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ブログ開始日 2015年12月31日
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発達障害考察ブログ HYOGOKURUMI.Scribble

言葉は嘘をつきません

前日譚 / 【PSO2二次創作小説】『LOST MEMORY -PHANTASY STAR ONLINE 2』

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本編

【PSO2二次創作小説】『LOST MEMORY -PHANTASY STAR ONLINE 2』全話

 

 

<1> 夢

 ――彼女が自分の名を呼んでいた 

 目と目が合うと いつもの笑みを見せてくれた

 後ろ手に腕を組んで 悪戯っぽく微笑む彼女

 白黒だったこの世界に 彩りがあることを教えてくれた彼女

 俺は 差し伸べてくれた手をつかもうとした

 だが 手はすぐに動かなくなった

 自分の腕に目を向けると それは人のものではなかった

 彼女はそっと その手をつかんでくれた

 彼女の手と絡み合う錆付いた鉄の指に なぜだか温もりが伝わってきた――

 

 

   ◆◇◆

 

 静かな駆動音のあと、メーターやテキスト類が表示された。そして視界の切り替えなどいくつかの起動テストを経て、通常モードに落ち着いた。

 表示されたメッセージがスリープモードの解除を告げた。

『チッ……なんで今更……』

 目を覚ましたスノゥはソファーから起き上がらないまま、そんな舌打ちをついてしまった。

 

 寝ている間に足をぶつけたのだろうか。テーブルには転がった空のグラスに、袋から散乱したジャンクフード。テレビは砂嵐を映していた。カーテンの隙間から漏れた陽の光が、室内のオンボロ家具を眩しく見せた。

 時刻は正午になろうとしていた。

 

 ナベリウスで起きた遭難事故から6年――スノゥはその事故で生身の肉体を失い、今はキャストの体で生きている。残された人間のパーツは頭部の中にある脳だけだ。

 この体で生きていくと決めた時に、ヒトだった頃の人生は、全て〝過去〟にしたはずだった。キャストの体はボディが馬鹿でかいことを除けばこれといった不自由はない。身寄りのない一人暮らしだが、別に空しさを抱えているわけではない。自分は元々そうだった。

 なのになぜ、彼女の姿が今更、それも夢の中に現れたというのか――

 考えたところで答えが得られるものでもない。ただの夢で、それ以上それ以下もないはずだ。それでも彼女はスノゥにとって、特別な存在だった。

 スノゥは人間だった頃、とあるアークスチームに所属していた。そのチームとの出会いも彼女がきっかけだし、自分に人間らしい感情を芽生えさせてくれたのも彼女だった。彼女がいなければ、自分はとうの昔にどこかで野垂れ死んでいただろう。

『そういえば夢をみたのも、この体になってから始めてだな……』

 そんなことを思いつつ、キッチンで淹れたホットコーヒーをその場で口に流した。スノゥはキャストだが、人間だった頃の味覚を覚えている。いつもと変わらないコーヒーの味が、いつもの日常に戻してくれたような気がした。

 

 

   ◆◇◆

 

 留守番メッセージもなく依頼のメールも届いていなかった。探偵稼業もアークスの任務もいま抱えている仕事はない。しばらくぶりのオフとなったが、それは同時に無収入状態であることを意味する。気を休められる余裕はあまりない。

 ジャンク屋のマークスのところへ行って銃の整備。その後はアークスビルで空き任務の検索、仕事にありつけなかったら夜はいつもの酒場――そんな流れでこの日の予定を組み立てながら、支度を整えている時だった。インターホンが鳴った。

 

 視界にインターホンの映像を表示させると、黒服スーツの男が二人、玄関の前に立っていた。サングラスのせいで顔がよくみえないが、胸のバッジが政府関係者であることを示している。一見して二人ともヒューマンだが、もしかしたらキャストかもしれない。少なくとも、探偵の依頼ではないだろう。

(なぜ自分のところにガバスタが? もしやあの件か? それともこの間の…………)

 スノゥは過去の表沙汰にできない依頼をいくつか思い返した。でも必要な工作は済ませているし、関係者への口止めもしたはずだ。

 居留守を使って、もし勝手に部屋に上がられでもしたら面倒だ。スノゥは仕方なく来訪に応じることにした。

 静かにドアを開け、頭だけ覗かせて言った。

「なんの用だ」

 前に立っていた黒服は手に持っていた写真を一瞥した。自分の姿と比較したようだった。

「……アークス登録ナンバーS037、〝スノゥ・ホエイル〟さんですね」

「そうだが?」

「アークス連盟からの要請で、貴方に特命がきています」

「特命だと? アークス連盟から?」

「はい、ですので、ご同行を」

 聞いたことがあった。一般のアークスには任せられない訳あり任務を、成果や実力などから厳選したアークスだけに依頼することがあると。報酬は巨額のメセタや名声が期待できるだろうが、スノゥはそんなものに興味はなかった。

「断ったら?」

「断れません」

 即答だった。

「……というより、我々にそのような判断ができる権限はありません。どうかご同行を」

 

 

   ◆◇◆

 

 しぶしぶ応じたスノゥは、そのまま黒服たちと共にマンションを出て、黒い高級車に乗った。車は走り出してすぐ一般道からハイウェイに入った。黒服たちは一言も喋らなかった。

 運転している奴は仕方ないとしても、隣に座った黒服からも話がないのは気に入らなかった。自分が静かに着いて来てくれるとでも思っているのだろうか。

「……なぁ、特命って任務なんだろ? どういう山だ?」

「我々もなにも聞かされていませんので、お答えできません」

「いつも聞かされていないのか?」

「いえ、そんなことはありません。ただこういう時は、実力のある方をお呼びすることが多いようですよ」

 黒服は敵意のない笑みを浮かべ、妙にフレンドリーな口調でそう答えた。そんなことは知っているんだよ、とスノゥは苛立った。

 運転している方の黒服が言った。

「まぁそうご心配なさらず。別に都合の悪い話ではないと思いますから」

 どうでもいい助言だし、そんな風に言われてしまうとまるでこっちが不安がっているようではないか。

 なにか言い返そうとしたが、それこそ言い訳しているみたいだったので止めておいた。

「フンッ……」

 スノゥは鼻を鳴らして窓の外を見た。ハイウェイの防音壁の隙間から、アークス連盟が見えた。

 

 

<2> アークス連盟本部

「ここでしばらくお待ち下さい」

 黒服に案内されたこの部屋は応接室のようだった。

 一人になったスノゥはソファに座ったまま室内を軽く見回した。黒皮製のオフィソファに観葉植物。壁や床は白と銀だけで、清潔感と高級感が感じられた。自分の部屋とは大違いだ。

 しばらくして、左目に眼帯をした中年の軍服男が部屋に入って来た。その後ろには護衛と思しき2体のキャスト。手にはライフル。少し間を空けてコーヒーを持ったメイドキャストも部屋に入って来た。

「やぁ、スノゥ君。わざわざありがとう。座ったままで結構。楽にしてくれたまえ」

 立って挨拶するつもりなど毛頭なかった。スノゥは足を組み、ややふんぞり返った姿勢のまま言った。

「……用件は?」

 スノゥの態度をみて男が言った。

「……おや、報告と違うようだが……まぁいい」

 その言葉の前に、男がややニヤついたのをスノゥは見逃さなかった。一気に帰りたくなった。

 メイドキャストがコーヒーをテーブルに置いて部屋から出ていった。

 扉が閉まったところで軍服が口を開いた。

「私はバレルだ。アークス向けに発注する任務の管理を任されておる」

 スノゥはバレルの〝慣れた口調〟に心底嫌気がさした。これから自分がどんな反応をしてもそれは想定の内になりそうな気がした。

「今回きみを呼んだのは他でもない。きみだけにしかできない任務があって、その話の為に呼んだのだ」

 スノゥはため息を飲み込んでから言った。

「……話の前に教えてくれ。これから聞く話は断れるのか」

「断れば義務違反となる。アークス隊員規則第は知っているだろう」

 スノゥは腹をくくるしかないと思った。

「きみにはある女の子の里親になってもらう」

 女の子? 里親?

「…………ちょっと待て、どういうことだ」

 てっきり未開の惑星で難易度トリプルSクラスの探索を命じられるか、絶対に見つけられないような犯罪者の捜索を命じられるかと思っていた。

 子供の里親など、寝耳に水であった。

「光子多感症(フォトンたかんしょう)、という病気を知っているかね」

「あぁ、知っているが」

 生まれつき高威力のテクニックが使えてしまう先天性の奇病だ。大気中のフォトンとの相性が良すぎるらしい。精神コントロールの未熟な子供がそのせいでテクニックを暴走させて大事故を起こしてしまうなど、社会問題の一つでもある。

「……当事者は年齢を問わず、発覚した時点で光子研究所へ入所させる。そこで感情のコントロール訓練を受ける。そして入所期間終了後は元の生活へ戻るのだが、そういう子供の中には両親を失っている者がいるのだ」

「その親を失った子供の里親に、俺がなれと? なんで俺が?」

「きみが元人間で、頑丈なキャストだからだよ。きみなら万一テクの暴走を食らっても死ぬことはあるまい」

「そりゃ死にはしないだろうが……いきなりそんなこと言われてもな」

 とんでもない話であった。夢であったら覚めてほしい。

 バレルは子供の資料を出し、スノゥに見せた。

 金髪ショートカットの女の子の顔写真。別の書類には名前や経緯が書かれていた。耳の特徴から、ニューマンの子であることがわかる。

「この子は自分のテクニックの暴走で、自分の親を殺してしまっているのだよ」

「なっ……」

 流石に驚きを隠せなかった。女の子の名前は『エーテル・アークライト』。入所経緯には、両親がエーテルの暴走したゾンデ系テクニックを受けて死亡した旨が記述されていた。

「きみは人間だった頃、あるチームに所属していたそうじゃないか。その時の評判はこちらにも届いて……」

「過去のことだ」

 そう言ってバレルの話を遮ったスノゥ。やはり過去のことを調べていたと踏んだ。

「まぁ聞け。今回の任務は誰でもいいというわけではない。スノゥ君、きみでなければならないのだ」

 スノゥは大佐がなぜ自分にこの任務を依頼したのか理解した。

 自分の過去を調べられただけでも気に入らないのに、ただ知られただけではなく、それを利用されたかと思うと怒りがこみ上げてきた。護衛さえいなければ、この男の首に掴みかかっていたかもしれない。

「……俺に、人の親の適正はないだろ」

 必死の思いで気を静めたスノゥは、話の粗を探そうとした。とにかく断りたかった。

「勿論そういう場合も考慮している。期間は三ヶ月。三ヶ月後に最終判断をする。もしその時、やっぱり自分にはできないと思ったらそう言ってくれたまえ。こちらがそう判断する場合もある」

「いや、そうじゃなくてな……例えばな、俺がこのガキを痛めつけたりするかもしれないだろって言ってんだ」

「きみが? 子供を? ほぅ……それは興味深い」

 バレルは澄ました顔でコーヒーを飲んだ。

「…………チッ」

 自分で墓穴を掘ってしまったような気がした。

 これ以上話せば、この男はまた平気で過去のことを持ち出してきそうだ。

 そう思うと、それ以上の言葉が出なかった。

 

 ――それから数日後、黒服に連れられたエーテルがスノゥの住むマンションにやってきた。

 玄関を開けると、黒服の隣には小奇麗なジャンパードレスを着たエーテルがいた。頭にはリボンを乗せている。資料にあった顔写真では病衣のようなものを着ていたので、随分と印象が違ってみえた。

「………これが関係書類です。あとこちらが提出書類です。本部への定期報告は忘れずにお願いします。報告先は……」

 黒服の話や、手渡された書類の内容よりも、スノゥはエーテルの様子が気になってしまった。目の前に自分みたいな巨体のキャストがいるのに、見上げることもなく、ただじっと前だけを見ている。

 

 いや……この子はどこも見ていないのだ。

 無表情のまま、ただ目をあけて、ただ息をして、ただそこに立っているだけなのだ――

 

 そのエーテルの様子に、自分の過去を重ねることができてしまった。バレルの言葉が頭を過った。

 

――スノゥ君、きみでなければならないのだ

 

 スノゥは目の高さを合わせる為に腰を落として聞いた。

「……俺はスノゥだ。きみの名前は?」

 知っていたが、自己紹介の機会を作ることにした。

「エーテル・アークライトです。よろしくおねがいします」

 エーテルはそう言ってお辞儀をした。

 唇だけが動いていた。

 

 感情の感じられない、大昔のアンドロイドのような動作だった。 

 

 

<3> エーテル

 ――貴方の笑顔って とても優しいのね

 まだ人間だった頃 火事の中から子供を救った時 彼女にそう言われたことがあった 

 子供を救急隊に引き渡した後で 俺はいつの間にか そんな顔になっていたらしい

 この気持ち 悪くない…… そう思った俺は その自分の〝心の花〟をもっと集めて 咲かせたくなったんだ――

 

 スノゥは洗面所で、鏡に映る自分の顔をみていた。いつ見ても形のかわらないヘッドパーツがボディの上に乗っている。ヒューマンタイプの頭部の中には表情が変わるものもあるが、スノゥはあえて固定タイプのものを選んだ。チームや彼女との思い出も含め、それまでの人生を過去にしたスノゥにとってそれは当然の選択だった。自分は元々、表情や感情を面に出さない奴だったから。

 だが、それが今では悩みの一つになろうとしていた。

 エーテルとの生活は、小鳥一匹飼ったほうがもう少し騒がしいように思えるほど静かなものだった。光子エネルギー研究所での生活では、社会性の訓練も兼ねていたらしく、エーテルは十歳でありながら掃除洗濯炊事などの家事全般は一人でなんでもこなしてくれた。そういった躾の教育面での苦労は全くといっていいほどなかった。こちらがなにも言わなくても一人でなんでもこなしてくれる。

 しかし、この子は喋らないし、とにかくなにも示さないのだ。

 たまに自分からテレビをつけて子供向けのアニメや教育番組を見ているが、無表情のままだった。眼球動作をみる限り、一応は画面の変化を目で追っているようだが、なんの為に見ているのかはさっぱりであった。

 読み書きはできるし学力も相応に備えていることから、言葉を知らないというわけではないようだ。それでも、お菓子や衣服、女の子が喜びそうなおもちゃを買い与えても、拒絶はしないものの、なに一つ反応はなかった。

『やはり、この子には感情が欠けている』

 心理学に精通しているわけではなかったが、そう思わざるを得なかった。
 
 人生を豊かに歩むには、感情が必要不可欠だ。そのことを自分に教えてくれたのが、〝彼女〟の豊かな表情だったといっても過言ではない。その表情が〝作れない〟自分には、やはり人の親になる資格はないように思えてならなかった。

 面倒な任務に対する苛立ちが、いつからか、無力感を伴う苦悩へと変わっていった。

 

 そして、エーテルの好物もわからないまま3ヶ月が経とうとしていた。

 スノゥは迷っていた。

 このままいけば、この任務は間違いなくアークス連盟に返すことになるだろう。

 そうすればまた元の日常に戻れる。

 だが、本当にそれでいいのだろうか、と――

 


   ◆◇◆

 

 最終判断の日まで残り一週間となったその日、スノゥが買い物から帰宅すると、リビングのテーブルに置手紙をみつけた。

 

『娘は預かった。返して欲しくば18時までに、A廃ビルまで一人で来い』

 

 一瞬だけ、エーテルの悪戯である可能性を疑ったが、そういうことをする子ではないし、筆跡も全く異なる。スノゥはこれを本物の誘拐だと判断した。ただ部屋の中には争った痕跡は全くなかった。エーテルが一切抵抗せず、棒人形のように言われるがまま犯人に着いていった様子がイメージできてしまった。

 そのせいだろうか。普通なら慌てるところであろうこの状況に、スノゥは全くそんな気になれなかった。犯人の素性もほとんど意識しないまま、スノゥはフォトンバイクで指定された場所に向かった。

『俺はなにをやっているんだ……』

 エーテルとの生活は、懐かしい想いを呼び覚ましてくれた。

 自分は仲間を失った。だからもう、〝不要なもの〟は捨てたはずなのに。

 

 ――仕事でドジってしまって 路地裏のゴミ捨て場で意識を失った俺を助けてくれたのが彼女だった

 介抱してくれた彼女に俺は言った

『自分には感情が無い』と 

 すると彼女はこう言い返した

『それは人間なら誰でも持っているものなんだよ。あなた、嘘ついてる!』

 まだ素性も知らない間柄だったのに 彼女は俺でさえ知らなかった俺の全てを 暴いてしまった――

 

 スノゥは現場に向かう道中で、自分の本心に気づくことができた。
 それはとてもシンプルな感情だった。

 


<4> A廃ビル 

 静まり返ったビルの中を歩き進む。罠の類は仕掛けられていないようだった。

 最上階でスノゥが目にしたのは、両腕を縛られたエーテルと、サイバーゴーグルをかけた男だった。

 男の持つ銃はエーテルの頭に突きつけられていた。

「言われた通り来てやったぞ。その子を解放しろ」

 エーテルはこんな状況になっても無表情だった。不憫にも思えたが、この場は都合が良かった。泣き喚いたら犯人を刺激してしまう恐れがある。

「スノゥ! 俺を覚えているか!?」

 誘拐犯は自分のことを知っているようだった。

「さぁ? 知らないね」

「真面目に思い出せ!」

 思い出すのが面倒だったわけだが、犯人に一喝されてしまったことで仕方なく頭を使った。
「……あー、んー………………あぁ、お前か。ヤモリ男だろ」

 一年程前に民家強盗の罪で逮捕した奴だった。賞金は小額。小物すぎてほとんど記憶にも残っていなかった。ヤモリ男というのはメディアがつけた通称で、吸盤の器具を使って壁をよじ登る犯行時の姿が目撃されたことからその名がついた。

「そうだ! てめーのせいで俺は一年も刑務所暮らしだ!」

「飯は美味かっただろう? 体系も健康的じゃないか」

 犯人は太っていた。あれではもう壁をよじ登れないだろう。

「う、うるせー! まず武器を捨てろ! 言うとおりにしなければこの娘を超殺すぞ!」

「あぁ、わかった。そう喚くな」

 スノゥはマシンガンとハンドガン、そしてブレードをその場に置き、ユニットやサイドパックのアイテムも全て床に置いた。正直に全ての武器を手放してやった。

「ほら。で、次は?」

「そこに箱があるだろう! 中の物を手に取れ!」

 目線の先に蓋の無い鉄製の箱が置かれていた。近寄って中を覗くと、箱の底には高性能手榴弾が2個も転がっていた。

「それを両手で手にとって同時に起爆させろ!」

 

 なるほど、まともに戦っても勝ち目がないから人質をとり、これで自爆させようという腹か――

 

 単純な方法だが、高性能手榴弾の威力は確かだった。一つだけでも手に持って爆発させれば、上半身は致命的な損傷を受けるだろう。これの厄介なところは起爆時の爆発範囲が凝縮されることにあった。爆風範囲が狭いかわりに、たしかな殺傷、破壊能力を有している。エーテルたちとの距離は5メートルほどだが、この距離で爆発しても彼らに影響はないだろう。自分が木っ端微塵になるだけだ。

「……わかった。そのかわり、その娘を後ろに下げろ。預かりの子なんだ。万一にも怪我をさせたくない」

「ふんっ、いいだろう!」

 ヤモリ男はエーテルの髪の毛をむんずと掴み、壁の方に向かって乱暴に突き飛ばした。

「おい! 手荒にするな!」

 そう叫びながら一歩足を踏み出したスノゥ。しかし、

「動くな!」

 犯人は転がってうつ伏せになったエーテルに銃を向けた。

 まるで人形のようだった。

「おいらは銃は苦手だぁ。でもよぉ、ここからでも体のどこかに当てるくらいの技量はあるんだぜ? ほーら、早くしろ!」

「チッ……」

 スノゥは手榴弾を手に取った。

 

 実のところ、作戦はなかった。『エーテルを助けたい』という想いが冷静さを欠いたのか、ここまで来るスノゥの足を早めた。

 この状態ではエーテルに走って逃げろとも言えないし、余計な動きをすればエーテルが本当に撃たれてしまうかもしれない。最悪なことに、仮に自分を殺せても、この男がエーテルを無事に解放するとは思えなかった。殺されるかもしれないし、どこかに売られる可能性もある。

 万事休すか――そう思ったその時だった。

「……うぅ……う…………」

 エーテルが震えていた。その脳裏には、あの日の光景が甦っていた。犯人とスノゥ、二人の様子とこの場の空気が、両親が殺されたあの日の記憶を呼び覚ましていた。

「エーテル! どうした!?」

「うるせぇ! 喋るな!」

 ヤモリ男がスノゥに発砲した。その弾は頑丈なボディに弾き返されてしまったが、その発砲音がエーテルの心臓に戦慄を走らせた!

 

 そして――っ!

 

「うわああぁぁあああぁああん!」

 

 エーテルの体からバリアのようなエネルギー波が球状に広がっていた。

 床を捲り上げ、柱を崩しながら広がる衝撃の勢いは凄まじく、犯人は悲鳴と共に吹き飛ばされてしまった!

「あれぇぇええぇぇぇええ~!」

「くっ…………これは、一体なにが……っ!?」

 スノゥは床に足をめり込ませたことで、辛うじて踏ん張ることができた。それから数秒後、衝撃波は止まったが、室内は滅茶苦茶な状態になってしまった。もう少し被害が酷ければ、天井が落ちるか床が抜けるかしていたであろう。建物ごと崩落していたかもしれない。

 

 エーテルの状態が落ち着いた頃を見計らってスノゥは駆け寄った。うずくまるエーテルを起こすと、気を失っているようだった。

「おい、エーテル! 起きろ!」

 肩を揺らしながら言った。エーテルがぼんやりと目を開けた

「……スノゥ? どうしたの…………」

 初めての会話だった。ただそれよりも今は、目の前で起きた謎の超現象のほうが気がかりだった。

「まさか……覚えてないのか?」

 その時だった。崩れた瓦礫の中からヤモリ男が這い出てきた。

「くそぉ! なんなんだよお前らは! もういい! 二人ともぶっ殺してやる!」

 スノゥはとっさに銃を手に取ろうと腰に手をまわしたが、銃は床に置いたのだった。どこへ転がっていったのか、辺りは瓦礫が散乱していて、すぐには見つけられそうになかった。

 丸腰の自分に無防備のエーテル、自分が盾になるしかない状態だった。

「しねぇぇえええぇぇえ!」

 そうしてヤモリ男が飛び掛ってきた直後、強烈な光が室内を照らした。

「そこの二人! 直ちに戦闘行為を止めなさい!」

 スピーカー音声の警告、プロペラの轟音。そしてサーチライトの光が自分たちを囲んでいた。

 この建物はヘリの大部隊に包囲されている様だった。

「え? なになに?」

 無視できない状況に、ヤモリ男がきょどっていた。

 すぐに階段の方からも、何人もの足音が聞こえた。そして姿を現したのは政府管轄の特殊部隊だった。

「ここで光子多感症の高出力フォトン反応を感知した! ……そこの2名は事情聴取をするので直ちに同行しなさい!」

「えぇぇ……!? ちょ、ちょっと待ってくれよ……」

 ヤモリ男は手錠をかけられて連れて行かれてしまった。

 とりあえず、助かったようだ。

「そこのキャストも立ちたまえ」

 手錠を持つ隊員が近づいてきた。スノゥに抵抗の意はなかったが、エーテルのことが気がかりだった。

「女の子から離れて! うつ伏せになって手を後ろに組みなさい!」

「俺はどうにでもしてくれ。ただこの子は…………」

 その時、どこかで聞いた声がした。

「待て、彼はいいんだ」

 その声の主は、バレルだった。

 

 

<5> エピローグ

 アークス連盟本部の応接室に、エーテルとバレルがいた。

「……という事情により、任務は中止だ。エーテル君はまた一ヶ月間、入所することとなった」

 廃ビルで起きたあの超現象が光子多感症の暴走であることをスノゥは知った。暴走してしまった当事者は事情を問わず、また施設でのトレーニングを受けることになる。以前まで当事者の強制収容には反対の気持ちもあったが、その考えは変わった。子供でさえあの破壊力、軽く考えてはいけないことだった。

「一ヵ月後、あの子はどうなるんだ」

「今のところ、計画は白紙じゃのぅ。もしかしたらずっと施設暮らしかもしれん」

 バレルはそう言いながらコーヒーを口に運んだ。

 スノゥはまた癖でしそうになった舌打ちを口の奥に引っ込めた。

「……あぁ、わかったよ。俺が引き取ればいいんだろ」

「誰もそんなことは言ってないがね。しかし、きみも随分と変わったそうじゃないか。エーテル君も元気がよくなっていると、施設の職員からの報告が来ているぞ」

 エーテルはちゃんと言葉を話すようになったようだ。

 事件当時の記憶はまた失っているようだが、体や脳に異常はないらしい。

「ふん……さぁね、気があったのかもな」

「……それは良かった」

 バレルはまるでこうなることがわかっていたようであった。

 やはり全てこの男の計画の内だったのか――そうとも思えたが、悪い気はしなかった。

 

 

   ◆◇◆


 一ヵ月後、エーテルを引き取る日がやってきた。

 ただ、引渡し場所はスノゥが指定した。

 そこはシップの片隅にある〝メモリアル〟だった。 

 

「……では我々はこれで」

 黒服たちが去り、その場にはスノゥとエーテルだけが残された。

 もう三ヶ月などという期限はない。これからずっと、一緒に暮らすのだ。

「スノゥ、久しぶり。また来たよ」

 エーテルが言葉を普通に話した。あの暴走の時に、感情面で何か変化があったのだろう、それがどういうものはかわからない。まだ表情も作れないようだが、スノゥは安心することができた。

「あぁ……久しぶりだな」

「ここはどこ? なにを見ているの?」 

 エーテルにはまだ、あちこちに並んでいる丸い石の意味がわからないようだった。

 スノゥの視線の先にある石に、何か文字が書いてあるのを見つけた。

「……うーん、誰かの名前?」

「ここは大切な仲間と出会える場所だ。俺はいま、仲間に会っている」

「誰もいないよ?」

「あぁ、そうだ。でも、俺はここに感謝と、仲間から勇気をもらいにきた」

「ふーん、わかんない」

 エーテルは地面の石ころをちょんと蹴飛ばした。退屈そうだった。

 スノゥは、感情のまま振舞って喋るエーテルをみて嬉しくなれた。

「いつか、わかる日が来る」

 見上げたエーテルには、スノゥの顔が濡れているように見えた。

「……スノゥ、泣いてるの? どうしたの?」

「いや…………ただのオイルさ………………」

 エーテルはオイルという言葉を知らなった。それでも彼がなにかを隠した意図が理解できた。詳しく聞いてはならないバリアの存在も感じ取れた。

「さぁ、帰ろうか、二人の家に」

「うん、早く行こっ」

 エーテルはスノゥの大きな指をつかんでひっぱった。

 スノゥはエーテルの歩幅に合わせてゆっくりと歩くことにした。

 

 

   ――LOSTMEMORY 前日譚- 完