発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

14:カーニバル 1/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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14:カーニバル 1

 駅前の携帯ショップで、修理に出していたスマホと一週間ぶりに再会した。店員いわく、電源を切っていたことや、ただの部分水没だったことが幸いし、データー破損もなく元の状態のまま無事に戻ってきた。

 店から出た後、駅に向いながら神楽に電話をかけた。一週間ぶりに話すから、神楽の喜ぶ声をやんわり期待する。

『丁度よかったわ。今から私の家に来れないかしら?』

 電話に出るや否や、神楽の第一声はそれだった。

「構わないよ。どうかしたか?」

 そう返事をした直後、僕はハッとして足を止めた。三度目の依頼、その可能性が脳裏に浮かぶ。犬、猿、と来たから、次は……まさか、キジ? キジって天然記念物じゃなかったっけか?

『パソコンを買ったんだけど、ネットの設定がわからないの』

 僕は拍子抜けしつつ、回線はなにかと聞く。まさかパソコンだけ買ったわけではあるまい。

『えっと、ネットの回線は……コンセントにさせば使えるっていうものと一緒に買ったわ』

「それなら多分、回線はWiFi通信の類だな」

『たしかそんな名前だと言っていたわ。お店の人が』

「IDとパスを打ち込むだけでいいはずだけど、その画面まで辿り着けないのか?」

『そう、そうなのよ。私、パソコンでネットはできるのよ。でも設定はわからないの。お手上げなの」

 神楽の焦る様子から、困っていることは十分に伝わった。

僕はその足で電車に乗り込み、神楽の家へと向かった。

しかしまた、どういう風の吹き回しだ。以前にもスマホやパソコンを勧めたことはあるのだが、その時の彼女は「私は携帯電話のネットで十分よ」とか言っていたのに。

 

 

   ◇ ◇

 

 マンションに着き、インターホンパネルから神楽を呼び出した。

『待ってて、すぐに開けるわ』

 スピーカーから神楽の声がした直後、エントランスの自動ドアが開いた。赤いカーペットのエントランスを通り、エレベーターで上の階に行く。

「あ、来たわね」

 エレベーターから降りると、通路で神楽が小さく手を振っていた。今日はワンピに短パン。流石に部屋着のようだ。

「よぅ、一週間ぶり」

「悪いわね。急に呼び出して。どうぞ、入って」

 神楽がドアを開けた。その部屋の外壁には達筆な字体で「神楽」と彫られた表札がかかっていた。女子の家に上がるのはこれが始めてだ。

「お邪魔します」一応、言う。涼しい空気と、ふわりとした花の香りが鼻にかかった。

「別にいいわよ。誰もいないから」

 やっぱり、家族はいないようだ。今日はいない、という意味なのだろうか。それとも。

 

 奥のリビングまで案内された。ソファーに座ると、神楽がすぐにアイスコーヒーを出してくれた。

「パソコン、ここに持ってくるから。ちょっと待っててね」

「ん、わかった」

 待っている間、リビングをざっと見渡した。大きな液晶テレビ、白いリビングテーブル、ハードカバーやムック本が並ぶ本棚、カウンターキッチン、調理器具や食器棚に冷蔵庫、ベランダには干された洗濯物。壁はただの白い壁紙、床や廊下は極一般的なフローリング――

 僕がいま感じている気持ちをそのまま言うなら、モデルハウスにいるような感じだ。整いすぎている。それでも別段、変ったところはないといえる。生活感もあるし、動物の死骸や骨が散乱しているなんてこともない。

 しかし、一人で住むには広すぎる。やはり親がいて、今日はいないのだろう。

 

 廊下のほうからガチャガチャと音がして、ノートパソコンやマウス、ケーブル類を抱えた神楽がでてきた。あの部屋が神楽の自室なのだろう。わざわざリビングに機材を持ってきたということは、部屋の中は見られたくないということか。隙があればあとで覗いてやろう。

 リビングのテーブルでセットアップを進めた。パソコンとルーターの電源を入れて、アカウント情報の書類に記載されたIDとパスを設定画面に打ち込む――以上、おわり。数秒後にはパソコンの画面に、ネットに接続されたことを知らせるバルーンメッセージが表示された。

 手を止めて神楽を見ると、目をぱちくりさせている。

 ブラウザを起動して、検索画面を出してやる。

「え? もう終わったの?」

「うむ」

 もう設定の必要はないが、どう操作して設定したのかを簡単に教えた。

「……だいたいわかったわ。ありがとう。やるわね」

 これくらい小学生でもできる、とは言わないでおこう。

「あと、ついでなんだけど、他の設定もお願いできるかしら?」

「お安い御用で」

 神楽はまたさっきの部屋へ行き、メモ紙をもって戻ってきた。

「携帯から登録した無料メールとか、ネットショップのログイン設定なんだけど、できる? IDとパスワードはこれなんだけど」

 言われた通りに設定をこなす。非常にわかりやすいパスワードだったので、もっとわかりにくいものに変えておくように進言した。

「助かったわ。私がやってたらきっと、丸一日がかりだったわ」

 頼み事は終わったようだった。

 神楽は冷たい飲み物とお菓子を持ってくると言って立ち上がった。

「にしても、どうしてパソコンなんて買ったんだ? 以前は携帯で十分とか言ってたじゃないか」

 神楽はキッチンの方から返事をした。

「……退屈、だったからかなぁ」

「退屈?」

 すると彼女はハッとした様子で口を閉じた。

「べ、別に……なんでもないわ」

 そう言いながら戻って来た神楽は、クッキーとオレンジジュースをてきぱきとテーブルに並べた。

 クッキーの形は整っていた。つまり市販ものということだ。これがもし手作りなら材料を確認しなければならないが、その必要はないだろう。

 さっきの質問は聞かれたくないことのようなので、話題を変えることにした。

「じゃあ、聞いていいか」

 反応した神楽がこちらを気に留めた。

「神楽の親って、なんでいないんだ?」

 数秒の沈黙の後に神楽は言った。

「……知りたい?」

 僕は頷いた。

「私が、食べちゃったから」

 それがどうしたの? っていう面をしている。神楽なりの冗談なのかもしれない。

「その、食べちゃったっていうのは……いま僕がクッキーを口に入れて噛み砕いて飲み込んだように、それと同じ意味での食べるという解釈でいいのか?」

「そうよ」

 神楽はあっさりと認めた。

 僕はジュースを一口飲んで、言葉を考えてから言った。

「生きたまま食べたのか?」

 神楽は頷きを見せた。

「単純な疑問だが、親は抵抗しなかったのか? 食っている最中とか」

「ネットショップで買った睡眠薬を使ったの。裏ルートでしか手に入らない、強力なやつよ」 

「そ、そうか……」

 強力な睡眠薬だと、体を食い荒らされても夢から覚めないらしい。回答が単純すぎて脳が信じようとしないのだが、薬が効いている内に脳や心臓から食べて、最初の内に殺しておけば、案外すんなり上手くいくのかもしれない。

 黙ったまま考えている僕をみて、神楽は話を続けた。

「物心ついた時から狙っていたの。でも子供の時は体が小さいから、あんな大きいの食べきれないじゃない? だから中学生になるまで我慢していたの」

 昔のことを楽しそうに話す神楽。僕は返答に困ってしまった。こういう会話ってどう進めればいいんだろうか。 

「…………なぜ食べた?」

 考えている内に、口が勝手に開いて質問してしまった。けど、訂正はしなかった。これ以外思いつかないから。

「えっと、食べたかったからよ」

 それが? という顔をしている。

「……そうじゃない。その理由が知りたいんだ」

「食べたくなった理由?」

「そうだ」

「考えたこともないわ」

 食べたいから、ただ食ったというのか。

「どうしたの?」

 神楽は僕の聞いたことに答えている。でも話が噛み合わない。喉が渇いたから水を飲む程度の理由もなさそうだ。これだと、詳細を知りたがる僕がおかしいということになる。

 

 僕は神楽のことが好きだ。でも今はとても苦しい。神楽の言葉の受け止め方がわからない。話したいことは沢山あるのに、どれも喉のところで詰まってしまう。神楽が人を食べていたとしても、自分は驚かない。神楽と同じ方を見ていられる。そう思っていたのに。神楽のことはなんでも知りたいし、信じたい。でも、頭が彼女の言葉を信用できずにいる。脳がこの非現実を拒もうとしている。それが辛い。神楽が食ったというのだから、食ったのだろう。でも、食ったわけがないという否定が頭の中で唸り続けている。

 僕が黙ったままでいると、神楽がそっと僕の体を抱き寄せてくれた。その途端、さっきまで渦巻いていた動揺が一瞬で過去となった。僕も神楽の背に腕を回した。これが今の僕と神楽との距離。こんなにも近くになれた。目を閉じて意識を集中すると、神楽の体から鼓動が伝わってきた。神楽の小さな体、温かいか体、呼吸する体――神楽の存在が、自分の一部になった。

 告白の言葉、今なら言えそうな気がした。僕は抱擁を解いて神楽と向き合い、見つめあった。呼吸を整え、意を決して、今の気持ちを伝えることにした。

 でも、言えなかった。

 先に彼女のほうが、告白をしてきたのだ。

 

「ねぇ、わたし……また人間が食べたいの……誰でもいいから捕まえてきて」

 

 

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