はじめに:【PSO2二次創作小説】『LOST MEMORY -PHANTASY STAR ONLINE 2』掲載します。
<1> プロローグ
大勢の人々が行き交うの市街地エリアはいつもと変わらぬ賑わいをみせている。その繁華街からやや外れた、くたびれた裏通りに一軒のガンショップがあった。
「――でね、この間の仕事の時から、発砲音に違和感があるのよ」
エーテル・アークライトはそう困った様子でハンドガンを触診するマークスに言った。細めた目に単眼鏡、手には小さな金槌。時折、コンコンと銃を叩いては、銃砲身やグリップ部分に耳を澄ましている。彼女にはその原始的な整備の手法がどうにも理解できない。ただ、彼の腕は確かだった。
エーテルはアークスであり私立探偵でもある。その仕事柄、自分でも銃の整備はできるのだが、今回のような目に見えない不調にはどうにも手が出せなかった。
「ふむ……嬢ちゃん、よく気がついたな。寿命じゃよ」
エーテルは携帯ビジフォンをいじる指を止め、顔を上げた。
「え、寿命?」
「ここまで使ってもらえりゃ、この銃も本望じゃろ。眠らせてやんな」
淡々と診断結果を述べるマークス。その表情の無さが、事実であることを強調していた。
エーテルは言葉に詰まってしまった。これは大切な銃だった。
「そんなぁ、なんとかならないかしら」
「ふぅむ……」
肩を落としたエーテルをみて、マークスは腕を組んで考え込んだ。そして、顎にたっぷり生やしたもじゃもじゃの髭をいじくりながら言った。
「駄目そうなパ-ツは交換はしておこう。ただ、根本的な解決にはならんぞ」
「わかったわ。次の相棒が決まるまでだから」
銃の整備を終えて店を出たエーテルは、フォトンバイクに乗って今回の依頼人宅へ向かった。V字型に可変したタイヤホイール、そこから放出される霧状のフォトンがバイクを浮かせ、ハイウェイを疾走する。
――彼女は幼い頃に両親を事故で失い、十歳になるまで政府が管理する孤児院で育った。その後は、元人間であるキャスト「スノゥ」の下で育てられた。
アークスであり、そして探偵稼業もしていた父スノゥに憧れを抱くエーテル。しかし、父はそんな彼女に対し「アークスにも探偵にもなるな」と言った。どちらも危険に身を投じる仕事だった。それでも特訓はしてくれたが、とても厳しいものだった。諦めさせる為だったのだろうと、彼女は考えている。
ある時、依頼者が家まで礼を言いに来たことがあった。依頼の内容は知らなかったが、その時の感謝の眼差しを、幼かった頃の彼女は父の傍から見ていた。父は正義の味方だと思った。そんな父と、父の職に憧れてアークスになり探偵稼業を継いだのだった。でも、綺麗な仕事ばかりではなかった。
前回の仕事は浮気調査だった。アークスである夫がチームメイトと浮気していると、依頼主である妻は疑っていた。依頼を受けたエーテルは、その夫のあとをつけてナベリウスへ赴き、その先で証拠をなんなく掴んだ。依頼人には二人が口付けを交わしている写真だけを渡した。その後の行為――も、万一に備える目的で撮影はしたが、依頼主にはキスシーンの写真だけを提出した。浮気の証拠なら、それだけでも十分だと考えた。
こんな依頼はいくらでも受けてきたが、彼女はまだ、家庭の不幸や危機と向き合うことには慣れていなかった。依頼を終えてから三日も経っているのに、写真を見た時の悲痛に満ちた依頼人の顔が、脳裏に張り付いていた――
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絵師nukaさんの主な活動ページ
表紙と挿絵は絵師のnukaさんに描いていただきました!