に入てたから」

『うそっ、本当に!? すごいわ!』

 思わず受話器から耳を離してしまうほど興奮した声だった。

「なんだ、実は期待してなかったとか?」

 少しイジワルをしてみる。彼女は少し間を開けてから言った。

『…………猿は街の中じゃ捕まえられないから、ずっと諦めていたの』

 本当にそれだけか? 気になるが、今はそれを問う場面ではない。

「ふーん、そうか。んじゃ、早速今から持って行こうと思っているんだが、都合いいか?」

『いいわよ』

 

 僕はすぐに支度をして、神楽の家に向かった。彼女の喜ぶ顔を頭に想い描いていたら、あっという間にマンションに着いた。

 

 

    ◇ ◇

 

 神楽のマンションに着いた。入口に向かうと、僕を見つけた神楽が駆け寄ってきた。どうやら外で待っていたようだ。

 僕はタッパーを入れた紙袋を見せた。

「神楽さんですね? ご注文の品をお届けにきました」

『……ふふっ、ご苦労様です。じゃあ、公園のベンチに行きましょ』

 ウキウキした様子で歩く神楽だったが、その表情が曇ってしまった。

「……それ、どうしたの?」

 僕の顔に貼ってある絆創膏のことだった。頬と額で二枚も貼ってある。

「あぁ、ちょっとね、森の中で擦り剥いちゃったんだ」

 大丈夫だと言うと、神楽は安心したようにまた笑顔に戻った。

 

 はしゃぐような足取りの神楽に手を引かれ、前回も使ったあの公園のベンチに腰掛けた。ワクワクを隠しきれない様子の神楽は、手汗を服でふき取りながら、足をばたつかせた。僕は大袈裟だなぁと言いながら、タッパーを紙袋から取り出して見せた。

 神楽が「開けていい?」と急かすので、「どうぞ」と、神楽にタッパーごと渡した。

「わぁ……これが……」

 まるで宝石でも見るような眼差しを千切れた指に向けている。どうやら満足してくれたようだ。

 神楽は唾を飲み込んでから言った。

「ありがとう……すごく嬉しいわ……」

 ここで食べていい?って言われたらどう答えようかな。

 気が付くと、神楽の目が観察の眼差しに変わっていた。

「……でも、猿にしては太すぎる気がするわ」

「ああ、それはな……馬鹿にでかい猿だったんだよ」

 ゴリラも猿みたいなもんだ。同類でいいだろ。

「そう……怪我しなかった? ……あっ、じゃあその絆創膏って……」

 怪我の経緯を察したのか、神楽はまた悲しそうな顔を見せた。

「いや、大丈夫だよ。ほんとに全然、平気だから」

 本当は身体中にアザや切り傷があるのだが、心配かけたくないので黙っておくことにする。

 僕は話題を変えることにした。

「なぁ、聞いていいか」

 神楽はご機嫌な様子で聞き返す。

「なぁに?」

「それ、食べるのか?」

 神楽はにっこりしながら、大きく頷いた。

「うん、そうよ」

 あっさり認めた。やっぱり、食べるんだ。

 神楽は僕から顔を逸らし、視線を落としてから言った。

「貴方は、食べない……知ってるわ」

「あぁ……そうだ。僕は食べない」

 神楽の視線の先では、蟻の行列が昆虫のパーツを運んでいた。

 

 

    ◇ ◇

 

 

 神楽とはエントランスで別れた。笑顔で見送ってくれたが、その表情にはどこか寂しさが混ざっていたように思えた。本当は、僕と一緒に食べたかったんだろうか。

 僕は食べない、というか食えない。当然だ。でも、このままでいいのか、とも思う。

 僕は帰宅までの道中も自問し続けた。神楽と恋仲でいるなら、より関係を深めたいなら、これは避けては通れない試練なんじゃないかと思えてきた。

 我ながら無茶苦茶な自答だと思う。

 

 夕食は豚カツだった。

 これだって、元々は生きていた動物の体の一部だ。

 調理という過程を経て、口に入れられる状態になったのだ。

 そうだ。生では無理だろうけど、せめて火を通して調理してあるものなら……。

 

 僕は、決めた。

 次はどんな食材でも、神楽と一緒に食べようと。

 

 そしてその時にこそ、告白しようと――

 

 

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