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言葉は嘘をつきません

17:カーニバル 4/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

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前:16:カーニバル 3/僕と彼女のカーニバル(加筆修正版)

 

17:カーニバル 4

「神楽……」

 少し目をあけた神楽。生きているようだ。口を塞いでいたテープをゆっくり剥がす。

「はぁ……はぁ………こういう時は、遅いって言うべきかしら」

 丸一日拘束されたままだったのだろう。体力を消耗していることがわかる。僕は手足を縛るロープを解きながら言った。

「ごめんな。気づけなくて」 

「……冗談よ。ありがとう」

 彼女はそう言って僕の体に顔をうずめた。

 

 神楽に肩を貸して起こそうとしていると、隣の部屋からズリズリと床を擦るような音がした。懐中電灯を向けると、手足を縛られた状態の若い女が芋虫のように擦り寄ってきた。

 一見して大学生くらいか。目に涙を浮かべながら唸るような声を上げている。助けを懇願していることがわかる。 

「この人は?」

「私の前からここにいた人」

「じゃあ、ジパングで一緒だった女はどこ行った?」

 僕は神楽にジパングのマスターから、そういう情報を得ていることを簡単に伝えた。

「その人が犯人なのよ。同好会なんて嘘。最初からその女一人の仕業だったの。クロウという女よ」

 ジパングで一緒だった女はクロウであり、犯人だった。となると、ハナコという人物もいなかった、複数人いるように見せたチャットルームのやり取りは一人芝居だった、ということか。

「後で詳しく教えてくれ。で、どうする。このまま逃げるか?」

 立ち上がった彼女は、ぱんぱんとスカートをはたくと、女を跨いで隣の部屋に行った。記憶違いでなければその部屋は解剖室のはず。僕も後を追った。

 室内には脚のついた投蛍器と二台の解剖台があり、一台には頭部と胴体が。もう一台には両腕のない子供の胴体が置かれていた。

 頭と体だけの方は二十代か三十代の若い男だろう。腕がない方は顔と体の特徴から少年だと思える。喫茶店にあった腕の本体かもしれない。足は股関節と膝の関節部で切断されていた。床一面には真っ赤な池が広がっている。

「彼女、食べたのかしら」

 神楽は壁に立てかけられた斧を見ながら言った。刃の部分は全体的に赤く染まっている。

「あっちの喫茶店に食卓があったよ。たぶん、食ってる」

「案内して」

 僕は彼女を喫茶店まで連れて行った。

 

 

   ◇ ◇

 

 神楽はテーブルの上に置かれたコショウやソースを手に取ってよく見た後、フライパンに残された臭いを嗅いでいた。

「野菜炒めではないようね……焼き肉かしら……いえ、きっとステーキね。彼女はステーキ風に調理して食べたんだわ」

 どのように料理したかを確認していたようだ。というか、臭いでわかるものなのか。

「上品な奴だな。きみとは違うタイプか」

「あら、私だって料理するわよ」

「学校の屋上で見た時は生で食っていたからてっきり、調理せずに食べるタイプかと」

 僕のその言葉に神楽は無反応だった。

 数秒の沈黙の後、神楽が口を開いた。

「ねぇ……彼女とわたし、いいお友達になれそうな気がするの。そう思わない?」

 監禁されたことは問題ではないらしい。

「って言われてもな。僕は会ったことないし」

「……今回は誤解があってこんなことになっちゃったけど、私のことをちゃんと話せば、通じ合えると思うの」

 神楽が僕の返事を聞いていない気がした。クロウへの好奇心と好意を肯定してほしいようだ。女性とはそういう、質問を装ってただ肯定してほしいだけの会話をしたがる生き物であると、何かの本で読んだことがある。もしかしたらパソコンとネット環境を整えた理由と関係があるのかもしれない。神楽は仲間がほしかったんじゃないだろうか。自分と同じステータスを共有できる、友達が。

「……で、どうしたいんだ?」

 振り返った彼女は少し照れた様子で俯いた。

「だから……彼女とちゃんと、お喋りしたいの」

「……わかった。協力しよう。僕は君の、彼氏だからな」

 

 

   ◇ ◇

 

 ちゃんとお喋りする為に、相手を拘束してほしいと神楽は話す。

「えっとー、これからお友達になりたい相手を縛る、ということでいいか?」

「うん、こっちに敵意があると誤解されて逃げられたら嫌だから」

「なるほど、そりゃ縛るしかないな」

 だんだん楽しくなってきた。というのは半分冗談。

「で、捕まえる方法は? 君を縛ってたロープを使おうか?」

「そうね。あと、あの女を有効活用しましょう」

 

 霊安室に戻ると、神楽は縛られている女の前でしゃがんでから言った。

「あの女が戻ってきたら、私のことは逃げたと言いなさい」

 神楽は女の眼に食事用ナイフを突き付けていた。喫茶店の床に落ちていたものだろう。

 女の鼻呼吸が一気に荒くなる。叫びたがっているようだが、その声は口のテープが封じている。

「協力するの? しないの?」

 ナイフの切っ先が眼球に迫る。女は唸りながら大きく何度も頷いた。それを見た神楽は立ち上がってまた解剖室に入った。そして床に落ちていた布切れを手に取った。

「ねぇ、クロウさんを捕まえる方法だけど、この子の体操着を頭から被せて、抑え込むのはどうかしら」

 体操着のゼッケンの名前が見えた。腕の無い子のものだろう。

「……俺がやるんだな」

「そうよ。相手は私より少し背が高いくらいだから、あなたの体格なら簡単に抑え込めるはずよ」

 相手が化け物じゃなければ、な。

「あなたが抑え込んでいる間に、私はロープで手足を縛る。いいわね?」

「わかった。でも女は戻ってくるのか? ここに」

「ええ、もうすぐ戻ってくると思うわ。今夜はこの女が調理される番だったから」

 神楽は自分を縛っていたロープを手に取った。そして、縛られた女を霊安室前の廊下に足で放り出した。

 その後、僕と彼女は霊安室の中で、壁を背にして息を潜めた――

 

 ――30分ほどして、通路から足音が聞こえた。

「……戻ってきたわ」

 相手の姿も確認せず、神楽は小声で言った。

 それから、ベリッという、テープを乱暴に剥がした音が聞こえた。

「逃げようとしたのか」

 落ち着いた女性の声だった。僕はその一声だけでクロウだと断定できた。

 縛られている女が言った。

「違います……もう一人の子が逃げて……ここに私を……」

「どういうことだ? 答えろ」

 彼女からの返答は沈黙だった。ここで本当のことを言えば、あとで僕らに殺されるかもしれない。その予感が口を封じたのだろう。

 その時、神楽が口を開いた。

「私なら、ここにいるわよ」

 声に反応したクロウが霊安室に足を踏み入れた。

「なぜ逃げない」

 懐中電灯を持った犯人が、部屋の奥に立つ神楽に向かって歩く。背後には僕がいるとも知らずに。

 

 

   ◇  ◇

 

 壁から露出した配管にクロウの手足を縛り付けた。頭に被せた体操着を外すと、整った顔が現れた。大多数が美人というだろう。

「殺して」

 クロウは俯いたまま、不意に出た独り言のようなか細い声で言った。縛り付ける時、全く抵抗しなかったのは逃走を諦めていたからか。

 神楽が答えた。

「殺さないわ」

 数秒の沈黙の後、クロウは顔を上げて言った。

「……どうして?」

「仲間だからよ」

「仲間?」

「貴方、人を食べたのよね。どんな味だった? 始めてだったの?」

 神楽は話し続けた。

「私もね、人を食べたことがあるの。初めて食べたのは自分の両親だったわ。でもあまり美味しくなかったの……ねぇ、動物を殺したのも貴方かしら? あれは予行練習だったの?」

 神楽は笑みを向けて親しげに言葉をかけ続けた。しかし、クロウは黙ったままだった。神楽の様子を目で追っているから、話は聞いているようだが。

「料理には慣れてるの? 美味しく作るコツがあったら教えてくれないかしら」

 最初は警戒心を見せていたクロウの表情は次第に変わっていった。僕には、哀れみを込めたような冷めた目つきに思えた。

 その温度差は神楽にも伝わったようだ。彼女の表情からも笑みが消えた。

「……貴方は…………どうして人を食べようと思ったの?」

 沈黙。そして彼女がやっと出したその言葉に、クロウは静かに答えた。

「……私は、普通の人になりたかった。自分以外の人間を食べれば、普通という概念が、理解できると思ったから……」

「あ、そう……」

 神楽はしばらくクロウを見つめていた。諦めずに何か探すような眼差しだった。そして無言のまま踵を返して廊下に出た。僕も後を追う。

「帰る」

 神楽は僕に背を向けたまま言った。

「おい、ここはどうするんだ?」

 返事はなかった。

 僕はひとまず、廊下に放置した女の拘束を解くことにした。

「……きみは異常な犯人に監禁拘束されていたが、自力でロープを解き、犯人が出かけている間に逃げた。捕まっていたのは自分だけで、僕と彼女のことは知らない、と……」

 ロープをほどきながらそう聞こえるように言った。女は無言で頷いた。そして、泣きながら走り去って行った。

 直に、ここにも警察が来るだろう。

「ねぇ、きみ……まだいる?」

 クロウに呼ばれて霊安室に戻った。

「さっきの子は、なにがしたかったんだ? 目的はなんだ」

「あんたと友達になりたかったそうだよ。やっと出会えた仲間かもしれないって」

「……それは残念だったな。私は好きで人を食べたわけじゃない。親を食べようとも思わない。彼女とは違う」

 はぁ。どういう人生を歩めばこんな精神が芽生えるんだろうか。人を食えば普通になれるだなんて、狂っている。

「なぁ、お願いだ。このまま行くのなら、殺してくれ。どうせ死刑だ」

「それは、あんたにとっての苦しみなのか」

「今さら社会に殺されるくらいなら、ここできみに殺された方がマシだ」

「そうか。それは、僕と彼女をこんな目に遭わせた罪だと思え」

 女はニヤリと笑みを浮かべた。

「……高くついたな」

 僕は冷ややかな視線をぶつけてから、その場を後にした。

 

 

   ◇  ◇

 

 入ってきた時と同じ廊下の窓から外に出た。

 正面玄関の屋根の下で、顔を伏せてしゃがんでいる神楽をみつけた。

 一応、僕のことを待っていてくれたようだ。

「ここにいたか。もうすぐ警察が来るぞ」

 僕に気が付いて少しだけ顔を持ち上げた神楽は、悲しそうな表情を浮かべていた。

「……ネットでね、あのチャットルームをみつけた時、こういう場所なら仲間に出会えるかもしれないと思ったわ。でも、携帯電話からだと入れなかったから、パソコンでネットを始めようって思ったの……ネットで知り合った人とリアルで会うのはよくないってことは知ってる。でも、とても楽しくお話できた人だったから、どうしてもリアルで会って、話してみたくなったの……」

「きみは僕と同じだと思っていたよ。他者を必要としていない人間だと」

「そうね。そうだったわ。でも私は、あなたとお話するようになってから、一人よりも誰かといたほうが楽しいことを知ったわ。だから、あなたとメールできなかったあの数日は、とても退屈だった」

 僕もそうだった。神楽と話すようになってから、以前ほど退屈を意識することはなくなった。

「わたし、あなたのことが好き。でも、あなたは私とは違う……」

 彼女はまた顔を伏せてしまった。

「……ねぇ……わたしやっぱり、ずっと一人なのかな」

 退屈を抱えていた僕と違って、神楽はずっと、孤独を抱えていたのだろう。それなのに、やっと出会えたかと思った仲間は、自分とは異なる存在だった。

 俯いたままの彼女の手を引いて起こした。彼女の瞳からは涙が零れていた。

「……一緒に、帰ろう」

 僕は神楽の手を握って歩いた。

 今はただ、僕の存在を感じてほしかった。

 

 神楽と手を繋いで歩いたのは、これが初めてだった。

 

 

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